お説教
「――いい加減にしろ!」
俺の怒号で、三人娘の動きが停止する。
「お前らまさか、俺が下心でアウローラを連れてきたとでも思ってるのか?」
は? 違うの? とリオが首を傾げる。
「……俺はただ、気の毒な未亡人を助けてあげたかったんだ。本当にそれだけが目的なんだぞ」
「急にどうしたわけ?」
「なのにお前らときたら、あらぬ疑いをかけてきたあげく、この乱痴気騒ぎだ。……恥ずかしいとは思わないのか?」
「だってお父さんって、母乳に弱そうな顔してますし。いかにもああいう女の人が好きそうじゃないですか」
アンジェリカの失礼な呟きに、綾子ちゃんが頷く。
一方リオは、青ざめた顔で肩を震わせていた。
「そうか。俺はそんな風に見られてたんだな。……もういい」
しばらく三人で頭冷やしてろ、と拘束を振りほどき、勢いよく立ち上がる。
「も、もしかして本気で怒ってます?」
恐る恐るたずねてくるアンジェリカに、冷たい一瞥を向けた。
「……ぐすっ」
「ちょ、綾子がマジ泣きしてるのって初めて見たんだけど! やめてよ! あんたみたいな性犯罪者が泣いてると、ガチでヤバく感じるじゃん!」
「……くすん。……リオさん、二人で話し合いたいことがあるので、あとでキッチンに来て下さい」
リオが墓穴を掘ったところで、俺はリビングを出る。
背中で「付いてくるな」と告げてあるため、誰も後を追ってはこないだろう。
ふん、たまにはガツンと言ってみるもんだ。
あいつらときたら、俺の発した家父長感あふれる怒鳴りに、すくみ上ってやがってたぜ。
『このままおっぱいを擦りつけられたら、皆が見てる前で暴発しちゃう』という情けない理由から出てきた叫びだったが、生理的な必死さがあっただけに、妙な迫力を放っていたのかもしれない。
さて……ここは一発抜いて冷静になったあと、あいつらと仲直りするのがベストか。
俺は寝室に入ると、念入りに施錠してベッドに腰を下ろした。
それから、枕元に置いてあったはずのティッシュを漁り始めたのだが……。
「ないな」
ティッシュティッシュ、とブツブツ言いながら毛布の中を探っていると、背後から伸びてきた白い手が、
「探し物はこちらですか?」
とティッシュ箱を手渡してきた。
「お、悪いな」
さっそく二枚ほど引き抜いて、ほっと息をつく。
「……」
いや、誰!?
慌てて振り向くと、フィリアと目があった。
「いつの間にそこに!?」
「最初から居ましたが。なにやら血走った目でティッシュを探していたようなので、私のことなど視界に入らなかったのでしょう」
艶然と微笑むフィリア。
なんだろう、この母親にエロ本を見つけられたような気分は。
「そ、そそそうか。そんなこともあるんだな、はは」
「そこまでしてティッシュを求めて、何をなさるつもりだったんですか?」
「そりゃ……鼻をかむにきまってんじゃん」
青い瞳に追いかけられながら、ちーんと鼻をかむ。
全く鼻水など出ていないが、気にせずくしゃくしゃとティッシュを丸め、ゴミ箱に放り投げた。
「うむ、命中」
手持無沙汰になったので、フィリアの方に向き直る。
「なんだよ。お前もなんか文句があんのか?」
「……」
「ジト目で睨みやがって。言っとくけどな、今回のは純粋な人助けなんだからな? いや竜助けか?」
「……」
「つーか異世界人の起こした厄介事に巻き込まれてんだから、普通に被害者だぞ俺? そのへんどう考えてんだよ、異世界の神官長様はよ」
やぶれかぶれになって小言を繰り返してみるも、フィリアは一切反論してこなかった。
それどころか、ベッドに女の子座りしてシーツを握り閉め、きゅっと下唇を噛むというしおらしい仕草をしている。
「あの……フィリアさん?」
勇者殿は酷いお方です、とフィリアは涙声で言った。
「若い女に目移りするのは、まだいいのです。男の性ですもの、仕方ありません。……でもあの飛竜の女は、二十代半ばほどに見えるのですが」
「そ、それがどうしたってんだよ」
フィリアは、目尻から大粒の涙を零してしゃくりあげる。
……確かに、自分と同スペックの相手と浮気される方が悔しいかもしれない。それはある。
「私の気持ちは知っているのでしょう……?」
