平和な朝
「……おはようございます」
目を覚ますと、隣で添い寝していたはずの綾子ちゃんが、ベッドの片隅でパジャマをたたんでいるのが見えた。
なお、あれは昨晩、俺が着ていたはずのパジャマである。
じゃあ今の自分はどんな格好をしているんだ? と視線を下げると、白のカットソーとベージュのチノパンという無難なコーディネートであった。
……なんとなく気になってベルトを外すと、パンツは新しいものに取り換えられていた。
どうやら寝ている間に着替えを済ませてくれたようだ。
「悪いねいつも」
「……好きでやってることですから」
「みたいだね。綾子ちゃんは俺を着せ替え人形にするのがお好きなようだ」
「……」
恥ずかしそうに目を逸らす綾子ちゃん。
というのも、着替えついでに俺の体で「遊んだ」らしく、胸板がキスマークだらけにされているのだ。
俺の皮膚に痣を付けようと思ったら、わざわざデバフを使って防御を下げる必要があるわけだが、そこまでしてマーキングしたがる心理はよくわからない。
俺なんてどこにでもいる三流タレントで、彼女が二桁いる以外に特徴らしい特徴もないってのに、一体何を警戒してるんだか。
「心配せずとも、俺は綾子ちゃん一筋だよ」
「絶対嘘ですよねそれ」
ぎろりと凄まじい眼光を向けられる。
かつては何度もこの眼差しに圧倒されたものだが、どうせ押し倒して乳でも揉みながら好き好き言ってやればなんとかなるしな……と思うと可愛いもんである。
俺は綾子ちゃんを連れてトイレに向かうと、膝の上に座らせ、唇を吸いながら用を足した。
それから、顔を洗って歯を磨き、リビングに移動した。
なんてことのない、退屈な朝の始まりである。
今のところ普通の出来事しか起きていない、嫌になるほど牧歌的な朝だ。
「お、今日は洋風か」
食卓には既に朝食が並んでいて、香ばしい匂いを放っている。
焼きたてのトーストに半熟の目玉焼き、ベーコン入りのサラダ。ドレッシングは好きな味を選べるようにと様々な瓶が置かれているのだが、どうせ全部の味が口に入ることになるので、あまり意味がなかったりする。
なぜなら、我が家の朝食は女連中が口移しで食わせてくるので、自然とドレッシングも複数を味わうことになるからだ。
アンジェリカは己のサラダにシーザードレッシングをかけ、それを口移しで与えてくる。
和風ドレッシング派がリオ。
中華風なのが綾子ちゃん。
イタリアンがフィリア。
ソルトレモンがエリン。
結果、テーブルに置かれた全てのドレッシングを口内に放り込まれることとなり、俺が一番好きなのはシンプルに塩コショウと酢を振っただけのサラダなんだけど……なんて意見はまるで無視されているのだった。
やれやれ。
ハーレムってのはこれだから辛いぜ。
真乃ちゃんが俺と同じ塩コショウ派で、それを口移ししてくれたらとても助かるのだけど。
「……」
そもそも毎朝マウストゥマウスで餌付けされてるのがおかしくね? と一瞬考えたが、今さら一般論を主張できる状況ではないし、諦めるしかないのだ。
俺が席に着くと、待ってましたとばかりにアンジェリカが膝の上に座り、左右をリオと綾子ちゃんが挟み、背後からやっと起きてきたフィリアが抱き着いてくる。仕上げに、テーブルの下にエリンが潜り込み、俺の股間に顔を埋める。
「頂きます」
俺はフォークを手に取り、ミニトマトにブスリと突き刺す。
それを口内に投げ入れると、リオがドレッシングを口に含み、深めのキスをしてきた。味付けをするつもりなのだろう。
JKの舌に乗って、トロトロと塩辛い液体が流れてくる感覚は、「脳に対する強姦」と言わざるを得ない。
俺は今、人格をレ〇プされている。判断力が溶けていくのをひしひしと感じる。
「もう。中元さんは自分で噛まなくていいのに」
ぷくーっと頬を膨らませるリオ。多分、これは可愛い仕草なのだろう。
今自分が何を考えているのかよくわからないが、美少女なのは間違いない。
「そうですよ。父親の代わりに咀嚼するのは、娘の義務なんですから。お父さんはただ、私達が噛んだご飯を口移しで受け取ってて下さい」
と、孝行娘な発言をするのはアンジェリカ。
いやこれ孝行娘でいいのか、逆に父親の尊厳を奪い取ってるんじゃないか、と思わなくもないのだが、皆いい匂いがするし柔らかいし色々全部どうでもいいや、と頭がぼんやりしてくる。
「なにこれ」
と、その時。
テーブルの向こう側で、バキ、と何かが折れる音が鳴った。
見れば真乃ちゃんが、へし折れた箸を片手に肩をプルプルと震わせている。
……?
なんだ……?
あの子はどうして怒ってるんだ……?
ああ、そういうことか。
「ひょっとして真乃ちゃんも口移ししてほしいんじゃないか?」
「えー。あたし女同士とか趣味じゃないんだけど」
むっと唇を尖らせるリオに、「パパの言うことが聞けないのか?」とお説教を行なう。
「お前達はこの家にいる間、俺の娘なんだ。だったら姉妹みたいなもんだろう? 仲良くしなきゃ駄目じゃないか」
「でもぉ……」
「最近じゃもう、皆で風呂に入って皆で洗いっこして皆でキスをするなんて、当たり前にやってるじゃないか。何が気に入らないんだ?」
「だってあの子新入りじゃん。まだ気分的には他人なんだけど」
「……む。それもそうか」
リオもアンジェリカも最初の頃はいがみあってたけど、二人で力を合わせて俺にご奉仕してるうちに、息が合ってきしなあ。
やはり必要なのは、年月とスキンシップか。
今夜あたり、真乃ちゃんも俺の垢すりとしてデビューさせた方がいいのかもしれない。
そしたら少しは打ち解けるはずだ。
俺はもはや誰のものかもわからない胸を揉みしだきながら、頭の中でスケジュールを組み立てる。
今日は仕事があるので、一日中ブラブラすることはできないが、可能な限り街を探索するとしよう。
日本人をレベリングしている異世界人――こいつが最優先課題だ。奴についてできる範囲で調べ尽くし、それが終わったら真乃ちゃんを皆と一緒にお風呂に入らせる。もちろん俺も入る。浴槽の中にミチミチに若い女が詰まった状態での入浴なので、もはや風呂に入るというより、女の隙間に潜り込むという状況になるだろう。
これ本当に体洗えてんのか? 泡と同じくらい女の子の汗が体に塗られてるけど、大丈夫なのか? と不安になる入浴。それが俺の日常。
おかげで体臭が女子高生じみてきたらしく、近頃は町を歩いていると「あのおっさんJKの匂いするんだけど……」と気味悪がられるほどだ。
JK臭を中和するためにも、フィリアには頑張ってもらいたいところである。大人の女の匂いをまとわせている分には、合法なのだから。




