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E4 ~魂の鼓動~  作者: たまささみ
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第12章  トゥエンティフォー(24時間)

 杏は毎日のようにE4に泊まり込み、考えをまとめようとしていた。

 徹夜が続き、剛田の家に帰る時間も惜しいとばかりに、ソファに転がって防御の方法を考えてみる。

 カメレオンモードだけでは盤石とは言えない防御態勢。

 もう、この日が来てしまったことに杏は一抹の不安を覚えた。

 何が不安なのか。

 こちらの人員が明らかに少ないであろうこと。そしてマイクロヒューマノイドの性能とでもいうべきか、製造方法の違い。どこを狙えばいいのかさえ、今ははっきりしていない。

 今までこんなに不安を感じたことが果たしてあっただろうか。

 

 不破などは“なんとかなるし、なんとかする”と楽観的なのだが、杏はそこまで楽観的にもなれなかった。自分がチーフという責務を負っているからこその不安、ともいえるだろう。

 こちらの人間に誰一人怪我なく朝鮮国の人間だけを殲滅(せんめつ)させるには、どうしたらいいのか。

 本当に耳は急所なのか。

 何を考えても後ろ向きになってしまい背を丸くしている杏の脇に、九条が姿を見せた。

 九条に気付いた杏は、不破が近くにいないかキョロッと辺りを見回す。

「まだ不破さんは来てませんよ、僕らが話してるとすぐに目くじらたてますから」

「九条さん、あたしちょっと真面目に不安感じてて」

「はい、これからの事考えると緊張するのは確かですね。でも貴女が緊張したら、部下はどう思うでしょう。貴女は芝居でもいいから楽観的な振りをして皆を鼓舞しなければならない」

「そんなものかしら」

「そんなものですよ」

 内心不安で仕方ない杏には、優しげな九条の言葉が心の奥底に沁みた。


 よし、あたしだけでも楽観的を装うことにしよう。あとは、不破の言う通りどうにかするしかない。

 

 杏たちは無線で引っ掛かった日時の1日前にオスプレイで毛利市に入った。向こうでは10日前と言ったきり、もうあの微弱無線は聞こえては来なかった。

 毛利市か、金沢市か、はたまた当初の無線どおり伊達市でくるのか。

 1日前に毛利市に入ることで、時間的な余裕が生まれる。

 夕方4時過ぎにはナオミとハーマンが連れだって毛利市のWSSSビルにやってきた。

 人数の少なさに驚きを隠せずにいる杏は、思わず強い口調でナオミを責めるかのようにその目をじっと見る。

「助っ人は?来ないのか」

「あたしたちだけで足りるわ」

「朝鮮製のマイクロヒューマノイドの事、話したよな」

「なんだったかしら」

「どこ撃っても死なない、倒れない」

「撃たれて死なないやつはいない。どこかに隠しているだけよ」


 隠している。

 杏にとっては斬新な発想で、目の前がぱっと開けて明るくなる感触を得た。

 不破と話しているナオミに近づいていく。

「隠すったって、どこに」

「あたしが知るわけないじゃない」


 その言葉を聞き、やはりナオミは苦手だと尻尾を巻いてその場から離れた杏は、九条と三条のいる場所に逃げた。

「ナオミが、“撃っても死なないやつはいない。どこかに隠しているだけ”と言ってる」

 ガキの使いじゃあるまいし、言われたことをオウム返しにするだけのチーフなど変だと自分でも思いながらも、不安を外に漏らせない杏の口を吐いて出るのはその言葉しかなかった。