手首で目元を拭いながら、ひっくひっくとえずくフィリア。
前科も性格も悪人そのものの女なのに、こうやって泣かれると俺が悪役に見えてくるから困る。
「いっつもいっつも、違う女を連れ込んで……見せつけるみたいに、イチャイチャして……!」
「いやあの……そのな? ああいうのは仕事上の付き合いもあってだな?」
「向こうにいた時からそう! 目を離すとすぐ新しい女を連れてくる! エルザ殿だってそうでしょう!? 突然拾ってきて! 付き合うなんて言い出して!」
「お前いつの話してんだ?」
「……勇者殿を最初に好きになったのは私なのに」
「早いもの順かよ」
「勇者殿を最初に好きになったのは私なのに~~~~~~~!」
ひ~~~んと。
年齢も身分も放り捨てた泣き声を上げ、異世界最強の女神官は崩れ落ちる。
どうやらフィリアは、口論の最中に過去の出来事をほじくり返して感情的になるという、彼女にありがちなムーヴに及んでいるらしい。
なんてめんどくさいんだ、この四十五歳処女は。
生理前の綾子ちゃんみたいなノリでぐずりやがって。
こんな時、昭和の男だったらブン殴ってるところなのだろうが、俺は二十一世紀の外道なので優しく髪を撫でてやるのだった。
頼むから機嫌直してくれよ、俺の本命はお前だってことくらいわかってるだろ? 小声で囁きながらなだめていると、
「……本当に好きなら、抱けるはずですよね?」
と、わかりやすくつけあがってきたのだった。
結局俺とヤリたいだけじゃねえかこいつ!
「まあでも、よく考えたらそれが目的でここに来たんだしな」
「……勇者殿?」
ちょうどいい、フィリアの体を使ってスッキリするのも悪くない。
ついでにこいつの機嫌も直るのだから、一石二鳥だ。
「ちょっと仰向けになってみ」
「こ、こうですか?」
「そうそう、そんな感じ」
俺はフィリアのネグリジェをまくり上げると、オムツに包まれた下半身を露にした。
「なんで顔隠してんのお前」
「……直視できません」
フィリアは両手で顔を覆っている。耳は、焼け落ちそうなほど赤くなっていた。
「大丈夫大丈夫、天井のシミを数えてるうちに終わるから……って手で隠れてるから見えないのか。なら自分の手相を見てな」
「……怖いです」
「案ずるより産むがやすしって言うだろ?」
「い、いえ、行為が怖いのではなく」
フィリアは「これ以上勇者殿を好きになるのが怖いのです……」と白状した。
「……今ですら好きすぎておかしくなりそうなのに、肌を重ねてしまったりしたら、ど、どうなってしまうのか不安で」
「なにちょっと可愛いこと言ってんだよ。らしくねえな」
「あっ、そんな……後生です!」
というわけで。
俺はフィリアを使って、二時間ほど遊興に耽ったのだった。
もちろん、今回もちゃんと峰打ちである。
処女を奪わないギリギリの範囲で、ありとあらゆる男女の営みを行なったに過ぎない。
ただし相手がフィリアとなれば効果は抜群で、
「なぜ勇者殿を信じられないのですか!?」
全てが終わったあと、フィリアは俺の熱烈な擁護者と化していた。
リビングに突撃し、「勇者殿がアウローラを引き取ったのは純粋な善意からに決まっているでしょう!?」と力説する姿は、さながら女将軍である。
「ごめんなさいお父さん……私達が間違ってたんです」
「あたし、中元さんのこと信じ切れなかった。馬鹿だった」
「……許して下さい……なんでもしますから……」
すっかり縮こまったアンジェリカ達の頭を撫で、「わかればいいんだよ」となだめる。
「俺の方こそ、怒鳴ったりしてすまなかった。俺は悪い父親だな。さ、皆で洗いっこして仲直りだ」
「お父さん……!」
アンジェリカ、リオ、綾子ちゃん、フィリア、アウローラを連れて浴室に向かい、一日の汗を流す。
喧嘩の後は、お湯でわだかまりを洗い流すのが俺達のルールだ。
「さすがに六人同時入浴は狭いな」
「ですねー。大渋滞ですよ」
湯船に浸かりながらアウローラと戯れる俺を見て、アンジェリカは「ん?」と首を傾げていた。なんかおかしくないですか? 丸め込まれてないですか私達? と言いたげな目をしていたが、手で全身を洗ってやったら何もかもどうでもよくなったらしかった。




