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E4 ~魂の鼓動~  作者: たまささみ
12/14

第11章  マイクロヒューマノイドの魂

E4に戻った杏と不破は、剛田に第2科研でのあらましを報告するとともに、北斗も入れた全員が会議室に集まり電脳を繋いで緊急ミーティングを行った。

 伊東が逃げ出したということは、伊東を拾ったのは朝鮮国の秘密諜報機関あるいは軍隊とみて間違いない。

 相手が秘密諜報機関なら伊東をこちらの手に渡せない理由もわかるというものだ。伊東の身体を研究材料に使われては困るのだろう。


 秘密諜報機関といえば、美春を拉致誘拐したのも北米の命を受けた朝鮮国の秘密諜報機関の連中ではなかったのか。

 ただ、1度目は伊達市で拉致し船で朝鮮に向かおうとしたところ美春が海に飛びこんだため目的を果たせなかった。2度目に毛利市で誘拐を試みた際は2人が死に、3人がまだ警察府に拘束されている。

 誘拐の理由や個々の所属などについては3人とも黙秘しているというが、もし所属が秘密諜報機関であれば、そういった訓練はしているだろうから黙秘を貫くに違いない。


「これまでの情報を総括すると、伊東は朝鮮国の秘密諜報機関出身のパートタイムスナイパーであり、パートタイムスパイとして日本と朝鮮国を行ったり来たりしてきたんだろう」

 剛田が皆に伝えると、西野谷内閣府長官の護衛を外れE4に戻った九条が首を竦める。

「パートタイムスナイパーですか。僕の探していた人間がどうやら伊東だったと知って驚きましたよ」


 三条は淡々と事実のみを伝えていたが、それは驚きべきもので杏はつい前のめりになってその言葉を聞いていた。

「1週間前に朝鮮国の一番大きい港から大型船が出港したという情報が入っています」

 剛田が三条の言葉に関心をもったようで、片目を瞑ったままそちらを向く。

「軍隊か?」

「いえ、軍隊のように国旗は揚げていません。ですから諜報機関の可能性も否定できません」

「そうか。今どの辺りにいる」

「出てから今まで済州島近海で碇を降ろしているそうです。何かの訓練とか、そういった類いも考えられます」

「信頼できるソースからの情報提供か」

「はい・・・実は元W4のIT担当が無線をキャッチして、僕に連絡をくれました」

「そうか、では信頼に値するな」

 信頼に値する情報、と言われた三条は嬉しそうな顔をして九条を見た。九条もまた、口角をあげて微笑んでいる。

「では、設楽、八朔。お前たちがその情報を引き継ぎ、無線を追え」

「了解です」

 杏の言葉に反応し、早速八朔が1人で無線を傍受しに走っていく。


 すると剛田が考え込むような仕草を見せたので、みな何事かと身構えた。

「お前たちのいうとおり、朝鮮国秘密諜報機関が伊東を奪還したと見て間違いないだろう。大型船が出たということは、何かにカムフラージュして日本に上陸することも考えられる。五十嵐、不破。科研での報告事項を皆に話せ」


 杏が話したのは、朝鮮国製のマイクロヒューマノイドが弱点らしい弱点を持っておらず、唯一足の腱を何十回も狙った場合のみ移動できなくなる、という比較的弱気なものだった。ただ、向こうのマイクロヒューマノイドは最新式ではなく耳から電脳に繋ぐため、耳を撃ってみる可能性が残された、と杏は締めくくった。

