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市民の義務


 俺が極道のお嬢さん達と楽しんでいる間、権藤は周囲に挨拶をして回っていた。

 談笑と名刺交換を繰り返し、相手が年長者となると腰を折りかねない勢いでお辞儀をしている。

 たとえ所属しているのが裏社会であろうと、この世代の人間は上下関係にうるさいのである。


 逆に権藤よりずっと若い集団――おそらくあれが半グレだろうが――は、見るからに年上と思われる者に声をかけられても、「なにこのおっさん?」な態度だ。

 犯罪者というより、ガラの悪い大学サークルと言われた方がしっくりくる振る舞い。

 なるほど、これが新世代のアウトローか。


 俺のいない間に世の中はすっかり変わっちまったんだなぁ……とお決まりの浦島太郎気分に浸っていると、視界の端に早坂さん達を見つけた。どうもパーティーの雰囲気に馴染めていないようで、壁の花を決め込んでいる。

 二人とも黒髪だし異様に姿勢がいいし、他の女性参加者とは明らかに空気が違う。

 確かにあれは話しかけにくいっつーか、なんか……私服警官臭出てね?


 俺は慌てて早坂さん達の傍に駆け寄る。


「何やってんですか、もっと楽しそうにしないと浮きますよ」


 小声で注意すると、二人はむっとした顔で抗議してきた。


「ゴロツキ連中とどんな話をしろと? 全員撃ち殺したい気分ですよ」

「中元さんって、ああいう派手めな女の子が好みだったんですねー」


 少しズレた観点から怒っている加藤さんは無視して、俺は首をすくめる。


「気に入らないのはわかりますけど、早坂さん達はただでさえカタギっぽい雰囲気なんだから、周囲に馴染む努力をしないと怪しまれますって」

「ほう。貴方のように、若い異性に囲まれて馬鹿騒ぎしてこいと?」

「え?……ああ、それもいいんじゃないかな。俺だって本当は気が進まなかったんだけど、この場に溶け込むために無理して女の子達に芸を見せてきたんですよ。……いやー、あれは本当に辛い作業だった!」

 

 早坂さんが俺を見る目は、完全に無茶なアリバイ工作をする犯人を見る時の目だった。

 

「いいでしょう。そんなに言うならあそこにいる男の子達と遊んできます。いいんですね? 本当にいいんですね!」

「別にいいですけど……なんで俺の確認を求めてくるんですか」

「……!」


 どういうわけか早坂さんは、プリプリと怒りながら半グレ集団の元へと向かった。

 加藤さんも後を追いかけて行ったが、途中でくるりと振り返り、「ナンパされちゃっても知らないからね」とあっかんべえをしてきた。


 ……二人ともなんであんなに機嫌悪いんだ?


 意味わかんねえ、俺はただいつも通り若い女の子とベタベタしてただけなのに。

 やっぱあれか? おまわりさんになるくらい正義感の強い女性からすると、複数の異性にデレデレするような男は許せないって感じか?

 早坂さんも加藤さんも俺の彼女じゃないんだから、そんなの気にしなきゃいいのに。


 首をひねりながらケツバットを繰り返していると、二人の向かった方向がにわかに騒がしくなり始めた。


「てめえサツだろ!」


 ……嫌な予感がする。

 俺は慌てて声のしたエリア、つまり半グレ集団のたむろするテーブルへと走る。


「なんだなんだ? 何があったんだ?」

「この女サツだ! 素人の動きじゃない!」


 首を伸ばして覗き込んでみると、いかにも頭の悪そうな若者が、早坂さんに合気道っぽい技をかけられていた。

 右腕を背中側にひねられ、関節をばっちり決められている状態だ。

 肝心の早坂さんはというと……「しまったどうしよう」みたいな顔でこっちを見てくる始末。


 これは多分あれだ。

 早坂さんはあの若者に突然体を触られ、反射的に技をかけてしまったのだと思われる。

 咄嗟に護身術の動きが出ちゃうのは職業病かもしれないが、潜入捜査中はただの自爆行為でしかないだろう。


「警察? なんで?」

「さあね。どっかからタレコミがあったんじゃねーの」

「でも警察も参加するパーティーだからいいんじゃないの?」

「だったら最初にそう名乗るだろ! この女は自分をグラビアアイドルと名乗ったんだぞ!」


 半グレグループのざわつきが、会場中に拡散していく。

 ……どうすればいいんだこれ。

 権藤を呼んで、この子達は知り合いの腐敗警官なんだと紹介してもらうか?