 九条や三条も、さすがに隠してある場所を考える余裕は無かったらしい。

「額はダメ、脳幹もダメ、前頭部もダメ、後頭部や小脳もダメ。首もダメでしたね」

「そうだ。ただ、額に2,3発撃ったら動かなくはなったが」

「耳が残ってますね」

「科研でも自信がなさそうだった」

「目には命中させました?」

「目は撃ったつもりだが」

「以前のときのように焼夷弾を目に撃ち込んでは?」

「それは考えていて、それ用の銃と焼夷弾も用意してある」

「なら大丈夫。きっとうまくいきますよ」


 九条に慰められ、WSSSビルの1階でうろうろしていると、ビルの警備員がもう時間だからと杏たちを追いたて始めた。

 時間はもう夕方。

 すると警備員に対し、九条が小声で何か言っている。警備員はすっかり恐縮しているように見えた。

「もう大丈夫です、今晩に限っては1階を開放してもらうようWSSSの上層部に取り計らってもらえることになりました」

 九条がいなかったら、一晩を路上で過ごすか、一旦オスプレイのところまで荷物を持って戻らなければならなかった。

 この辺における九条家や三条家の力は絶大なるものがあるのだろう。

 WSSSビルの1階を開け放したまま、九条や三条にに頭を下げて警備員は立ち去った。


 いずれWSSSの機動隊などは今回の戦闘に参加しなくてはならないのだから、警備もへったくれも無さそうなものなんだが、まさか・・・。

「WSSSは参加しないと思いますよ、前に言わなかったかな」

 九条がサラッと流すのを見て聞いて、“はあっ?”とぶち切そうになった杏だが、不破が間一髪で後ろから杏を羽交い絞めにして押さえた。

「自分たちの生活を守りたいのなら機動隊くらい出してもいいはずなのに。現に金沢と伊達では警察府とESSSが機動隊を出すじゃないか」

「比較対象が悪すぎますよ。WSSSは本当に何もしやしない」

 九条はWSSSの為体な体制に対して今も手厳しい。


「じゃあ、WSSS分の敵はこっちに回しましょうか?」

 不破がふざけた物言いをしてまた杏を怒らせた。

「お前ひとり、ここに置いていってやる」

「冗談ですよ、チーフ」


「アンー」

「おお、お前たちのことを忘れてた」

 バグとビートルもオスプレイに乗ってここ毛利市に入っていた。

「ホクトガイナイトツマンナイ」

「そういうな。北斗は疲れてお留守番だ」

「ナラチャチャットヤッツケテカエル」

「頼もしいな。いいか、私のいうこと聞いてから攻撃するんだぞ」

「アンガイナクテモコウゲキデキルヨ」

「なんで」

「ムコウノメッシポイントガボクラノナカデハヒカッテワカルカラ」

「お前たちそういう機能もついてるのか」

「ソウダヨ」

「そりゃたのもしい」

「マカセテ」

 バグは然も可笑しいというように1機がダンスを始めると、ビートルも併せ6機が一斉にダンスを始めた。


 昔のバグよりも数段バージョンアップしていたのを把握しきれていなかった杏。

 これを使わない手はない。

 不安を抱える杏の心に光が差し込んだように思えた。

 自分にとって重要なのは、如何にして与えられたミッションをクリアするか、ただそれだけだと杏は初心に帰り、奮い立った。


 夜の帳は杏たちにとって決してプラスのシーンではない。

 西藤は両目を義体化しているし、倖田、三条は利き目を義体化しているので夜にも強いが、九条が目を義体化しているという話も聞かない。ナオミも目を義体化した風体ではない。

 いずれ、伊東が目を義体化していたことから察するに、敵はセオリーどおり夜の闇を利用して上陸するであろうと杏は考えていた。


 杏はバグとビートル全機に大型船の海上移動マップ及び上陸地点予想マップを送るよう指示を出し、バグとビートルはカメレオン部隊の名に恥じぬカラーヴァリエーションで空高く飛び出していく。

 バグたちを見送った杏は、WSSSビルの1階で出撃を待つメンバーたちを見ながら今夜の戦闘をじりじりときた気持ちで待っていた。

 毛利市内に敵を入れる訳にはいかない。

 海岸線で皆始末しなければ。

 今晩のミッションは、E4にとっても北米にとっても大きな意味を持っていると考えられる。

 突然ハーマンが杏に向かってチョイチョイと手招きしていた。

 何だと思いながら近づく杏に、ハーマンは身振り手振りを交えながら、ナオミ程ではないが分り易い日本語で話しかけてくる。

「先日はどうも」

「こちらこそ」

「僕らはかねがね日本と朝鮮を行き来する伊東を危険人物であるとして行方を追っていた。今日は必ず伊東を捕縛するつもりだ」

「生きて捕えると?」

「生死はこの際関係ない。伊東をこちらの手に落とせば任務は完了する」


 そうか、北米でも伊東を追っていたのか。

 それなら話は早い。

「こちらの策戦としては、雑魚を片付け伊東や司令塔は最後のデザートにする予定だったが、それなら最初からナオミと一緒に伊東を捕縛してもらうとするか」

「ナオミもそのつもりでいる。伊東は任せて欲しい」

「ところで、伊東や司令塔が船から離れるとは思えない。E4としては最終的に大型船に向けて焼夷弾を撃ちこむ気でいるんだが大丈夫か?」

「こちらで預かってフィナーレで派手にやるさ」

「では、そこまで任せることにする。そうなればこちらは雑魚の絶滅に注力するとしよう。アクシデントが起きたらナオミが持ってるダイレクトメモで連絡をくれ。大型船まではうちのビートルを貸し出す」