 不破からは、日本製のマイクロヒューマノイドは脳を弄っていないため脳の保護が最優先になると思われることから、ヘルメットの着用を徹底することなどが報告された。


 剛田が皆の顔をひとりひとり見回した後、電脳から言葉として伝わってくる。

「言葉は何も語らない。語るのは行動そのものだ。言葉に惑わされること無く行動を注視して任務に当たれ」

「了解」



◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇



 早いもので、伊東が朝鮮国に奪還されてから1ケ月が経った。

 日本自治国としては表立った捜査ができず、E4に全権委譲という形をとって捜査を進めていた。今日はその報告事項を内閣府に伝える為、剛田と不破が金沢に出向いていた。


 伊東は、大陸内か、あるいは船の中でかは知らないが、足の腱を繋げる緊急オペを施していると杏は考えていた。

 設楽がIT室から出てくると、無線傍受の様子をE4の皆に伝える。

「大型船は一度済州島の港に入りました。食糧補給、燃料補給を済州島自治府に申し出ていますが、その実何名かの人間が新たに船に乗り込んだようです」

 杏は設楽の腕を掴み、問いかけた。

「乗り込んだ人間の正体はわかるか」

「朝鮮語を自動翻訳していますが、何せ人名なんで。ただ、チーフの役割を果たしている人間が乗り込んだのは確かです」

「伊東か?」

「カメラがないためその辺ははっきりしていませんが、伊東ではないようです。伊東も恐らく乗り込んだとは考えられますが」

「そうか、引き続き無線傍受よろしく頼む」

「了解」


 杏は九条を見て、チョイチョイ、と手招きする。

「どう思う」

「今の情報量ではなんとも」

「そうだな、いずれ日本に向けて出発する可能性は大きいと私は見ている」

「着岸がどこになるのか、いつなのか。その辺ですね」

「無線傍受でなんとかなればいいが」



 急にE4の中に風が入ってきて杏の机から書類が飛んだ。

「こちらの在朝スパイから連絡が来ているわ。船は2週間後に日本自治国伊達市に着岸する」

 そういって自動ドアの向こうから顔を出したのは、ナオミとハーマンだった。

 杏が渋い顔をしながら皆の前に出てナオミたちに応対する。

「何の用だ」

「あら、杏。渋い顔しないで。CIAで掴んでる情報を伝えに来ただけ」

「信頼できる筋の情報なのか?」

 信じていないと言わんばかりの杏の言動を見て九条が椅子から立ち上がった。

「チーフ。そういきりたたないで。ここはじっくり話を聞いてみましょう」

 杏はふん、とそっぽを向いてナオミたちの応対を九条に任せた。

「今、こちらでも済州島近海の大型船にかかる情報を収集しているところです」

「その船で間違いないわ。ところであなた方、朝鮮国の秘密諜報機関の元お偉いさんをやっつけたんですって?」

「誰です、それ」

「日本名、伊東毅彦」


 えっ、と部屋中がざわめきだした。

 倖田はライフルを床に落とし、西藤は寝ていたソファからガバッと飛び起きた。北斗は読んでいた活字新聞がビリッと破けたくらいだ。三条は北斗も認めている通り、性格的にどっしり構えている大物なので、ちらっとナオミをみただけだった。

 比較的冷静な九条がなお、ナオミと杏の橋渡し役を仰せつかった状態で会話に臨んでいる。

「これはまた。彼は元お偉いさんだったんですか」

「途中で椅子取りゲームから降りてパートタイムになったらしいけど」

「なるほど、どうしても日本で生きたかったのかな」

「復讐するためにね」

 九条は眉を八の字に下げて“復讐するため”のワンフレーズを考え込んでいるようだ。

 そしてようやく口を開いた。

「小さな頃の苛めが原因ですか。それでも普通なら祖国に帰って祖国のために働くんじゃないでしょうか」

「日本の崩壊をその手で成し遂げたかったのでしょう。その眼で見ながら」

「どうして伊東は安室元内閣府長官を殺したのでしょうね」

「それはあなた方が一番判ってるはず。もう安室は使い物にならなくなった」

「悠木議員に唆されたと?」

「少なくともCIAでは日本の議員に唆されたくらいで伊東があの行動に出たとは思っていない。彼自身がストーリーを描いていた。そこにたまたま暗殺依頼が飛びこんだだけ」

「なるほど、ありがとうございます。何か疑問があったら、その腕に付けている時計で聞きますから」


 ナオミはこちらでダイレクトメモ用の時計を作ってもらったが、捨てたと杏は思っていた。杏は少し意外そうな顔をしたようで、ナオミが杏に向かって女王の微笑とばかりに見下ろした。

