第1章 第1話 「ある美少年小説家の悩み」
とある国の、とある中央。いわゆる首都。国の最重要都市。都市の名前は「アルファ」とでもしておこう。そこにある、国の各地から優秀な若者を集めた学園の入学式が本日行われる。貴族も平民も平等に入れるその学園は全国民の憧れである。そのため、入学が決まったとなると一族、はたまた小さい村などでは村全体で三日三晩の宴が続くこともあるそうな。そんな学園の入学式の日、アルファの住人は勿論浮かれる。その日は下手なお祭りよりもアルファは盛り上がる。
そんな佳き日に、ため息をつく若者が一人。
「はぁ…なんで僕がこんなことしないといけないんだろうなぁ…」
僕だ。名前は、うん、ゼットとでも言っておこう。騎士としての功績で貴族として経つ家に生まれながら、完全に文官向きな性格とひ弱な体を持っていた僕。剣を扱うのは今年6歳になる妹よりも下手という始末だし、下手に運動をすると僕は熱を出すひ弱さだった。しかも文官向きな性格ではあるけれど、それは騎士に比べればなだけで、謀略や気回しが得意ではない僕は、どちらかというと貴族としては「捨て駒」だった。見た目だけは綺麗な両親の良いとこどりをしたので幼い頃はちやほやされたし、家族と仲は良いけれど、それだけではどうにもならす、両親も優秀な兄と妹弟を持つ僕を持て余していた。
けれど趣味で書いていた小説をアルファの大手出版社に送ったら、何かの賞を受賞して出版されてなぜか人気になってしまったため、家族から諦められていた学園の入学が叶うことになった。まさに棚からぼた餅。ペンは剣よりも強し、だ。少なくとも僕の中では。
そんな嬉しい状況の中で何故僕がため息をつくのかって思うかもしれない。確かに僕もここまでは浮かれた。けれど、入学にあたり学園長でもある王弟…つまり王族から入学の案内と共に手紙が届き、そこには入学1ヶ月前の面会の申し込みであり、その場に緊張して行ってみたところ、こう言われてみて欲しい。
「私は君の本のファンでな。ふむ、あれは良い話だった。素直な話だ。もっと簡単にすれば子供にも受け入れやすい。元々の文章や話でも、賢い子供ならちょっと頑張れば読めるだろう。それを君は見越して書いていそうだ。そこで、君には入学式の挨拶を考えてきて欲しいのだ」
国の中心人物である王弟様にこう言われたら、浮かれも飛び越えて涙が出そうだった。僕はこれに「そんな…私には身に余る光栄です…謹んでお受け致します!」と言ってしまった。喜びすぎて後先を考えるのを忘れていた。
「そう言ってくれるか。では、入学式の挨拶は君に任そう。5分くらいのものを頼むよ。今年入学の者たちの中の代表挨拶となるのだから、下手なことを言わぬようにな。心してかかるよう」
そう王弟ににっこり微笑まれながら言われ、そこで僕は勘違いをしていたことに気づく。王弟の挨拶を考えるのではないのか。けれどこの王弟は学園長になるほど優秀な方だ。自分の挨拶くらい自分でなんとかなるだろう。それが喜びで一瞬ぶっ飛んでしまった。入学の代表挨拶をするなんて、そんなの、無理に決まってる!!僕はお兄様みたいにカリスマ性があるわけでも、弟みたいに堂々としているわけでも、妹みたいに愛嬌があるわけでもないんだ!
「恐れいります、王弟様。私は勘違いをしておりした。あの…」
「ははは、ごめんね、わざと意地の悪い言い方をしたんだ。君は文は上手いのに、文官には向いてなさそうだなあ。残念だ。あと、ここでは王弟ではなく学園長と呼んでくれ。意味はわかるね?」
さっきの微笑みとは違う、年相応のおじさんぽい笑い方をして王弟…もとい学園長は僕を面白い物を見るようにじっと見て、真面目な顔で言う。ここは平民も貴族もない平等な施設。学園内での役職以外で、呼ぶのは失礼だったと気づき、すぐ謝罪した。
「申し訳ございません。以後、ないよう気をつけます。…そして、わかっていらっしゃるようなのですが、言わせていただきます。僕に代表挨拶は荷が重いです」
「そう言うと思ったよ。けど君がいいんだ。君より成績が良い者は多いのに、何故君を僕は選んだか、わかる?」
本がなかったら入学すら叶わなかったであろう身だ。本くらいしか理由がないだろう。あの本は、確かに平民と貴族の話だから、この話は両方の立場の者から好かれている。それでも、それだけじゃ何とも言えない。
「…私の本を読んでくださったから、ですか」
「そうだよ。君の本は君の価値。カリスマは君にはなくても、あの本を通してならあるんだ。それを君は知っといた方が良い。それに、君はとても都合が良いんだ」
「都合が良い、とは?」
学園長はちょっと悲しそうに微笑むと、一から説明してくれた。自分が貴族の騎士の家の出であること、ひ弱ながらも最低限ほどの剣や魔法が使えること、兄が一つ上の学年に在籍していること、歳近い次男ということもあり時期当主の可能性もあるということ、平民にも平等な思想なこと…つまり自分はあらゆる面で学園内の派閥的に見て中立な立場なのだという。器用貧乏なプロフィールなだけもするが。
なんでも、学園内には「時期当主派閥」やら「文官系派閥」やらがあるらしい。その逆の「当主をつげない派閥」やら「体育会系派閥」「魔法系派閥」も勿論だ。それの全部に僕は辛うじて入れる。だからあからさまな反感はないだろう、ということらしい。
「平民を虐げたりする者には勿論任せたくないしね。そしてそういう細かいことは、入学前にはわかりにくいんだ。でもその点君は、本で思想が割とわかりやすくてね。助かったよ」
平民を虐げる者などいないと信じたいが、この言い方だと居るのだろう。確かにそんな者に任せたら大変だろうなあ、と考える。学園長のわけを聞くと、僕も最後には納得せざるを得なく、これだけ説明させたのだから受けるしかないな、と思い渋々だが代表挨拶をすることになったのだ。