Rem:5 母さん
誰かの会話が朧げに聞こえるくらいまでに、意識は形を取り戻し始めた。
「………」
慎は目を開ける。
「大丈夫か」
勉強机に片肘をつき、それとセットになった椅子に座った光がいた。
「ごめん……」
ベッドに手をついてのろのろと起き上がろうとしたが、光が椅子ごとこちらに来て肩に触れた。
「無理するな」
「ん」
頷きながらも、再び布団に寝転びたいとは思わなかった。
上半身を起こすと、チェック柄の可愛い布団カバーが目に入る。
机には開かれたままの辞書、奥には教科書や参考書が綺麗に並べられていた。
近くの棚には雑貨小物やぬいぐるみ、写真たてがセンスよく飾られ、女の子らしさが現れている。
香水やアロマとは違うけれど、その空気を吸い込めば何だかいい香りがした。
つい今しがたまで、七輝がそこにいたような光景。
いつかはこの部屋も片付けられて、香りも外の空気へ散って。
まるで七輝なんて最初から存在しなかったかのように、変わってしまうのだろうか。
七輝を失って変わったのは、その家族や慎や光たち友達だけで、七輝がいなくたって世界はきちんと成り立って、回っていく。
そのことが当たり前だけれど悲しくて、慎は布団ごと膝を抱え、顔をうずめた。
「………」
やがてすすり泣きを漏らし、光が何も言わずに背中を優しく叩いてくれる。
倒れたり何度も泣いてみたり、男として本当に情けないと思う。でも、頭をよぎるのは後悔ばかり。
あの日、あの朝。どうしてケンカしても無理矢理にでも、七輝を家に帰さなかったんだろう。
何故、天気予報を確認しなかったんだろう。いつもより早く帰ったんだろう。
雨が降るかもしれないと七輝が言ったとき、すぐに雨宿りの場所を見つけなかったんだろう。
自分を責めればきりがない。ああすれば、こうすれば、七輝を失うことはなかったんじゃないか。どうしても考えてしまう。
光はそんな様子を見守りながら、言った。
「お前のせいじゃない。誰のせいでもなかったんだ……」
最後の言葉は躊躇うように、押し殺すように。
「あいつが……。まこが、亡くなったのは」
慎はしばらくそのまま啜り泣いて、それからやっと光の言葉の違和感に気がついた。
「?」
間違っている。まあ、光だって七輝の死に動揺しているのだろうし、しょうがない。
「光さ……」
やっと顔をあげる。
涙を拭いながら、親友の間違えを訂正しようとした時、正面に置かれた鏡の中の自分と目があった。
途端に涙が引っ込む。
(え?)
向こう側から慎を見ていたのは、背中につくくらいの長さの髪。
りんご色の頬の更に上に、二重の丸い瞳を持つ少女。七輝だった。
無論、幽霊だとかそんなオカルトや、ましてや冗談ではなく。
「!」
慎は絶句した。
何が起こったのだろう。
あまりにも突拍子のない展開に、思考がついていかない。
ただ、宙に浮く人差し指が小刻みに震えていた。