「杏、この優れものは北米に持ち帰って研究材料にさせてもらうわ」


 剛田がいれば結論は剛田が出したはずだが、杏だけでは珍しく結論が出せなかった。

 ナオミを前にすると、杏の思考回路は停止する。

 今時間、剛田は内閣府にて報告をしている真っ最中だろうからダイレクトメモも使えない。

「いや、一旦返してもらって上層部のOKが出たらまた渡す。それでどうだ」

 ナオミはふふふ、と笑って杏の提案を拒否した。

「あたしたちの最後の仕事ですもの、今はまだ渡せない」

「何が最後の仕事だ、E4から出た後はどこの警察にも所属していないだろうに」

「あなた達にとっては来たるべき悪魔、こっちの名前じゃ伊東ね。あいつとの対決よ、人手はあった方が得でしょ。あたしたちも北米に手土産ができるし」

「手土産のためにここに残ると?」

「お互いwinwinじゃない?お得よ、あたしとハーマン」


 杏がどんなに考えていても答えは出ない。


 それでも、ここに残って戦うと言うのなら好きにさせればいいのでは、という結論にようやく至った杏。

「E4の邪魔だけはするな」

「しないわよ」

 ナオミは小さく溜息を吐き何か英語で言っていたが、杏には聞き取れなかった。杏と話しても面白くない、とでも言いたげな顔をしている。

「じゃ、2週間後にまた来るわ」

 ナオミはハーマンの肩を叩くと、踵を返して自動ドアの向こうに消えた。


 ナオミがいなくなり、やっと思考能力が戻ってきた杏。今後のスケジュールを念頭に置きながら皆を地下の練習場へと追いたてる。

「北米のいうことが本当なら、2週間の猶予が与えられたことになる。みな、まず額を集中的に狙え。そうすれば相手は攻撃できない。そして至近距離から耳を撃てば向こうのマイクロヒューマノイドは死ぬと思われる。動くのが邪魔な時は腱に纏めて撃て」

 九条と三条は相手の攻撃などお構いなし、“邪魔者には死あるのみ”と言わんばかりに、端から耳を撃つ練習を始めていた。

 


