Rem:11 オレンジ色の川4
否、と力無く七輝は頭を振った。
「こっちも無いよ」
慎は腰を上げ、七輝の側へ移動した。
「これ以上は……。残念だけど、日も落ちるし諦めないと」
言わなくても、それくらいはわかっているだろう。
それでも区切りをつけるため、七輝の肩に手を置いて慎は言った。彼女はポロポロ涙を零しながら、川に膝をつく。
「ふ……、ううっ……」
「七輝……」
元気を出して、とも言えない。鳴咽を漏らして肩を震わせる彼女を、ただ見ているしかなかった。
そんな時だった。
「何だあ、これー」
慎が先程居たところよりももっと川下の方で、子どもの声が聞こえた。
「魚かと思ったら違うぞ――?」
「どれ?俺にも見せろよ」
離れたところの土手で、小学生らしき子どもたちが魚捕獲用の網を覗き込んでいる。
「石じゃねえな。指輪じゃんよ!誰のだ――?」
わあわあと騒ぐ元気な声は、こちらまで簡単に届いた。七輝にも聞こえたらしく、涙に濡れた顔が上がった。
「七輝!行ってみよう」
頷く七輝の手を引いて、二人は走った。
突然自分達に近寄って来た高校生に気付き、子どもたちは驚いてこちらを凝視する。
「……ごめん。指輪、見せてもらえる?」
「いいけど……」
慎が頼み、一人が二人に見えるように手の平を差し出す。
小さな手から現れたのは、天然石なんかは付いていないがリングに桜の模様があしらってある指輪。
「あったよ」
「うん……っ!」
慎が指輪を示し、七輝は大きく頷いた。
「見つけてくれてありがとう。それ、私のなの」
「へえ、そうなんだ」
「返してもらってもいいかな?」
七輝にお願され、少年達は頷きあって承諾する。
「いいよ。俺たちは男だからいらないしな?」
「ありがと……。ありがとう」
指輪を受け取り、失くさないように右手の薬指に通した。
安心したのと嬉しいのとで泣いていると、子どもたちが心配する。
「何で泣いてるんだよ?」
「大丈夫?どっか痛いの?」
七輝は涙を流しながら微笑み、頭を振った。
「違うの。嬉しいの……」
「嬉しいのに泣くの?」
「変なのー」
彼らが『嬉しくて涙を流す』、という感情を理解できるようになるのは、もう少し先だろう。
「あっ!兄貴のやつ、女の子を泣かせてやんの」
「!」
聞き覚えのある声に冷やかすような口笛に土手を見上げると、蒼がにやにやしながらこちらを見ていた。
(げ!滅茶苦茶面倒なやつに見られた!)
慎は、苦虫を噛んだような顔をした。
帰ったら根掘り葉掘り聞き出そうと、質問攻めにあうだろう。
その予想に違わず、その日蒼より少し遅く帰っただけで、家の中は慎に彼女が出来たと早とちりの話題で盛り上がっていた。
(そんな関係じゃないのに……)
慎は呆れてため息をつきつつ、放ったらかしにしておいた。
『慎から貰えた指輪が何よりも大切だった』
白い七輝はいつの間にか現れて、慎と同じように橋から川を眺めていた。
『見つかったのももちろんだけど、慎が濡れながら一緒に真剣になって指輪を探してくれたのが嬉しかったよ』
あの頃の思い出の光景も隣の七輝も、何ごとも無かったように消えていった。
「おれも、泣くほどまでに七輝が指輪を大切にしてくれて、嬉しかった……」
居なくなった七輝に向かって呟き、慎は欄干から手を離して橋を後にした。




