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*父の日記念番外編:綾子の贈り物


 斎藤親子をあしらうと、時刻はとっくに正午を過ぎていた。

 

 全身から香水の匂いがするし、あちこちにファンデーションや口紅がこびりついている。

 どこからどう見ても事後にしか見えないだろうが、全て未遂で済ませたとだけは言っておこう。


 ……なんというか、疲れた。

 あと腹が減った。


 よろよろとした足取りでリビングに戻ると、テーブルの上にラップをかけた冷やし中華が並べてあった。

 どうやら俺達が玄関前でドタバタやっている間に、綾子ちゃんがご飯支度を済ませていたらしい。

 

 最近暑くなってきたのを考慮しての献立なのだろうが、絶妙と言わざるを得ない。

 ちょうどこんなのが欲しかったんだよな、と思わず唸りたくなる心配りである。 

 まさに良妻賢母、大和撫子。これで人格さえまともなら、うっかりプロポーズしていたかもしれない。


 俺は感謝の気持ちを込めて「頂きます」と呟くと、すぐさま麺を啜る作業に入った。

 酸味の効いたタレ、均等に刻まれた具。

 やっぱ冷やし中華はこうでなくっちゃな、と舌鼓を打っていると、エプロン姿の綾子ちゃんがバタバタと駆け寄ってきた。


「え、どしたの?」

「……からし忘れちゃいました……!」


 見れば綾子ちゃんの手には、黄色いチューブが握られている。

 なるほど、練りからしを出すのを忘れたってことか。


「そんなに急がなくてもいいよ。ありがと」


 本当に気が利くよな、と笑いながらからしのステータスを鑑定する。

 結果はシロ。睡眠薬やバイ〇グラや綾子ちゃんの体液といった劇物は混入していないようだ。

 

「……中元さん?」

「いや、なんでもない」


 よほど真剣な表情で鑑定していたのだろうか? 

 綾子ちゃんはきょとんとした顔で俺を見ていた。

 その表情は年相応に幼くて、こう言ってよければ可憐ですらあった。

 思わず箸を止め、食い入るように見つめてしまう。


「……」

「……」


 やっぱり、綾子ちゃんの目は大きい。

 鼻筋も通っているし、肌は透き通るような白さだ。

 とても三日に一度のペースで食事に体液を入れてくる女の子には見えない。


「……そんなに見られたら恥ずかしいです……」


 綾子ちゃんは両手で口元を隠すと、もじもじと身をよじらせた。

 シャイな女の子なのである。表面上は。


「なんか用かな?」

「……え?」

「いや、ずっとそこに立ってるからさ。それとも綾子ちゃんも一緒に食うの?」

「……いえ、私は先に食べましたから……」


 じゃあなんだろう。俺が食事をしている場面を撮影して、コレクションに加えたいんだろうか。

 それとも食べこぼしを拾ってコレクションに加えたいんだろうか。

 あるいは抜け毛を採取してコレクションに加えたいんだろうか。


 おかしいな。

 隣に立ってるのは家庭的な美少女のはずなのに、サイコホラーな未来予想しかできない。


「……あ、あの!」


 綾子ちゃんはエプロンの裾を握ると、意を決した様子で声を発した。


「……今日って……父の日ですよね」

「だな」

「……この家は……中元さんが大黒柱だから……えっと……皆の、お父さんだから……だから私……」

「なんかプレゼントをくれるの?」


 こくこくと頷かれる。

 プレゼント、ねえ。

 相手が相手なだけに、非人道的なものか性的なものしか想像できないんだが? などと失礼なことを考えていると、綾子ちゃんが口を開いた。


「……食べ終わったら、私のところまで来て下さい」


 それだけ言うと、綾子ちゃんはスタスタと部屋の奥に進み、優雅な仕草でソファーに腰を下ろした。

 やがてエプロンを脱ぎ、几帳面に折り畳んだかと思うと、それを腰の横に置いた。

 ……もうやることはないらしく、いつでも大丈夫ですと言いたげな顔で待機状態に入っている。


 なんだろう。


 見たところ箱や紙袋の類は持ち合わせていないし、物質的なプレゼントではないのかもしれない。

 これは俺の勘だが、なんらかの「サービス行為」をしてくるつもりではないだろうか?

 

 ……胸か?

 ……それとも口か? 手か? ひょっとして脚か?


 一体どこを使うんだろう、と不穏な想像を膨らませながら食べ終えると、俺はすぐさま綾子ちゃん元へと移動した。

 

「気持ちは嬉しいんだが、あくまで俺達は節度を保った関係であるべきで……」

「……中元さん、ここどうぞ」


 ここ、と言いながら綾子ちゃんは、自身の膝をポンポン叩いている。

 

「膝がどうかしたのか?」

「……頭、乗せて下さい」

「膝枕か?」


 はい、と消え入りそうな声で頷かれる。

 膝枕の体勢から、一体どんなサービス行為に及ぶというんだ?