 ナオミがE4に顔を出した直後から、設楽と八朔は無線傍受に追われていた。

 北米スパイの情報通り、2週間前後で大型船は伊達市に入ると思われる。

 これがフェイクの情報でない限り、伊達市でE4を全滅させ、その後金沢市や毛利市といった主要地域を狙うものと考えられたが、杏はひとつだけ気になったことがあった。


 美春と剛田を始末するため誘拐したやつらは、毛利市のWSSS施設で拘束されている。朝鮮国の秘密諜報機関では、E4壊滅とメンバー奪還、どちらを優先して考えるだろう。

 あたしなら、メンバー奪還をまず優先事項にする。

 E4など、大人数で攻めればいつでも潰すことができるから。

 となると、この無線情報はフェイクの可能性が多分に考えられるのではないか。


「剛田室長、どう思う?」

「なんだ五十嵐、唐突に」

「相手のプライオリティー」

「この場におけるプライオリティーとはなんだ」

「毛利市内にいるメンバー奪還とE4全滅のストーリー、剛田室長ならどっちを優先する?」

「そりゃお前・・・」

「ね?北米の情報や無線情報では最初に伊達市を攻撃してE4を失くすとしているけど、果たしてそうかしら」


 杏はIT室に向かって行き、ドン!と1回、ドアを蹴った。

「おい、2人とも。無線傍受先がもう一つないか調べろ。内容は、朝鮮国が毛利市を最初に攻めると言うものだ。船が到着する時期も合わせて徹底的に調べ上げろ」

「え。今更ですか」

「船がいる場所から毛利市までの時間も合わせて知らせろ。この1週間が目途だから、死ぬ気でやれ」

「まったあ、チーフは人使い荒いんだから」

 設楽のブーイングを拳骨で黙らせた杏は、今一度2人に強い口調で指示を飛ばした。

「最初の無線はフェイクの可能性もある。微々たる電波でもう1件の無線が流れていないかどうか、探すんだ。頼んだぞ」



 杏はそのままIT室から出てナオミに連絡しようと思ったが、それには時期がまだ早いと察した。

 もう1件の無線を傍受できなければ、ナオミは杏の言うことを信じようとはしないだろう。彼女らと軋轢は起こしたくない。たぶん相当な戦力になるはずだ。ナオミとハーマン、あの2人がいるだけで。


 徹夜で無線傍受を続ける設楽や八朔に差し入れをしながら様子を聞く杏。

「どうだ、微弱電波でもいい、何か通信している様子はないか」

「今までの無線通信が大きすぎて裏に何かあるかどうかも聞き取れません」

「そうか、引き続き、両方の無線傍受を頼む」


 元W4のメンバーによる無線傍受がフェイクだとする杏の考えを、三条に伝える気にはなれなかった。せっかく傍受して三条に教えてくれたというのに、それを無下にするような気がして言い出せない。

 浮かない顔の杏を見て、地下の射撃練習から戻った九条が心配そうな顔で杏に近づいてきた。

「何か困りごとでも?」

 杏は、迷いに迷ったが、九条に自分の意思を伝えようと決めた。

「W4元メンバーが傍受してくれた無線通信が、もしかしたらフェイクかもしれない」

 杏は九条に、朝鮮国がどちらを優先して事に当たろうとするか、仲間の奪還が先かE4の全滅が先だろうかと、あらためて聞いた。

 

 九条が冷静に受け止めてくれたように見えて、杏は少しほっとする。

 淡々とした表情で聞いていた九条だったが、段々と目に炎が宿ってきた。

「プライオリティーからいってみれば、毛利市への上陸が先に思えますね。メンバーの奪還と、叔母様の命を断ち切る作戦に出てもおかしくない」

「となると、別の無線でやり取りしている可能性があるのでは?」

「ええ。僕らの元メンバーも悪気があってやったことではないのでその辺はお許しください。IT室では別の無線傍受を?」

「それが上手くいかない。北米に知らせようにも、ナオミは私の言葉を聞こうとしないから困っている。あいつらが味方に入れば鬼に金棒状態になるのは確かだと思うからな」

「叔母様のこともあるから、僕から北米、ナオミさんに連絡してみましょう。ところで船は今どこに?」

「まだ済州島の近海で碇を降ろしているそうだ」

「今動きだせば1週間もかからず日本に到着しますね」

「ああ、今出発して毛利市に着岸されたら町は大混乱になる」

「WSSSも身動きとれずに惨敗するでしょうし」


 杏と話を止めた九条は早速、ナオミにダイレクトメモを飛ばしていた。初めは出なかったようだが、何回かチャレンジしたところ、ナオミが出たらしい。

 九条は自分の叔母が朝鮮国秘密諜報機関に狙われていることを告げ、もしかしたら大型船は最初に毛利市に入り叔母の拉致誘拐とその際捕まったメンバーの奪還を目指しているのでは、と話題を振ってみる。

 ナオミは初めのうちこそ在朝スパイの言うことに間違いはない、と九条の言い分を退けていたが、九条の叔母、美春が2回も誘拐、あるいは誘拐未遂に遭っていることを考慮し、伊達市でE4を失くすよりも、日本人の人質を取った方が朝鮮国にしても戦いやすい状況になると理解したようだった。


