敗れたアート
真乃ちゃんは色んな衣装を着こなし、ベッドの上で様々なポーズを取ってみせた。
今は体操服とブルマを着込み、四つん這いになって尻を突き上げている。
思わず自首したくなるほどの食い込み、少しだけはみ出た尻肉、ちらりと顔を覗かせるパンツ。
それにしてもこの女子中学生、ノリノリである。
「意外だな」
何が? と真乃ちゃんは首を傾げる。
「無理矢理連れてこられたくらいだし、もっと泣きわめくのかと思ってたからさ。ましてこんな妙ちくりんな衣装を着せるとなると、もう口も聞いてくれないんじゃないかと覚悟してた」
「私こういうの慣れてるから」
「……」
「暗い顔しないで。性接待に慣れてるって意味じゃなくて、コスプレは昔からやってたの」
「ああ……親父さんの仕事か。真乃ちゃんもイメージビデオを撮らされたのか?」
「ううん。そっち系の仕事の前にも、色んな衣装を着る機会があったの」
趣味でレイヤー活動でもしてたのか?
と目をしばたかせていると、真乃ちゃんは悪戯っぽく笑った。
「これでも女優だったんです」
独り言のように呟くと、綾子ちゃんはゆっくりと体を起こし、ベッドの上で三角座りになった。
「元子役ってこと?」
「お父さんが普通の映画撮ってた頃は、よく主演張ってたの。色んな衣装着せられたかな」
「あれで映画監督だったのかよ、あの親父」
「もうずっと前のことだよ。私が小学校低学年だった頃の話」
真乃ちゃんが言うには、あのろくでなし親父は元々、アート志向の映画を撮る監督だったらしい。
そして真乃ちゃんの母親は、我が子を芸能人にするためなら何でもやる、いわゆるステージママと呼ばれる人種だったようだ。
売れない映画監督とステージママのカップルは、我が子を大女優にすることを夢見ていた。
真乃ちゃんを主演とした作品を何本も撮り――親子揃ってスターになる日を信じて。
「私は小さすぎてよくわからなかったけど、お父さんが綺麗な映像を作ってるのだけはなんとなく知ってた。誰も死なないし、女の人も脱がない。そういう映画。主役が私だったから、児童虐待とか虐めとかをテーマにした、社会派作品もたまにあったかな」
「……今とは正反対じゃないか」
「うん。一番お金にならないタイプの映画だね」
そりゃそうだ。どんな娯楽も、高尚なものほど売り上げが出ない。
美文名文がぎっしりと詰まった純文学より、アイドルの写真集の方が売上を出す。
オリコンに入るのはクラシック曲ではなく、握手券つきのポップソング。
俺達はそういう世界に生きている。
「夫婦揃って夢を追ってたら、当然、お金が足りなくなるよね。お父さんの収入は不安定だったし、お母さんがパートで支えるのも限界。だからお父さんはある日――知り合いのツテで、ジュニアアイドルのイメージビデオを撮ることにしたの」
それが破滅の序曲ということか。
俺は黙って真乃ちゃんの話に耳を傾ける。
「私とほとんど年が変わらない女の子を、お父さんは嫌そうに撮影してた。仕事が終わると浴びるようにお酒を飲んで、俺は屑だって愚痴ってた。とどめになったのは、イメージビデオの売上が出た時。……お父さんがこれまで作って来た映画全部を合わせたよりも、さらに大きな利益が出ちゃったの。お父さんの芸術もお母さんも夢も、私の演技も、みんなまとめて女の子の裸に負けちゃった」
女の子の体って凄いよね、と真乃ちゃんは艶めかしく笑う。
まるで自らを呪うかのように。女の子に含まれる自分自身を、嫌悪しているかのように。
「お父さんもお母さんも、それからおかしくなった気がする。タガが外れたみたいにジュニアアイドルの仕事をするようになって、しかもどんどん過激路線に突き進んでいって。それで気が付いたら後戻りできなくなって……」
少女の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
「私、今のお父さんは嫌い。でも、お父さんを壊した世間の人達は、もっと嫌い。どうしてみんな、ちゃんとした映画に興味持ってくれないの? 子供が半裸で寝転がる映像にはお金を払うのに、なんで?」
俺はそっと手を伸ばし、指先で目元を拭ってやった。
「……暗い話聞かせちゃってごめんなさい」
「誰だって弱音を吐きたい時はあるさ。気にしてないよ」
「えへへ。ありがと。中元さんって映画監督だった頃のお父さんに似てるかも」
「……俺が?」
娘を売り飛ばす親父に似てると言われても、あんま嬉しくねえな。
「お父さん、監督時代は格好良かったから」
「そうなのか。想像もつかないな」
「……ひょっとしたら私、あの頃に帰りたいのかも」
「――わかった」
きょとんとする真乃ちゃんの前に、スマホのカメラを向ける。