「ああ、授乳しながら下半身をまさぐるやつかな」

「……耳掃除してあげようかと思いまして。……父の日だから……感謝の気持ちを込めて」

「……」

「……中元さん?」


 発想が邪悪なのは俺の方だった。

 朝から破廉恥なイベントが続いているせいで、どうしても思考がそっち方面に寄ってしまうようだ。


「なんつうか、自己嫌悪がはんぱなくてな」

「……もしかして変なこと考えちゃってました?」


 くすくすと笑いながら、綾子ちゃんはポケットから耳かきを取り出した。

 白い梵天付きの、オーソドックスなデザイン。もっと変わり種で来るかと思っていたので、なんだか意外である。


「アンジェから聞いたよ。上手いんだって? 耳掃除」


 誰で練習したんだよ。まさか親父さんか? などと軽口を叩きながら、俺は綾子ちゃんの膝に頭を乗せた。

 むっちりとした太腿の感触、視界いっぱいに広がる少女のお腹。もはやユニフォームと化した縦セーターを着ているため、体のラインがばっちりと見て取れる。……たわわに実った果実が頬のすぐ上にぶら下がっているのは、中々迫力のある光景だった。


「……他人に耳掃除してあげたのは、アンジェリカさんが初めてです。……家族にも、やったことないんです」

「そうなの? じゃあ自分のを掃除してるうちに上手くなったのかな」

「……私、お父さんの部屋に侵入するために、ピッキングを試みるが日課だったから。……それで棒状のものを動かすのが上達したんだと思います……」

「……」


 まあ、大事なのは動機ではなく技術である。

 デリケートな部分を弄らせる以上、手先が器用ならそれに越したことはない。


「……じゃ、始めますね。……男の人にしてあげるのは、これが初めてです……ちょっと緊張します」

 

 妖しい台詞を発しながら、綾子ちゃんはゆっくりと俺の中に入り込んできた。 

 とはいえまだ様子見の段階らしく、探るような手つきで入り口付近をなぞっているだけだ。


「アンジェの耳と比べるとどう? なんか違ってたりするの?」

「……耳垢のタイプが違います」

「あー……外人だから飴耳なのか、あいつ」

「……飴耳とまではいきませんけど、中元さんのよりは湿ってました。粉耳と飴耳の中間だと思います」


 確か耳垢がベチャベチャしてる人って、ワキガなんだっけ。

 でもアンジェリカって別に臭わないんだよな……むしろいつ嗅いでもたまらない香りがする。

 あいつの顔立ちって東欧系っぽい感じだし、純粋な白人とはちょっと体質が違うのかもしれない。

 あと頻繁に十代少女の腋を嗅ぐ機会のある俺は、もう後戻りできないのかもしれない。


「……ん。かなり溜まってますね……」

「最近掃除してなかったからなあ」

「……奥の方に、でっかいのが見えます。……先にこれ取っちゃいますね」


 綾子ちゃんはどうやら大物を見つけたようで、ぐりぐりと耳道の奥へと潜り込んでいった。

 鼓膜のすぐ傍で聞こえるザリザリという音は、いつ聞いても不安にさせられる。


「なんか、細かい粉が中に落ちてくる感覚があるんだが……」

「……すくいます。私が全部、すくい取ってみせます」


 まるで世界の救済でもするかのような口調で、綾子ちゃんは俺の耳たぶを引っ張った。

 本格的に掘り進むモードに切り替えるらしく、さっきよりも前かがみになっているように見える。

 耳穴を覗きやすくするための姿勢なんだろうが……それはわかるのだが……。


 こういう体型の女の子が前かがみになると、そのなんだ。


 胸が、めっちゃ頬に当たる。


 87cmのEカップという、我が家で第二位のサイズを誇るいけない膨らみが、むにいいいぃぃ……っと俺の顔に押し付けられているのだ。

 その重力感たるや、もっとやれの一言に尽きる。いや間違えた。うっかり本音が漏れちまった。

 気を取り直して愚痴を一発。


 ――これじゃおっぱいにばかり神経が行って、耳の中で起こってることに集中できねえよ!

 

 せっかく上手にカリカリしてくれてるのに、気持ち良さに身を任せることができない。

 どうしても触覚の大半を頬に割いてしまうのだ。

 かといって「耳掃除を堪能したいから、顔に乗ってるEカップをどけてほしいんだが?」なんて言えるわけがない。

 そんな台詞を吐く奴は男じゃないと思う。


 糞ッ!

 一体どうすれば両方の感触を100%楽しめるんだ……!?


「ぐっ!」

「……ごめんなさい。痛かったですか?」


 違う。

 今のは気持ちいいところを引っかかれたせいで、たまらず漏れたうめき声だ。

 畜生、綾子ちゃん耳掃除上手えな……。 


 頻繁に穴の中を出入りして、細かい粉をすくい取る動き。

 くいくいと穴横の溝にひっかけ、てこの原理でデカブツを掻き出す動き。

 匙を回転させながら持ち上げ、パリパリパリ……と壁に貼りついた垢を剥がし取る動き。

 どの技も一級品で、的確に汚れを落とされている感覚がある。


 ああ……このままずっと、匠の技に溺れていたい。

 もっと耳穴の感触にリソースを注ぎたい。

 けれどおっぱいも感じていたい。

 二兎を追う者は一兎をも得ず……。


「――って俺にはスキルがあんじゃん」

「?」


 不思議がる綾子ちゃんを他所に、俺は恍惚の気分でスキルを発動した。


【勇者ケイスケはMPを15000消費。二回行動スキルを発動】


 顔に乗せられたおっぱいの感触に専念する。

 耳穴を掃除されている感触に専念する。


 両方を100%の精度で愉しむには、世界のルールを書き換えるしかない。

 この世界を――騙す。

 あたかも俺が二人同時に存在しているかのように、物理法則を欺く。

 

 俺Aは乳の重みに専念し、俺Bは耳のほじほじ感に専念する。

 二人の俺が経験した皮膚感覚は、数瞬遅れて統一される。

 これにより、綾子ちゃんの全てをあますことなく味わうことができる……!

 

「ああああああああああああああ~~~~~~たまんね~~~~~~~!」

「……中元さんが嬉しそうだと、私も嬉しいです……!」


 そうして俺は。

 午前中の馬鹿騒ぎが帳消しになるような、それはもう凄まじいほどのリラクゼーションを体験したのだった。

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