 杏と固く握手を交わすと、ハーマンはナオミの方にゆっくりと歩き始めた。

 それにしても、伊東や司令塔がおいそれと大型船から顔を出すとは思えない。甲板に引きずりだすのか、それとも内部に入り込んでいくのか。

 杏自身、最後はそうしようと考えてはいたが、最初から伊東狙いとは。

 北米の2人は相当の手練れと見た。



「アンー、フネガイタヨ」

 1機のバグからの連絡に、ダイレクトメモでマップを開いた杏は少なからず驚きを隠し得ず、「はあ?」と独り言が口を吐いて出る。

 思ったより船が毛利西港に近い場所まで接近しており、このまま西港に接岸するつもりなのでは、とメモを受け取った皆が口々に話す。

 しかし接岸すればその時点で不審船と判断され海上保安庁の餌食になるのは既成の事実とも言えた。

 一体、朝鮮国の諜報機関とやらは何をしたくて、また、どう動くつもりなのか。


 敵が毛利西区海岸の沖合に母船を停めて夜にボートで海岸線に渡るものだとばかり思っていた杏は、ここで作戦の一部手直しを迫られることになった。

 思っていたよりも母船が陸地に近いところまで来ている。

 これは母船から直接マイクロヒューマノイドどもが陸地に渡ってくる可能性を示しているが、着岸するふりをして沖へ逃げていく蓋然性も低くはない。

 皆にダイレクトメモを飛ばすことを瞬時に決めた杏。

(バグ、ビートル、1機を残して皆下に降りてこい。カメレオン部隊のままでな)

(ハーイ)

(倖田、三条。カメレオンモードでバグを伴って船の接岸区域上空に移動しろ。上陸しそうな気配があったら連絡を寄越せ。我々が行くまで攻撃はするな)

(了解)

 倖田は直ぐに杏の考えを理解したが三条は違う側面から考えていたようで、杏に質問が飛ぶ。

(チーフ。もし相手に見つかったらどうします?)

(何らかのアクシデントで相手に見つかった場合はその限りじゃない)

(殺しても構いませんか)

 その質問にはっきりと答えられない杏だったが、もう、綺麗事だけで終わることでない状況なのは誰の目から見ても明らかで、躊躇している場合ではなかった。

(ああ、構わない。いいか、まず自分たちの命を優先しろ)


 上空から戻ったバグとビートルが倖田と三条を乗せてまた空へと上がる。2人もカメレオン部隊と同じカラーヴァリエーション、というよりは透明人間といった方が近い色あいで上空に待機していた。


 1機のバグがその後も船の動きを見張っていて、その映像が時計を通して流れてくるが、やはり大型船は沖に戻ることなく倖田たちが隠れている近くに接岸した。

 偽の無線効果で日本警察は騙されていると思っているのか、人間たちの動きは比較的ゆっくりとしていて船から降りる様子はない。船上からもピリピリとした細やかな動きは感じられない。

 倖田から連絡が来た。

(チーフ、毛利西港北側の埠頭に接岸確認。このまま待ちます)


 1機のバグを上空に残し、倖田と三条に付いたバグやビートルを除いた3機は空から降りてきて今は杏の傍にいる。WSSSビルから毛利西港までは、2キロほど。一般人でも走れば10分とかからない距離ではあるが、急ぎ大型船を包囲する必要があった。

 皆、マイクロヒューマノイド特有の歩幅を広くとった速い走りで港まで走っていく。

 ナオミと杏は、ビートルに乗って皆を追い越しながら接岸場所に向かった。


 ナオミが女丸出しにして自分を正当化している。杏はそれが苦手だった。

(あたしは女性だし男性と比べたら体力ないし、ここで体力消耗したくないから)

(私は全体を把握するためだ。女性だからと甘えてるわけじゃない)



 2分ほどで男性陣とビートル1機が毛利西港北側の埠頭に接岸場所に到着した。皆、カメレオンモードになってコンテナの陰に身を潜め杏の指示を待っている。

 上空から見た様子を尋ねる杏に、倖田から返事がきた。

(そろそろ上陸かと思われます。船上に人影が増えてきました)

(空中からの狙撃はどうだ、できそうか)

(難しいですね、風も強いし何と言っても波が高い。一度陸上に降ります)

(了解、上空のバグは引き続き船を監視、上陸が始まったら知らせろ)

(アイアイサー)


 気が抜けるようなバグの返事に皆引き攣り笑いを浮かべながらも、バグからの連絡待ちとなり銃やマガジンマグチェンジの行程を確認した上で個々に呼吸を整えている。

(倖田、人数はどれくらいいた)

(見た限り全体で100体程度いますね、甲板に50体ほど、船内も併せれば100体はゆうに超えそうです)


 あの伊東レベルの頑丈なマイクロヒューマノイドが100体前後か。

 これは制圧に時間を要しそうだと杏が考えていると、バグから黄色い声が飛んできた。

(アン!フネカラオリタヨ!)

