闇の深い男
いくら気が動転していたとはいえ、俺に気付かれないままこの距離まで接近できるなんて並みの使い手ではない。
我が家の女性陣でここまで優れた体運びができるのは、フィリアかクロエのみ。
……フィリアにしてはションベン臭がしないので、クロエかな? などと失礼な予想を立てていると、
「ち、ち、う、えっ!」
気配の主は、元気よく後ろから抱き着いてきた。
白い腕が首に絡みつき、控えめな膨らみがふにふにと後頭部に当たる。
この時代がかった呼び方、Bカップと思わしき弾力、間違いない。
俺の精液を用いて(無許可で)製造されたホムンクルス、クロエのお出ましである。
「こら。急にひっつくんじゃない。びっくりするだろ」
「暇なら外で遊ぼうよ」
手元のスマホに視線を向けると、権藤が次から次へとJK生画像を送りつけてくるのが見える。
『今日はこの子達に酌をさせるから飲みに来いよ、持ち帰りも自由だぜ』と半グレどころか全グレなメッセージまでセットだった。
よりによって実の娘がじゃれついてきた時に、なんつうもん送ってきやがるんだこいつ。
……畜生、ヤクザのくせに黒髪清楚系ばっか集めやがって。
俺は心を鬼にして、機械的にJK画像を消去し続ける。
「悪いが俺は仕事中なんだ。お前はあっちでフィリアの相手でもしてなさい」
「そうなの? いつもみたいに女の子と遊ぶ約束を取り付けてるんじゃないの?」
「ち、ちげえよ。これはその……あれだ。インサイダー取引の最中なんだよ」
「インサイダー取引!?」
クロエの現代知識は穴抜け状態なので、小難しい用語を並べると煙に巻けることが多々ある。
少なくともアンジェリカよりは日本に疎いようなので、成功率は高い。
「まあ、俺には脱税とか筆頭株主とか色々あるからな。お前にはわからないかもしれないが、日本の大人には色々やらなきゃならないことがあるんだ」
「そ、そうなんだ。オトナの世界なんだね」
すすす、と頬を掠める柔らかな感触。
どうやらクロエが俺の肩に顔を乗せ、画面を覗き込み始めたらしい。
「……女子高生がスカートをたくし上げてる写真が見えるんだけど」
「これこそが日本経済の要で……」
「もう! そんなに女の子と遊びたいなら、私と遊ぼうよ! 公園でサッカーとデートの中間の遊びをしようよー」
「十五の少女と外でイチャイチャしてたら、即通報されるっての」
「実の親子でも?」
「実の親子に見えないからな、俺ら。外でお前とキャッキャしてると絵面が援助交際になるし」
「そうかな? 私と父上って結構似てると思うけど」
「どこがだよ」
「髪の色同じだし。ホクロの位置も同じだし」
本気で言ってるんだろうか? 時々こいつはもの凄く天然なんじゃないか、と思うことがある。
我が娘ながら先が思いやられるというかなんというか。
「人類なんて大半が黒髪だろ。これが一番多い色なんだから親子の証にならねえし。あとホクロなんて脱がせて確認しなきゃ位置関係わかんなくないか?」
「裸で遊べば周囲にホクロの位置をアピールできるんじゃない?」
「それは別の理由で捕まる」
つーかお前がくっついてると、スマホの操作に集中できないんだが?
血の繋がった女に構っている暇なんてないんだが?
肉親に催す趣味はないので、どうしても扱いは雑になる。
俺はアンジェリカ達には出さないような、冷たーい声でクロエを突き放す。
「悪いけど、俺とお前は全然似てない。他人にしか見えないと思う」
「……え?」
「お前の顔、ほとんど母親寄りじゃん。リリ先生そっくりだろ」
「……それは、そうだけど」
「お前みたいな派手顔美少女を実子だと証明するのは、至難の業なんだよ。ったく。もっと俺の血が強く出てれば面倒なことにはならなかったろうにな……」
「えへへっ」
父上しゅきぃ、とクロエはますます強く抱き着いてくる。
俺は何をした?
