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E4 ~魂の鼓動~  作者: たまささみ
4/14

第3章  日朝中間国交断絶宣言

不破がナオミの相手をしてE4の部屋を出ていた時、九条の席に近づいて隣の空いていた席に座った杏。

「今日は地下に降りないのか」

「毎日射撃訓練も飽きが来ますね、昔は1ケ月続けても3ケ月続けても平気だったのに」

「そりゃ昔よりも精度が上がったからそう思うんだろう」

「まあ、WSSSでの会議とかなら剛田室長のカバン持ちで毛利市に飛びたいところですけど。今は活字新聞読んでる方が落ち着きます」

「カバン持ちの件は、今度剛田さんにリクエストしてみよう」

「ところで」

「なんだ」

「ホントに剛田室長がいなくなると言葉遣いが変わりますよね。僕はどちらも好きですけど」

「不破に聞かれないようにしろよ。あいつは舅のようにぐちぐちうるさい」

「気にしてません、大丈夫です。ありがとう、気を遣っていただいて」

「あいつも元々は冷静なやつなんだけど」

「不破さんとのお付き合いは何年になります?」

「剛田室長に拾われてからだから、もう10年は超えたな」

「あなたは10歳で拾われた。不破さんは11歳だったと記憶していますが」

「よく御存じで。ただし、私は不破の本当の年齢はわからないんだ」

「あの研究所は決してあなたたちを人間として扱ったわけでもなかった。以前のマイクロヒューマノイド掃討作戦で国内にあった国立科学研究所は焼打ちに遭い壊れてしまった。でも、それでよかったんだと僕は思っています」

 杏は剛田に会うまで、研究所でいつも膝を抱えていたことを思い出した。


「貴方はいつマイクロヒューマノイドに?」

「僕は5年前にW4が創設された時です。1体は必要だと言われ、まあ、健康体だったんですが全て義体化してマイクロヒューマノイドになりました。一条も心臓だけは義体化していたんですが、あんな事件に遭ってしまった」

「あの時は・・・。私たちが犯人を捕らえたところで一条さんは亡くなられてしまったし」

「でも、最後は僕のしたいようにやらせてくれた」

 杏は笑っていいのかわからず、九条から目を逸らしてしまった。

「これからは命令が無い限り一発勝負はしないこと。でないと、カメレオンモードとダイレクトメモできる時計、取り上げる」

「僕のカメレオンモードはオーバーホールしてないだけで、W4の時から使ってましたよ。暗殺するには必要な武器ですからね」

 フフフと目だけ笑う九条。

 そのうち、不破とナオミが戻ってきたが不破は九条に一瞥をくれたきり、杏の顔も見ようとせずナオミと談笑していた。


 は?

 いや、談笑するなとは言わない。

 別に誰と仲が良くても構わない。

 九条を無視するのは昔からの平行線的な考えがあるとして。

 が、あたしを無視って。

 どの面下げてチーフを無視してんだ、あんたは。

 1人で任務を熟してるつもりなのか?


 カチーン。

 ブチッ。


 杏の頭の中で、何かが切れる音がした。

 剛田には心配をかけないようにするが、不破には反省してもらわなければ。

 あたしを無視した挙句、女といちゃいちゃするだと?

 断じて許せん。


 退庁時間となったが、剛田はまだ戻ってこない。

 ダイレクトメモで帰っていなさいという指示もない。

 今日は剛田にひとくされ言いたくて、杏は剛田の帰りを待つことにした。

 皆が杏に挨拶をしてE4室から出ていく。

 不破は相変わらずナオミと一緒で、これから伊達市内を案内するのかもしれない。杏に挨拶もないまま、不破とナオミは部屋を出ていった。


 もう家に帰ってくんな、バカヤロー。


 地下から上がってきた三条と倖田も帰り支度を始めていた。

「帰らないんですか」

 九条が不思議そうに杏を見つめている。

「今日は剛田室長の帰りを待とうと思ってる」

「じゃあ、僕も一緒に待ってもいい?」

「帰る方向が反対では?」

「構いませんよ、三条、先に帰っていいから」

「はい、九条さん」

 倖田は無口だが挨拶はきちんとしていく。三条とのやりとりの中で、九条に対する苦手感も薄れてきたのかもしれない。

「チーフ、九条さん、お先に失礼します」

 杏は少し嬉しくなって倖田と握手したい気分になる。

「ああ、ご苦労だった。気を付けて帰れよ」

 

