ビンゴ
いきなりビンゴなんでしょうか、とアンジェリカは驚いている。
コケティッシュな悪戯娘から、神聖巫女のそれへと表情が変わる。
「真っ直ぐってのは、具体的にはどれくらい先だ? 数字で教えてくれると助かるんだが」
「数字ですか?」
「ああ。縮尺は書かれてないのか、感知で表示される地図って」
「……ないんですよね……すっごい雑なマップなんですよ……」
とにかく結構歩くのは間違いないんです、と力説される。
「いっぱいいっぱい先なんです」
「わかった」
まあ感知で正確無比な地図まで表示されたら、それはもうマッピングスキルの領域だし。
周辺の悪性存在を見つけ出すのがメインで、地形を理解させることに関してはオマケ程度の性能なのだろう。
「……お父さん、私のこと役立たずって思ったりしてませんよね?」
「そんなわけないだろ」
「ほんとですか? 私の感知って、毎度毎度痒いところに手が届かない感じじゃないですか。……見限られたりしてないかなーって不安なんですけど」
「お前はスキル以外のことでも色々してくれてるから、問題ないよ」
「色々って、どんなことですか?」
「そりゃあ」
まず、話してて楽しい。これが一番大きい。
顔を合わせるたび好き好き言ってくるので、悪い気はしない。
精神安定剤としては一流だろう。
飯を作れば、大概のものを美味いと言って食ってくれるのもいい。
作り甲斐があって、日々の調理が楽しくなる。
皿は洗ってくんねーけど。
「あれ?」
いやいや。アンジェリカにはいいところが、まだたくさんあるだろう。
例えばほら、家のことは頼めばちゃんとやってくれ……てないな、そういえば。
こいつに洗濯を任せたら、俺の脱いだ服に興奮して洗剤の量を間違えるのである。
床掃除を頼めば、黒い縮れ毛を拾って一人で照れるし。
綾子ちゃんが「私のかもしれないんだから捨てて下さい」と真っ赤な顔でとびかかって、取っ組み合いになってた覚えがある。
らちが明かないんで女子二人のキャットファイトを尻目に、俺が掃除機かけたんだっけ。
おいおい、嘘だろ?
もしかしてアンジェリカって、可愛さ以外では役に立ってないのか?
まさか。そんな馬鹿な。
幽霊騒動の時はどうだったんだ? 思い返してみろ。
ええっと。
……操られた末に、人質になってただけ……?
「待って。待って下さいお父さん。なんですかその視線は。貴方の大切なアンジェリカですよ。なんて目で見てくるんですか」
「いや……なんつーか、マスコットとしては優秀だよなーと」
「どうして憐れむような目で見てくるんですか!?」
私ほど役に立つ女はいませんからね!? とアンジェリカは胸を叩く。
「言っておきますけど私、これでも神職なんですからね? 知識階級なんですからね? 教典なんか、丸暗記してるんですよ? 超有能なんですよ?」
「知ってる知ってる。アンジェは神様の勉強、頑張ってきたもんな」
「な、なんで可哀想な子を見る目になってるんですか……?」
女神様の名前なら全部知ってるし……歴代の王様だって名前覚えるし……とぶつぶつ繰り返すアンジェリカ。
現代日本では全く使い道のない知識だが、見ている分には面白い。
「早く探しましょ、ね? ゴブリン探しましょ? 私の有用性を証明しますから、ね? ね?」
どのような動機であろうと、やる気を出してくれたのなら結構。
俺はすっかりキレの良い動きになったアンジェリカと共に、一キロほど直進した。
歩くたびに、排気ガスの臭いが濃くなっていくのを感じた。
車の通りが増えているのだ。
アンジェリカは未だに自動車の音も臭いも苦手なので、大丈夫かな、と顔を覗き込む。
が、どうやら杞憂だったようだ。エメラルドグリーンの瞳は爛々と輝き、確かな闘志を感じさせる。
闘志っていうか必死の自己証明という感じに見えなくもないが、この際なんでもいい。
「あれです。あの中にいます」
やがてアンジェリカは、一台の車を指差して足を止めた。
法律など関係ねーしと言いたげに、路上駐車されたワゴン車だ。
窓ガラスにはスモークが貼られ、外から様子をうかがうことは出来ない。
いくら現代社会に順応しているゴブリンでも、自動車免許まで取得しているものだろうか?
