この人チカンです!
「?」
OLの連絡先を聞き出したところで、腰のあたりに違和感が生じた。
何か細いものが、さわさわと服の上を這っているのだ。
……これは……。
誰かが、俺の腰を触ってる……?
恐る恐る視線を下げると、アンジェリカとクロエが俺の下半身をまさぐっているのが見えた。
は? 何やってんだお前ら?
視線で叱りつけると、むっと二人の娘は睨み返してくる。
「いくらなんでも、最近のお父さんは女癖が悪すぎだと思います」
「父上が誰のものなのか、わからせてあげなきゃね」
ぺろりと舌なめずりをして、アンジェリカは俺のズボンに右手を突っ込む。
クロエは襟元から両手を忍び込ませ、俺の胸板をなぞり始めた。
「目的地に着くまで、私達の玩具になってもらいますから」
アンジェリカの指は、今や俺の武器庫に到達しようとしている。そこに格納されているのは我らが主砲であり、女人立ち入り禁止の空間なはずだ。
(やめろ! 犯罪だぞこれ!)
押し殺した声で抗議すると、両脇の女子高生とOLが顔を見合わせ、「えっ? 触っていいの?」などと確認し合っている。「芸能人にお触りできる機会なんて滅多にないよね」とも。
待て君達。何を考えてるんだ?
そんな、四人がかりで――
「……っっっ!」
こ、この人達チカンです!
いや違う、女だから痴女になるのか?
俺は叫び出したくなるのを必死にこらえながら、肌を這う指の感触に耐えていた。
OLが腹筋の溝をなぞり、女子高生が首筋をカリカリと引っかく。そのたびにぞわぞわした感覚が背筋を走り、理性が抜ける。
「いっつもこの車両で痴漢されるから、いっぺん触る側に回ってみたかったんだよねー」
とはOLのお姉さん。
気持ちはわかるが、俺に八つ当たりするんじゃねえよ!?
だ、誰か助けて下さい! 十~二十代の綺麗な女の子達が僕の体を触ってくるんです!
逆痴漢されてるんです!
……。
無理だ、こんなハーレムむき出しのSOSを叫んだところで、誰も信じちゃくれない。仮に信じてくれたとしても、自虐風自慢と思われて終わりだ。
いや、別に触られること自体はいいんだ。ぶっちゃけ悪い気分じゃない。
問題は今俺に痴女ってる四人のうち、三人が十代半ばところだ。
ふざけんなよ……!
子供の分際で、絶妙な手つきでタッチしやがって。
これじゃ俺、余計に十代大好きになっちゃうじゃん!?
俺のストライクゾーンは元々二十五~四十五歳程度の範囲内に収まってたのに、お前らのせいで下方向にがっつり拡張されちゃったんだぞ!?
今じゃもう、十二歳くらいの子役でも大丈夫になっちまってんだよ!
俺はちゃんと野球をやりたかったのに、お前らが内角低めを通り越して地面を抉るような魔球を投げつけてくるから、キャッチしきれなかった球が何度も球審にぶつかってるじゃん! 脛が破壊されてるじゃん!
十代少女の魅力を、火の玉ストレートで投げやがって!
ていうかお前ら、途中からルールなんかどうでもよくなってるだろ? 「ストライクゾーン? なにそれ?」な態度で性的魅力という名のボーリング玉を投げまくってるけど、それもう野球じゃねえから。野蛮な合戦だから。
畜生、神聖な甲子園を血の関ヶ原に変えやがってよ……お前らの血は何色だよ!?
殺人ベースボールによってストライクゾーンを下方向に矯正されていくのを感じながら、俺は必死に車内に視線を巡らせた。
このままではロリコンになってしまうし、主砲が暴発する恐れすらある。
誰でもいいから、小汚いおっさんを凝視して気を落ち着かせなければ。
背広姿のおっさんで埋まる一角に、俺は目を向けた。
すると座席二つ分ほど離れた先に、長身の白人男性がいるのを見つけた。
男は、青い目でじっと俺を見ていたが、やがて気まずそうに目を逸らした。
……四人の女の子と破廉恥行為に及んでいる輩と目が合ったら、見なかったふりをするのは人として自然な反応かもしれない。
だが、人ごみをかき分けてまで隣の車両に移動しようとするのは、さすがに不自然であろう。
あの外国人、俺から逃げようとしている?
まさか――異世界人、なのか?
俺は遠ざかる背中に人差し指を向け、ステータス・オープンと呟く。
【名 前】オドリック
【レベル】44
【クラス】王宮騎士
【H P】3000
【M P】1000
【攻 撃】700
【防 御】600
【敏 捷】500
【魔 攻】500
【魔 防】500
【スキル】言語理解 法術
【備 考】異世界の王に仕える騎士。斥候としてこちらの世界に派遣された。実の娘と電車内でイチャつく中元にドン引きし、逃走を試みている。
「あいつだ!」
俺はアンジェリカとクロエの腕を掴み、痴女行為を止めさせた。
「お父さん……?」
「奥の車両に逃げた、あの男! あいつは王宮騎士だ!」
二人の異世界人は、途端に真剣な表情に切り替わる。
「……ここで戦うのは無理ですね。他の乗客を巻き込んじゃう」
アンジェリカの言葉に、クロエは静かに頷く。
「王宮騎士か。精鋭部隊ってことになるけど、私と父上の敵ではないね」
「向こうも戦力差は理解してるはずだ。何か罠があるかもな」
未だ止まらない電車にじれったさを感じながら、男の後を追う。
サラリーマンの塊をモーゼの如くかき分けると、今度は女子高生が固まるブロックとかち合ったが、女の子にもみくちゃにされるのはただの日常なので、心を無にして突き進む。
「すいません、トイレ行かせてください。ほんとすいません」
片手で手刀を切るような仕草をしながら、奥へ奥へと体を潜り込ませる。
「大丈夫かお前ら? 付いてこれてるか?」
ふと後ろを向くと、アンジェリカとクロエは額に汗を浮かべながらも頷いてみせた。
やはり異世界人だけあって身体能力が高い……というわけではなく、若い女との接触を恐れるサラリーマン達が、二人のために道を開けてくれているようだ。
……痴漢冤罪とかこえーしな。
なるほど、満員電車の中で動き回るのは、女の子の方が有利かもしれない。
「大丈夫そうだな」
前方に向き直り、隣の車両に足を踏み入れた瞬間――
『次はー新宿ー。新宿ー』
独特発音で、車内アナウンスが鳴り響いた。
この電車はもうじき停まる。
……戦闘が、始まる。