 部屋の中には、九条と杏の二人になった。杏は活字新聞を読みながら、珈琲を淹れ直して飲んでいた。ついでに、といえば言葉が悪いが、九条の分までカップに注ぐ。

「どうぞ」


 杏から珈琲をもらい、最初に口を開いたのは九条だった。

「変だと思いませんか」

「何が?」

「ナオミのE4入りです」

「留学と言うくらいだから、CIAのお遊びなのでは?」


 九条の考えは杏とは少し違っていた。

 今日の事件のニュース映像を見る限り、いくら背が高いとはいえ、遠くから客の間を縫って狙ったとしても1発で脳幹に命中するわけがない。

 ということは、カメレオンモードで近づいた可能性が高い。

 現在、全世界的に通常の警官レベルではカメレオンモードは使用できなくなっており、各自治国の軍隊、その中でも暗殺部隊と呼ばれるクラスがその役を担うことが多いと言う。


 杏にしてみれば、世界的なことまで考える余裕すらなくひた走ってきたのは確かで、九条の言うことは尤もだと思った。

「E4はテロ制圧と言う時間との勝負があるからカメレオンモードも使っているけど」

「そうなんですよ。となれば、彼女は北米で、軍隊、暗殺部隊、あるいはテロ制圧部隊の任務のどれかを熟していたことになる。でも、軍隊に所属する人間ではない」

「それなら不思議もない。テロ制圧部隊の任務を熟してきたと考えれば」


 九条は指を振り、杏の考えを暗に否定した。

「CIAにそんな部署はありませんよ。あるのは、隠してはいるけど暗殺部隊だけだ」

 杏は首を傾げた。

 なぜ、北米の暗殺部隊かぶれが日本の秘密機関に出向してきたのか。

 九条は、WSSSあたりでW4が解散したことを知り、今度はE4に身を置いてターゲットを見定めているのだろうと。

「どういうこと?」

 話の本質が見えないでいる杏に、九条はひとつの方向性を示した。

「直感的に言えば、彼女は北米自治国に敵対する指導者の暗殺を請け負っているのではないかと」


 それでも杏は、なぜ日本にきたのかが納得いかなかった。こんな弱小国、手に入れて何になる。

「なぜ日本に」

「答えは簡単、暗殺対象がこの国にいるから」

「誰」

「総理でしょう」

「えっ、あんなの死んだところで何の得がある」

 九条としてはそういった考えではなく、北米に与しない国を血祭りにあげる一環として、まずトップの暗殺を考えるだろうということだった。

「日本は第3次世界大戦の犠牲となったわけですが、あの時に北米との不可侵条約を破棄して中立国を選択しました」

「それ以来、北米とは何ら与していない」

「そうです」

「まさか、それだけのことで暗殺すると?」


 北米でも水の底に沈んだ土地がたくさんある。一方、北米の内陸部はほとんど被害もなく海岸部からの人口の流入で、今まで死地と化していた町が賑わってきている。

 だが、北米の内部地域にある工場から海岸部へと続く水道関係を整備したのは、憎き相手として戦闘を繰り広げたロシア自治国。

 そのロシアは、地殻変動と地球温暖化で今まで氷結されてきた北から北東地域に掛けて緑が戻り、天然ガスや油田、その他様々な燃料が噴出するエネルギー国家となった。

 北米が居住地域を大きく失くしたのとは反対に、ロシア国内では地震等で居住不可となった地域はあるものの、北東地域に人口が流出したことで、国家として大きくバランスを崩すことなく現在に至る。

 ゲルマン民族ではロシアに移住を希望する者も多く見られたが、第3次世界大戦で失われた国家間の障壁はそれを許さず、誰もがロシアに移住できたわけではなかった。

 20世紀から21世紀にかけてロシアと友好条約を結んだ国の住民のみがロシアの地を踏むことができたのである。

 ロシアに居所を失った連中が中華国に流れた経緯があり、今の不均等な体制が作られていると言っても過言ではない。


「とすると、最終的にはロシアを狙った暗殺劇が起こらないとも限らない。でもその前に、北米に逆らった日本の上層部を血祭りにあげてロシアに宣戦布告する可能性は大きくあります」