これはハズレだろうな、とあまり期待しないでドアをノックする。
俺の中では軽い力で小突いたつもりだったのだが、ゴウンゴウンと轟音が鳴り響く。
ぐらぐらと車体が揺れ、さながら大地震といった様相である。
「やべ」
デバフが解除されているので、今の俺の腕力はとんでもないことになっているのだった。
アンジェリカにノックさせるんだった――と悔やんでも時既に遅し。
ガーと音を立てて窓が開き、中からキャップを後ろかぶりした青年が顔を現す。
「ざっけんじゃねーよ!」
怒鳴るのも当然だった。
これは俺が悪いよなあ、と申し訳ない気持ちになりながらも、ステータス鑑定を試みる。
【名 前】バルド
【レベル】60
【クラス】召喚冒険者・フリーター
【H P】1800
【M P】1200
【攻 撃】2200
【防 御】1900
【敏 捷】1300
【魔 攻】900
【魔 防】900
【スキル】言語理解 夜目 土魔法
【備 考】ホブゴブリンの戦士。日本のフリーター、鈴木大地の身分と姿を奪い取っている。低級な偽装であるため、鑑定をごまかせない。
「うおっ、ついてる! 罪のない一般車両を揺さぶったんじゃなくてよかったわ……」
ほっと胸をなでおろすと、アンジェリカに手招きをする。
こっちへ来いの合図。
亜人を黙らせるには、これが一番効く。
「おっさん! てめー俺らになんの……」
バルドなるゴブリンは、そこまで言ったところで口を閉ざした。
視線は俺の隣に立つ、アンジェリカへと向けている。
見とれているのだろう。小鼻がピクピクと膨らみ、下唇が突き出し始めていた。
「……なあ。今のでボディへっこんじまったかもしんねーよなあ? お前弁償出来んのか?」
バルドの口が歪む。嗜虐的な笑いだ。
「お嬢ちゃん。おめーの連れボコられたくなかったら、どうすりゃいいかわかるよな?」
どうするんですか、とアンジェリカは耳打ちをしてくる。
(人目があるだろうし、こいつの方から俺達を乗せた形にしたい。それも友好的にだ)
(……わかりました)
アンジェリカは深く頷くと、満面の笑みで言った。
「乗る乗る! 乗ります! 私こういう乗り物興味あったんです!」
「あ……え?」
ものすごい食いつきに、バルドの方が驚いている。狐につままれたような顔だ。
「なんだこりゃ。新手の逆ナンなのかもしかして」
「いいから入れて下さいよ」
「俺そんなにイケメンに見えんのかねー。参っちゃうね」
上機嫌で開けられたドアに、アンジェリカが身を滑らす。
車内中央の席、セカンドシートだ。
間髪入れず、俺も潜り込む。
乗車完了。
あとは暴れ放題だ。
「おい、おっさんは要らねーよ。降りろ」
ドアを閉めると同時に、バルドに目潰しを加える。
「ぎああ!?」
「アンジェ、しばらく目つむってろ。不愉快なものを見せたくない」
はいという返事。
今から始まるのは残酷と野蛮の開放であり、うら若い少女に見せていいものではない。
「さて」
準備も整ったところで、車内に目を向けてみる。
顔を抑えて悶えるバルドの他に、男が二人いる。
一人は運転席で震える、小柄な中年男だ。ハンドルに手をかけたまま、口をパクパクさせている。
もう一人は後部座席でふんぞり返っている、スキンヘッドの大男だ。ダウンジャケットに身を包み、不敵に俺を睨みつけていた。
「……おっさん頭イカれてんのか」
時間をかければ騒ぎになるだろう。早めに済ませねば。
俺は速やかにステータス鑑定を行なった。
結果はシロとクロ。
どうやら運転手は人間だが、スキンヘッドの方はゴブリンらしい。
人間を脅して、無理やり車出しを行わせているのだろうか?
それとも人間の方から、進んでゴブリンの移動を手伝っているのか。
どっちにしろ、ろくなバックストーリーじゃない。
俺は光剣を伸ばし、スキンヘッドの喉を潰した。
声帯を焼き切り、悲鳴と呪文の詠唱を防ぐ。
「……っ!」
当たり前だが、酷い暴れようである。声は出せずとも、手足を振り回すことは出来る。
このままジタバタされると面倒なので、脊髄を切って大人しくさせた。
どこを切断すれば動かなくなるのかは、異世界時代にたっぷりと学んでいる。
キャップの方のゴブリンにも、同じ処理を行なった。
これでこいつらは、ただ息をするだけの肉塊である。
車内がしんと静まり返る。
ここからは人間同士で話し合う時間だ。
俺は運転席で縮こまっている男に向かって、声をかける。
「よーしおっちゃん。あんたは被害者なのか、それとも協力者なのか、聞かせて貰おうじゃないか」