(よし、各自カメレオンモードのまま雑魚どもの耳を狙い撃て!皆くれぐれも、自分の命を最優先にしろ!)

 物陰から一斉に飛び出した杏、不破、九条、西藤、ナオミ、ハーマン。


(杏、この中に伊東はいない!焼夷弾付きのビートルを借りる!)

 瞬時にナオミからダイレクトメモが飛ぶ。

 ナオミとハーマンは上陸組に伊東がいないのを見極めると焼夷弾を積んだビートル1機に2人で乗って船へと向かった。


 サイレンサーを付けた銃撃とはいえ、上陸組が何者かに襲撃を受けたことを知った敵の司令塔から指示があったのだろうか。船上から陸に向けてライフルが次々と発射される。

 しかし揺れる船上からのライフル発射は功を為さず、もちろん倖田や三条がカウンターで船を狙い撃とうとするが、的が絞れないと2人ともイライラした口調で杏に零していた。

(カウンターも効きやしない、どうします、チーフ)

(三条は一旦上陸組の制圧に回れ!倖田は引き続き風を読みながらカウンター攻撃を続けろ!)

(了解しました!)

 三条も上陸組の射撃体勢に入り、物陰から飛び出した。


 皆カメレオンモードで敵の近くまで寄り、耳を狙って鼓膜を爆破させるが、倒れる者は1人としていなかった。

 科研での相談は意味を為さなかったか。

 杏は非常に焦り、次の指示が出せないでいた。

 こいつらの急所はどこか。

(各自、耳への攻撃を止めて目への焼夷弾に切りかえろ!)

 不破が最初に焼夷弾を積んだマガジンをリロードし、敵の両目に撃ちこむ。九条や西藤もそれに続いた。

 だが敵は倒れる気配すらなかった。

 

(どうだ?)

(ダメです、痛がる兆候もない。目も義体化してる)

 そこに、敵が適当に撃ち放った銃弾が不破の頬をかすった。

 不破の頬からツー、と血が滴り落ちているのが遠目からでもわかる。同時に、不破のカメレオンモードが回線以上を起こしたらしく解けてしまい、杏の命令をしても作動しなくなってしまった。これではいつ敵に狙われるかわからない。

(不破!大丈夫か、一旦隠れろ!)

(了解)

 不破はコンテナの陰に隠れて傷を拭き、杏からの命令がなくとも個人でカメレオンモードになれるよう時計のボタンを押そうとしたが、間に合わず敵船から狙われてしまった。

(不破!!)

 パン!という音とともに、不破の微かなうめき声が聞こえてくる。

 杏が目を凝らして不破を確認すると、足首に銃弾を受けた不破は俊敏な動きができずに足を引き摺ったまま、なんとか敵船から見えない場所に逃げ込んだ。

(大丈夫か、不破!)

(足首の関節部分をやられました。頭でなくて良かった)

(向こうは我々も頭部を義体化していると思っているかもしれない。お前の近くに敵が現れたらとにかく頭部を撃ち続けて相手の動きを止めろ)

(了解)

 不破は負傷のため攻撃に加われなくなった。ダイレクトメモが通じることだけが不幸中の幸いであった。


 杏の不安は的中した。

 耳もダメ、目もダメ。

 一体、どこに急所がある。

 杏の焦りはMAXに達し、敵を撃つ手が止まってしまうほどだった。

(チーフ!)

 九条のダイレクトメモで杏は我に返った。

(チーフが焦ってどうするんです、向こうは頭じゃなくて足を撃ってきた。これが意味するところが分かるでしょう?)


 人間とは、言葉ではない、行動で自分を置き換えてしまうものだ。

 敵の急所は足首なのか、いや、まだわからない。

 上半身でないのは確かだと見当はついたが、それさえもお門違いなのでは、と射撃に集中できないでいた。

 マガジンがいくつあっても足りやしない。

 一体、どこに急所があるんだ、こいつらは。


 そこに不破からダイレクトメモが届いた。

(今いるバグかビートル使って上空から見た方が良くないですか?)

 さきほど九条からのアドバイスはあったものの、足首が急所だとはどうしても思えなかった杏は、マイクロヒューマノイドの弱点を探すためバグに乗って上空から敵を見る作戦に切り替えた。

(そうだな、バグ2機とビートル1機、いるか?)

