Rem:8 『不思議くん』
ペラ……。時折間隔のズレはあるものの、本のページがめくられていく。
一階ロビーのソファに座り、慎は本を読んでいた。
あの合コンの騒がしい空気の中に無理矢理身を置くよりは、こちらの方が落ち着く。
それに読み掛けのこの内容が気になって、仕方なかったのだ。
「どこに行ったのかと思ったら、まーた本を読んでるんだ」
「ん……」
「面白いの?」
「……?」
話し掛けられたことに無意識に相槌をうってから、自分は誰に返事をしているのかと気づく。
慎は驚きのあまり本を取り落としそうになり、慌てた。
「反応が遅いなあ。よっぽど集中してたんだねー」
慎の鞄を挟んで隣に腰を下ろしていた女の子が、小首を傾げてにこっと笑う。
「こんにちは、不思議くん」
「ミ、ミス……?え?」
「いつも遠くを見つめている感じが、つかみどころなくて素敵なんだって。一部の子がそう呼んでいるの」
(へーえ……。人付合いを疎遠にしてても、見ている人は見てるのか)
慎はぼんやりと思った
「でもそんなものは、私にとってどうでもいいんだ」
「え……」
「噂や自分の妄想で飾り立てた姿じゃなくって、私ならきちんと自分の目で確かめて触れた、『瀬谷慎』という人が知りたいな」
彼女はにっこりと笑った。
「知ってるよ。君は、本が好きなんでしょ?今度は何の本を読んでるの?」
慎は光のようにがっつりとスポーツなんかしないから、男の子にしては割と色が白い。
でも、彼女はもっと色が白かった。
透き通るような色の手が、慎の膝から本を取り上げる。
「何々?『僕が彼女を殺した理由』。これ、ミステリー?」
「いや……。ミステリーとは、また違うかな」
「じゃあ、グロテスクだったりする?」
いきなり引き気味になって、彼女が聞いた。
「……グロテスクではない」
「良かったー。私も本はたまに読むけど、血がいっぱい出たりとかいうのは苦手なんだ。怖いよね。赤毛のアンとかは好き」
「童話……」
「やっぱり……。この年齢になってからは、変かな?」
少し顔を赤くしながら華奢な指を唇にあて、小さな声で恥ずかしそうに言った。
やや俯いたせいで自然と上目使いになったその表情に、何だか慎の心は少しドキリと跳ねた。
「や……。別におかしくはないんじゃ。好みは人それぞれ自由だし……」
「本当?そう言ってくれると嬉しいね!」
恥じらいの表情は、瞬く間に笑顔へと変わる。
「……」
慎は無意識に、その満開のひまわりのような笑顔に釘付けになった。
「瀬谷くんは、やっぱり優しいね」
(やっぱり?)
さっきからの発言といい、彼女は前から自分を知っていたのだろうか。
まあ、よく見てみれば確かに同じ高校の制服だから、知られていても不思議はないが。
「君は……」
慎が呟くように言うと、彼女は微笑んで首を傾げた。
「さっき、同じ部屋にいたよ。それから、同じクラスだったこともある。中学二年生の時に」
「えっ!」
それは驚いた。失礼だとは思うが、全く記憶にない。
何とか思い出そうと必死に記憶を辿っているのを見て、彼女は声を立てて笑った。
「あはははっ。瀬谷くんらしいね。覚えてないんじゃない?」
「……はい」
正直に頭を下げる。
「和泉七輝です。和のついた和泉に、七つの輝きって書くの。私は瀬谷くんのことを、ずっと見てたよ」
「……何で?」
「『何で?』って……そう来たか。そうだねぇ。理由としては、一部光の感じたことに似てる。興味をそそられたっていうのかな?」
「光と知り合い?」
「うん。中学校になって両親がマイホームを買ったから、引越ししたんだ。たまたま光の家と近くて。一緒に帰ったのがきっかけで、話すようになったの」
と言うことは、慎の家からも近いということになる。




