人間を辞めたし、日本人も辞めた
一週間後。
俺はスミレテレビの会議室に呼び出され、質問攻めに遭っていた。
顔なじみのプロデューサーやADが、唾を飛ばしながらまくし立てる。
中元さんから企画を持ち込むなんて珍しいですね。既に上の方も許可を出したみたいです。貴方一体何者なんですか、どうしてこんなトントン拍子に話が進むんですか?
純粋に好奇心から聞いてくる者がほとんどだが、なかには不信感をむき出しにしている者もいる。
確かにぽっと出の芸人がこうも大仕事を引き受けているとなると、奇妙に思うのも無理はない。
「口外無用でお願いしますよ」
俺はポケットからスマホを取り出すと、とある人物とのツーショット写真を提示した。
「……ああ」
途端、会議室に安堵した雰囲気が広まる。
「うちもお世話になってますしね」
現代のテレビ局は、既に広告収入では稼げなくなり始めている。
視聴率の低下が、スポンサー離れを招いたからだ。
いずれ企業のコマーシャルは、ネットが主戦場となるのだろう。
斜陽産業――そんなイメージの付きまとうテレビ業界だが、実は未だに社員は高給取りのままである。
というのも、視聴率が下がったのを埋め合わせるかのように、ドラマのタイアップ映画がヒットするようになったのだ。
また、不動産管理でも莫大な利益を上げていると聞く。
映画と土地転がし。この二つのビジネスが、テレビ屋の新たな収入源となったのだ。
そしてどちらの商売も、ある人種と腐れ縁とされているわけで。
「まさか中元さんがヤクザもんだったとはねぇ」
そう。
俺は権藤の事務所をバックに、バカ騒ぎをしている画像を見せつけたのである。
俺はまだカタギのつもりでいるのだが、権藤が主催の女体盛りパーティーとやらに招待されたため、五回だけ参加したことがある。地元警官も普通に来てたし、こんなん町内会みたいなもんだよな?
女の子も四人しか持ち帰ってないし、薄目で見れば無罪だと思う。
「権藤建設さんですよね、これ」
「バブルの頃は下っ端だったよな、こいつ」
「ここって関西系列でしたっけ?」
ヤクザと縁の深い業種で稼ぐようになったため、テレビ業界は再び彼らとの距離を縮めつつある。
よって筋ものの縁者であることを見せつければ、一発で納得してもらえるのだ。
この業界の倫理観が破綻してて、本当によかったと思う。
「そういう事情なら、まあね」
番組スタッフは一斉に姿勢を崩し、和やかなムードに切り替わった。
「えーと、アイドル番組の司会がやりたいんでしたっけ」
はい、と俺は頷く。
「できれば人数が多くて、人気のあるグループがいいんですけど」
「欲張りですねえ」
初老のプロデューサーは、タバコを片手に苦笑した。
「でしたら、『ムーンガール』なんてどうです」
「? 初めて聞きますね」
「『サンガール』って知ってます? あそこのアンダーメンバーを集めたユニットなんですけど」
サンガールなら知っている。センターの子がやたら存在感を放っている、若者に人気のアイドルグループだ。
「あそこのセンターが、そろそろ潰れそうなんです」
「どういうことですか」
「情緒不安定になってきてるんですよ。膝も痛めたみたいですし、卒業間近と囁かれています。これ、外に漏らさらないで下さいよ」
「サンガールってセンター頼りのグループでしたよね……?」
「ですから、グループごと潰れるんでしょうな。おかげで今、急ピッチで補欠のムーンガールを育てているわけです」
次に切り替えていく、ってやつだ。
芸能界はドライな世界なのである。
「全員、昨日まで素人だった子達ですから。妙なしがらみもありませんし――中元さんが望むなら、何人かお手付きしても構いません。この条件でどうです?」
「一ついいですか」
俺は右手を上げて質問する。
「何人かっていうか、全員に手を付けていいですかね」
会議室を重い沈黙が包み込む。
「そ、それは……いえ、中元さんの精力次第なところもありますし、ご自由にって感じなんですけど……念のため確認しておきますが、メンバーの大半は未成年ですし、中学生も混ざってますよ?」
「むしろ大歓迎ですね」
若い方がレベルアップも早い傾向にあるからな。
もちろん、そんな事情など知る由もないスタッフは、「こいつやべえ」と言いたげな顔をしている。
「……あ、小学生も一人所属してますね」
まさかこの子もお手付きするんですか? と視線で問うてくる。
俺の答えはもちろん、
「若い女ならなんでもいいんで、とにかく全員持ち帰らせてくれませんかね」
こいつヤクザより悪人なんじゃね? と思っているに違いない。
……否定はできない。俺の言動は現代日本の観点から見れば、間違いなく「悪」である。
だが、今は細かいことに拘っている場合ではないし、なにより俺はもう日本人ではない。
四日ほど前になるのだが――杉谷さんに頼んで、ブルキナファソ国籍を取得したのだ。
現地に行くだけでハーレムメンバー全員と結婚できるし、法的にもあんまり問題がないはずだ。
ちなみにブルキナファソは西アフリカに存在する共和制国家で、世界で最も一夫多妻の比率が高い国である。もうこの一文で素晴らしい国だとわかる。