(アイヨー)

(バグたちは上空に行け!ナオミ!もう焼夷弾の準備はできたのか)


 その頃、船の中で伊東と渡り合っているナオミはそれどころではなかった。

 相当な手練れであるはずのナオミとハーマンが伊東ひとりに振り回されていた。

 ナオミも自分の攻撃術には自信があるが、伊東のそれはナオミたちを遥かに凌駕しているというか、古い型式のマイクロヒューマノイドでも、カメレオンモードを使っていなくてもここまで戦えるのだということを伊東自身が示している。

 カメレオンモードであるはずのナオミとハーマンが全身に銃弾を浴びせたにも関わらず伊東は倒れなかった。

 結局、杏たちと同じように足の腱に銃弾を集中し、伊東が歩けなくなるのを待った。

 普通なら弾丸1発で敵を倒すナオミもハーマンも伊東を倒すことができず、ナオミがヒステリーを起こしたらしい。


(焼夷弾?そんなの知らないわよ!)

 カチン、とくる杏。これには杏も非常に気を悪くした。ヒステリー以前の問題で、杏が本気で怒ると途轍もなく怖いのをE4の古参組は知っている。

(そうか。ではビートル、こちらへ戻ってこい)

(酷いじゃない!あたしたちどうすんのよ)

(知るか)


 頭まで義体化したマイクロヒューマノイドは火傷した程度では死なない。

 朝鮮製マイクロヒューマノイドは目も義体化しているようで火傷程度で済んでしまうだろう。

 バグとビートルに乗った九条たちが上空に行くと、杏は敵の足首を撃ちながら隠れてはまた出て足首を狙う方法を探ったが、雑魚ですら一向に倒れる様子はない。

 もう、撃っていないのは頭のてっぺんか足のつま先しかいない、というほどで、杏はおろか皆も段々に焦りの色が濃くなってくる。杏自身の焦りが皆に伝染してしまったかのように、動きが緩慢になってきていた。

 

 その時、バグからの連絡がダイレクトメモで流れてきた。

(アンー、ワカッタカモ~)

(なんだ、バグ)

 初めは何を言っているのかわからなかった杏。

 しかし、バグは冷静さを欠くということがないゆえに皆に希望を齎した。

(ワカッタヨ、キュウショ)

(本当か?)

(ムコウノメッシポイントガボクラノナカデハヒカッテワカルッテイッタジャナイ)

(どこだ?)

(トウチョウブ。デモカミノケデカクレテルカラニンゲンカラミタラワカンナイカモ)


 杏は急いで皆にダイレクトメモを飛ばす。

(やつらの急所は頭頂部だ。バグが見つけた。ただ、髪の毛で隠れて見えないそうだ。私がやつらの頭上に行って確認する。設楽!聴こえるか!これから送るデータを皆にマップとして送信しろ!)

(了解)

 杏は1機のバグに乗るとカメレオンモードになって敵のマイクロヒューマノイドたちの頭上に位置した。

(バグ、急所を光らせてデータをE4の設楽に送信しろ)

(アーイ)

 バグが赤外線カメラを作動させ、急所部分を設楽に送信した。設楽がそれを受け、皆のダイレクトメモにマップとして送信し直す。

 杏がマップを見ると、敵の頭頂部、直径2cmくらいが赤く光っていた。

(西藤、三条、バグとビートルに乗って敵の頭上に位置して頭頂部を狙え!私と九条は地上で敵の額を打ち、動きを一旦止める!)


 そういうと、杏はカメレオンモードを自ら解き、バグから飛び降りて敵の中に入り込んだ。

 杏が3発ずつ敵の額に弾を撃ち込み敵の動きを一瞬止めたところに、西藤と三条が頭頂部を狙う。

 九条も杏と同じように敵の目を惹き付ける為カメレオンモードをわざと解いて敵の額を狙い撃ちした。

 西藤と三条のサイレンサーを付けた銃からパン!という小さな音とともにマイクロヒューマノイドが倒れていく。頭頂部からはおびただしいばかりの血が滴り落ちた。


(よし、時間はかかるがこの方法で上陸組を全滅させる!)


 目の前に現れる敵の胸を左手で突き、ある時は回し蹴りを放って動きを止めて、瞬時に額に弾を撃ち込んでいく杏。

 九条も同じように、2,3人の敵を相手に足蹴りを多用し相手の動きを制限した上で正確無比な射撃を行っていた。


 西藤と三条は敵の頭上に身を置き、1人につき1発のマグナム弾を頭頂部に撃ちこむと、すぐに移動しまた同じことを繰り返した。

 上陸したマイクロヒューマノイドたちは何が起こっているか見当もつかないようだったが、次第にどこから狙われているかわかったようで、上空に向け発砲してくる。

(西藤、三条、気を付けろ!バグ!ビートル!撃った瞬間に位置を変えて相手の発砲に備えろ!)