「ねーねー父上ー。じゃあ家の中でサッカーしようよ」
やはりトチ狂ったことを言いながら、クロエはソファの背もたれをよじ登り、俺の横に座り込んだ。
位置が変わったことで、ようやくクロエの姿が見えるようになる。
「球技って絶対家の中でやっちゃ駄目なやつだろ。……って待て。その格好はなんだ」
「へ?」
なんか変かな? と首を傾げるクロエ。
言っておくが今のお前は全部変である。
「襟元が伸び切ったダボダボのTシャツってのが頂けないし(胸チラを通り越して胸ガバ)、下がパンツ一丁なのも最悪だわ! だらしないにもほどがある!」
「でも、実の娘の下着なんだよ? 見てもなんとも思わないんじゃないの? 父上は近親相姦反対派の頑固者だから、私の体を見ても興奮しないでしょ?」
「そ、それはそうだが……あっ! しかもノーブラじゃないか!? なんてもんを父親に押し付けてんだよ!?」
「だってブラジャーしてたら、父上に抱き着いてもあんまり感触が伝わってこないんだよ。それじゃ乳房を持って生まれてきた意味がなくない? せっかく男の人より鋭敏な胸を持ってるんだから、有効活用するべきだと思う」
「お前は間違っている」
女の子のおっぱいは感覚器官ではない。授乳器官なはずだ。
ヘラジカが「俺この角で飛ぼうと考えてるんスよ!」と目を輝かせてたら、絶滅待ったなしであろう。
肉体は正しく使うべきなのだ。
「お前、今度からノーブラ禁止な。家の中でもずっとブラしてもらうから」
「なにそれ! 虐待だよ!」
クロエは抗議の意味を込めてか、ポカポカと俺の肩を叩いてくる。
「家でブラジャーなんか着けたくないよ、あんなの拘束具だよ、金具が当たってるとこが痒くなるんだよ、汗で蒸れるんだよ!」
「もしかして単にブラジャーが苦手なのもあるのか?」
「うん」
それもある、とクロエは頷く。
参ったなこれ。
娘がノーブラ強硬派で困ってます、ってどこに相談すりゃいいんだ? 精神科か?
「そうだね……父上が着けてくれるならガマンできるかも」
「なんだ、そんなことでいいのか」
「え?」
任せろ、と言い残して立ち上がると、俺は迷うことなく女性陣の共用寝室に向かった。
スースーと寝息を立てるフィリアを起こさないよう、細心の注意を払ってタンスを開け、手のひらサイズのブラジャーを回収。
そのままスタスタとリビングに戻り、ソファに腰を下ろす。
「もっとこっちに寄れ、今すぐ着けてやる」
「……本気なの?」
「アンジェリカやリオや綾子ちゃんやフィリアで慣れてるから、今更なんとも思ねーんだなこれが。お前は添い寝当番から外れてるから知らなかったんだろうけど、あいつらのブラやパンツは俺が脱がせて俺が穿かせてるんだぞ」
「最っ低」
ははは、なんとでも言いやがれ。
俺はクロエを膝の上に乗せると、父性溢れる手つきでブラジャーを着けてやった。
【クロエの好感度が500上昇しました】
「……こんなのが嬉しいのか?」
「べ、別に嬉しくないし。今なら父上に抱かれてもいいかなーと思ってるくらいで、はしゃいでるわけじゃないし。勘違いしないでくれるかな」
「めっちゃはしゃいでるじゃねーか。若い女にとっちゃ最高ランクのはしゃぎ方だろそれ」
こいつもすっかり甘えん坊になったよなぁ、と頭を撫で回す。
なんだか子猫をあやしてるような気分である。トレードマークのポニーテールが、今は猫の尻尾にすら見える。
「ちょっと前まで凛々しい少女騎士みたいな雰囲気だったのに、どうしてこんな風になっちまったんだか」
「父上が良くないんだよ。三十代前半の父親に優しくされたら、大抵の十代女子は頭がおかしくなるんじゃないかな。父上の外見はお兄さんでも十分通用するんだからね。私が変になったのは父上のせいだよ」
「そうなのか?……そうかもしれないな。思春期の男子が三十代前半のママに優しくされたら、確実に気が狂うわな……しかもお姉さんでも通用する見た目か。やっぱ俺って闇の深い存在なんだな……」
「やけに物分かりがいいね?」
「この論法はアンジェリカで鍛えられてるからな」
だからといって実の父親に恋愛感情を抱いてる状態を見過ごすわけにはいかないけどな。
「お前さ、彼氏作れば? 少しはファザコンが収まるんじゃないか」
「やだよ。父上以外の男の人ってダニが喋ってるように見えるんだもん」
「眼科に行け。俺の顔なんてフツメンに毛が生えた程度だぞ。外に出ればイケメンがいっぱいいるだろ、誰か引っかけてこいよ」
「そっちこそ眼球取り換えてもらった方がいいんじゃないの!? 父上より格好いい男の人なんて見たことないんだけど!?」
「は、はあ? ちょっと嬉しいじゃねえか! でも駄目なもんは駄目なんだよ! お前の場合はマジでシャレになんねーから他の男に興味を持て!」
「やだ。父上と結婚する」
小さな女の子が「大きくなったらパパと結婚する」と言ってる分には微笑ましいが、とっくに大きくなった娘がパパと結婚すると喚くのは不健全極まりない。
なんてもったいない人材なんだこいつは。
顔はリリ先生似で、戦闘力は俺譲りの美少女剣士だというのに……。
「あ」
己のモノローグで、はたと気付く。
そうだよ、こいつがいるじゃん。ちゃんと俺の遺伝子を受け継いだチート戦士が、目の前にいるではないか。
……クロエを杉谷さんに紹介すれば、色々と誤魔化せるんじゃないだろうか?
本日発売の電撃大王8月号より、コミカライズ連載スタートです!




