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孝行息子


「真乃ちゃんはどっか安全な場所へ……そうだな。ホテルの中に戻っててくれ」


 まさか未成年の女の子に、血生臭い戦いを見せるわけにもいかない。

 俺だってそれくらいの良識は残っている。

 が、真乃ちゃんは俺の傍から離れようとしない。


「どうした? 腰が抜けて動けなかったりするのか?」

「……私のせいだから」

「君の?」

「あの人達、私を追いかけて来たんだと思うから。だから、私のために中元さんが動いてくれるなら、見届けなきゃ駄目だと思う」

「……そうか。でも気分が悪くなったらすぐに戻れよ」


 いい子だ、と真乃ちゃんの頭を軽く撫で、ゆらりと歩き出す。

 と同時に、ベンツとワゴンが急停車し、乱暴にドアが開け放たれる。


「ヤクザもんが逃げ回ってんじゃねえよ!」


 ワゴン車から出てきたのは、やはりホテルで見かけた半グレ集団だ。人数は……ざっと十五人ほどいるだろうか。

 そうやって敵の戦力を確認していると、権藤とその専属運転手がこちらに駆け寄って来た。


「わりぃ旦那、うちの非正規運転手じゃあいつらの尾行を撒けなかったみてえでさ」

「暴力団事務所のドライバーって非正規なのか……」

「この業界は景気悪いって言っただろ? いくら募集しても腕のいい運転手なんて来ねえんだよ。おかげで見ての通り、うちの運転手はヨボヨボの爺さんときてる。まあ、誰か轢き殺しても大目に見てもらえる年齢ってのは強みかもしれねえが」


 へへっ。もし権藤社長の命令で誰かを轢いたあとは、アルツハイマーのふりをする手筈になってるんですよ、と白髪頭の運転手は笑う。

 確かにボケ老人カードは強い。

 何かと高齢者に甘いこの国では、殺しのライセンスと言っていいだろう。


 ……ほんとこいつらってナチュラルに屑だよな。なんで逮捕されねえんだ?


 己の性犯罪者っぷりを棚に上げて呆れていると、一人の男が近付いてきた。

 年齢は……見たところ二十代後半。顎と口に髭を蓄え、剃り込みの入った短髪は茶色く染めてある。

 ふてぶてしい面構えと筋骨隆々の体つきが、取り巻き連中とは段違いの威圧感を放っていた。


 間違いない。こいつが半グレのリーダー格だ。


「おいおっさん。そうお前だ、芸人崩れのお前」


 しゃがれたダミ声。おそらく酒とタバコと恫喝を繰り返しているうちに、喉を潰してしまったのだろう。

 

「中元っつったよな? わりぃけどあの中学生は先に俺らが注文してたんだわ。いくら金積んだのか知らねえけど、横取りってのは頂けねえよな?」

「お前、そんないかつい格好しておきながらロリコンなのか?」

「人のこと言えんのかよ。世間じゃイケメン芸人扱いされてるくせに、裏では未成年を買春ってか? あーあ。これよぉ、週刊誌に売ったらどうなるんだろうなぁ?」

「どうもならないさ。なぜならお前らは、ここで見たことを全て忘れることになるんだから」

「お、何? 口止め料でも払ってくれんの?」

「いや、金を出すつもりはない。手は出るかもしれないが」

「やべぇ。超カッケー。おいおめーら、今の聞いた? このおっさん、一人で俺らのことボコるってよ」


 ぱねぇ、マジうける。さわさわと広がる、ガラの悪い若者特有のニヤニヤ笑い。


「元々袋にするつもりだったから、話が早くて助かるわ」


 半グレ達は車内からナイフや金属バットを取り出すと、輪を描くようにして俺を取り囲んだ。

 白昼堂々、とんでもない大胆さだ。……いや違う。よく見れば車と自分達の体で、俺の姿を隠すようにしている。

 最低限の目隠し。となると粗暴な言動とは裏腹に、命までは奪わないつもりなのかもしれない。

 殺す気でいるなら、もっと真剣に隠蔽を試みるはずだろう。


「んでさ、なんか言い残すことってある? おっさんにダチがいるなら、ちゃーんと最後の言葉を伝えてやるけど? ほら俺らってワルだけど、仲間とか絆とか大事にすっからさぁ、そのへんは理解あるんだわ」


 挑発的にたずねてくる男に、ずっと気になっていたことを聞いてみる。


「お前にとって、女子中学生とはなんだ? どうしてそこまで真乃ちゃんに執着する?」

「別に執着してるわけじゃねーよ。単に喉が渇いただけし」

「喉?」

「女子中学生ってのは飲み物だろ? 出てくる液体は全部飲めるんだからよ」


 ……反吐が出るとはまさにこのことだ。

 女子中学生は飲み物。信じられない発言である。 


 ――十八歳未満の少女はママとして扱うべきなのに、飲料扱いだと?