 在朝スパイはもう国外に逃れているので情報を確認する術がない。

 北米の最新型無線傍受機器で無線を聞き取れないか上司に相談する、とした上で、ダイレクトメモは切れた。



 それから3日が経った。

 杏は徹夜をするIT室の2人をときに鼓舞し、ときに優しく差し入れを持って、無線傍受の様子を眺めていた。

 相変わらずE4の無線機ではフェイクしか傍受できず、設楽たちも段々焦りと滅入りが限界にきているように見えた。

 設楽は昼間から酒を飲みながらヘッドホンをして耳を澄ましていた。

 酒を飲んで細かい無線の音が聴こえるかどうかは非常に疑問の残るところではあったが。


「よっしゃー!!」


 杏が徹夜に付き合ってE4のソファでうとうとしていると、IT室の設楽が大きな声で叫んだ。

 設楽は酒臭い顔でIT室から出てくると、杏の元に一直線に飛んでくる。

「見つかりました、裏の無線傍受に成功しました!」

 杏は鼻を押さえながら設楽の肩を叩いてその仕事を労った。

「ご苦労だった、設楽。ただ、その酒臭いのなんとかならんか」

「これが僕の徹夜スタイルなんですよ、お蔭で無線傍受に成功したんですから」

「それはそうだが。あとは八朔に任せて今日はもう帰って寝ろ」

「いいんですか?チーフ」

「今日だけな」

「あざーっす」


 設楽はロッカールームに飛んでいく。杏がIT室を覗き見ると、八朔が微弱無線を聞き漏らさないよう、目を瞑り真剣な顔でヘッドホンをしている。

 寝ているわけじゃあるまいな、とも思ったが、不用意に声を掛けるのも集中をきらすか、とIT室に入るのを止めた杏。

 換気扇をつけようと思ったが、無線はかなり小さな音だ、聞えなくなる可能性もあると思いそのままにしていた。



◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇



 翌朝、メンバーが次々と出勤してくる。

 皆、設楽が酒臭いのは知っていたようだが何日も徹夜しているIT組に文句をいう気にもなれなかったらしく、珈琲を淹れながら自分の席に着く。

 やがて、剛田と不破が出勤してきた。

 剛田も部屋の中が酒臭いのを感じたようで大きく溜息をついたが、設楽や杏に対しては何も言えずにいたようだった。

 そんな剛田に気付きながらも、杏はこっちが先と言わんばかりに剛田に寄っていく。

「剛田さん!無線見つけたわよ!」

「本当か?」

「ええ、設楽が見つけたの。余りに酒臭いから自宅に帰したけど」

「正解だな。ところで、無線の内容は解ったのか」

「今八朔が聴きこんでるところ」

「内容がわかったらすぐに教えてくれ、金沢にいく」


 杏はIT室を度々覗き、八朔に声を掛けるタイミングを計っていた。

 それから1時間ほど。

 目の下に真っ黒なクマをつくった八朔がIT室から出てきた。

 あれから3日間徹夜したのが痛々しいほどにわかる。


「チーフ、向こうの無線内容わかりました」

「どういう内容だった?」

「やはり着岸は毛利市、時期は10日後。フェイク無線は2週間後でしたから4日ほど早い着岸です。3日違えば毛利市を手中にして金沢や伊達にも攻め込んでこれます」


 杏が九条と三条を見ると、最初に九条が立ち上がった。

「毛利市で大型船が着岸できるのは毛利西港ですが、あそこはかなり目立ちます。毛利西区海岸の沖合に母船を停めて夜にボートで海岸線に渡るのが一番目立たない方法かと」

「なるほど。その2択で間違いない?」

「ええ、他は現実的ではない。な?三条」

 九条から話を振られた三条も椅子から立ち上がった。

「僕もそう思います。毛利東区にはそういった海岸はありませんから」

 三条は、前の無線がフェイクであったことを九条から聞いたのだろう。残念ではあったろうが、もう切り替えて仕事をしているように思われた。


 剛田の方を向いて今の話を繰り返そうとする杏だったが、剛田はそれを制止してすぐに立ち上がった。

「これから内閣府と警察府に行ってくる。時期的には間違いないと見た。場所は毛利市を第一と考え我々E4はそちらに集中するが、金沢市と伊達市にも部隊を派遣するようお願いしてくる」

