人質は我が手に
もはや半グレ集団は、完全に戦意を喪失したらしかった。
俺の底知れぬ強さに恐れをなしたのか、あるいはママがどうのこうのと連呼する輩とは関わりたくないのか。
多分両方だと思うが、とにかく撤退ムードに入りつつあるのは確かだ。
やれやれ、これで一件落着か。
……って違う。
次は後方でドン引きしてる真乃ちゃんに、苦しい言い訳をしなければならないのだ。
俺はくるりと踵を返し、「さっきのは地元の方言で勇ましい台詞を発してただけなんだ」と笑いかけた。
瞬間、
ピチュン!
と甲高い射撃音が鳴り響き、何かが俺の頬を掠めた。
「……?」
痛みはない。俺の体を傷つけるほどの威力ではない。しかしその光と軌道は、かつて何度となく見た覚えがある。
「攻撃魔法……?」
ゆらりと振り向くと、ユウジと呼ばれていたリーダー格の男が、俺に向かって右手を伸ばしているのが見えた。
手のひらから立ち上がる煙は、まるで発砲直後の銃口のよう。
「お前も使ってんだろこれ? だったらこっちだって遠慮しねえよ」
「ほう」
お前も使ってんだろこれ。
その言い回しからすると、魔法をドーピングか何かとでも思い込んでいるのだろうか。
「どうやってその能力を発現した?」
次々に連射される魔法を体で受け止めながら、カツカツとユウジに歩み寄る。
「偶然、亜人と喧嘩して経験値を入手したのか? それとも誰かが裏で糸を引いてるのか?」
「死ね、死ね死ね死ね! 死んじまえよぉ!」
ピチュンピチュンと放たれる光弾は、俺の腹部に当たっては何事もなかったかのように消えていく。
この火力と軽度のホーミング性能からすると、光属性の最下級魔法、ライトボールか。
「お前、その顔で光属性なのか。似合わねえな」
「あああああああああああああああああああああああ!」
ユウジは半狂乱に陥りながら乱射を続けたが、その全てが無意味な花火として終わった。
「なんだもう弾切れか」
「お前、一体……そ、それも赤ちゃん返りとやらの力なのか!? 俺も赤ちゃんになれば強くなれるのか!?」
「そうだ」
「畜生! インターハイ出てる暇があったらハイハイやってればよかった!」
俺の出まかせで一人の青年が道を踏み外した気がしないでもないが、気にせず胸倉を掴む。
「で、お前はどうやって魔法を習得したんだ?」
「……言えるわけねえだろ」
「口だけは一丁前だな。まあ今にお前の方から話したくなるだろうが」
俺はポケットからスマホを取り出すと、ギャラリーに収められた『真乃ちゃんの食い込みブルマ画像』を見せつける。
「この児童ポルノがどうした?」
吐き捨てるように言うユウジに、にやりと笑いかける。
「ブルマだけじゃない。バスタオル一枚でグラビアポーズを取っている写真もあるし、チャイナ服のスリットをフェチシズムあふれる角度から撮影したものもあるし、他にもノーブラ看護師だのノーブラアイドルだのノーブラ婦警さんだの……まあ色々とアウトな写真がみっちりと詰まってる」
「後半ほぼノーブラじゃねえか。どんだけ女子中学生の乳に執着してんだてめえ。で、この猥褻画像がなんなんだ? まさか取引材料にでもするつもりか? いくらJC好きの俺でも、女の裸で情報を売るほど腐っちゃいねえよ」
「お前、ジャンピース好きだろ」
「……は?」
ジャンピース。山賊王を目指す王道少年漫画だ。
ユウジのワゴン車は、車内にジャンピースのグッズがわんさかと置かれている。
「そしてドムドムとやまかましい車内音楽は、エゴジャイルだな」
どちらも国民的な人気を誇るコンテンツゆえ、ユウジのような若者がはまっていてもおかしくはない。
それ自体は別にいい、何も悪いことではない。
「ジャンピとエゴジャイルがどうした。地元と仲間が好きな奴なら皆ハマるだろうが」
「そうだな、確かにどちらもいいコンテンツだ。俺だって好きだしな」
「お前も?」
「ああ。今ちょっと不良っぽいJKと仲良くしててな。あいつが家を出入りするようになったら、部屋の中にジャンピの単行本とエゴジャイルのCDがずらりと並ぶようになった」
「まさかてめえ、これで情に訴えかけてるつもりか?」
「早とちりするな。俺がやろうとしてるのは、人質作戦さ」
「?」
困惑した顔を浮かべるユウジに、悪魔の取り引きを持ちかける。
「――俺がこのスマホを持って自首したら、どうなると思う?」
「はあ? なんでわざわざ自分の首を絞めるような真似を……」
「俺は現行犯逮捕され、家宅捜索されるだろうな。そして部屋中に散乱する、ジャンピとエゴジャイルのグッズが押収される」
「――!」
「やっと合点がいったようだな? そうだ。俺が逮捕されたら、メディアはこぞってジャンピとエゴジャのバッシングを始めるだろう」
「や、やめろ……その二つは生き甲斐なんだ。俺にとっちゃ聖書と讃美歌なんだ……!」
「もちろん俺は、それらに影響されて犯行に及んだと証言する。『ジャンピに出てくるヒロインを見ているうちに、ムラムラしてきて女の子と淫らな行為に及んでしまった。エゴジャイルのいかつい音楽を聴いているうちに、気が大きくなって俺なら逮捕されないんじゃね? と思い込むようになった。俺は悪くない、漫画と音楽のせいなんだ』ってな」
「お前本当に人間かよ!?」
「最悪、連載中止や活動停止に追い込まれるかもな」
「罪のない漫画家と歌手を人質に取る気か!? お前俺より悪じゃねえか!」
とどめとばかりに、俺は110番をコールする。
「あーもしもしおまわりさん? 実は俺、女子学生を」
「わあああああああああああああああああああああああああ! 話す話す話します全部話しますから!」
「わかればいいんだ」
スマホをポケットにしまい、尋問の続きに戻る。
「で、どうやって魔法を習得したんだ?」