奥さんはミルクサーバー
俺とクロエは力を合わせてロミオの死体を埋葬し、簡易的なものだが墓を作り上げた。
息の合った連携は、確かな親子の絆を感じさせた。
ところが、アウローラの処遇について話し合いを始めたところ、一瞬にして喧嘩となった。
絆は地平線の向こうへと吹き飛んでいった。
跡形もなかった。
「父上はおかしいよ……」
クロエは涙声で訴える。アウローラを引き取る件については異論がないけど、母乳云々に関する取り決めは絶対に認めない、認めたくない、父上が吸っていい乳首は私の乳首だけだもん。
実子の乳房に吸い付く父親など死刑が妥当だと思うが、クロエの中では当たり前の行為らしい。
「お前の体なんか興味ねえよ……!」
「なんてこと言うの!? それが父親の発言!?」
「めっちゃ父親らしい言動だと思うが。娘の体に興味があります、なんてほざく親父がどこにいるってんだ」
「興味持ってよ! 特に胸に!」
「なんで?」
言われるがまま、手のひらサイズなクロエっぱいに視線を向ける。
「私は将来、父上に母乳介護することだけが愉しみで生きてきたんだよ……?」
「母乳介護って何」
おそらく今でっちあげたであろう将来図を、クロエは語る。
「文字通り、母乳で老人介護してあげるんだよ。総入れ歯になっても、おっぱいなら飲めるでしょ? だからね、父上が寝たきり老人になったら、毎年犯して妊娠しようと思ってるんだ。それなら常にミルクをあげられるからね」
介護用流動食として、己の母乳を第一候補に挙げる娘。健気なのか狂っているのか判断に困……らねえなこれ。狂気でしかねえわ。
つーかホムンクルスの寿命を考えたら俺が爺さんになる前にお前死んじゃうじゃん、という切ない突っ込みは脳の外へと追い出され、どうしようもない親子喧嘩を続ける。
アウローラはといえば、そんな俺達のやり取りを胸元を抑えながら見守っていた。
「とにかく! 父上がアウローラのおっぱいを飲むなんて、絶対絶対ぜーったい駄目! あの子はずっと竜の姿でいるべきだよ! そしたら母乳漏れも起きないんでしょ!?」
「飛竜形態じゃ家の中に入らないだろ。なにより町中が大騒ぎになる」
「一般人なんて好きに騒がせとけばいいじゃない! どうせもうすぐ戦火に巻き込まれて滅びる国なんだし!」
「お前本気で言ってんのかそれ?」
「本気だよ。でも大丈夫、戦後の混乱に便乗して、父上を日本国皇帝に即位させてあげるからね。そんなことより今はアウローラだよ。もう、すぐ話が脱線する!」
「何がそんなことよりなんだ!? 今すげえ邪悪なプランが聞こえたんだが!? 可愛く頬を膨らませてる場合じゃないだろ!?」
実はこいつが一番やばい娘なのか?
こんなののクローンが何千何万と量産された軍隊が攻め込んでくるって……俺と目が合った瞬間、一斉に逆レ〇プを仕掛けてくるんじゃねえの?
不穏な未来に頭痛を覚えながらも、俺はどうにかクロエをなだめ終えると、下山の準備に入った。
行きは徒歩だったが、帰りは飛竜という足がある。
「奥さん、いっちょ竜に戻って俺らを乗せてくれるか?」
「……」
「奥さん?」
アウローラは口元に手を当て、申し訳なさそうに目を伏せる。
「飛びたいのはやまやまなのですが……」
「何か不都合でも?」
「……」
「お、奥さん!?」
竜の未亡人は、喪服の裾に手をかけると――するするとたくし上げ、太ももを見せつけるような体勢になった。
「不味いよ奥さん! 娘が見てる前でこんなこと……!」
「違うのです、誘ってるわけではないのです」
よく見て下さいまし、と熱っぽい声で訴えられたため、よっしゃあ大義名分ゲットだぜ! とがっつくようにガン見すると……アウローラの内ももから、白い液体が伝い落ちているのがわかった。
むっちりとした脚に、乳白色の線がいくつも走る様は、卑猥なことこの上ない。
「この汁はもしや……」
「はい。母乳が垂れてしまったようですの」
きっと服の下はグジョグジョになっているのだろう。
数十センチほど離れているのに乳臭い香りが漂ってくるし、胸から下は母乳まみれになっていると考えるべきだ。
「限界なのです。胸が張って、とても飛べそうにないのです。それどころか、このままでは歩くのもやっとで……」
後生です、とアウローラは涙目で縋りついてくる。
「どうか、どうかお乳を吸い出しては頂けませんか……?」
「な、何リットルまでなら大丈夫ですかね?」
「リットル単位で飲んで下さるのですか」
ナカモト様は頼もしいのですね、とアウローラが微笑むのと、クロエが発狂したのはほぼ同時であった。
父上が飲んでいいおっぱいは私のだけだもん! としゃくりあげながらアウローラを藪に連れ込み、俺の前から見えなくなった。
チュバチュバという音が森の中にこだましていたので、何をしているのかは大体わかった。見てはいけないんだろうな、と本能的に悟った俺はじっとその場で待機し続けた。
十分後。
藪をかき分けながら現れたのは、口元をハンカチで拭うクロエと、妙にスッキリした顔のアウローラであった。
「女同士でよくもまあ」
クロエは「う~」と小さく唸りながら腹をさすっている。
「お腹の中、タポタポ鳴ってる……吐きそう……」
「マスターの努力は認めますが、少女の胃にあの量は無理があったかと」
あらあら、と頬に手を当てながら笑うアウローラ。肌はテカテカと輝き、まるで憑き物が落ちたかのような授乳顔である。呆然と立ち尽くす俺に、悩まし気な流し目を送ってくるのを忘れないあたり、抜け目のなさが窺える。
「今回はマスターが処理して下さいましたが、明日以降はナカモト様を頼ろうと思います」
「……うう……」
クロエは地面にしゃがみ込み、「ちょっと休憩」と俯いた。
瞬間、待ってましたとばかりにアウローラは俺の元に駆け寄り、指先で俺の下唇をなぞった。
「奥さん!?」
しー……と人差し指を口元に当て、アウローラは囁く。
「今塗ったのが私のミルクでございます」
マスターに気付かれぬよう、そっと味わって下さいまし……と、授乳期特有の慈愛に満ちた声で告げる。
夫を失ったばかりだというのに、この穏やかさはどうしたものだろう。
きっとオキシトシンがびゅくびゅく分泌されているに違いない。
オキシトシンは赤ちゃんが生まれたママに多幸感や恍惚感を与えたり、作られた母乳を噴出させる働きのあるホルモンで、個人的にはあらゆる女性にサプリメント感覚で気軽に投与していいのではないか、と思っている。
そんなマッドドクターじみた妄想を繰り広げながら唇を舐めると、甘くまろやかで、それでいて母性にまみれた、懐かしい味が舌の上を転がっていった。
「……!」
俺の舌上で、ママという概念が寝返りを打っている。
えっ、これがお前の母ちゃん!? 姉ちゃんの間違いだろ!? とクラスメイトに羨ましがられる若作りなママが、ソファーの上で寝息を立てている。そのソファーが俺の舌だ。
こんな……こんなにも美味なママ味ミルクを……若妻一番搾りを……これから毎日、飲まされるというのか……?
「気に入って頂けました?」
悪戯っぽく笑うアウローラの瞳に、抗いがたい魔力を感じたのは気のせいではあるまい……。