 って権藤の奴、今露骨に目を逸らしたな!? 「わりい、俺にもどうにもできねえや」な顔だぞあれは。

 

 やむを得まい。

 ここは自力で収拾を付けるしかない。

 俺は人ごみをかき分け、早坂さんと茶髪男へと近付く。


「あー、ちょっといいかな」

「誰だよおっさ――マジシャン中元? マジで? うわぁ、やっぱ闇営業のおかげで司会持てたのかお前」

「そうそう、芸人なんて半分ヤクザみたいなもんだし、今後ともよろしくな。……騒がせてすまん、その子達は俺のカキタレなんだ」


 カキタレとはなんですか? 相変わらず早坂さん達が首を傾げているが、今は構っている暇はない。


「カキタレぇ? ほんとか? お前本当は囮捜査に協力してたりするんじゃねえの?」

「そんなわけないだろ。俺は権力と知名度を利用して女の子と淫行すること以外、何も興味のない腐敗芸人だ。信じてくれ」

「うーん確かにお前はスケベそうな顔してるし、現役JKと婚約するくらいには乱れてるけど……でもなあ、微かに正義感みたいなのを感じなくもないんだよなあ」

「な、何言ってんだよ……」


 一体どうすれば俺がただの淫行芸人で、早坂さん達はカキタレに過ぎないと信じ込ませることができるのあろう。

 いつもの言い訳と違って、自分が屑だと証明するのは難易度が高い。


「じゃあお前、この女の乳揉んでみ?」


 茶髪の半グレは、早坂さんを顎で指しながら言った。


「は?」

「こいつが本当にカキタレなら、そんくらいできるはずだろ? おい、なんだその面は。やっぱ本当は私服警官だからできないってか?」

「な、何を……」


 やって下さい、と早坂さんが耳元で囁く。


(早坂さん!?)

(カキタレというのは、愛人のような意味合いなのでしょう? ニュアンスで伝わってきます。いいから私の胸を揉みなさい)

(しかし……)

(ここで私の正体が露見すれば、いたいけな少女を救い出せなくなります!)


 俺は――

 俺になすべきことは――


「……わかった」


 他に選択肢はない。

 婦人警官の乳を揉みしだき、市民の義務を果たすしかない。

 それが俺にできる正義なのだ。


「これで信じてくれるか!?」


 俺は早坂さんの後ろに回り込むと、ずぼりと服の中に手を突っ込んだ。

 ノースリーブのハイネックセーターは、腋の下から簡単に侵入することができた。


「まさかこいつ――生乳を揉むのか!?」

「服の上からやると思ってたのに!」

「そこまでやるか中元!」


 俺は心の中で謝りながら、もっちもっちと乳肉を揉みしだいていく。

 下から持ち上げ、横からかき集め、上から押し潰す。

 それだけでは愛人の体を弄んでる感が出ないので、谷間に溜まった汗を胸全体に塗り込むかのような、罪深い動作も加えてみる。


 早坂さんの頬は真っ赤に染まり、屈辱のあまり今にも発砲しそうな勢いだった。

 だがこれは貴方を守るためなのである。

 頼むから凌辱されてる女騎士みたいな目で涙を浮かべないでほしい!


「す、すげえ……あの迷いのない乳運び、間違いなくカキタレに対する手つきだ……!」

「服の上からでもわかるくらい、胸が躍ってやがる! 俺らでももうちょい遠慮して触るってのに!」

「……警官のおっぱいをあそこまで奔放に揉める男がいるか? いるわけない。いたらそいつはとっくに逮捕されてる」

「ってことは、あの女はシロか……」


 疑って悪かったな、と半グレ達は声を揃える。


「カキタレはもっとしっかり躾けとけよ中元! 次はねえからな!」


 どうやらこれで奴らの気は晴れたらしい。

 俺はぐぬぬ顔で歯を食いしばる早坂さんと、己の胸を見ながら寂し気にため息をつく加藤さんの手を引っ張り、そそくさと会場の隅に移動した。


「ったく、気を付けて下さいよ。俺がいなかったどうなっていたことか……」


 早坂さんは「後で話があります」とドスの効いた声で言った。おそらく小言であろう。

 加藤さんの方は、相変わらず「大きい胸が好きなの?」などと的外れなことを聞いてくる。

 

 どっちに返事をしても地雷なのは見えているので、俺は無言で入り口付近に目を向けた。

 いつ件の女の子がやってきてもいいように、準備態勢に入っておく必要があるのだ。

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