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中元・ハン


 翌朝。

 左右をリオと綾子ちゃんに挟まれながら目を覚ました俺は、何食わぬ顔で着替えを済ませると、クロエを起こしに向かった。

 寝ぼけ眼で部屋を出て、隣の寝室へと移動。血縁者と同衾する趣味はないので、あいつはいつも別室で寝かせているのだ。


「おはようクロエ。おーい。起きろってばクロエ。お前の大好きな父上だぞ」


 名前を連呼しながら、優しく頬をペシペシしてみる。

 三度目のペシペシで白い瞼が持ち上がり、灰色の瞳に俺の顔が映し出された。


「……あれ? 若い女の子の匂いがしたのに、父上の顔が見える。もしかして体臭が移っちゃうくらい女の子と密着して寝てるの?」

「いいから起きなさい。今日はお前と一緒と出かける用事があるんだ」

「……デート?」

「まあ似たようなもんだ」

「デート!」


 でえと、でえと、父上とでえとっ。と健気な台詞を吐きながら、クロエは俺が見ている前で堂々と着替えを始めた。

 パジャマを脱ぎ捨て、あれよあれよという間にブラとパンツだけの姿に。

 こいつには羞恥心ってもんがないのだろうか? 

 

「俺は出てった方がいいかな?」

「そこに居ていいよ。すぐ終わるから」


 などと言っておきながら、クロエは実に五分近くも衣装ダンスを漁り続けたのだった。

 薄布一枚に包まれた尻をこちらに向け、四つん這いの姿勢でゴソゴソやっている姿はどからどう見ても事案である。

 

 どうしてこう、女の衣装選びってのは時間がかかるんだか。

 見ているこっちが気まずくなってくるし、悪いが介入させてもらうとしよう。


「もういい、俺が選ぶ」

「え?」


 俺はクロエの体を抱き寄せると、強制的に服を着せる作業に入った。

 まずは万歳をさせ、無理やりシャツを被せて……ってこいつすげえ汗かいてんな。

 ムレムレじゃねえか。

 

 おそらく寝汗なんだろうが、腋の間に汗の玉が無数に浮かんでいるのが見える。

 ったく。これじゃ服に汗ジミができちゃうだろ? 

 娘に恥をかかせるわけにはいかないので、ハンカチで丁寧に腋汗を拭いてやった。


 瞬間、【クロエの好感度が5000上昇しました】とシステムメッセージが表示された。


 何も見なかったことにして、今度はショートパンツをタンスから取り出し、脚を通していく。

 下半身もそれなりに汗をかいているのがわかったので、念入りに拭き取るのを忘れない。

 

「よし、お着替え終了。やれやれ。普通の父親だったら恥ずかしがって指が震えてたところだぜ?」

「やっぱり父上は凄いね! 十代女子の肉体を扱うことにかけては、右に出る者無しだよ!」


 なんだろう。持ち上げられてるはずなのに全然嬉しくないフレーズだ。

 むしろ己の罪深さをまざまざと見せつけられているようで、いたたまれない気持ちになってくる。

 こんなはずじゃなかったのにな……と悔やみつつもクロエの髪を梳かし、ポニーテールを結ってあげる。


「うむ、美人さんだ。んじゃ飯食ってさっさと出るぞ」

「どこ行くの? ラブホテル? 産婦人科?」

「……お前最近、アンジェリカと話してるだろ」

「なんでわかるの?」


 きょとん顔のクロエと一緒に朝食を済ませると、俺はタクシー会社に連絡を入れた。

 女連れで徒歩移動はかったるいことこの上ないので、最近はもっぱら車移動である。


「ねえねえどこに行くの?」

「大学。お前を紹介したい人がいるんだ」

「大学って確か、この世界の教育機関だよね?」

「そうそう。まあ黙ってついて来いって」


 タクシーに乗り込んでからも、クロエは質問攻めをやめなかった。

 デートってどんなことするの? 大学に行かなきゃやれないこと? それってえっちなこと? 父上だったら何してもいいよ……。

 危うい発言を繰り返すクロエと、その隣で冷や汗をかく俺。見るからに条例違反な組み合わせに、運転手さんが向ける目は厳しい。


 俺は多目に料金を渡して口止めすると、大学の入り口前で停車してもらった。

 あとは教授たちと面会するだけなのだが……。


「ほらさっさと降りろ。……え? 手繋ぎたいのか?」


 まあ、血縁者だし。

 こいつあんま長生きできないみたいだし。

 そういった事情を考えると、ついつい甘やかしてしまうのである。


 というわけで俺は、十五の少女と恋人繋ぎをしながら大学構内を練り歩くという、スリル満点の体験をするはめに陥ったのだった。

 どうせ目撃されたところで杉谷さんが揉み消してくれるだろ、とタカをくくっているからこそできる芸当である。

 俺はドアを開け、大槻教授の待つデスクへと向かう。

 

