義理VS実
収録を終え、共演した女の子達と連絡先を交換していると、いつの間にか午後五時を回ろうとしていた。
言っておくが、俺だって好きでこんなことをしているわけではない。
体が勝手に動いてしまうのだ。
俺にとって女の子を引っかけるのは呼吸みたいなものなので、無意識のうちに彼女が増えていくのである。
多分あれだ、内臓のせいだ。
俺の肺は酸素の代わりに女性ホルモンを吸い込み、口説き文句を吐き出す。
ある種の生殖器官と言えるかもしれない。
というか全身生殖器官かもしれない。俺はもう駄目かもしれない。
「……仕方ねーじゃん、若手芸人って無駄にモテるんだし」
アイドルと違って、なぜか浮気しても許されるしな。
ほんと天職だよな。
一生この仕事続けるわ。
決意を固め終えたところでアドレス交換を切り上げ、駆け足で局を出る。
すると打ち合わせ通り、玄関前でアンジェリカとクロエが俺を出待ちしていた。
アンジェリカは黒のワンピースとホットパンツという目のやり場に困る服装で(しっかり目をやっているが)、谷間やら尻の食い込みやらがむき出しになっている。
一方、クロエはノースリーブのパーカーとハーフパンツという、スポーティーでありながら腋と横乳を見せびらかすスタイルで、お父さんそんなチラリズム許さないからな、と叱りつけたくなるコーディネートだった。
二人ともビッチめいた格好だが、『ヨーロッパ風の異世界で生まれ育ったので暑さに弱い』という事情があるため、やめさせるわけにもいくまい。
俺にできることと言えば、この子達にいやらしい目を向ける男どもを威嚇することくらいだろうか。
悪いなお前ら、あいつらは俺の私有財産なんだ。
謝罪なのか自慢なのかよくわからないモノローグを繰り広げながら、アンジェリカに声をかける。
「待たせたな」
「超待ちましたよー!」
寂しかったんですからね! と頬を膨らませながら抱き着いてくるアンジェリカ。もはや人目を全く気にしていないように見えるし、俺もあまり意識していない。
どうせ杉谷さんの権力や権藤との黒い繋がりで口コミなんていくらでもコントロールできるので、公衆の面前でいくらイチャつこうがノーダメージだし、この町の十代女子は皆俺の彼女候補なのだ。
この段階まで開き直るのにかなり時間がかかったが、俺もようやく勇者らしくなってきたということか。
「こらこら、あんまりくっつくんじゃない。動き辛いだろ」
あとクロエの視線が怖いからほどほどにしとけよ?
俺の血が入ってるだけあって、何するかわかんないところあるからな、あいつ。
ほら、今だって凄い目でこっち見て……と思いきや、涼し気な目をしている。
あれ?
