終章
朝鮮国秘密諜報部隊との戦闘から一夜が明け、毛利西港で起きた、甲板が焼かれ難破船と化した大型船のことは直ぐにニュースとなり国民全体の興味を引いた。
何より、日本船籍でない船、というだけで識者たちは自分勝手な持論を振りかざし、船の船籍は北米という人もいれば朝鮮国だ中華国だロシアだといくつもの見解に分れ、ただでさえ暇なワイドショーのリポーターが毛利市に集結し、ああでもないこうでもないとカメラを回している。
だが、そこに1体のマイクロヒューマノイドがいたことは伏せられていた。
海保で伊東の亡骸を収容したのだろう。
実際に、完全にカムフラージュしていた大型船は、海保が調べても船籍が分らなかったという。
元W4のメンバーがフェイク無線をキャッチしなければ、今頃日本に対してどのような攻撃をし、日本自治国を自国の前に跪かせたかもしれない朝鮮国秘密諜報部隊。
足首を負傷した不破は夜明けを迎えるとすぐに毛利市内の警察病院に向かった。
その頃WSSSビルにいた杏たちのもとに、一旦実家に戻っていた九条が合流した。
九条はいくつか杏の質問に答えてくれた。
「美春さんは?」
「無事でした。家のSPが何体かやられましたが、僕が途中から参戦したので。叔母は強いですからちっとも物怖じしてませんでしたよ」
「そこまで執念深く追いかけるなんてどういう連中なんだろう」
「豊山犬とか言ってました。噛みついたら放さない、って」
「それだけ職務に忠実ということ、か」
「伊東や向こうの司令塔はどうなりました?」
「伊東は火の中。司令塔はいつの間にか逃げ出していた。どこで見失ったかわからない」
伊東は朝鮮国の秘密諜報機関出身であり、かねてよりプロ市民を装いパートタイム諜報員としてスパイ活動やスナイパーなどで働いてきたがゆえに、北斗の目的を知ったとき、何とも表現のし難い喪失感というか、E4への怒りを露わにしたものと考えられる。
一方、同胞2名が死に3名が拘束された彼の秘密諜報機関では、美春を襲った理由を絶対に外部に漏らしてはいけないという大義名分はあったが、それはすなわち拘束されている者たちの奪取と、死という名の制裁なのではないか。
確かに、朝鮮国側では同胞を助ける意味で奪取を試みたとみるのが大筋だろうが、杏には強烈な違和感が残っていた。
プロとして任務を成功へ導けなかったことへの処罰の意味をも兼ねていたとみるのが妥当なところではないのか。
今回の日本上陸は、朝鮮国と北米CIA上層部、この2者の思いが結託しテロ紛いの行動になって現れた、と考えるには十分すぎるくらいの材料が揃っていたことになる。
だが実際にはナオミとハーマンがE4に助っ人として現れた。ナオミとハーマンは組織を裏切ってE4に助太刀したわけではあるまい。
北米上層部は、どこかの段階で朝鮮国に見切りをつけたのだと思われる。
九条家に現れた刺客も北米からの依頼ではなく朝鮮国が暴走した結果で、北米は一切関わっていない可能性が高い。
船から逃げ出した司令塔はどこに消えたのか、船一隻と100体ものマイクロヒューマノイドを失う結果となり命令指揮系統からどんな制裁を加えられるのか、今はもう知る由もない。
これで美春に対する攻撃の手は緩むのか、それとも威力を増大させて尚も魔の手が伸びるのか、杏にはどちらとも考えあぐねていた。
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オスプレイで伊達市に戻ったE4メンバー。
不破は足首の状態を見極める為、警察病院から転院し、毛利市に残り第3科研に検査入院することになった。
心配した九条が第3科研に見舞いに行くと、不破は口では酷い言葉を選びながらも、満面の笑顔で九条の見舞いを受けていたらしい。
三条は饒舌になって、剛田に対しE4の感想やら不満やらを声高に叫んでいる。
九条も不破の見舞いからE4に戻って、北斗と潜入捜査のON・OFFについてちょっとした議論を交わしていた。
やっと、E4がひとつにまとまったか。
この何か月かは時に冷や汗がでたことすらあった。
こんなに騒がしい室内は九条と三条が来てから初めてで、杏は壁際で皆の様子を見ながらふっと苦笑いを浮かべた。
九条と三条、ナオミ。
新顔が入ってきたと思ったらナオミが消えた。
九条曰く、日本での生活からさっぱりと足を洗いハーマンと一緒に北米に帰るとか。
地下ではバグとビートルが、オイルが欲しいオイルを寄越せと叫んでいるのがIT室のカメラに捉えられていた。
CIAから連絡が入ったのか、朝鮮国では美春に危害を加えるような素振りは一切見せなくなった。
九条が“ナオミたちに心から感謝する”と杏に笑顔を向けて北米への感謝を口にした。
そんなある日、活字新聞に小さい記事が載っていた。
WSSS内にて勾留されていた者数名が亡くなった、という記事だった。
亡くなったのは、朝鮮国籍の男3名。
毒殺だった。
容疑者の割り出しや毒殺方法、毒の入手ルートほか、詳細はひとつも解明されていないとのことだった。
E4としては容疑者を特定したかったが、WSSSではE4の介入を良しとしなかった。
そしてこの事件もまた、詳細を捜査されること無く事実上の迷宮入りとなったのだった。
日本、朝鮮国、中華国、北米、ロシア。
各自治国の思惑が入り乱れる中、今や日本という国の枠組みを乗り越え世界的な活躍が期待されているE4。
剛田、杏、不破、倖田、西藤、北斗、設楽、八朔、九条、三条。バグ、ビートル6機。
今日もまた、彼らの朝が始まる。
「指令だ。皆、電脳を繋げ」