「おはようございます」

「おはよう中元君……それが先日言っていた娘さんかね」

「ええ」


 杉谷さんは先に到着していたらしく、来客用と思わしきパイプ椅子に腰かけて優雅にコーヒーをすすっていた。


「……そちらのお嬢さんが? 確か番組共演者の一人だったと把握しているが」

「色々あったんです。色々。ほらクロエ、二人に挨拶しなさい。この人達は俺の仕事仲間なんだ」

「そうなの? じゃあこのおじさん達と一緒にインサイダー取引っていうのをしてるんだね」

「く、クロエっ!」


 こいつはまだ日本のことをよくわかってないだけなんです、と大慌てで口を塞いでみたが、時すでに遅し。

 大槻教授と杉谷さんは顔を見合わせ、「中元さんも中々ワルですな……」などと苦笑いをしている。


「芸人が後ろ暗い手段で小遣い稼ぎをするなど、よくあることです。別に気にしておりませんから、本題に入って頂けますかな」

「うむ、本当によくあることだ」


 二人の紳士は、さらりと問題発言をスルーしてくれた。

 この人達の言動もアレな感じだし、それなりに社会の闇と関わってきたのかもしれない。


「じゃあ気を取り直して。えー……こちらの少女に注目」


 俺はクロエの肩を掴み、こほんと咳ばらいをする。

 さあ、ここからがハッタリの見せ所だ。


「――何を隠そう、このクロエこそが俺の子供なんです。戦闘力もばっちり受け継いでます!」


 経験上、こういうのは発言者の態度が重要だ。口元にドヤった笑みを浮かべるのも重要だろう。

 俺は口角を吊り上げ、いっそわざとらしいくらいに胸を張ってみた。


「……日本人ではないように見えるが」

「異世界に居た頃、現地の女性との間にできた子供です」

「日本人と異世界人のハーフということかね……? ところでその子はいくつになんですかな? もうかなり大きいようだが」

「十五歳です」

「となると君は、十代で父親になったことになるが」

「そうなりますね」


 室内が一気に静まり返る。

 ……なんだ? 俺は何かしくじったのか?


「お言葉ですが教授、俺が召喚された異世界は中世ヨーロッパ風の文明だったんですよ。十代で子供を作るなんて当たり前だったんです」

「つ、つまり君は、十五の娘がいる身で、綾子に手を付けたわけか。自分の娘と同年代の少女に……」

「そうなりますね!」

「……綾子が普通だったら、私はお前を殺していただろう……。だが、あの子はあの通りの性癖だから……君にしか任せられない。……くれぐれもあの子を無碍に扱うなよ……」


 大丈夫だよ、父上は昨日も大槻綾子と添い寝してあげてたみたいだし、とクロエが再び失言を吐きかけたところで、杉谷さんが口を開いた。


「そちらのクロエさんが本当に中元さん並の身体能力を持っているのか、見せて頂くことは可能ですかな」

「もちろんですとも。クロエ、お前ちょっと跳んでみ」

「垂直跳び?」

「ああ。天井にタッチしてみてくれ」

「こう?」


 こう? と何でもないことのように言いながら、クロエはぴょこんと三メートルほど跳び上がった。

 天井にペタンと手のひらを付けると、猫のようなしなやかさで着地する。


「どんなもんです」

「……詳しく検査してもよいかな」

「いいですよ。な、クロエ。ちょっとこのおじさんに体を調べさせてあげてくれ」

「え、やだよ。父上以外の人といやらしいことしたくないし」


 その言い方だと俺とはいやらしいことをしてるみたいだからやめろ。

 大槻教授に誤解されたらどうすんだよ?