朝に甘やかしてやったから、メンタルが安定してんのかな? と油断しきっていると、クロエはスタスタとこちらに近付いてきて、
「あまり父上を困らせるんじゃないよ」
と、俺の頬にキスをし、何事もなかったかのように歩き出した。
……不意打ちだし、なんかちょっと本命彼女っぽくて格好いいし、アンジェリカはわかりやすく嫉妬してるしで、まさに一撃必殺だった。
「な、なんですかあの余裕は……血が繋がってるからって……血が繋がってるからって!」
負けじとキスの嵐をお見舞いしてくるアンジェリカを引きずりながら、クロエの後を追う。
どこからどう見ても十八歳未満の少女と破廉恥な行為に及んでいる現行犯だが、通行人は何も見ていないふりを続けている。
だって俺の後ろを、怖いお兄さん達(権藤の部下)がぞろぞろ歩いてるからね。
たまに事情を知らない外国人観光客が俺達の痴態を撮影していくのだが、そのたびに背後のヤクザ連中が飛び出し、没収したスマホやカメラを破壊してくれる。
なんとも反社会的なセキュリティーだった。
「平和な街だなぁ」
平和っていうか、悪に屈した街な気がしないもでないが、芸能人なんて元々こんなもんだしな。
別に俺がおかしいわけではなく、業界全体がズブズブなので、テレビ局の人達も全然気にしていないのだった。
もはや権藤の組は、俺専属のマネージャー養成所みたいなもんである。
「しかしほんと、外国人増えたよな」
ワオ、ジャパニーズヤクザ! と大はしゃぎしている白人カップルを横目で眺めながら、しみじみと思う。
コンビニの前では中国人と思わしきグループが楽しそうに会話しているし、インド人っぽい風貌の青年がアニメ絵のポスターを撮影しているのも見える。
俺が子供の頃は滅多に外国人と会わなかったもんだが、今じゃそこら中で彫りの深い顔と出くわす。
この中から異世界人を見つけ出すのは、至難の業と言えよう。
「私もガイジンですしね」
アンジェリカが笑うと、
「私も半分はそうだね」
とクロエが続く。
「白人男性って部分しかヒントがないからなぁ。どうやって探しゃいいんだろうな」
そうなのだ。
俺達が今日ここに集まったのは、決してデートをするためではない。
日本人相手にレベリングを繰り返す、異世界の斥候を捕えるためなのだ。
「感知はできそうか?」
「もうやってるんですけど、特に不審な人物は見当たりませんね」
アンジェリカは事務的に答える。
「そうか……ていうか俺が一番の不審者だしな……クロエはどうだ? 最近まであっちの世界にいたんだから、色々向こうの事情に詳しいんじゃないのか?」
「え、私に振る?」
「こっちに送られてくる時点で、それなりのエリートなはずだろ。んで斥候役を務めそうな若い男となると、かなり絞られてくるんじゃないか」
「ごめん。私達ホムンクルスは、戦闘訓練をするか、父上と近親相姦する妄想で盛り上がるかのどっちかしかない生活だったから、王国の人事には疎いんだ」
「……ストイックな暮らしだったんだな」
「力になれなくてごめんね。代わりと言っちゃなんだけど、父娘姦トークなら十時間くらいできるよ」
十時間もぶっ続けでそんなトークしたら、初見の人は悪霊に取り憑かれたイタコかと思うんじゃねーかな。
マジで役に立たねえなこいつ。
まあいいさ、純粋な戦闘要員として割り切ろう。
情報収集は……JKネットワークに頼るとするか。
俺はスマホを取り出し、連絡帳リストを起動する。
ここには女子高生のアドレスが108個登録されており、除夜の鐘を鳴らした程度では払拭できそうにない量の煩悩を放っていた。
この108名は主に「タレント」「町で声をかけてきたミーハー少女」「リオの友人」で構成された集団で、全員が俺に忠誠を誓っている。
女子高生は芸能人が大好きだし、悪っぽい男にも目がないし、つまり暴力団と交流のあるタレントに声をかけられると、あっという間にデレてくるのだ。
近頃はもう、道を歩けば女子中高生がすり寄ってくる有様で、俺だけ皆と違うジャンルの人生を歩んでいた。
周囲が真面目に人生ゲームでサイコロを振ってるのに、俺だけ女子高生を捕まえる旅をしているのだ。
『もしもしミカ? ちょっと聞きたいことがあるんだけど』
『俺も亜由美のことは最初からいいなって思ってたよ。ほんとだって。だからさ、人探し手伝ってくんない?』
『ああ、俺も葵に会いたいよ……そういえばさ、最近白人の男を見かけなかった?』
『あーリオか? お前はいつも通り便所でエロ写メ撮ってろ』
『え? それほんと? でかした真紀ちゃん! そいつでビンゴだよ! ああうん、ホテルはまた今度ね』
凄まじい勢いで集まる、情報、情報、情報。
その量に圧倒されながらも、俺はめぼしい候補を絞り込んでいく。