 お前は母親をなんだと思ってるんだ!? と親孝行の観点から説教をかましたくなる。

 

「ママに向かってその口の利き方はなんだ!」


 俺は勢いよく回し蹴りを放ち、一瞬で男達の凶器を吹き飛ばす。

 今日の俺は綾子ちゃんのデバフによって、常人の三倍程度に筋力を抑えてある。

 地球上でスーパーマンをやるなら、ちょうどいい塩梅だ。


「なんだ!? 空手か!?」


 後方から振り下ろされた拳を掴み、勢いよく投げ飛ばす。


「こいつ……柔道もやってる!?」


 否。

 これは亜人相手に戦っているうちに自然と身に着いた、我流の武術だ。

 それでもどこか柔道と似ているのは、使い手が人間である以上、最適な身のこなしというのが限られているせいだろう。


「調子こいてんじゃねーよ! 俺だって経験者だ!」


 リーダー格の男は、憤怒の顔でファイティングポーズを取っている。

 この利き手とは逆の肩を前に出す構えは――ボクシングか。


「やめとけ。お前じゃ俺には勝てない」

「来いよおっさん! 今さらビビったのか!?」

「技術や腕力の問題じゃない。お前は性欲で動いているが、俺は親子愛で動いている。俺にとって真乃ちゃんは、新しいママ候補なんだ。母親のために戦う息子は、無敵だ」

「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえ!」

 

 男が放った左フックをかわし、カウンターで右ストレートを叩き込む。


「ぶごぁ……!? は、速……っ!?」


 もはや男は立っているのもやっとらしく、鼻血を垂らしながらふらついていた。

 周囲の半グレ達は、「あのユウジが……!?」と驚愕の目で成り行きを見守っている。

 どうやらこのユウジとかいうリーダーは、相当の腕っぷしとして認識されているらしい。


「……ありえねぇ……俺は……インターハイ出場経験も、あん、だぞ……」

「それがどうした? 俺はこの年で十代の女の子に甘え、バブバブ言ってるんだぞ? こっちの方が色んな意味で凄いと思うがな」

「……てめえさっきから、何言って……!」


 男が放ったハイキックを受け止め、いなすような動きで関節を破壊する。


「ぎゃあああああああ!」

「蹴りの精度はイマイチだな。キックボクシングは習ってなかったのか?」

「は、犯罪者のくせに……女子中学生を買った性犯罪者のくせに、なんでこんな強えんだ……」

「犯罪じゃない。俺が真乃ちゃんとイチャつくのは合法だ」

「……は?」

「お前みたいな若造にはわからないかもしれないが、男ってのは三十を過ぎると、心の中に赤ちゃんが住みつくんだ。年齢や社会的地位が上がるのに比例して、ママに甘えたい衝動も強まっていく。ぶっちゃけ若い男より、おっさんの方が短気だしマナーも悪いだろう? それもこれも全て、赤ちゃん返りのせいなんだ。俺なんてもう半分以上赤ちゃんだ。だから俺と真乃ちゃんがイチャイチャしたら、それは実質おねショタということになる。そら、ショタと女子中学生なら、完全に合法な組み合わせだろう?」

「こ、こいつ大麻やってんのか!? 何言ってんのか一言も理解できねえ!」

「薬なんかやるかよ。俺は大麻吸うくらいなら哺乳瓶を吸う男だぜ……おっと加勢か」


 左右から飛びかかってきた男達を、躊躇なく殴り飛ばす。

 きりもみ回転しながら吹き飛んでいった二人の半グレは、ワゴン車のボンネットに着地し、ピクリとも動かなくなった。


「俺だって普通に生きたかったさ。同年代の女と結婚して、サラリーマンでもやりたかったよ」

「な、なんだこのおっさん……? さっきから何を語ってんだ……?」

「でもそれは不可能なんだ……もう引き返せないんだ! 俺は年下の女の子に母性を求めてさ迷い歩く、バブみの青い鳥おっさんに調教されちまった! 本当の母性は、実家の母ちゃんから見つかるってのにな……。俺がこんな風になったのは誰のせいだ? お前らのせいだろうが!」

「絶対違う! てめえ他所で食らったヤベエ仕打ちを、俺らのせいにして八つ当たりしてるだろ!」

「黙れッ!」

 

 その後も理不尽な暴力を加え続ける俺の背後で、権藤はしみじみと呟いていた。


「いい逆切れと特殊性癖だ。やっぱ旦那はヤクザの才能あると思うんだよな」

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