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異世界帰りのおっさんは、父性スキルでファザコン娘達をトロトロに  作者: タカハシ ヒロ
第一章 落ちぶれた勇者

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お隣さん

 

 俺とアンジェリカは、少し距離を置いて歩いていた。

 ほとんど会話もなく、目を合わせることもなく。

 親子でも恋人でもなく、赤の他人のように。


「幻滅したか?」


 アンジェリカは、あれからずっと元気がない。

 俺が権藤を脅した一件で、心の中で理想化していた父親像、もしくは勇者像が壊れたのかもしれない。

 それでいい。

 だって俺を、見損なって欲しいのだから。

 

「勇者ってのはこういうこともするんだ。会話が出来る魔物が相手なら、恫喝に出たことは一度じゃ済まない。俺はね、英雄なんかじゃないよアンジェ。正義の敵は別の正義って言うだろう。それと同じように、悪の敵は別の悪なんだ。俺はたまたま人間側についていた悪に過ぎない。どうしようもない男なんだ」

「リオさんと何したんですか」

「だから俺なんかじゃなく、別のきちんとした男を好きに」

「リオさんに手を付けたんですか? あのガラの悪そうな人、そういうこと言ってましたよね」

 

 人がちょっと格好つけた自虐吐いてる時にさ。

 そっちに食いつくのな。


「ね。お父さんがさっきゴンドウさんに見せてた、あの光る板見せて下さいよ。スマホ、でいいんでしたっけ」

「え」

「だって気になるじゃないですか。それを見た途端、ゴンドウさんは大興奮でしたし。リオさんに関わるものを見せたんですよね?」


 口の中が乾いていくのを感じる。

 舌がねばつき、喉はひくつき始める。


「テレビみたいに、遠くにいる相手を見たり出来るんでしょうか、スマホって。リオさんのどんな姿を見てるのかなーって、私気になっちゃって」


 未だスマホの機能を知らないはずなのに、この冴え具合。

 今後も現代社会の知識が増えたら、いずれどんな隠し事もバレるようになるのでは、と恐ろしくなる。


「お父さんそういえば、昨日から急にスマホをトイレに持っていくようになって、私に見えないようにして触ってますよね。ひょっとしてリオさんと、見られたくないようなやり取りしてたりして。……気のせいだといいんですけど。……ねえ。そのスマホの中、何が入ってるんです?」


 鋭い。鋭すぎる。

 だが考えようによっては、一発でアンジェリカに嫌われるチャンスかもしれない。

 リオの自撮りを見せ、俺にはもうこの女がいるんだよ、と言って諦めさせる。

 あまりにも酷い手だが、効果は大きいだろう。


 女心を的確に傷つけそうなので、やりたくないけど。

 二度と恋愛したくない、みたいにこじらせてしまうのは申し訳ない。

 なにより昨晩見たシステムメッセージの内容からすると、その方法だと逆効果じゃないか? という気がするのだ。

 ほら今も。


「お家に帰ったら、覚悟しといて下さいね。お父さんが誰のパパなのか、わからせてあげますから」


 下唇を噛むアンジェリカの顔は、軽く上気している。

 わからせる、とは何をするつもりなのか。

 視界をシステムメッセージが横切る。


【パーティーメンバー、神聖巫女アンジェリカの独占欲が900上昇しました】

【アンジェリカの性的興奮が70%に到達しました】

【同意の上で性交渉が可能な数値です。実行に移しますか?】

【実行した場合、一定の確率で子供を作ることが出来ます】

【産まれた子供は両親のステータス傾向と一部のスキルを引き継ぎ、装備、アイテムの共有も可能となります】

【また子供に対してはクラスの譲渡も可能となります】


 残念ながらアンジェリカは、嫉妬を抱くとさらに燃え上がるタイプらしい。

 他の女の影をちらつかせるのは、逆効果だろう。

 

 俺はしどろもどろになりながら、アンジェリカに言い訳をする。


 実はスマホからは洗脳光線が出ていて、それで権藤の説得に利用しただの。

 耐性のない人間がスマホを覗くと眼球が爆発するから見せられないだの。

 リオよりお前の方が可愛いから不安がらなくて平気だろ(???)と逆ギレしてみたり。


 自分でも何を言っているのか理解出来なくなってきたところで、アンジェリカはくすりと笑った。

 

「もういいですよ。パスポートっていうのがなんなのか知りませんけど、私のために必要なものなんだろうな、ってニュアンスで伝わってきましたし。あれを用意するために、どうしてもリオさんを使う必要があったんですよね?」


 にっこりとした顔。

 実は最初からそんなに怒ってなかったのか? とすら思えてくる。


「……俺で遊んでるだろ」

「えー? 途中までは本気でイライラしてたから、遊びじゃないですよ」

「弄んでるだろ」


 すすーと滑るような動きで近付いてきたアンジェリカは、俺と腕を組んでくる。

 

「じゃあ仕返しすればいいんじゃないですか、私に」

「どんな風にだ」

「弄ばれたのなら、弄び返せばいいじゃないですか……今夜」


 お前はもっと自分の体を大事にしろよな、と小突く。

 おっさんの捧げ物にしていいものじゃないだろうが。

 お前の体はお前のものなんだから。

 全く神聖巫女に適正ないよな、この性格。

 

 ……アンジェリカの体は、アンジェリカのもの……。

 

 ほんの一瞬だけ頭をかすめたフレーズが、脳の中で火花に変わる。

 見えない導火線に着火され、思考の爆発が始まる。

 回答を求めた熱の奔流が、シナプスをかけめぐる。


「……ああ?」


 そういう、ことなのか?