 

「性的なことをするわけじゃない。ただの身体検査だから」

「それでもやだよ。……注射とかするんでしょ?」


 俺はむずがるクロエの髪を撫で、「お前が一番可愛いよ。世界一可愛いよ」とご機嫌取りを開始した。


「ほんとに? アンジェリカより可愛い?」

「ああうん、アンジェリカより可愛いよ」

「リオより?」

「もちろん!」

「神官長より?」

「当然だろ!」

「エリンさんより?」

「……もしかして全員の名前聞かれるのかこれ。ああ、クロエはエリンより可愛いよ!」


 まるで付き合いたてのカップルのようなやり取りの果てに、どうにか身体検査を了承させるのに成功。

 

 それからしばらくの間、クロエは大槻教授の前でよくわからない運動をしたり、窓の外に向かって魔法をぶっ放したり、頬の内側の細胞を摂取されたり……とあれこれ調べ回されていた。

 多分最後のやつは、本当に俺と血縁関係にあるかチェックするためだろう。

 

 俺は部屋の隅に腰かけ、杉谷さんと談笑しながら検査が終わるのを待ち続けた。


「科学の力を借りるまでもない。あの体術、間違いなく中元さんの娘だ」

「わかるんですか?」

「顔は全く似ておりませんが、身のこなしはそっくりですな。それに時たま見せる表情がよく似ている」

「うーん。俺にはわからないな」

「自分が普段どんな表情をしているかは、わからないのが普通です。……時に中元さん。これは私の勘ですが、貴方の子供は一人ではないでしょう」

「みたいですね。まだあっちの世界にかなりの人数が残っているらしくて」

「具体的には何人くらい?」

「万単位でいるそうです、クロエが言うには」

「万!?」


 一体どれだけの女を孕ませたんだ!? と杉谷さんは腰をぬかし、手に持っていたコーヒーカップを取り落とした。


「い、今を生きるチンギス・ハンだ……それで貴方の子供達は、あちらの世界でどんな風に過ごしてるんです?」

「あっちの王様に兵士として仕えてるようですね」

  

 途端、杉谷さんの表情が険しいものになる。


「……となると異世界側の戦力は、桁違いということになりますな。中元さんの分身を数万も保有しているのだ、地球上の軍隊を全てかき集めても勝てるかどうか……」

「そこはほら、うちの子供は全員がファザコンをこじらせてるらしいんで、俺が説得すれば簡単に寝返るんじゃないですかね。クロエだって元は異世界からの刺客ですし」


 ファザコンなんてお風呂で体洗ってやれば皆デレるんだよ、と雑な強がりをかましていると、杉谷さんは恐ろしいもの見るような目を向けてきた。


「……まさか中元さん……貴方があちらの世界でそれほど子作りに励んだのは……最初からそれが狙いだったと?」

「え?」

「大量の血縁者を異世界の軍隊に潜り込ませ、いざという時に裏切らせる。そうすれば簡単に戦況を打開できる……いや、国を乗っ取ることだってできる。もしや貴方は、それを見越して……? 異世界の王がいつか国を挙げて地球に攻め込んだ時に、故郷を守るため……仕込んでおいたのでは?」


 なにやら杉谷さんは、勝手な想像を膨らませて俺を策士と思い込んでいるらしかった。

 実態は俺の知らないところでホムンクルスを量産されてるだけ、というしょぼい内容なのだが、ここでわざわざ事実を告げる必要もあるまい。

 俺は意味ありげに頷くと、


「杉谷さんは全部見抜かれてるようですね」


 と含み笑いをしてみた。


「……な、なんと……! 貴方はやはり、私が見込んだ通りの男……!」

「こんなこともあろうかと、必死に俺の種をバラ撒いておきました。中々骨の折れる作業でしたよ」

「私は貴方を見くびっていたようだ。てっきりただ強いだけの女好きかと思っていたのですが、何もかも計算済みで女性に手を付けていたのですな!」

「決まってるじゃないですか!」


 どうやら杉谷さんの中で、俺の株は上がりっぱなしようだ。

 大槻教授もクロエの身体能力を認めたようだし、懸念は全て解消されたと言っていいだろう。

 逮捕された時はどうなることかと思ったが、終わりよければ結果良し……ってとこだな。

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