親子会議
「――さて」
飯は食ったし、身支度も済ませた。
あとは出勤するだけ……なのだが、あることに気付く。
「そういやクロエがいないな。どうした?」
あの子なら寝室で泣いてると思いますよ、とアンジェリカは俺の指先をしゃぶりながら言う。
「実父が朝から同年代の女の子とベタベタしてるのは見たくない、だそうです」
「……思春期の少女として当たり前の感覚だな」
これは申し訳ないことをしてしまった。
俺はアンジェリカ達を振りほどくと、急いでクロエの元へと走った。
寝室の前に到着したところで、ぴたりと足を止めてドアをノック。着替えの最中だったりしたら気不味いからな。
「おーいクロエ。俺だ。入っていいか?」
「……今着替えてるとこだから入っていいよ」
「お、そうかそうか。それじゃお言葉に甘えて……って着替えてるとこ?」
ガチャリとドアを開けると、パジャマを膝のあたりまでずり下げた、スポブラ姿のクロエと目が合った。
ごめん、なんで脱衣の真っ最中なのに父親を部屋に上げるの?
「わ、悪い覗くつもりじゃなかった!」
「見せてるんだよ。気にしなくていいよ」
いいから入って、と冷たい声で促される。
下着姿の十五歳(しかも実の娘)に逆らえる男などいるはずがなく、俺は渋々部屋の中に足を踏み入れたのだった。
「その……お前がふてくされてると聞いてだな」
「……」
クロエは何も言わず、シュルシュルと衣擦れの音を立て続けている。
やはり血の繋がりがあるだけに、俺に肌を見られてもなんとも思わないようだ。
【パーティーメンバー、クロエの性的興奮が60%に到達しました】
「おい! 言った傍から!」
「父上はさ、私がなんで怒ってるかわかってるの?」
「え?」
「答えてよ。私がなんで怒ってるのかについて」
私は今、何に怒ってるんでしょうクイズ?
気難しい彼女を持った男ならば日常的に回答させられているとかいう、あの?
俺はこれ以上クロエの機嫌を損ねないよう、慎重に答えを探す。
「俺が日常的に女の子とイチャついてるから……それで怒ってるん、だよな」
「50点の回答だね」
クロエはスポブラをベッドに投げつけると、左腕で乳房を隠したまま俺を手招きした。
「どうした?」
「手伝ってよ」
「え?」
「着替え、手伝ってよ」
「でもさすがにそれは」
「神聖巫女にはやってあげてるのに?」
「……」
返す言葉もなかった。
俺はそろそろとクロエの後ろに回り込むと、替えのスポブラを頭に通し、優しく包み込むように実子のBカップを保護してやった。
これで許してくれるといいのだが……。
「私が怒ってるのはね」
クロエは、俺の胸にもたれかかりながら言った。
「父上が遠慮してるのが原因だよ」
「遠慮?」
「私とだけ舌を絡めたキスをしてくれないし、お風呂だってあんまり一緒に入ってくれないし、入ったとしても胸で顔を洗おうとしたら逃げるじゃないか」
「だって俺ら本当の親子じゃん」
お前だけはシャレになんねーんだよ、と一般常識を語る。
こいつと湿ったイチャイチャを行なったら、いよいよ俺は人としての最終ラインを越えてしまうのだ。それだけは避けたい。
「それに、洗濯物だって」
「洗濯物? あれか? お父さんとあたしの服は別々に洗ってよ! ってやつか?」
「逆だよ! どうして父上と私の下着を一緒に洗ってくれないのかな!? 父親の残り香が付いてない服なんか着てたら、そのうち皮膚ガンになっちゃうよ!」
「人体にそんな欠陥はねーし、洗濯当番は綾子ちゃんなんだからあの子に言ってくれ」
どうせ綾子ちゃんのことだから、自分と俺の服は必ず一緒に洗うようにしてるのだろう。
