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とりかえしのつかない一歩


 ――半グレ集団のリーダー、小林雄二(25)が語ったところによると。


『わかった、全部話しゃいいんだろバブウ。ところで本当にこれで強くなれるのか? オギャア。

 赤ちゃん言葉で喋ってると、周りの目がすっげー気になるんだが……。

 チキショウ、まさかこの歳になってハイハイする日が来るなんてよ。

  

 ええっと、どこから言えばいいんだ?

 そうだな。ありゃあ確か、先週の月曜だった。俺らはいつも通り、クラブ帰りに街をブラついてたんだ。

 時間は……深夜二時ころだったかな。

 

 俺らは二軒目の店を探そうとして、路上でスマホをいじくってたんだ。

 きっと画面に夢中で、近付いてくるのに気付かなかったんだろうな。

 ふと顔を上げると、目の前に一人の男が立ってた。

 はじめは暗くてよくわからなかったんだが、よく見るとガイジンだって気付いた。

 歳はまだ若そうだった。


 こりゃあいいカモだと思ったね。

 真夜中に繁華街をぶらついてる欧米人なんてのは、ヤクの売人か女を買いに来た観光客のどっちかだ。

 どうせこいつも後ろ暗いことをしてるだろうから、何されたって警官は呼ばないはず。

 俺らはそのガイジンを路地裏に引っ張り込んで、金を出せって凄んでみた。


 そいつは外国のコインを出してきた。見たこともないデザインだった。日本円は持ってるかとたずねたら、首を横に振られた。

 

 カッとなって突き飛ばしたら、男は無抵抗のまま倒れ込んで動かなくなった。


 すると目の前に長方形の窓が浮かんできて……次々に数字が表示されていった。

 なんつーか、ガキの頃遊んだゲームの画面みたいな……。

 頭の中でレベルアップがどうのこうのって声が聞こえてきて、最後にライトボールの魔法を覚えました、って幻聴が聞こえた。

 

 ガイジンは言った。「その力をどう使うかは自由だ」って。

 力?

 俺はてっきり薬でも盛られたのかと思ったが、その割に頭がはっきりしてやがる。

 ……ものは試しだと思った。

 幻聴に従って手のひらをかざし、「ライトボール」と唱えてみた。バキュン! 光の弾が出てきて、アスファルトが砕け散った。

 こりゃあすげえ。俺はどうなっちまったんだ? 

 ガイジンは楽しそうに笑ってた。地球人の潜在……能力? がどうとか言ってた気がするけど、小難しくて忘れちまったな。


 俺が知ってるのはこれが全てだ。

 ほんとだって! 殴られてももう何も出てこねえよ! 

 魔法の悪用? するわけねーだろ、あんたみたいな化物に目付けられたくねえし。


 わかってるって、これからは夜遊びなんかせずに、夜泣きに専念するからよ。おぎゃあ、おぎゃあ、おぎゃあ!

 へへっ、見てろよ。

 俺だってな、マトモにボクシング続けてたらここまで落ちぶれてねえさ。

 故障が続いて、すっかりやさぐれちまってよ……でももう大丈夫だ。

 答えは出た。

 赤ちゃん返りをすれば、俺はまた強くなれるんだ。ボクサーに戻れるんだ。

 ヘビー級チャンピオンがなんだ! 俺はベビー級なんだぞ! おぎゃあおぎゃあおぎゃあ! 


 なんだろうな、こうやって真昼間からおぎゃおぎゃ泣いてたら、確かに気持ちいいかもしれねえな。


 なあ、ちょっと電話していいか? いや、仲間を呼ぶわけじゃねえ。

 ……もしもし母ちゃん? 俺だよ俺、ユウジだ。ちょっと話があんだけどさ、後でおっぱい吸いに行ってもいいかな? あん? ちげーよもう薬はやってねえって。じゃあな。

 

 ……どうだおっさん!

 教わった通りどんどん赤ちゃん化してるぜ俺は!

 ついに五十代の母ちゃんに授乳を求めちまったよ! 

 何? さすがのおっさんでもそこまではできないって? やべえなおい、俺いきなり天下取っちまったのかよ。

 まあなー。俺ってやると決めたからにはまっすぐな男だからなー。

 見てろよ、俺はすぐにおっさんを超える成人済み赤ちゃんになってやっからなぁ』



 どうしようもないチンピラとはいえ、完全に間違った道を爆走し始めたのは胸が痛まないでもないが、それよりも今は男の発言内容を気にするべきだろう。

 外国人の男を突き飛ばしたらレベルが上がった、か。

 

 確かに経験値が発生する条件は、敵の殺害ではない。

 それはあくまで100%の経験値を得るための条件に過ぎず、敵の降参や逃走で戦闘が終了しても、一定量を貰うことができるのだ。

 そこを逆手に取れば――周囲に経験値をばら撒いて回る、なんて芸当もできる。


「……異世界人が、日本人のレベリングを行なっている?」


 何が目的かわからないが、これは調べる必要がありそうだ。

 俺はバブバブうるさい半グレ集団を放置し、真乃ちゃんの元へ向かった。

 

 

 

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