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異世界帰りのおっさんは、父性スキルでファザコン娘達をトロトロに  作者: タカハシ ヒロ
第二章 還ってみれば

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召喚勇者


 リオから冴木カナの通っている高校を教わると、家を飛び出した。

 ここからそう離れていないところにある、公立校なのだ。

 俺の足なら数分で着く。あらゆる乗り物より俺は速い。


 体に隠蔽魔法をかけ、人の限界を遥かに超えた速度で走る。

 

 無数の電信柱を通り越し、自動車とすれ違う。

 学生の登校時間は過ぎたが、社会人なら通勤途中であろう微妙な時間帯だ。

 高校ならまだ、朝のホームルーム中だろう。

 そこに乗り込んだとして、俺は何をするのか?


 走りながら考える。


 カナとまるで話が通じなかった場合、戦闘になる。

 対話の余地があった場合、話し合いになる。


 出来れば後者がいい。異世界帰りがもう一人いたのだとしたら、俺と同じ境遇なのだから。

 もしも分かり合えたなら、俺達はきっといい話友達になれるだろう。


 カナが若い異性だからというわけではなく、純粋な仲間意識だった。相手が少年や老人だったとしても、こんな気持ちになっただろう。


 召喚勇者とは、孤独な存在である。

 例えるなら外国に拉致されて、戦闘員に仕立て上げられたようなものだ。

 身も蓋もない表現だが、俺の中では実際にこんな感覚なのだからしょうがない。

 人生を、ある時期から奪い取られたような虚しさがある。

 

 もちろん、今の俺は一人じゃない。

 アンジェリカが来てくれたし、頭の中にはエルザがいる。新しい同居人として、綾子ちゃんまで加わった。

 それでも彼女らに、俺の身の上を百パーセント理解して貰うのは難しい。


 カナなら、わかってくれるだろうか。

 何か自分なりの正義感で動いているのだとしたら、十分にその可能性はある。

 優秀で、優しい人間だけの世界があればいい。それがカナの願いだ。


 少々やり方がおかしいだけで、理想主義者なのであれば――


 淡い期待を込めて、俺は交差点を曲がる。

 目的の場所が見えてきた。


 ずらっと窓の並んだ、白い校舎。

 あそこがカナの高校だ。


 校門の前には、初老の警備員が立っている。眠そうにあくびをしていて、体格も貧相である。

 仮に俺が隠蔽魔法を使っていなかったとしても、余裕で入り込めるだろう。

 若くてやる気のある男なら、誰でもこの警備員を張り倒せる。

 我が校はちゃんとセキュリティを意識してます、と保護者に言い訳するためだけに人を置いているのではないか。


 校門をくぐり、敷地内に足を踏み入れる。校庭をまっすぐに突き進み、玄関へと向かう。

 鍵はかかっていない。平和な国なのである。

 もっとも、生徒用の昇降口はきちんと施錠しているのかもしれないが。


 俺は堂々と玄関に上がり込むと、靴も脱がずに廊下を進んだ。

 カナと戦闘に入る可能性もあるのだ。スリッパに履き替えてなどいられない。

 

 声も姿も周囲に悟られない今の俺は、校舎内を誰にはばかることもなく歩くことが出来る。

 誰も俺に気付かないというのは、妙な気分だ。

 なんだか世界から隔離されたかのよう。

 

 カナの教室は、どこだろう。

 リオと同学年なのだから、一年なのは確かだ。二年や三年の教室が見えたら、そこは外れだ。

 とりあえず片っ端から教室を覗いて回ることにする。


 俺の中三の時に異世界に飛ばされてしまったので、高校の校舎に入るのは初めてだ。

 新鮮だった。


 中学時代の俺の成績からすると、ここに入学していてもおかしくはなかった。

 だが日本に帰ってみれば三十二歳で、何もかも手遅れだった。

 

 そんな俺とは対照的に、カナはきちんと高校に通えている。

 彼女の異世界生活は、ごく短期間で終わったのだろうか。

 それとも何か、時間的な問題を解決する手段でも使ったのだろうか。

 あるいはカナが、召喚勇者ではないという可能性すらあるが。


 あれこれと思考を巡らせながら足を進めているうちに、『1-1』と書かれた教室が見えてきた。

 一年一組。

 カナはいるだろうか? 