 足を止めて、考える。

 刹那の閃きを掴み取り、明確な思索に変えていく。


 ――白い服を着た、女の幽霊。


 アンジェリカがやってくる一週間前からアパート周辺で目撃されている、季節外れの怪談。

 それとほぼ同時期にリオの家を出入りするようになり、二日目に突如としてたがが外れた権藤。

 どんな音を立てても無反応な隣人。以前もアンジェリカが店に来たと主張する綾子ちゃん。

 最初からいい匂いのするアンジェリカ。


 無数の糸が頭の中で絡み合い、一つの答えを編み込んでいく。

 

「アンジェ、すまん。俺は今からお前に酷いことをする」

「……いいですよ」


 アンジェリカは熱っぽい息を吐きながら、期待の篭った目を向けてくる。

 確実に勘違いされているが、今は一分一秒でも時間が惜しい。

 アンジェリカを抱きかかえると、隠蔽魔法で見えないのをいいことに、飛んで家に変える。


 家々の屋根を踏みしめ、高架線を飛び越え、アパートに向かって最短距離を飛ぶ。

 徐々に近付いてくる、見慣れた黒い屋根。煤けた白い壁。俺とアンジェリカの住まう部屋。

 帰るべきその場所は、もうすぐそこだ。


「何が有っても耐えてくれ」

「……覚悟の上ですし」

「泣くなよ。先に心が折れたら負けだ」

「ど、どんとこい!」


 茹でダコのようになっているアンジェリカをそっと地面に下ろす。

 手段さえ選ばなければ、あっという間に到着するものだ。


 帰ってきた。

 俺達のアパートへと、戻ってきた。

 既に日は傾き始めている。

 夕焼けに照らされた二人の影が、長く伸びて建物に差しかかっていた。

 俺の影は、自身の部屋に。アンジェリカの影は、その隣の部屋に。


 まるで暗喩しているかのようだ。


「来い」


 俺はアンジェの手首を掴むと、早足で階段を上り始めた。

 朝と同じように、大量の新聞を突っ込まれたドアが見えてくる。

 物言わぬ隣人の、郵便入れ。


 やっと着いた。こんな近くに回答があった。

 俺が足を止めると、「お父さん強引」とアンジェが耳まで赤くしていた。


「じゃあ、入るぞ」

「よろしくおねがいします……!」


 そして俺は。

 部屋に入るなり、まっすぐにベランダに向かった。

 

「お父さん? どこ行くんですか? えっ、窓なんか開けたら不味いですよ!? 見せびらかすつもりなんですか!?」


 狭いアパートにはよくあることだが、隣室のベランダは目と鼻の先だ。簡単に飛び移れる。

 慌ててあとを追いかけてきたアンジェリカは、「そっちは私達の部屋じゃないですよ?」と戸惑っている。


「いや、こっちだ。会わなきゃならない人がいる」


 もう死んでるだろうけれど。

 窓に手をかけると、あっさりと開いた。

 予想通り、鍵がかかっていない。

 

 俺はそっと忍び込むと、ゴミ袋の山をかきわけて足を進める。


 アパートというのは不思議なものだ。

 自分と全く同じ間取りの空間に住んでいても、住人の生活様式でまるで印象が変わってしまう。

 

 ここが、隣人の寝起きする部屋。


 ぷぅんと腐臭が漂い、不吉な死の気配が漂う空間。

 床一面に広がった布団は、黄ばんだシミと食べこぼしにまみれていた。

 貧困と不衛生の象徴そのものだ。

 小さなテーブルの上には、白いビニール袋があった。中身は錠剤だ。持病があったのだろう。

 

 それら無数の物悲しい遺品に包まれて、隣人は死んでいた。


 枯れ木のように痩せ細った、白髪の男性。

 この体型と真冬という条件が、腐敗を遅らせたのだろう。

 しかしそれでも既に、嫌な匂いは篭もり始めている。いずれ限界は来ていたはずだ。


 俺は亡骸に近付くと、さっと視線を這わせた。

 出血はないし、目立った外傷もない。

 突然死。あるいは病死。孤独死。

 この状況を語るための言葉は、どれもうら寂しい。


「ここ人の部屋ですよね? 勝手に入っちゃって大丈夫なんですか?」


 おっかなびっくりといった足取りで、遅れてアンジェリカがやってくる。

 さすがに年頃の女の子からすれば、この散らかりようは耐え難いのだろう。

 慎重に足の置き場を探しながら、そろそろと進んでくる。


「これ死体ですか!? ええー……!?」


 アンジェリカは顔をこわばらせて、俺の隣に立つ。


「……この世界だと普通のことなんですか、こういうのって」

「普通ではないけど、最近増えてるみたいだ」

 

 怯えた目をしながら、アンジェリカはたずねてくる。


「埋葬してあげるんですか? それとも人を呼びます?」

 

 そういうのは、後だ。

 どうせ警察なりなんなりが処理をするのだろう。

 権藤の組と癒着するような連中が、どこまで真面目に仕事をするのかは知らないが。


 故人に手を合わせるのを済ますと、部屋の隅に目をやる。

 テレビ台の前に積まれたそれは、住人の年齢を考えれば不自然な代物だ。


「やっぱり有ったか」

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