ねっとりとした視線、ねっとりとした癒着
そして決戦の時は来た。
今日は約束の土曜日、午後五時ニ十分。
俺と早坂さん、それに加藤さんの三人は、マンションのエントランスに集まっていた。
そろそろ権藤が迎えに来るはずだが……。
「遅いなあいつ」
ですね、と二人の女性警官は顔を見合わせる。
「犯罪者に時間厳守なんて期待しちゃいけないのかもな」
俺のぼやきに、早坂さんは鼻で笑いながら答えた。
「前科持ちの貴方がそれを言いますか」
……初対面の頃からそうだったが、この人は一々棘のある発言をする。
せっかく可愛い系の見た目してるのにな。
早坂さんはかなりの童顔で、とても警察官には見えないルックスをしているのだ。
髪型もツインテールだし、今すぐ女子高生として潜入捜査ができそうな雰囲気である。
なのに服装は大人びていて、ノースリーブのハイネックセーターに、膝丈のタイトスカートという組み合わせ。
童貞を殺しそうなコーディネートだ。
低身長巨乳――いわゆるトランジスタグラマーな体型のため、たとえ童貞じゃなかったとしても流れ弾で殺されかねない。間違いなく俺なら死ぬ。このおっぱいになら殺されてもいい。
そんな破廉恥な動機でセーターの膨らみを盗み見ていると、
「なんですかジロジロと」
あっという間に本人に気付かれた。
だがここで慌てて視線を逸らしたりすると、いやらしい目で見てましたと白状するようなものだ。
むしろもっとガン見するべきなのである。
俺は眉をひそめ、力強い視線で乳房を睨み続けた。
あくまで言い訳を考えるための時間稼ぎに過ぎないのだが、早坂さんは「もしや自分の胸に何か変なものでもついてるのでは?」な顔でそわそわし始めた。
ちょろいもんである。
「ふむ……ちゃんと派手めな格好をしてきたんですね」
「そういう注文でしたし」
ヤクザの集会に潜入する以上、絶対に警察官だとバレないような服装で来てほしい、と頼んだのは確かだ。
早坂さん達は俺が面倒を見ている新人タレントということにするので、芸能人の卵っぽい格好をしてきてくれませんか、と。
「このコーディネートだとグラビアアイドルっぽい雰囲気なので、今日はそういう設定で動いてもらいます。大丈夫そうですか?」
「構いません。私は芸能界の事情はよくわからないので、貴方の判断を信じるしかないですし。……ああ、私の身分をどんな風に偽装しようか考えてたんですか?」
「……そ、そうなんですよ! こういうのは本人の雰囲気をよーく吟味して、説得力のあるものをでっちあげないといけないですからね」
「ならもっと堂々と観察すればいいでしょうに。まあいいです。私はグラビアアイドルのフリをすればいいのですね」
上手く誤魔化せたようだな、と胸を撫でおろしていると、隣の加藤さんが「私は何に見えますか?」とたずねてきた。
心なしかウキウキしているように見える。
「うーん加藤さんは……」
早坂さんとは対照的に、大人びた風貌。
すらりとした体型で、ストライプのシャツをそつなく着こなしている。お胸の方は精々Bカップといったところだろうが、とにかくヒップの形がよい。ぴっちりとしたジーンズを穿いているため、臀部の形がありありと見て取れるのだ。
眼福と言わざるを得ない。
「加藤さんはモデルってことにしておきましょう」
「え!」
なにやら嬉しそうである。期待していた通りの答えだったのだろうか?
「私はモデルだってー」
「だからなんですか」
「恵は身長足りないもんねぇ」
「だからなんですか!」
……加藤さんはどうやら、早坂さんよりはとっつきやすい性格らしい。
小柄な同僚を弄って遊ぶ様は、ただのOLにしか見えない。
杉谷さんが言うには剣道四段らしいんだけどな、この人。
「お、来たんじゃないか」
女子二人がきゃいきゃいやっているうちに、通りの向こうから黒塗りのベンツが姿を現した。
どこからどう見ても反社会勢力な車両に、警官コンビは一瞬で真剣な表情となる。
一同が固唾を呑んで見守る中、ベンツはゆっくりと速度を落とし、俺達の前で停まった。
ドアが開き、助手席から背の高い男が降りてくる。
権藤のお出ましだった。
「うっす旦那。あ? なんだそのかわい子ちゃん達は。旦那のカキタレ?」
カキタレとは芸能人用語で、『性欲処理をさせるための女』という意味である。
要するに権藤の奴は、いきなりセクハラをかましてきたのだった。
幸い早坂さん達はカキタレが何を指しているのかよくわかっていないらしく、不思議そうに首を傾げている。
「この人達は私服警官だ」
「何だと……?」
「別にいいよな?」
権藤の目つきが険しくなる。
さて、ここでどう出てくるか。まあ大体予想はつくが……。
「ほーお。こんな偶然もあるんだな。いやなあ、実は俺も知り合いの警官を連れてくつもりだったんだなこれが」
「……お前、地元の警察と癒着してるもんな」
「そらそうよ。俺らは持ちつ持たれつの関係だからな。来いよお嬢ちゃん達! 警官でしかも女の子なら大歓迎だぜ」
早坂さんと加藤さんは唖然とした顔で後部座席に乗り込んだ。
まさか自分の同業者が暴力団と親密な関係にあるだなんて、と衝撃を受けているのだろう。
「嬉しいねしかし。暴対法ができてからというもの、若いおまわりはすっかり俺らと疎遠になっちまったからな。まさかあんたらみたいな子が来てくれるとはねえ。やっぱあれかい? 拳銃取り締まり強化月間のノルマが厳しいとか? よかったら俺が提出してやろうか? なんせうちの組は懇意にしてる警官を出世させるために、わざと銃を密輸しては提出してたからなぁ。こういうのは得意中の得意よ。それとも未成年のイケメンを買いたいとか? 違う? じゃあ薬?」
「この男、今すぐ射殺してもよいでしょうか……」
拳銃に手をかけた早坂さんをいさめながら、俺も後部座席に乗り込む。
前途多難な出発に、いきなり頭が痛くなってきた。