 窓越しに中を覗く。


 ……よくわからない。


 死角になっていて、顔の見えない生徒がいる。中に入らなければわからなそうだ。

 しかしいくらこちらの姿が消えていても、ドアを開ければさすがに騒ぎになるだろう。

 学校の怪談を一つ増やすのは気が進まない。

 どうしたものかな、と思いながら伸びをする。

 もっと奥の方の席が見えればいいのだが……と頭を動かしていると、ガララ、と扉をスライドさせる音がした。


 数メートル向こう。『1-3』と書かれた教室から、一人の女子生徒が出てくる。


 カナだ。


 ショートカットの黒髪で、一重のまぶた。どこにでもいそうな顔だ。

 運動神経万能という情報が入ったせいか、活動的と言われればそう見えなくもない。


 カナはゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

 俺が見えている? だとすればこの少女は、やはり――


「ステータス・オープン」


 そして、決定的な言葉が紡がれる。

 カナが口にした呪文は、召喚勇者にのみ授けられた特典。

 対象の能力を鑑定し、冒険の助けとなる技能。

 その勇者の象徴とも呼べるスペルが、俺以外の人間から発せられた。


 勇者だ。

 もう一人の召喚勇者だ。


「……驚いた。魔王の十倍は強いですよ貴方。ここまでスペック高いと、日常生活も困難じゃありません?」

 

 俺のステータスを見終わったのだろう。

 カナは薄い笑みを浮かべ、視線を投げかけてくる。

 

 小声で、俺もステータス鑑定を行う。




【名 前】冴木佳奈(さえきかな)

【レベル】85

【クラス】勇者

【H P】5500

【M P】5000

【攻 撃】3300

【防 御】3000

【敏 捷】3000

【魔 攻】4800

【魔 防】4750

【スキル】ステータス鑑定 神聖剣 法術 生命感知

【備 考】かつて異世界を救った勇者。異世界で過ごした三年分の記憶、経験値、スキルポイントを持ち帰り、高校生から人生をやり直している。

 



 ……強い。

 が、俺ほどではない。スキルも特に、厄介なものは持っていない。

 勇者としてオーソドックスなラインナップが揃っているだけだ。


 戦えばまず間違いなく勝てる相手である。


「生命感知があるのか。それで隠蔽をかけた俺に気付いたんだな」


 ただの感知は邪悪な存在を見抜く性質だが、生命感知は生物の感知に特化したスキルだ。

 霊体やアンデッドは全く見えない代わりに、命あるものを見つけ出すことに関しては他の追随を許さないとされている。


「毎朝感知をするのは日課なんで。……びっくりしましたよ。今まで見た中で最大の戦力が、家の前をうろうろ歩き回ってるんですからね」


 カナは唇を右側だけつり上げ、笑っている。


「俺が見えているのか?」

「超ぼんやりとですけどね。声もくぐもって聞こえます。これ隠蔽でしょ? やだな。うちの生命感知でもここまで見えなくなるなんて」

「落ち着いて話せる場所に行きたい。いいか?」

「どうせ逆らっても無理なんでしょ?」


 この戦力差で歯向かおうなんて思いませんよ、とカナは両手を上げた。

 校舎の外を目指して、俺は歩き出す。

 カナは大人しくついてきた。


「早退するとでも言ったのか?」

「そんなとこ」


 首だけで振り返り、カナの表情を見る。

 窓の外に視線をやっていて、何を考えているのかはうかがい知れない。


 備考欄を読む限りでは、カナは三年もの月日を異世界で過ごしたのだという。

 そして、高校生から人生をやり直しているとも。

 一体どういう意味だろうか?


「君は何歳の頃、異世界に召喚されたんだ」

「十六歳の時ですけど」

「それで三年ほどあちらで過ごしたんだよな? なら今は、十九歳の身で高校に通ってるのか?」

「今も十六歳ですね」


 俺は聞き返す。


「なんだって?」

「高一の冬休み中に異世界に飛ばされて、あっちで三年間冒険してたんですよ。で、こっちに帰ってきたら、また高一の冬休みでした。若返ってやり直しです。こっちとあっちじゃ時間の流れが違うのか、タイムスリップなのかはうちにもわかんない」


 便利ですよね、とカナは語る。

 随分、気の利いた転送だ。人生をズタズタにされた俺とは大違いである。

 召喚された次元によって、アフターケアに差があるのかもしれない。

 俺はハズレの世界を引いたのか、と愕然とする。


「増殖事件を引き起こしてるのは君なのか?」

「だったら?」

「やめて貰いたいんだが」


 カナが息を吐く音が聞こえる。ため息だ。


「なんで? 意味わかんない。うちはもっと世の中を良くしたいだけだよ」

 

 玄関が見えてきた。

 俺が沈黙していると、カナは「靴取ってくる」と言って駆け出して行った。 

 下駄箱に向かったのだろう。

 俺の足から逃げられないのは、ステータス鑑定で理解しているはずだ。逃げる気はないと思いたい。


 それでも隠れられたら面倒なので、後を追う。

 

 カナの小さな背中が見える。アンジェリカと同い年なのだ。

 戦いたくはない。


 ローファーを抱えて戻ってきたカナに、声をかける。


「やっぱり、昇降口からは出られないのか?」

「この時間帯は鍵閉まってるから。来客用玄関からじゃないと出れませんよ」

「不審者対策なんだろうな」


 現に俺がこうやって侵入している。

 子供を預かる施設なんだし、いくら警戒したっていいくらいだ。

 

 でも、子供達の中に脅威がいた場合は、どう対処するつもりなのだろう?


「悪いが長話になるかもしれない」


 構いませんけど、とカナは答えた。

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