 

 ところが困ったことに、杏のマガジンが足りなくなってしまった。

 不破のマガジンをもらえばなんとかこの策戦を続行できるのだが、と瞬時に考えた。

 だがこのまま不破のところに走っていけば、当たり前のように不破の隠れ場所が敵に知れる。

 

 杏は前に立ちはだかるマイクロヒューマノイド4,5体に足蹴りを食わせて一旦カメレオン化すると、不破のところまで走っていった。

「不破、大丈夫か?」

「足首の関節に来たから動けない。バグに乗って上空で待機する。その方がいい」

 杏はバグに命令するためダイレクトメモを使った。

(バグ、1機不破を乗せて上空で待機しろ!もう1機、倖田を乗せて上空からの攻撃を始めろ!倖田、カウンター攻撃は一段落だ、上空から狙える範囲だけを撃て)

(アイアイサー)

(了解)


 結局複数で相手のマイクロヒューマノイド1体の相手をするため、すぐに制圧することは厳しい状況ではあったが、地道に急所を狙い続けた結果、上陸してきたマイクロヒューマノイドは皆、頭から血を流し埠頭のコンクリートジャングル上に息せぬその身を横たえていた。

 その数、約80体。

 杏は次の上陸組を阻むため、そのまま船に向かっていく。

(不破を除いた全員で船上のマイクロヒューマノイド殺戮に向かう!)

 

 その時上空のバグから届いた言葉に、杏は一瞬目の前が真っ暗になるような動悸に襲われた。

(アン、モウフネノウエニヒトハイナイヨ)

バグの淡々とした連絡に杏の魂にはどっと危機感が押し寄せるとともに怒りが湧いてくる。

(なんだと?どこにいった。まだ半分近く残ってたはずだ!)

(ボートデフネノウシロカラオリテハシッテイッタ)

(どうして言わない!)

(ナンカイモイッタヨ、キイテナカッタノハアンダヨ)

(いつごろ、どっちに向かった?)

(チョウド10プンマエゴロ、10ニンクライデWSSSビル、10ニンクライハジュウタクチニムカッタ)

 そこに驚きを持った口ぶりで九条が口を挟む。

(まさか、南の方角?)

(ウン、ミナミ)

 

 乗っていたビートルから瞬時に降りようとする九条を杏が止めた。

(乗ったままフルスピードで実家を目指す方が早い!)

(本当に速く着きますか?)

(ビートルは疲れ知らずだ、三条も九条家に行け!)

 九条は返事もせずにビートルと一緒に動き出した。それを見た三条も慌ててバグに乗り九条の後を追う。


 迂闊だった。

なぜ全員が一気に船から降りてこないのか、最初に自分が気付くべきだったと杏は悔やんだ。

船を離れた敵の1チームはWSSSにいる同胞の解放、あと1チームは美春の拉致に向かったと思われた。

(西藤、我々もWSSSに向かう!)

(了解)

(僕もWSSSに行きます)

(お前は無理をするな。倖田、敵が残っていないかどうか確認しろ!)


 不破の返事を聞くか聞かないかのタイミングで、杏は西藤とバグを伴いWSSSビルに向かった。

 あの諜報機関のメンバーと考えられる男たちが拘束されているのは、確か最上階。

 普通の勾留者は地下2階に留め置かれるが、あいつらに限っては朝鮮国の秘密諜報機関が関連していると目され、特殊勾留者として扱われていると聞いた。

 WSSSも、普段なら1階を締め切ってしまうのだが、E4がいたせいで開放されていたから簡単に入れてしまう。WSSSでは敵が来るなどと夢にも思っていないだろう。

 

 猛スピードでバグは宙に浮いたまま移動し、1分でWSSSに着いた杏と西藤。

 杏は西藤に最上階の勾留者たちのもとにマイクロヒューマノイドどもが群がっているかどうか確認するよう伝えると、自分はまず地下2階へと急いだ。

 逸る心。まさか、皆倒されていないだろうな。

 まだ解放の段階に至っていないよう心の中で十字を切り、バグを伴い地下の勾留者ゾーンに近づいていった。

 勾留者ゾーンに入るには、3重の扉を開けなくてはならない。そして各扉の前には常時3~4人の守衛がいる。守衛もマイクロヒューマノイドのはずで、すぐに倒されたりはしないだろうと当たりを付けたが、杏の心配は現実のものとなっていた。


