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異世界帰りのおっさんは、父性スキルでファザコン娘達をトロトロに  作者: タカハシ ヒロ
第三章 思い出たち

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饒舌


 鑑定結果によれば、この冴えない中年男の名前は田中洋一(たなかよういち)

 歳は俺より一回りほど上に見える。

 備考欄には「失業し、妻子に逃げられた中年男性」としか書かれていなかった。

 なので人となりはよくわからない。

 

 終始怯えっぱなしなため、あまり気が大きくないのは伝わってくるが。

 

「なあ田中さん」

「ひっ」


 なんで私の名前知ってんですか、と眉をへの字にする田中。ただえさえ気弱そうな顔が、一層頼りなくなる。

 この年代なら備わっていてもおかしくない、威厳やら風格やらは皆無だ。

 こりゃただの被害者かもしれない。


「あんたそこで寝そべってる若者達と、どういう関係なんだ。まさかグルなのか」

「めっそうもない!」


 田中は言う。

 家賃の滞納でアパートを追い出され、ふらふらとさまよっていたところをこの二人に拾われたのだと。

 免許を持っているかと声をかけられ、首を縦に振ったらその場で契約完了。

 食事と引き換えに、専属運転手としてこの一週間こき使われていたらしい。


「そろそろ自由にして下さいと頼んでも、聞いちゃくれません。段々怖くなってきたところだったんですよ」


 一体どこまで本当なんだろうか?

 信じてやりたいのはやまやまなのだが、鵜呑みにするのは危険だろう。

 まさか人間相手に拷問をするわけにもいかないし、どうやって確めればいいのか。


 俺はアンジェリカの方を向き、「どう思う?」と聞いてみる。

 未だ目をつむったままの異世界少女は、


「声のトーンからすると本当っぽく聞こえますけど」


 と答えた。女の勘は当たると言うし、賭けてみようか?


「田中さん、最後にもう一個だけ確かめたいことがある」

「な、なんでしょう」

「駅前の赤龍堂ってラーメン屋、行ったことあるか?」

「……ありますね」

「素直な感想を言ってみてくれ。どうだった?」

「不味いですね。あれを美味いと言ってる人は、ガソリンもコーヒーも同じ味に感じるんじゃないでしょうか」

「あんたとは気が合いそうだ」


 あそこの店長はレビューサイトに金払って星貰うのには一生懸命だけど、味の探求なんて一切興味ねーからな、と黒い内情を語る俺である。

 田中は目をしばたかせながら、どうりでと納得していた。


「正しい味覚の持ち主同士、俺らって上手くやってけると思うんだ」

「はあ」

「十万払う。今日だけ俺の運転手になってくれないか」


 田中の目の色が変わる。急に生気が出てきたのがわかる。


「これだけあれば今月は乗り越えられるはずだ。その代わり俺がここでやったことも、これからやることも他言無用で頼む。駄目か?」

「……あなた、手品師の中元さんですよね」

「俺を知ってるのか」

「あれだけテレビに出てれば、そりゃあ十万くらいポーンと出せるんでしょうが……まさかこんな、チンピラ相手に喧嘩をするような人だったとは……」


 元ヤンか何かですか、と田中は声を震わせている。


「まあそんなもんだ。十七年近く暴れまわってたしな。で、どうなんだ。運転手やってくれるのか」


 田中は視線を空中にさまよわせたあと、いいでしょうと頷いた。


「約束ですよ、十万円ですからね」


 交渉成立。俺は田中と握手を交わすと、財布から万札を一枚引き抜いて手渡した。まずは前払い。

 安いもんだ。不幸な失業者に施しを与えつつ、移動可能な休憩所を確保出来たのだから。

 ここなら捕まえたゴブリンをぶち込んでおけるしな。


「そういやこの車って、誰名義なんだ? あんたのか? それともレンタカーか? 盗難車だったりしたら面倒だな」

「そこでうずくまってる鈴木さんが買ったそうなんですが、動かし方がよくわからないと言ってたんですよ。どういうことなんでしょうね」

「まだこっちの社会の常識を理解してないのかもな」

「……ところでその、いいんですか。鈴木さん、両目から血を流してるんですが。失明なんかしてたらシャレになりませんよ」

「問題ない」


 俺は鈴木ことバルドの目元に手のひらをあて、回復魔法を唱える。

 見る見る出血が収まり、元の青白い白目に戻っていく。


「ほらな。こいつは元々怪我なんかしてなかったのさ」

「……え? え?」

「目の錯覚だったんだよ」


 そういうものなんでしょうか、と田中は不思議そうな顔をしている。


「ただの手品だったんだ。わかるだろ?」

「手品……? 躊躇なく目に指を突っ込んでたように見受けましたが……」

「手品だ。今から行なうのも安全なマジックだから、例え何があろうと気にしないように。アンジェ、お前は耳も塞いでろ」


 言い終えると、俺はバルドの胸ぐら掴んだ。

 さきほどの治療で、既に会話が可能なくらいには傷が癒えているはずだ。


「他にもゴブリンがいるんだろ? どこに隠れてるのか言え」

「知らねえ」

「記憶に制限がかかってるのか?」

「知らねえ」


 らちが明かない。


「仲間を庇ってるつもりなら、ご愁傷さまと言っておこう。お前が今日ここを通りがかるのは、他のゴブリンから聞いたんだ。お前、売られたんだよ」

「……んだと?」

「なのにお前は友情に殉じるんだな。いや、悪いことじゃないぜ。小鬼にも自己犠牲の概念があったなら、それはそれで素晴らしいことだ。俺はゴブリンってやつを見直したよ」


 畜生、とバルドは叫んだ。


「俺を売ったのはゴウルか!? それともイップか? イップだな!?」


 知能も低ければ、信頼関係も薄い。ゴブリンとはそんな種族である。

 こいつらはかろうじて血縁者には情を感じるようだが、それ以外の個体とは利用し合う関係でしかない。


「知っているゴブリン二匹の居場所を吐け。そしたらお前は生かしてやる」


 バルドはすっかり饒舌になっていた。

 媚びるような目で、ぺらぺらと同胞の隠れ家を語り始める。


 一件は駅前のゴミ屋敷。

 もう一件は孤独な婆さんが野良猫に餌をやってこしらえた、有名な猫屋敷。


 わざわざ悪臭を放つ場所ばかり選んでいるのは、ゴブリンの生態ゆえなのだろうか?


「ちげーよ、最初から臭かったら何を持ち込んでも騒ぎになんねーからだよ」


 けけけ、とバルドは笑う。


「どんなものを持ち込んだんだ?」

「そりゃあ人間に決まってんだろ。風呂に入れてねーから臭うのなんのって」

「……人をさらったのか?」


 そうだ、こいつらは元々この世界にいた人間と、入れ替わる形で紛れ込んでいるのだ。

 ならば身分を奪い取られた人物は、どこへ行ったのか。

 殺されていないのだとすれば、生きたまま閉じ込められているのではないか。


 俺は田中に向かって、車を出すよう指示を送った。

 行き先はゴミ屋敷だ。

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