チートモード
JKネットワークによってもたらされたタレコミを整理すると、どうもここから二駅ほど先にある繁華街で、怪しい男が目撃されているらしい。
『なんかー、割とイケメンなガイジンがぁ、男の人に声をかけては裏路地に入ってくんだってぇ。何やってんだろうねーまぢウケる。ってか本物の中元圭介? やばくない? うち芸人と話しちゃった!』
だそうだ。
それにしても、どうしてこう最近の女子中高生ってのは、三十代の男に対して警戒心が緩いのか。
普通おっさんが相手だと身構えそうなものだが、すっかり友達感覚で連絡取ってるしな。
中には露骨に「家出したから養ってほしい」などと誘ってくる子もいるくらいだ。
家出少女か。
力になってあげたいところだが、既に複数の未成年と同居している身に、これ以上の罪状は重い。
大体、俺と三日以上同居した女は彼女になっちゃうんだぜ? それでいいのかよ? と言ったら「別にいいよ」と返ってきたので、また彼女候補が増えてしまった。
この件が片付いたら迎えに行くか……? と逡巡していると、アンジェリカがちょいちょいと服の裾を引っ張ってきた。
「お父さん? なんか目つきが変になってますけど、途中から思考が脱線してたんじゃないですか?」
「――いや。俺はただ、戦略を練ってただけだよ。行こうアンジェ。ここからは電車移動だ」
「あの鉄の蛇ですね」
私あれ苦手なんだよねえ、と前方のクロエがぼやく。
「ガタゴト揺れるし、ぎゅうぎゅう詰めにされるし、体触ってくる人とかいるみたいだし」
「気持ちはわかる」
日本の満員電車って、もはや人権侵害だよな。
なんで放置されてるんだろ。
俺が異世界召喚される前より酷くなってる気がするし。
都市計画も糞もなく、ただただ不況に耐え忍ぶ以外、何もできなかったのかもしれない。
衰退し続ける母国を憂いつつ、俺は右腕をアンジェリカ、左腕をクロエを絡ませながら足を進める。
形も大きさも違う、二種類の乳房。それらがひじに食い込む感覚に精神を研ぎ澄ませているうちに、あっという間に最寄り駅へと到着した。
「あー、ひでえなこりゃ」
どうやら帰宅ラッシュとかち合ってしまったらしく、ホームは人でごった返している。
「二人とも俺から離れるなよ。危ないからな」
「父上は過保護だなぁ。この国の一般人に後れを取りはしないよ」
それが心配なんだけど。
アンジェリカもクロエも地球人を遥かに上回る身体能力を有しているため、うっかり誰かにぶつかって吹き飛ばしたり、足を踏みつけて骨を砕く、といった事故が起きかねないのだ。
今日はいつ戦闘に入るかわからないので、弱体魔法もかけてないしな。
要するには俺は、チンパンジーを連れ歩いているようなものなのである。
大変無礼な想像をしながら電車待ちの列に並び、アンジェリカ達を抱き寄せると、周囲に小さなざわめきが生まれた。
が、アンジェリカが発した「お父さんと密着ー」という言葉で、一気に空気が和らぐ。
なんだ、親子か。犯罪じゃなかったんだ。きっと皆そんな風に自分を納得させ、見逃す態勢に入ったのだろう。
俺とアンジェリカの風貌で父娘は無理があるだろうが、どうせ皆面倒なことと関わらずに済む理由を探していたのだ。
群衆心理に付け込む形でのセーフ判定と言えよう。
「ねぇねぇ父上」
「なんだ?」
「私さ、実はまだ電車怖いんだよね」
「へ?」
見ればクロエの脚は、小刻みに震えている。
一難去ってまた一難、どうしてこう次から次へと問題が発生するのか。
「お前、前乗った時は平気そうじゃなかったか?」
「結構無理してたんだよあれ」
まあ確かに、異世界人からすれば轟音を立てて猛スピードで突き進む金属の箱は、畏怖の対象であろう。
「……しょうがねえなあ。乗ったらずっと俺にしがみついてろ」
ったく。ほんと甘えん坊だよな、ファザコン娘ってのは。
こめかみに手を当てて嘆息した瞬間、ピイイイーィ! と甲高い警笛が響き渡った。
来たか。
俺はぎゅううっとしがみついてくるクロエの頭を撫で回し、やきもちを焼いたアンジェリカの尻を撫で回し、両手に花の状態で電車に乗り込んだ。
「きっつ……」
悪夢の如きの人間の群れに、みちみちと押し潰されるようにして、車両の奥に押し込まれる。
「ぐえ」
壁に体を叩きつけられる感覚があったかと思うと、少し遅れて次々と柔らかな塊が押し当てられてきた。
どうせアンジェリカとクロエの乳尻だろ、と目を上げると、そこにあったのは見知らぬ女子高生の鎖骨と、今にもはち切れそうなOLのバストであった。
は!?