 扉を守るべき守衛たち全員が頭から血を流し、床の上に倒れていた。守衛の持っている扉の鍵は奪われて、次の扉、最後の扉も開けられていた。

「おいっ、大丈夫かっ」

 皆、いわゆる心肺停止状態で、息絶えていた。1人だけ、重体でありながらもかろうじて話せる者がいた。

 杏はその守衛を助け起こし、聞いた。

「何があった」

「マイクロ・・・襲って・・・」

「そいつらはどこに行った」

「・・・わから・・・ない」


 杏は救急車を呼ぶと、外に出て最上階に乗せて行くようバグに命令した。

(バグ!私を最上階に乗せていけ!)

(ハーイ)

 最上階から既に連れ出されている可能性も考えられたが、たぶん、ビル内をくまなく探しているはずだと杏は考えていた。

(西藤、最上階の勾留者ゾーンはどうだ)

(変わりありません、まだ拘束者3名はそのまま勾留されています)

(そうか、多くて10体ほどのマイクロヒューマノイドが行くはずだ、バグと一緒になって頭頂部を確実に狙え)

(了解)


 杏は地下から1階に上がり外に出て、バグを伴って50階建のWSSSビル49階の非常階段に降り立つ。やつらが動くとしたら、内部階段かこの非常階段。10人もいればエレベーターは使わないはず。バグに乗って非常階段を下まで確認するが、各階の非常扉は鍵がかかっているのだろう、敵が走っている様子はない。

 一瞬、非常扉を壊して中に入ろうかと思った杏だが、止めた。それでは敵にどうぞ使ってくださいと言っているようなものだ。

 杏は非常階段から中に入るのを諦めて一直線に1階に降り、また中に入るとバグの背に乗って内部階段を上がっていった。

 各階の廊下を確認し、スピードを上げて上階に向けてバグは飛ぶ。


 38階についた時だった。

 何やらバタバタと上の階で走りまわっている音がする。

「よし、追いついたぞ」

 バグは39階のフロアに入ると、カメレオンモードで天井を移動し敵の姿を捉えた。

 杏は頭頂部分に次々に1発で敵を仕留めると、天井を移動しながら内部階段を使って40階に先回りした。

 内部階段を使って上がろうとする敵は、5人ほどに減っていた。

 階段周辺で杏は天井から頭頂部を狙う。

ところが敵も杏の所在を掴むかのように天井に向かい発砲してきた。寸でのところで敵の攻撃をかわした杏は、一旦上の階に身を顰めた。

そして、敵が上の階に来るのを待ち、またこちらから攻撃する。

 上の階に行くにしたがって、敵の数は徐々に減っていった。

 杏が最上階に上がる頃には、もう1人しか残っていなかった。

(西藤、1人に減らした。あとは任せた)


 50階も階段を駆け上がるのは疲れるだろうに、やはりマイクロヒューマノイド。

 しかし最後まで残った男も、西藤から頭頂部を狙われ床に転がる運命が彼を待ち受けていた。

(チーフ、こっちも終わりました)

 これで全員のはず。

「バグ、今まで私だけで何人殺してきた?」

「アンガコロシタノハ9ニンだよ」

「そうか」


 E4は元々テロ部隊制圧のために創設された部署であって、殺す、という概念も選択肢も無かったのが不破にとっては災いをなしたのか。

 自分の魂が引きちぎれるような2つの両極的な考えを一気に習得させられた気持ちの杏は、西藤を船に向かわせ、何か不都合があったら知らせるようにと一言付け加えた。

自身は再度最上階の勾留者を確認するつもりで最上階に入った杏だが、聞こえてきたのは守衛たちのE4に対する罵詈雑言。

 拳骨をかまそうかなとも思ったが、ここで時間を割くわけにはいかない。

 杏はカメレオンモードで守衛の真ん前に立ち、壁をガン!!と3発ほどパンチし粉々にして最上階を去った。


 杏は、美春の住む九条の実家も心配だった。

 もしも美春に何かあったら・・・。

 考えていても仕方がない。

 九条にダイレクトメモを送ろうとしたとき、反対に三条からメモが届いた。

(こちら10人全員を殺害しました。美春さんは無事です)

(そうか、今晩は九条をそこにおいて三条とビートルだけ埠頭に戻ってこい)

(了解です)


 埠頭に戻った杏が船の中で見たのは、窓越しに見える伊東と、ナオミ、ハーマンの姿だった。伊東は動じていないのか、それとも先日のように動けないでいるのか。

 たぶん、後者。

  

(ナオミ、ハーマン。これから船を焼く。外に出てこい)

(こっちの都合は効かない訳?)

