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防衛白書


「じゃあ、お兄さんはこの国の人間じゃないんだ?」


 言って、少女は笑った。

 手足を切り落とされ、兵士達の慰みものにされた、壮絶な姿で。

 その笑顔はなんだか、踏み荒らされたタンポポを連想させた。


 少女の名はミャルミャルといった。


 獣人族の女の子なので、人間族とは命名法則が違う。文化が違う。姿が違う。

 手足はふさふさとした毛に覆われているし、耳は猫科のそれだし、尻尾だって生えている。

 けれど顔のつくりはほとんど人間と変わらないので、それが悲劇を生んだ。

 

 この容姿で戦場に立てば、男達からどんな扱いを受けるかは言うまでもない。


「うん、それならいいや。お兄さんがあたしを殺してよ」


 ミャルミャルは笑う。どうせ家族も皆死んじゃったし、生きる理由なんてないもん。お兄さん、異世界から来た勇者なんでしょ? 王国の人間に殺されるのは癪だからね。あいつらの手柄にはなりたくないんだ。


「生きていれば、何かいいことがあるかもしれない」


 自分でもどうかと思うが、こんな言葉しか出てこなかった。

 当然、説得力なんてあるはずがなくて、


「ないよ」


 と言い切られてしまった。

 ……これ以上の延命は、ただの虐待だろう。

 俺は「わかった」と無言で頷き、少女の首を落とした。


 王国が亜人連合に勝利した瞬間だった。


「やりましたな勇者殿。大手柄ですぞ。ところで捕虜を市に売る前に、皆で味見しようということになったのですが、貴殿もいかがかな?」


 壮年の騎士は、悪びれた様子もなく言った。まるで仕事上がりの一杯に誘うかのような口調で、俺を輪姦パーティーに誘っているのだ。


「遠慮しとく。エルザに悪いからな」


 この男を責める気にはならない。

 なぜなら獣人族も、人間族に似たようなことをやってきたからだ。


 これが異世界の戦争。中世の人権感覚。

 俺が居てはいけない世界。



 * * *


 貴方達を守りたい。この国を守りたい。そんなことを叫びながら、選挙カーが通り過ぎて行く。


 奇遇だな。俺も全く同じことを考えていたところだ。


 一体どうすれば国土全域を覆う防衛システムを構築できるのか。俺の思考はそれ一色で染まっていた。

 クロエ軍団は対策できるとしても、それ以外の兵士は別の手段で対抗しなくてはならない。

 杉谷さんにも相談してみたのだが、「説得力のある証拠を突き付けない限り、上は動かない」と告げられた。

 

 当たり前っちゃ当たり前だ。


 もうすぐ別の世界から軍隊が攻め込んでくるんだ! なんて陳述書を上層部に提出したら、普通は有給の取得と精神科の受診をお勧めされてしまう。


「説得力のある証拠ね……」


 何度か亜人の死体を送っているはずだが、それでは不十分なようだ。

 徒党を組んで行動する異世界の組織――そういうのを見せつけない限り、お上は重い腰を動かそうとしない。

 行動を起こさないための理由なら、いくらでも思いつくのが権力者だ。

 あの選挙カーだって散々苦情が出ているだろうに、未だに新しいやり方を生み出さないもんな。

 

 ぼんやりと遠ざかる車体を眺めていると、隣を歩いていたリオが不機嫌そうな顔で言った。


「選挙ってなんなの? マジでうるさいんだけど」

「だな」

「ネットとかテレビとか使って、もっと静かにやればいいのに。超迷惑じゃん」

「俺もそう思う」


 俺がガキの頃からこんな感じなので、政治家の頭がほとんど進歩していない証拠かもしれない。

 こんな有様で、国を挙げた開戦準備ができるとは思えなかった。

 

「もうセルフ防衛プランを立てるしかないのかもな」

「? なんのこと?」

「異世界からどうやって国を守るかのプラン」


 横断歩道が見えてきたが、残念ながら赤信号だ。足を止め、青になるのを待つ。


 現在、俺とリオはスタジオに向かっている途中だった。

 俺とこいつが婚約関係にあることは、世間に知れ渡っている。

 なので公衆の面前で手を繋ごうが、手櫛で髪を整えようが、なんとも思われないのだ。

 

 どこかの候補者が青少年保護育成条例がどうのこうのと演説している中、俺は堂々と現役女子高生とイチャついていた。


 国を守る前に都条例を守れと言われそうだが、新鮮な十代女子が腕を絡ませてきたら、甘やかしてしまうのが男の本能だ。俺が悪いのではなく、人の心をこんな風にデザインした神が悪いのである。

 なので苦情は教会にでも言ってほしい。


「公権力を頼れない以上、自分の手で防衛体制を敷くしかない。わかるだろリオ。もうすぐ戦争になるんだぜ」

「そっか」


 リオは遠い目をして言う。


「でもどうすればいいの?」

「とりあえず、向こうの軍隊が攻め込んで来そうな場所は優先的に見張っておくかな。奴らが現れたら、すぐにでも叩けるようにしておく」

「どこに出てくるか心当たりがあるの?」

「ある程度はな。異世界の軍隊は、最も戦力が集中しているエリアを攻める。向こうはほら、騎士の名誉だのなんだのに拘るからな。激戦が好きなんだよ」

「好戦的なんだね」

「おかげである程度、奴らの動きが読める。異世界軍はまず、東京を狙うに違いない。最大の人口を擁するんだからな。激戦を繰り広げようとすれば、自然とここを狙うことになる」


 沖縄の基地問題を演説する選挙カーが、俺達の前を走る。


「……ねえ。日本で一番戦力が集中してる場所って、沖縄なんじゃないの?」

「へ?」

「だってアメリカの基地がいっぱいあるじゃん」


 ……確かに。

 それを言われると一気にそんな気がしてきた。


「いや待て、米軍基地は東京にもあるし……どうなんだ? 東京と沖縄の軍事力ってどっちが上になるんだ?」

「要するによくわかんないってわけね」


 いきなり暗礁に乗り上げてしまった。

 仕方ないので、別のプランを練る。


「もういい、どこから来るかは読めないとして、だったら戦力強化に専念するまでだ」

「あたしらを鍛えるってやつね」

「それだけじゃない」

「?」


 素質の高い一般人を見つけ出し、片っ端からレベルアップさせるのだ。

 もちろん、悪人に力を授けたら面倒なことになるので、人柄の審査も行いながら。

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今回もたっぷりと加筆修正を行い、書下ろし短編は二本収録! そしてフィリアのあのシーンにも挿絵が……!?
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― 新着の感想 ―
[良い点] 厳重な審査の結果、ハーレムが増員する未来しか見えない件。 [気になる点] 誤字報告 俺も全くことを考えていたところだ。→全く同じことを [一言] 更新お疲れ様です。
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