あいつらはどこ行った!?
視線で二人を探していると、俺の腰回りにぴとりと密着している金髪を見つけた。これがアンジェリカの頭か。
クロエは……。
「父上、苦しい」
クロエは俺とドアの間で、息苦しそうに悶えていた。
俺を背後から抱きしめるような形で押し込まれてしまったらしい。
「大丈夫か!?」
「大丈夫じゃないよ……! 全身が父上の匂いと感触に包まれてるんだもん。これじゃ私、目的地に着く間に想像妊娠しちゃう」
「大丈夫そうだな」
列車内で発情するなよな、この痴女が。
我が娘ながら先が思いやられる、とため息をついた瞬間、ぐらり、と乗客の体が傾いた。
どうやら発進し始めたようだ。
「……」
揺れに合わせて、女子高生の髪が俺の肩にかかり、OLの乳房が頬に押し付けられる。
すいませんわざとじゃないんです、と視線で謝ってみるが、果たしてどこまで伝わっているものやら。
「不味いよ神聖巫女。このままじゃ父上が痴漢と間違われちゃう」
「え……現代の魔女裁判とかいう、あの……?」
密着状態でひそひそと話し合いを始める、俺の娘達。
心配してくれるのはありがたいが、
「おいおい、俺は正義の勇者様なんだぜ? くだらねー痴漢騒ぎなんか起こさねえって」
「で、でも……この女の人達がお父さんを訴えたりしたら……」
不安そうに俺を見上げるアンジェリカ、ニッと笑い返す。
「大丈夫だよアンジェ。俺はこういう時、誰も不幸にせずに解決する方法を知ってるから」
どうするんですか?
消え入りそうな声で囁くアンジェリカに、力強く答える。
「この二人を俺の彼女にすればいいんだよ」
「――え?」
俺はさっそく、女子高生とOLに話しかける。
「やばいですね、今日の混み具合。さっきからずっと体当たってますけど、二人とも大丈夫ですか?」
「……はあ」
警戒心をあらわに返事を返した女子高生を、じっと見つめる。
「……え、マジシャン中元?」
「おや、バレちゃったか」
騒ぎになるから静かにしてね、と人差し指を口の前に持って行って「しー……」と囁く。
たったそれだけの動きで共犯者意識が芽生えたのか、女子高生はコクコクと二回頷いた。
「芸能人も電車乗るんだ……」
「そりゃ乗るさ」
「あとで写真撮っていい?」
「いいよ」
「イ〇スタに上げてもいい?」
「もちろん」
それから数分ほど談笑を続け、相手の警戒心が緩んできたのを確認した後、耳元で囁く。
「もっとこっち来なよ。危ないでしょ」
「……え」
「この車両、痴漢で有名だろ。俺の傍なら大丈夫だから」
「なんで大丈夫って言いきれんの」
「俺の体がどうなってるか知ってるだろ? 痴漢のおっさんなんてワンパンで片付くよ」
「そういや筋肉凄いんだっけ」
「触ってもいいぜ」
マジでー、と軽いノリで近付いてきた女子高生を抱き寄せ、「何年生?」とたずねる。
「一年だけど……」
「大人っぽいから三年生かと思った」
「えーそんなことないしぃ」
照れ笑いを浮かべる女子高生に、当初の警戒心は見当たらない。
ま、こうなるよな。
若手芸人はハゲやブサイクですら普通の男よりモテるんだから、見た目が平均ちょい上の俺なら入れ食い状態になるんだよなぁ。
タレントという身分は、一言で表せば「子宮特効」なのだ。
ミーハーな女の子は一秒で落ちる、恋愛チートと言えよう。
俺は女子高生の陥落を確認すると、さっきからおっぱいをむにゅむにゅ押し付けてくるOLの攻略に取り掛かった。
アンジェリカとクロエの歯ぎしりは、聞こえないふりをした。




