本番スタート
「俺を昔のお父さんと思って、一本撮ってみるか」
「え? いやでも……それじゃちょっとの時間しか撮れないと思うけど」
「時間は関係ないだろ。大事なのは気持ちだ。ほらスタート!」
俺は真乃ちゃんにスマホを近付け、「君は主演女優なんだぞ」と囁く。
「もう本番が始まってるってわかってるんだろ?」
「で、でも……何すればいいのかわかんないっていうか」
「お父さんの言うことが聞けないのか? 今日のお前は奴隷の少女、エルザを演じるって約束だったじゃないか」
「エルザって誰?」
「はいカット!」
私欲を剥き出しにしながら説明を続ける。
「いいか? 君は醜いゴブリンに捕らわれた奴隷の少女だ。そこを勇者の俺が颯爽と助けに来る。その設定で役作りをしてくれ」
「中世ヨーロッパな世界観ですか?」
「飲み込みが早くてよろしい。ちなみにエルザはあんま教育を受けてない無知っ子で、無口系も入ってるかもしれない。俺のことを呼ぶ時は『ケイスケ』とカタカナ発音で頼む」
「まさか元カノがそういう喋り方だったとかじゃないですよね?」
「テイク2、スタート!」
有無を言わせぬ勢いでごり押しし、突発の撮影会を再始動させる。
「安心してくれ、ゴブリンは全て俺が仕留めた。……君の名前は?」
「私はエルザ。貴方は誰?」
「俺は圭介。中元圭介だ」
「ケイスケ……変わった名前。この国の人じゃないの?」
「日本人、って言ってもわからないか」
「わからない。私、何もわからない」
「ああいいねー、その無知ロリ感すごくいいよ、エルザの少女時代はきっとこんな感じだったかもな、って思わせるオーラがあるね。もっと髪が長けりゃ再現度高まってたんだけどな、惜しいなマジで」
「あの、急に素を出さないでくれませんか」
「おっと悪い、それじゃ気を取り直して」
スマホをベッドの横に起き、演技に専念できるようにする。
「エルザ……君は俺が怖くないのか?」
「どうして命の恩人を怖がるの?」
「だ、だって俺は皆と人種が違うし……この世界にたった一人しかいない黄色人種なんだぜ?」
「おうしょくじんしゅって何?」
「そっか、そこから説明しなきゃいけないんだな」
「ケイスケは私の知らないこと、教えてくれる?」
「俺にできる範囲ならな」
「私、ケイスケを見てるとドキドキする。この気持ちがなんなのか教えてほしい……」
「え……そ、それって」
「貴方は私を、助けてくれた……」
「不味いよエルザ……俺達まだ会ったばかりなのに……」
「触って、ケイスケ」
「不味いよ不味いよ、いくら体操着越しとはいえ、育ちきってないBカップを揉むのはリアルにやばいよ」
「しっかり触ってるくせに。ケイスケのえっち」
「……はいカット!」
そろそろ危うい方向性にブレてきたので、大慌てで撮影を中断する。
「悪くないんだけど、ちょっとセクシャルすぎやしないか? まさかアドリブさせたらエロに走るとは思わなかったぞ」
「ごめんなさい中元さん」
「中元さんじゃない、お父さんだろ」
「……ごめんなさいお父さん」
「俺達が撮ろうとしてるのはアートなんだ。ポルノ映画じゃなく、純愛物語を後世に残したいんだ。わかるだろ真乃」
「お父さん……」
スマホを手に取り、少女の切なげな目元を撮影する。
偶発的なシャッターチャンスは決して逃さない。映画監督の基本だ。
「もう怒ってないよ。ほら、笑って。お父さんは真乃の笑顔をスクリーンに届けたいんだから」
「お父さん……お父さんお父さんお父さん、お父さぁん!」
真乃ちゃんは感極まったかのように泣き出し、俺の胸に飛び込んでくる。
「おっと。どうしたんだ一体」
「ごめんねお父さぁん……不甲斐ない主演でごめんね、私がもっといい演技できてたら、お父さんはえっちな仕事せずに済んだんだよね……ごめんね……私のせいで売れなくて……」
「お前のせいじゃない。悪いのは時代と消費者さ」
父性溢れる声色で頭を撫でてやると、「ふあぁ、昔おとうしゃんそっくりの手つき……」と真乃ちゃんは目を細めた。
「お父さん……真乃の夢、聞いてくれる?」
「なんだ?」
「有名な女優さんになること。あともう一つは……お父さんのお嫁さんになること」
「こらこら。実の親子は結婚できないんだぞ」
「知ってるよそんなの。……だから私、カメラが回ってる間だけはお父さんの妻でいようと思うの。主演女優と監督って、ある意味夫婦みたいなものでしょう?」
「言われてみればそうかもしれないな」
「……でしょ? だからお父さん、もっと真乃のこと撮って……私のことを自分の奥さんだと思って……愛情込めて、撮って……」
「これでいいのかい?」
カシャカシャ! と股間付近を連続で接写すると、メッセージウィンドウが視界に浮かび上がった。
【パーティーメンバー、鈴木真乃の好感度が9999上昇しました】
【鈴木真乃は新たに「ファザコン(撮影)」のスキルを獲得しました】