そのせいでクロエの服がハブられている感じか。
すげーどうでもいい問題だなこれ。
「要するにお前は、他の女の子達と比べてベタベタできないのが気に入らないんだな?」
「その通り」
こくこくと頷くクロエ。
そのたびにポニーテールがそよそよと鼻先を掠め、脳が少女の匂いで満たされる。
血が繋がっているはずなのに、「女のいい匂いがする」と感じている自分自身が呪わしい。
「ごめんな。でもやっぱり、お前を彼女みたいに扱うのは無理だよ」
「……」
ポンポンと頭を撫でると、クロエは「う~~~~」と小さく唸った。
なんだか小型犬の威嚇を見ているようだ。
「ずるいよ……皆は血が繋がってないからって……好きなだけ父上とベタベタできて……」
「しょうがないだろ、こればっかりは」
「私だって父上とえっちしたいよ……!」
「いや、俺はまだ誰ともやってない」
「……え?」
クロエは体ごと振り返り、俺の顔を凝視する。
「だから。俺はまだ、誰とも本番行為はしてないんだって」
「……嘘でしょ?」
「ガチだ。なんなら今度、風呂場であいつらの膜を確かめてくるといい」
「気持ち悪いからそんなことしないけど、口ぶりからすると本当なんだろうね」
クロエは露骨に安堵の表情を浮かべると、
「なーんだ。えっちしてないなら別にいいや」
と、俺の首に手を回し、すりすりと頬ずりをしてきた。「父上のほっぺジョリジョリするー」と、大層ご機嫌な様子だ。
「……もう怒ってないか?」
「怒ってないよっ」
よほど嬉しかったらしく、ちゅっちゅっ、と罪のない接吻を繰り返してくる。
まあ、こんなの欧米なら挨拶の一環だし。ノーカンだし。まだ近親相姦じゃないし。
心の中で謎の弁明を繰り返していると、クロエは俺の首筋に舌を這わせながら囁いた。
「ね。昨日連れてきた子って、うちに住ませるの?」
「当分はな」
「ふーん」
クロエは俺の内ももをさすりながら、控えめな胸を押し付けてくる。
まだセーフ。相手選手の脚が明らかに変な角度に曲がってるけど、事前に審判を買収しておいたからイエローカードは出ないんだよなあ、と強がっている状態だ。つまりどこからどう見てもアウトなのだが、我が家のハウスルールではセーフといったところ。
中元家ではこんなの挨拶に過ぎません。欧米のキスやハグと同列の行為なんですー、合法なんですー、と苦しい言い逃れをしながら会話を続ける。
「あの子、追われてるんでしょ」
「ああ」
「私にできることはある?」
「ん? そうだな」
クロエの頭を撫で回しながら、考える。
「お前には異世界人探しを手伝ってほしい」
「私が?……こういうのは感知のある神聖巫女の方がいいんじゃないの?」
「アンジェはレーダーとしてはまあまあなんだが、戦力としては心もとないんでな。お前も一緒に連れて行くと安心だ」
「……そうなの?」
「お前は小回りが利くしな」
フィリアを使うのも考えたが、あいつは過剰戦力なのだ。
というかフィリアの場合、俺以外の人間はダニだと思ってる節があるので、街中で無差別攻撃とかやりそうで怖いし。
「というわけで、今日の収録が終わったら、アンジェと一緒に出待ちのふりをして俺と合流してくれ」
「隠蔽は使わないんだ?」
「向こうから仕掛けてくるようにしたいからな。多少目立つくらいがちょうどいい」
「わかった」
すっかり聞き分けの良くなったクロエの頭を撫で、ついでに尻も撫で、好感度を稼いでから寝室を出る。
この後も俺は大忙しだ。
玄関で待機していた女性陣全員といってらっしゃいのキスを済ませ、真乃ちゃんには念入りに家の中にいるよう命じ、ようやくマンションを後にした。