「軍隊?」

「いや、五十嵐。できれば軍隊は派遣したくないところだ、戦争問題に直結しかねないからな」

「じゃ、警察部隊本部とWSSS、ESSSというところね」

「向こうの規模にもよるが、今の段階ではそれで間に合わすしかないだろう」

「こき使われるわね、あたしたち」

「向こうの船は本当に1隻だけか?」

「今のところは」

「他に情報が入ったらすぐに連絡しろ、わかったな」

「了解、いってらっしゃい」


 不破を伴って金沢に出掛けた剛田を見送った杏は、くるりと振り返ると九条の顔をまじまじと見る。

「ナオミに連絡してくれ、向こうでも同じ無線通信が聴こえているかどうか」

「了解」

 九条はすぐにダイレクトメモをナオミに飛ばす。やはり、1回で出る様子はない。杏はナオミを前にするといつもイライラさせられる。早く出ろ、ナオミ。

 何回か連絡をつけようとしたが、今日は全然繋がらない。

 九条が諦めて杏に向かって首を竦め時計から手を離した。


 いやいやながら、ナオミに連絡するため時計のボタンを押そうとする杏。

 するとボタンを押した瞬間にナオミの低い声が聞こえてきた。

(やーね、時間考えてよ。こっちは今夜中なんだけど)

(すまん。ところで、今までと違う無線通信を傍受した。日本着岸は10日後、場所は毛利市だ。そちらで何か情報が入っていないか)

(なんですって?)

(今までと違う情報があったら連絡をくれ。どちらが本物かまだはっきりとしていないが、微弱無線をキャッチしての情報なので精度は高いと思っている)

(これからCIAに行くわ。あとで連絡するから待ってて)


 ナオミはぷつりとダイレクトメモを切り、杏は話が繋がったことで内心ほっとしていた。

「北米で同じ情報が得られたら、本格的にシフトを動かす。それまでの間、射撃訓練と防御訓練に励んでほしい」

 それだけメンバーに伝えると、杏は自ら地下に降りた。


 地下1階から下を見ると、北斗がバグやビートルと追いかけっこをして遊んでいるのが見える。

 今回はバグやビートルにも頑張ってもらわなければ。

 向こうの規模次第ではカメレオンモードを使うつもりだが、どこまで通用するかわからない。

 なるべくなら、こちらの手の内を全部さらけ出すことは避けたい。

 まあ、それは向こうだって同じだろうが。

 

 色々と考えあぐねていると、頭がすっきりしない。

 杏は銃を取り出して射撃場に行き、手始めの100発を続けざまに撃った。



◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇


 300発ほど的を狙ったところでようやく頭がすっきりしてきた杏は49階に上がり自動ドアを開けた。

 室内には誰もいない。

 入れ違いに皆、地下に降りたらしい。

 

 珈琲を淹れて自分の席に戻ると、机に九条の字でメモが残されていた。

 ナオミから連絡が来たらしい。

 直接杏と話したいということで、連絡を待つとナオミが九条に伝言したようだ。全て九条に伝えてくれればいいのに、と思うと頭がピリピリと痛む。

 また頭痛。

 薬を飲んでから連絡するか。

 薬を探していると、ダイレクトメモでナオミのキンキン声が聞えてきた。


(連絡しろっていったでしょー)

(すまん、射撃場にいた)

(こっちでも無線傍受したみたい。ハーマンと9日後に毛利市に行くわ。集合場所はWSSSビル1階。時間は夕方4時。いい?)

(ああ、構わない)

(E4はどうするの?皆毛利市に行く?)