(知らん。ビートルを1機そちらに回す。死にたくなかったら出てくるんだな)

 そういって、杏はビートルを1機呼んだ。

(ビートル、2人を船から拾ってWSSSに連れていけ。そのあとは私のところに戻って来い)

(ハイハーイ)

 杏の意見を良しとしたのかどうか、ナオミとハーマンは船上に出てきてビートルに乗り、低空スレスレでWSSSビルの方角に消えた。そしてビートルは杏のところに戻った。

 

 こちらにいるビートルはその内部に焼夷弾を積んでいた。

 もしも船内に生き残りがいる場合、船から出てくる見込みは大きい。

(倖田、降りてきて焼夷弾の撃ち込みを頼む)

(了解)

西藤に対しては、引き続きバグとともに上空に待機するよう指示を出す杏。生き残りには容赦なく攻撃するようにと言い渡した。

下に降りてきた倖田は焼夷弾をセットすると一発目の焼夷弾を船上に撃ちこんだ。そして続けざまに2発目の焼夷弾を撃ちこむ。


 やはり、船の中から逃げてくる雑魚は多かった。

 西藤はWSSSビルから戻ってからも疲れも見せずに戦っていたが、やはり手数が足りない。段々敵は市内へ向かおうとしているのがありありと分る。その時、ハーマンとビートルが戻ってきた。

「伊東は落としたから、最後のプレゼント」

「有難い」

「では、いきますか」

ハーマンは、カメレオンモードは使わず正攻法で敵の相手をすることにして、手をポキポキ鳴らした。相手の膝辺りを思いっきり蹴って膝を折ったり、回し蹴りで気絶させたりしながら、船から逃げてきたマイクロヒューマノイドたちの動きを止め額に3発撃ち込む。気絶したマイクロヒューマノイドには、陸上にいるビートルが照準を合わせてマグナム弾を撃ちこんだ。

 三条も埠頭に戻り、杏とともに回し蹴りや胸への突きで相手を立ち上がれない状態にして、敵の頭頂部を撃つ作業は概ね西藤と倖田が担った。


 船の中から逃げてきた輩は15~20人ほどいただろうか。

杏たちの攻撃により雑魚の戦士たちは全滅し、残りは船の中にいる伊東と船隊の司令塔の2人だけになった。


 杏がガラス窓を破り船内に入ると、もう伊東は歩ける状態ではなかった。


 別にナオミたちは伊東の亡骸が欲しいわけではあるまい。

伊東よ、北斗にした非礼の数々、今ここに謝罪してもらおう。お前は船とともに炎上するがいい。

 伊東を跪かせるような姿勢にすると、杏は最期の1発を伊東の頭頂部に撃ちこんだ。


 司令塔は船の中にはいなかった。いつの間にか船から消えていたらしい。

ハーマンが、船内にいた司令塔がここのコンクリートジャングルにはいないと言う。ということは、ボート組と一緒に上陸したと思われた。

 もしかしたらWSSSにいる仲間の奪還作戦、あるいは美春のところに向かい、杏や九条らに撃破されたのかとも思ったが、司令塔は厚手のヘルメットを1人だけ被っていたとのハーマンからの報を受け、杏たちの目をかいくぐり逃げ果せたと判断、上にはそのように報告することとし、杏はやっと肩の力を抜いた。

 

 直後、設楽から現場付近に海保の船が近づいていると言う情報を掴んだ杏は、皆に知らせた。

(逃げるぞ。思った通り、海保のお出ました。ハーマンはビートルに乗っていけ。一旦WSSSのビルに集合の事。西藤、倖田もそのままバグに乗って最初に逃げていいぞ、疲れただろう)

(来るときは大変でしたけど、まだ走れますよ)

(いや、倖田は私たちのような脚でないのだから走るのも一苦労するだろう。カメレオンモードとはいえ、万が一海保の目にでも留まったら面倒だからな)


 WSSSビルに着くと、ナオミが首を傾げながら杏の方に近づいてきた。

 また何か我儘言う気か。

杏はちょっと身構えた。

「あたしとハーマンはここで失礼するわ」

「この辺一帯は大騒ぎになるぞ、大丈夫か」

「迎えが来るの」


 誰が迎えに来るのかは聞かなかった杏。聞くのも面倒だったし、よしんば聞いたとしても、ナオミもハーマンも本当のことは答えなかっただろう。

 

「チャオ」

 ナオミはハーマンとともに夜明けが迫った東へと悠々とした態度で歩き始め、その後ろ姿に杏は(おもむろ)に敬礼した。

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