「また戦争?」

「言葉のチョイスがまずかったかな。地球政府が禁じている戦争ではなく、ロシアの基盤を壊すぞ、という北米としての一方的なストーリーが存在しているのでは」

「助けてもらっておいて随分と自分勝手なストーリーだこと」

「北米は、かつての自分ファースト時代を忘れられない。あのトランプ時代の自分勝手なストーリー、歴史で習いませんでした?」

「お恥ずかしい限りだが歴史は私の頭にインプットされていない。小さな頃はバトルの方法くらいしか習ってないんだ」


 九条は寂しげな表情をしながら杏の近くに寄ってきた。

 そして、ストレートパーマを掛けたばかりの杏の、長いサラサラとした髪を2度、撫でた。

「辛い過去を思い起こさせてすみません」

「もう辛いことは忘れてこれからを生きると剛田さんとも約束したし」

「そうですか、ならいいけど」


 そこに、目を丸くした剛田が入ってきた。

 自動ドアの向こうから杏と九条の姿が見えていたらしい。

「お前たち、こんな時間まで何しとる」

 杏と九条は途端に離れて机二つ分くらいの距離を置く。

「いや、あのね、剛田さんを待ってたの」

「どうして」

「不破に言ってよ、九条さんには冷たく当たるくせに、ナオミには鼻の下でろーん。それって酷くない?」

 剛田が珈琲を淹れながら右手にカップを持ってくすくすと笑い出した。

「何をやきもち焼いてる」

「違うわ、やきもちじゃないって」

「そうか?俺にはお前と不破が互いにやきもち焼いてるようにしか見えないが」


 九条も頷きながら剛田に賛成している。

「確かにそうですね、普段はお2人とも冷静なはずなのに、不破さんは僕を見ると鬼のような顔をするし、チーフはナオミが来てから情緒不安定ですよ」

 剛田がアハハと声を上げて笑った。



 E4を出て九条と別れ、剛田と杏が一緒に帰宅すると家に不破は戻っていなかった。目を吊り上げる杏に剛田がピシッと注意する。

「五十嵐。お前もチーフとして皆を平等に見ろ。不破の怒りも分からんではないだろう」

 剛田の言葉に杏も頷き些か反省の色を見せたが、まだまだ怒りは収まらない。

「毛利市で九条チームが暗殺主体で動いたのは本当だし、口を出したくなる気持ちは理解できるわ。でも、だからと言って無視したりチーフのあたしを飛び越えて意見や指示したりするのは不破が間違ってない?」

「チーフとしてお前がすべきことをすれば、不破の小言も減るさ。不破はお前が九条や三条に甘いと思ってるような節もある」

「甘いつもりはないんだけど」

「さ、もうおやすみ。不破には声を掛けるが、お前自身も反省しなさい。わかったね」


 剛田が着替え始めたのでそそくさと部屋を出た杏は、自分の部屋に行くとジャージに着替えた。

 何かあっても外にこのまま出られる格好で杏は寝ている。

 ここに来たばかりの頃から、いつもそういう格好をして剛田の帰りを不破と一緒に待った。

 そう、自分と不破は似た者同士。

 不破も九条に嫉妬しているのかもしれない。杏に対し、帰ってくるなバカヤロー的な思考でいるのかもしれない。

 剛田や九条の言うとおり、自分はナオミに嫉妬しているのかも・・・いや、それだけはない。

 杏は化粧を落としシャワーを浴びると、ベッドに潜り込み何も聞こえないようヘッドホンで音楽を聴きながら眠りに就くのだった。



◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇



 翌朝。

 剛田の姿は家の中になく、テーブルにメモが置いてあった。

「無断外泊の不破に注意してくる。お前は普段通りの出勤時間で構わない」


 剛田の言葉通り、普段通りの時間に家を出た杏。

 薄水色の曇りない空には何台ものヘリコプターが飛び交っていた。


 何があった?