(今のところはその予定だが)

(今までの無線どおり伊達市に来たらどうするの)

(ESSSにお願いするしかない。こっちはオスプレイで移動するから毛利市との往復はそんなに時間がかからない)

(飛行場から海岸線までほとんど距離が無いから、正味1時間半というところね)

(ああ、毛利市の飛行場まで行く時間がちょっと惜しいくらいで、飛行時間そのものは1時間あれば)

(了解。伊達市にいようかと思ったけどあたしとハーマンは車しか移動手段がないから最初から毛利市に行くわ)

(そうか。では、WSSSビルで待つ)


 これで北米からの助っ人も目途が立った。戦闘力も高そうだし、2人でもいないよりはましだろう。

 CIAからの助っ人なのか、個人的な北米への土産話なのかは知らないが。


 ピリピリとした杏の頭痛はまだ続いていた。

 机の中に入れた頭痛薬を探す杏。

 ようやくみつけ、薬を手に給湯室まで頭を抱えながら歩きコップに水を注いで一気に飲み干した。

 どうせ気持ち程度しか効かないのだが、別に気持ち程度で良い。これ以上を望んだら脳を弄られてしまいそうだ。


 杏が給湯室からE4に帰ると、九条だけが射撃を終え49階に戻っていた。

「ナオミと連絡が付きましたか」

「9日後WSSSビルで待ち合わせ」

「実戦経験もあるでしょうから役に立ちそうですね」

「しかし、朝鮮がどれくらいの規模で来るか。結構な数が来ると思うんだけど」

「そうですね。そこでチーフ、ご提案があります」

「何?」

「最初にカメレオンモードで雑魚を減らして、伊東や向こうの司令塔は最後まで残す方が賢明かと」

「殺すということ?」

「チーフの言うとおり、向こうはかなりの数が来るはずです。こちらは少数精鋭とはいえ、数的劣勢は免れない」

「最終的には剛田さんの判断を待つしかないけど、それも致し方ないかもしれない」

「剛田室長も許してくれると思いますよ。今回に限っては」


 2人で話しているところに自動ドアが開き、ちょうど剛田の姿が見えた。後ろに付いている不破は杏たちを見ると口元をへの字にした。また不破は怒っている。

「どうだった、剛田さん」

「我々は毛利市に集結することで話がまとまった」

「こっちも今策戦会議してたとこ」


 杏は九条から提案のあった内容を剛田に話した。

 カメレオンモードで雑魚を殺して伊東や向こうの司令塔は最後まで残す方法。

 杏としては、伊東ら向こうの司令塔に付く人間を最初に落としたかったが、戦況を見ないとそこまでは決められないと剛田がいうため、それ以上意見するのは止めた。

 いずれ、伊東や向こうの司令塔は、自分か九条、北米の2人あたりが相手をすることになるだろう。

「ところで、向こうではカメレオンモードあるのかしら」

 杏の素直な疑問を引き取ったのは剛田だった。

「いや、無いと思われる。向こうは日本よりマイクロヒューマノイドの研究が遅れている。未だに電脳も耳で繋ぐくらいだからな」

 

