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大人部屋赤ちゃん


「まずはチンピラどもをレベリングしてた輩を確保することだな」

 

 見た目は若い白人男性だったそうだが、ごく普通の人間族なのだろうか?

 そうなるとよほどの悪人でない限り、アンジェリカの感知スキルにも引っかからないのが悩ましい。

 とはいえ俺の周囲で探索系の技能を持っている人間は他にいないのだから、頼るしかないのだが。

 

 俺はノートPCの前で難しい顔をするアンジェリカに、「ちょっといいか」と声をかける。


「やはり神官長を治すには、頭部を強打させるのが一番かもしれませんね……」

「ですね……」


 が、綾子ちゃんと物騒な相談をするのに夢中ならしく、俺の呼びかけに気付いていないようだ。


「おーいアンジェ。アンジェってば。最終的に雑な民間療法に行き着くなら、もう調べものなんて切り上げてこっち来てくんないか」

「え? 私のこと呼んでます?」

「呼んでる呼んでる」


 いいからこっちおいで、と手招きすると、アンジェリカはさも当然といった顔で俺の膝に座った。

 飼い猫の如き身のこなし、凄まじい愛人臭。

 限度を超えた慣れ慣れしさに、真乃ちゃんの警戒心はいきなり最高潮である。


「あの……ずっと気になってたんですけど、この女の人達は誰なんですか? 皆すっごい綺麗ですけど……」

「ん? アンジェは俺のお母さんだよ」

「え?」


 ポカンとする真乃ちゃんに、再び説明を行なう。

 十六歳の白人少女を指さして、堂々と。


「だからアンジェは、俺の母親なんだってば。何かおかしいかな」

「え!? いえ人種とか年齢とか、色々全部おかしくないですか!?」

「そうか?」


 別に何もおかしくないけどな、とアンジェリカと顔を見合わせる。


「だってほら、年下の女の子って全員ママだろ?」

「……!?」


 以前、綾子ちゃんに妊活情報誌を無理やり読まされたことがあったのだが、そこにはこんなことが書かれていたのだ。


 男性の精子は、思春期以降になると作られるようになるが、女性の場合は、卵子の元となる原始卵胞を生まれた時から持っている。


 つまり全ての女児は、お腹の中に卵が詰まった状態で生まれてくるのだ。

 生まれた時からママなのだ。

 ゆえに小さな女の子に母性を感じてもなんら不自然ではないし、俺なんて共演者の子役に日常的に母性を感じている。


 当然、十六歳のアンジェリカにママを見出すのは完全に正常な反応である。


 というか卵子の数は年を取るほど減っていくので、「卵の数=ママとしての潜在能力」と考えると、年下女子に甘えない人間は一種の精神疾患と言えるのではないだろうか。

 え、皆は十代のママを作らないの? 頭おかしいんじゃねえの? と言いたい。


 やれやれ。

 ゆとり教育って、もう終わったって聞いたんだけどな。最近の学校じゃこういうの教えてくれないのか?


「納得いかないかもしれないけど、アンジェは俺の母親なんだ。真乃ちゃんもこれからうちに顔を出すようになるなら、そこんとこ意識しといてくれよ」

「そうですよ、お父さんと私は運命のへその緒で結ばれてるんですからね」

「……」

 

 真乃ちゃんは無言で壁の一点を見つめている。

 なんだろう。もしかして通報する気なんだろうか? 


「……これってわざとですよね」

「?」

「私が、まだ中学生だから……わざと気持ち悪いことを言って、嫌われようとしてるんですよね」

「いや全然違うけど」

「私、その程度で中元さんを諦めませんから」


 どうしてこう、十代女子というのは思い込みが激しいのだろう。

 真乃ちゃんはすっかり負けず嫌いに火が付いてしまったらしく、一層俺から離れまいと決意を固めてしまったようだ。


 未成年に甘えるオッサンという悲劇を直視すると、脳がバグを起こして冷静な判断ができなくなるのかもしれない。

 最近、家に連れてきた女子が大体どれも似たような反応を示したしな。中にはその場で110番した強者もいたけど、「中元さんのそれは特例なんで、好きにさせてやって下さい……」と警官が申し訳なさそうに謝ってきたせいで、絶望して芸能界を引退したアイドルもいたっけ。

 あれはとても悪いことをしたと思っている。その子は責任を取って七番目の彼女にしたから許してほしい。

 

 つーか俺って今、何人の彼女がいるんだっけ? 八人から先は数えてないから、自分でも把握しきれてないんだよな。

 まあいいや。

 そんなのすげえどうでもいいや。

 それよりも今は異世界人である。

 俺はアンジェリカの膝に頭を乗せ、幼子が母親に甘えるかのような体勢に移行する。


「なあ、感知で普通の異世界人を探し出すのって可能か?」

「かなり難しいと思います」


 アンジェリカに頭を撫でられながら思案する。


「もう片っ端から外国人男性を調べて回るしかないのかもな」

「めんどくさそうですね」

「全くだ。ずっとこんなんばっかりで、さすがの俺もくたびれてきたよ」

「そういうと思って。はい、これ」


 言いながら、アンジェリカは栄養ドリンクを差し出してきた。

 哺乳瓶に入った栄養ドリンクを。


「お、悪いな」


 おっさんなのか赤ちゃんなのかよくわかんねー状態になってるけど、アンジェリカにこれを飲ませてもらわないとやってらんないくらい俺の精神は疲れているのだ。


「はーいお父さん、あーんして下さいねー」

「あーん」


 俺は永久歯が生え揃った口をあんぐりと開け、哺乳瓶を迎え入れる。


「おいちいですかー? カフェインやアルギニンやタウリンがいっぱい入ってる、赤ちゃんオジサンに優しいミルクでちゅからねー。いっぱい飲んで、元気ギンギンな乳児になって下さいねー」

「まんまー」

「世の中は子供部屋おじさんが問題になってるみたいですけど、お父さんは赤ちゃんなのにちゃんと自分のお給料でマンションを借りてるんですから、大人部屋赤ちゃんですよね。えらいえらいですね」

「そんなこと言ってくれるのはアンジェだけだわ……」

「こーら。ママのことを呼び捨てにしちゃ駄目でしょ? もうお顔をパイパイで洗ってあげませんよ?」

「あ、アンジェママァ!」


 真乃ちゃんは震えながら俺とアンジェリカのやり取りを見つめ、「私が女子中学生だからって……! 諦めさせたいからって……こんなことまで!」とやはり勘違いした方向で怒っていた。


「お父さん、可愛い……。無精ひげでジョリジョリの口が一生懸命哺乳瓶をチウチウしてるの、すっごく可愛いです……」


【アンジェリカの性的興奮が70%に到達しました】


 俺とアンジェリカって、もう戻れないラインにまで来てるよな。

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