不穏なる食卓
実子との愛情に満ちたコミュニケーションが済んだところで、俺はリビングに向かい、食卓についた。
「わ、お父さんだ!」
まずアンジェリカが腰を浮かせ、次いでリオや綾子ちゃんが飛び込んでくる。
まるでピラニアが獲物にかぶりつくが如き勢いで娘達が俺に群がり、四方を取り囲まれる。
もはや恒例となった、口移しによる夕食の始まりだった。
「ほら口開けて」
近頃はもう、俺の分のコップは用意されなくなってしまった。なぜならリオが俺のコップだからだ。
俺が食べ物を咀嚼していると、ちょうどいいタイミングで唇が重ねられ、女子高生味のお茶を口内に注ぎ込まれる。
なんだか鳥の雛になった気分だ……そんなことを考えながらテレビを眺めていると、部屋の隅っこで様子をうかがっていた真乃ちゃんが意を決したように立ち上がり、口移し合戦に参戦した。
相変わらず舌先の動きが機敏で、電撃戦と呼ぶのにふさわしい機動力である。
「……っ!」
迎え撃つリオは、舌面積の広さと唾液量の多さを活かした物量戦の構えを見せており、さながら独ソ戦の如き様相を呈していた。
肝心の俺の舌は、二つの大国に好き勝手に蹂躙されるポーランドだった。
人権なんてなかった。
ちゅぱちゅぱという水音が響き渡る中、視界の隅に青ざめた顔で座り込むクロエが映る。
やっと夕飯を食べる気になったらしい。
俺は二人の少女から舌を引き抜くと、クロエに手招きをした。
「こっち来いよ。具合悪いんだろ」
「……ん」
静かに立ち上がると、クロエは俺の膝の上に座り、ぽふんと後ろ頭を胸板に預けてきた。
俺は愛娘の腹を優しく撫でながら、口元に食べ物を運んでやる。
「ちょっと! いくら血繋がってるからって甘すぎない!?」
「しょーがねーだろ、そういう日なんだから」
「……ああ」
どうやら事情を察したらしく、リオは大人しく引き下がってくれた。
「少しは楽になったか?」
「……もっとお腹なでなでして」
「わかった」
すっかり甘えん坊になったクロエのヘソ周りを、すりすりと撫で続ける。
「頭も撫でて」
「わかったわかった」
「んー……」
リラックスした様子で目を細めながら、クロエは更なるおねだりを口にする。
「胸も撫でて」
「わかったわかった。……ん?」
「どうしたの?」
「いや、父親が娘の胸を撫でるのって有りだっけ?」
「なんかお腹痛くなってきた……」
「ああもうしょうがねえな!」
段々自分でも何をしているのかよくわからなくなってきたので、勢いに任せてクロエのBカップを撫でさする。
女の子の胸というのは不思議なもので、見た目は手のひらサイズでも、触ってみると信じられないくらい柔らかい。
「ありがとう父上。おかげで大分楽になったよ」
「そりゃあ良かった」
アンジェリカ達が殺人鬼の目をしているのは見ないふりをして、父娘揃ってテレビに視線を向ける。
『市内で目撃情報が相次ぐ猪は……』
アナウンサーが神妙な顔つきで語るのは、山を下りてきた猪が都市部の生ごみを漁り回っているとかいう、すこぶる牧歌的なニュースだった。
「この国は平和だねえ。たかが野生動物で大騒ぎなんだもん」
「だな」
親子そろって頷いていたが、次の瞬間、画面に映ったもので同時に硬直する。
『やはりここ数日出没する怪鳥と、何か関連性があるんでしょうか』
『あの鳥に山を追われてしまったのかもしれませんねえ』
カメラが映し出したのは、大空を我が物顔で旋回する飛竜の雄姿であった。
「またドラゴンかよ。めんどくせえな」
「……ごめん父上。あれ、私のだ」
「へ?」
クロエは申し訳なさそうな顔で言う。
「あれ、私がここに来る時に乗ってた軍用飛竜」
「……マジか」
「世話しきれないから、山に放してきちゃったんだよね」
「猫じゃねーんだぞおい!」
「だってこっちの世界にドラゴンがいないなんて知らなかったんだよ!」
取材班を乗せた車は、悠々と空を舞う飛竜を追いかけ続ける。
「……でもまあ、飛竜なら大した害はないか。ドラゴンの中じゃ一番小柄だし。人間食うような真似もしないし」
「で、でしょ? そんなに騒ぐようなことじゃないでしょ? しかも一匹しかいないんだから、つがいになって増える恐れもないよ」
『もう一匹! もう一匹現れました! これは都庁舎で起きた事件の再来なのでしょうか! 私達の目には、仲睦まじい雌雄のペアに見えます!』
大騒ぎするリポーターの声で、一気に食卓が静まり返る。
「……お前、二匹連れてきたの?」
まさか、とクロエは首を振る。
「あ」
「なんだ?」
「……私達が倒した男。オドリック!」
「あいつがどうかしたのか?」
「あの男も飛竜に乗って転送されてきたなら……」
「――!」
クロエが山に放した飛竜と、オドリックの飛竜がカップルになり――
「卵を産むかも」