 難事件の発生なら、E4に連絡が入るはず。

 剛田や杏の元に何も連絡がないとすれば、その手の問題では無かろう。

 杏はE4までの片道20分、(そぞ)ろな胸騒ぎを覚える中、足取りを速めるのだった。


「おはよう」

 速足で歩いてきたので、少しだけ息が上がっている杏。

 E4への自動ドアが開くと剛田と不破を探したが、2人とも姿が見えなかった。ナオミの姿も見えない。

 はて、地下にでも降りてバグやビートルの前で説教くらってんのかしらと思いつつ、極力そこは表に出さず、いつもどおりといえばいつもどおりの表情で自分のデスクに向かう。朝には珍しく、モニターが金沢市内と思われる場所を映し、ざわめくマスコミの姿が見て取れる。

「設楽、何かあったのか」

 こういうときは情報通の設楽に訊くのが一番早い。

「槇野首相が朝9時から国益に係る重大発表するってんで、どこもかしこも民間のヘリが飛び交ってますよ」

「ああ、それでか」

「ね、チーフ。重大発表って何だと思います?」

「私に聞くな。私は槇野じゃない」

「僕はね、朝鮮国に関することじゃないかと踏んでるんですよ」

「お前らしいな、朝鮮国大嫌いな設楽君」

「語弊のある言い方は止めてください。どこに盗聴器があるかもわからないんだから、この建物は」


「お前のいうとおりかもしれない」

 杏は設楽から視線を外しながら小さな声で自分だけに聞えるように呟いた。


 杏が出勤して30分。

 剛田たちは一向に姿を見せない。E4室内では午前9時の重大発表を前にマスコミがいきり立つ様子だけがモニターを通して見えてくる。


 と、モニターが、総理ではなく、内閣府の宗像補佐官を映し出した。

「これから槇野総理の談話が発表されます」

 その言葉だけで宗像補佐官は姿を消し、次の瞬間には槇野首相の姿がモニターに映し出されていた。

「国民のみなさん、おはよう」

 槇野首相の声が上ずっている。槇野の地声を知る数少ない者の1人である杏としては、こりゃ相当緊張しているんだろう、と思わざるを得ない。

 今まで宗像補佐官か内情の連中だけを表に出してきたからな。

 自分から何かをはっきりと発信することの無かった槇野が何を話すのか。

 少しばかり興味を引かれないでもない。


 モニターの中で頭を下げる槇野首相。

 して、その口から放たれた言葉とは。

「我が国の国益に沿った方針として、朝鮮自治国及び中華自治国との国交断絶を決意し、皆様のご理解を得たく、来たる6月に国民投票を実施するものであります。国交断絶の折には、現在日本自治国に暮らす朝鮮自治国及び中華自治国の移民の皆様方には、祖国にお帰りいただくことになります・・・。もし、日本自治国に留まる意向の移民の方々がいらっしゃるとしたならば、移民電脳化推進計画に基づき電脳化していただき日本自治国の国益に寄与して頂きたく存じます」


 その瞬間、モニターの前に集まっていたE4メンバーは目が釘付けになった。

 そうきたか。

 総理の腹の中はある程度分っていた。

 槇野はそれまで朝鮮自治国及び中華自治国移民計画推進の旗振り役としてアジア列強に名を連ねる意向を示していたがそれはポーズであり、内心、両国からの移民受け入れにはかねてから反対の意見をもっていると噂が立っていた。 

 それが急転直下、ここにきて方針を180度転換し、目に余る朝鮮自治国及び中華自治国からの移民の行動を重く見た槇野は、両国との国交を断絶することを宣言し、国交断絶、移民の強制送還と言う厳しい態度に踏み切ったのだった。


 確かに朝鮮自治国及び中華自治国からの移民はまともな教育を受けられないばかりか、リテラシーを享受できない当該地域は犯罪の温床と化している。

 それにしても、移民電脳化推進計画などという施策が日本国内でいつのまにか正式に施行されていたという総理の口調には驚いた。

 アジア民族よりは比較的大人しいゲルマン民族が移民として日本の地を踏んだ際には、移民を電脳化し子孫の繁栄を望めない身体にするという移民電脳化を推進し、ゲルマン民族の中でもそれに同意した者だけが避難先の朝鮮国を離れたのであって、それは内々に行われていたはずだった。


 しかし、そういったゲルマン民族の移住時とは一線を画し、方々で争いやテロ紛いの行動に走る朝鮮自治国及び中華自治国の移民を前にし、総理は即座に移民電脳化計画を内外に知らしめ両国をけん制する方策を採った。

 そこにきて国民投票の実施である。

 何か月も前から槇野内閣で温められ極秘裏に進められてきたであろうこのシナリオは、完全に日本自治国がアジアを動かすという趣旨の決意表明であり、両国からの非難は必至かと考察された。