「北米では?」

「北米はマイクロヒューマノイド研究の最先端だ、ハーマンとやらも確実にカメレオンモードは装備しているだろう、ナオミも装備していた」

「なら心配はいらないわね」

「で、さっきの策戦だが」

「やってもいい?」

「致し方あるまい。人数を見て五十嵐、お前が判断しろ」

「じゃあ、任せてもらえるのね」


 不破が懐かしそうな目をする。

 以前、中華国海兵隊と戦った思い出が蘇ったらしい。

「あの時は軍こそ出さなかったけど海上保安庁が出てきたよな」

 杏も当時を思い出した。

「九条三条ペアは全然疲れてなかったの思い出した」

 九条が笑いながら手を振る。

「僕らだって疲れてましたよ、そう見せないだけです、あの時は身も心も暗殺部隊でしたから」

 不破と九条は互いに無視しあいながら独り言を杏に向ける。

「今度も海上保安庁出てくるかな」

「その前に全滅させないと」

 不破が九条に対し嫌味を言う。

「殺し自体は俺としては有り得ない」

 不破の態度を見た杏は呆れ、さすがの光景に、不破に釘をさした。

「向こうの数にもよるけど、今回は最初から始末する気で行く。船の甲板焼くのは前と同じにしようか」

 不破も少し反省したようだった。

「ま、あんときも結局は全滅させたわけだから。そうでないと身が持たないし」

 九条は一条を失った思い出したくもない思い出だったらしく、顔を背けながら怒りに肩を震わせた。

「中華国のときは今回とは比べ物にならない規模でしたからね。それを考えれば。ただ、今回の場合急所が見つからないのでそこは心配ですが」


 剛田が九条のやるせない思いを引き取った。

「今のところ、向こうのマイクロヒューマノイドは伊東しかわかっていない。伊東はどこを撃っても死ななかったと聞く。耳が果たして急所なのかもはっきりしていない。中華国のときより難儀かもしれない」

 杏も不安を隠せないでいた。

「あの時の伊東レベルで皆が義体化してたら、1体倒すのに時間がかかる分厄介だわね」

 不破も皆の話を聞くうちに、少し不安が頭をよぎったらしい。急に真摯な態度に出る。

「もしそうなら、どうする」

「最初に耳を狙って雑魚を倒す方向でいくけど、それが無理なら防御しながら1対1で。そうなるとこちらは人数が少ない分消耗も激しくなるし分が悪くなる」

「船を最初に焼き払えば?」

「そうね、不破。それも選択肢に入れるわ」


 杏が浮かない顔をしていると、地下から倖田、西藤、三条が戻ってきた。

 杏の顔色を窺ったのは三条だった。

「チーフ、浮かない顔ですね。何かありましたか」

「いや。これから会議室で対策を練る。皆、集まってくれ」


 剛田から全権委任された杏は、皆を会議室に呼ぶと早速声を上げた。

「朝鮮国からの大型船は10日後に毛利市沿岸に近づくと思われる。そこで我々の戦い方を確認しておきたい」


 杏は九条や不破と話していたとおり、最初はカメレオンモードになり雑魚を片付ける方向性を示した。その一方で、伊東や朝鮮国の司令塔に逃げられないよう、何かしらのプレッシャーをかけることも大事だと説く。

 大型船にはバグやビートルで近づき焼夷弾を撃ち込み、船そのものを動けなくする。海上保安庁の船が出てくることも勘案の上で。

焼夷弾を撃ちこむのはビートル2機。補助者が必要なら都度考えていく。

 焼夷弾。

 一条を襲い、紗輝を殺したあの女に杏が復讐した方法だ。

 焼夷弾で目を義体化したマイクロヒューマノイドが倒れるとは思っていないが、それも一つの選択肢とする。


 杏は、最初にカメレオンモードの形態をとり至近距離から雑魚らしき面々の耳を狙うことを提案した。それが上手くいかない場合、カメレオンモードで防御しながら1対1の対戦になる。

 頭も義体化している朝鮮国のマイクロヒューマノイドは一見して弱点が見つからないことは前もって皆に報告している。

 とにかく、正面突破のし難い相手なので、十分に注意を払っての策戦になることは皆が承知の通りだと結んだ。


 バグやビートル、北米のナオミとハーマンを加えたとしてもE4側は8人プラス6機しかいない。

 杏は北米からもっと助っ人を集められないかナオミに打診しようとも思ったが、難しいのではないかと九条が言う。

「でも、言うだけはタダだから」

 そういうと杏は北米が昼間の時間を狙ってダイレクトメモを飛ばした。

(・・・というわけで、苦戦が予想される。北米から少しでもいい、お助けマンに来てもらえないだろうか)

(一応上層部に打診はしてみるけど、期待しないで)

 一瞬、カチンときた杏。

 だがここで熱くなってはいけない。いくらかでも助っ人は必要だ。

(期待しないで待ってる)

 そう答えるのが精一杯で、杏はナオミのブラックジョークに付き合う心の余裕もなかった。

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