指きり
音がしたような気がする。
ベッドの傍、夢にまどろんでいた俺でもなんとか目を開けようとする。
部屋の中はまっくらだった。
「……?」
この足音を知っている。控えめだけど、この部屋の間取りを知り尽くしたような様子で。
トントンと誰かが近づいてくるのが分かった。
「だ、れ……?」
電気がついていないからなのか。枕元にしゃがんだその人は、何も言わないしなにもしない。
え、これ夢?
「颯……はやてくーん」
「あき、ら……?」
カラリと笑い声が零れる。大きな鞄がガサガサ鳴っていた、これから仕事なんだろうか。それとも実況?
ダメだ、ねむい。
「ちょっとだけ寄ってみた。駄目じゃん、鍵しめとかないと」
あれ?
「おれ、帰って……ちゃんと」
「嘘うそ、ごめん。合鍵使っただけ」
随分昔に渡したから、とっくに捨てたのかと思ってた。流石にそれは傷つくけど、でも。
失くされたと思っていたのだ。
彰が最後に俺の家に来たのがいつだったのか、よく思い出せない。
「あ、新作のゲームあるじゃん」
「かった、アマゾン……」
「ん」
忙しくて全然プレイできていないRPG、きっと彰の手に掛かれば数日で全クリできてしまうんだろう。
暖かな体温が急に遠ざかった。
「じゃ、もう行くね。おやすみ」
「……め」
「?」
夢の中だけでも、と。そこにある筈の身体を必死に掴む。
ズボンの裾に指先だけ触れられたような気がした。
「だめ、いくの。なんで?いつも……」
何て悪い夢なんだろう、でも夢で会えたなら。悪夢というわけではないのかもしれない。
「またくるよ」
「おれがいく、こんど」
不意に暗くなった視界、それから額に当てられた熱い何かと。
「ありがとう……おやすみ、颯」
「あきら」
「ん?」
「……いってらっしゃい」
好きだ、という言葉は音にならなかった。もしかしたら、心の奥で知らないうちに飲み込んでいたのかもしれない。
「行ってきます」
数秒絡みあった小指同士で、いつかみたいに指切りをした。
そんな午前2時半だ。
~Fin~