 移民電脳化計画。

 電脳化して移民の脳内を把握することにより犯罪の撲滅に貢献するばかりか、意にそぐわない移民を隔離することで移民居住区にエセ平和を齎すデンジャラスな切り札。

 危険極まりない切り札は最後まで残しておくべきものだ、というのが杏の持論だが、どうやら槇野首相は早々にそのカードを切ってしまったようだ。

 

 この先に待ち受けるのは、天国への階段か、もしくは奈落の底か。


 あらかたの内容が放映し尽くされたところで室内のモニターを消し、設楽と八朔をIT室に追いやる杏。三条と倖田は地下に降り、西藤は睡眠をとる。九条は一度姿を見せたが、今は姿が見えない。久々のルーティン復活かもしれない。

 不破とかち合わなきゃいいけど。

 大人同士なんだからチーフに心配を掛けないでくれと思いつつも、ナオミが来たことでE4に、いや、杏は自分に何らかの変化が起こりそうな気がしていた。



◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇



 地下に降りた人たちが昼を過ぎても上がってこない。

 もしかしたら、総理談話の伝言ゲームか?

 心配とまでは行かないが、また不破が九条に文句タラタラなのではと懸念した杏はエレベーターに乗り込み地下1階のボタンを押した。


 地下に降りてみると、三条と倖田、九条が射撃練習をしている。

 轟音が響く中、口をゆっくり動かして3人に時間を知らせたが、九条も三条も口を開かなかった。

 倖田が練習を止め、49階に上がろうと射撃場から出るところだったので、杏は倖田を追いかけエレベーターホールに近づいた。

 手で九条たちを指さし、九条たちの考えを杏に代弁する倖田。

「あの2人、槇野首相警護のハイリスク・ノーリターンの仕事が絶対に入るはずだ、と言って練習を始めたんですよ」

「そうだったか。ところでこっちに剛田室長がいなかったか」

「さっきまで不破さんやCIA美女と話してましたけど。室長は1人で上に戻りました」

「不破たちは?」

「バグやビートルと遊んでたかな」


 倖田と別れ地下2階に行くと、不破とナオミがキャッキャと燥ぎながらバグたちに油を注している。

 おい不破、デレデレし過ぎて油注し過ぎるなよ。

 呆れた杏は地下1階に戻り、九条たちをしばらく声も出さず見つめながら、時折独り言を呟き考え事をしていた。


 為替のリスクヘッジじゃないが、日本は今、大きな賭けに出ている。

 国交断絶という世界を揺るがす重い決断。併せて起こす移民の強制送還。

 ゲルマン民族を受け入れる土俵があるのに、そこに朝鮮民族や中華民族が入れないと言うのは理屈になっていない。

 ただ、最後の切り札に使った「移民電脳化計画」を盾にすれば、ある意味での洗脳を嫌がる人間は出てくるだろう。電脳化されてまで隣国で暮らしたくはない、と。

 ゲルマン民族は自分の住む土地を失くし朝鮮国に流れ着いたからこそ、「移民電脳化計画」を受け入れて日本を永住の地と定め、こちらに来た者が多いと聞く。


 槇野首相の内心は本気度100%だろうが、実際、例えば北米などと国家間の足踏みが揃わないことにはこの計画を実行するにはやや無理がある。朝鮮国及び中華国との戦争を視野に入れなければならないからだ。

 ま、あの総理のことだ、これっぽちもリスクなど考えてはいないだろうが。

 国民投票など、たかが日本国民のガス抜きであって投票結果が反映されることは、まずあり得ない。


「おい、おい、杏」

 呼びかけにも気付かないくらい射撃練習の音は大きく、頭に拳骨をくらって初めて杏は顔を上げた。

「何してんだよ」

 仕事場にも拘らず名前呼びで、おまけにチーフに向かって拳骨をかましたのは不破だった。

 ムカッときて杏は不破の右足を踏みつけた。なぜ地下2階にいたはずの2人がここにいるのか、そこまでは見当もつかなかった。

「チーフと呼べ。今日の総理談話、聞いたか」

「あ、悪い。総理の談話?全然。何かあったの」

「上に行って詳細聞いてこい」


 隣からミスCIAナオミが顔を出す。

「OH,だから九条が下に降りてきたのかしら」

「知らん」

 不破はもう一度杏の頭に拳骨を落す。

「“知らん”はないだろう、仮にもE4メンバーだぞ」

 杏はもう、沸騰寸前である。

「いいから2人とも上に行け」


 2人がまた談笑しながらエレベーターの方に歩き出す。

 杏はそれを苦々しく思いながらも、九条たちの練習が終わらないのを見越すと地下を出て49階に向かった。


 49階では、剛田が警察府から呼び出しを受けて金沢に飛んでいた後だった。

 誰も自分に教えてくれなかったことに少し腹が立ったが、ここで怒ってもヒステリックチーフと揶揄されるだけだと思いなおす杏。

 色々言いたい気持ちをぐっと飲み込んで、IT室に篭る設楽と八朔までをも呼び出した。

「全員揃ったか」

 不破がおどけながらまた文句を言っている。

「若干2名、地下で遊んでマース」

「今のは嫌味か、それとも戯言(ざれごと)か?」

 杏の怒りを通り越した冷たい態度に、不破も何かを感じたようで黙り込んだ。


「剛田室長が警察府に呼ばれたところをみると、E4に何か任務が与えられるとみてほぼ間違いないだろう。設楽、八朔、毛利市を中心とした全国の事件情報を手に入れることができるか?」

「消防無線でも盗聴しない限り無理ですよ」

「じゃあ、盗聴してでもいいから事件情報を集めろ」

「ひっでえ」

「ぐずぐずいうな、放り出すぞ」


「ちょっと、メンバーに八つ当たりしないでください」

 不破の言葉で怒りが沸点に達しそうな杏。そこに西藤が助け船を出した。

「あの総理談話見れば情報が欲しくもなりますよ、俺は何をすればいいですか」

「西藤は科研に連絡を入れて予約してくれ。皆、交互にオーバーホールしてもらうように」

「了解」

「残りの者はこれから射撃練習、毎日1人400発」

 ナオミもか、と言う顔をする不破。

「当たり前だ。ナオミは普段から鍛えているようだが、E4メンバーとして働くからには私の指示に従ってもらう」

「ハイ、了解、アン」


「九条や三条には言わないんですか」

 不破が頓珍漢なことを言って場を凍らせる。

 杏の目は、もう血走っていた。

「あの2人が何をしているのか、お前は見てもいないのか、それとも、それさえ目に入らなかったか」

「いや、直接伝えないと分らないと思って」

「九条は総理談話を見た直後から自律的に射撃練習に入った。これがどういうことかわかるか?」

「いいえ」

「不破。お前馬鹿か?」

「パワハラ反対」

「それ以前の問題だろう。チーフである私が何も言わなくても今必要な事を始めた、ただそれだけだ。ここで私に文句を言う暇があったら地下に行って九条以上の練習をしてこい」

 不破は小さな声で了解、と呟いた。

「室長から連絡があり次第、連絡するからみなダイレクトメモで話せるよう時計を付けろ。ナオミの分は早めに作らせる。ナオミ、しばらくは不破と一緒にいて連絡がすぐ耳に入るようにしてくれ」

「OK、アン」



 杏は皆に指示した後、自分の席に戻って大きく息を吐きだした。

 つ、疲れた・・・。

 これまで何度となく任務初動の指令を下してきたことがあるが、こんなに疲れたことなど記憶にない。

 不破の非協力的な態度がこんなにも日常を狂わせるとは思っても見なかった。

 メンバー間の輪を乱すなら、もう出てくるなと言いそうになったが、さすがにそれは剛田に怒られるし、輪を乱しているのは杏自身ということにも繋がりかねない。


「八朔、お前はナオミ用の時計を早急に作れ。西藤、オーバーホールの際にカメレオンモードのオプションも付けてもらうように」

「了解です」


 地下1階の射撃場では、九条と三条の他にも、倖田と不破、ナオミが射撃練習を始めていた。

 そこに杏も混じり射撃練習を開始した。

 

 100発中、99発がど真ん中に命中。

 杏は低い声で舌打ちする。

 今までの練習でミスしたことなど一度もない。

 やはり何か自分の中で昇華しきれていないものがある。

 がむしゃらに練習するのは好きではないが、皆に1日400という数字を出した以上、自分は500発くらい射撃練習をしなくてはなるまい。


 杏は雑念を振り払うようにして、銃を握る手に力を込めた。

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