反社会的パパ
「一体俺になんの用ですかねぇ。べっぴんさんまで侍らせてよ。見せびらかしに来たんですかい」
再び訪れた権藤の事務所は、血の大半が片付けられていた。
そういった汚れ専門の、処理班でもいるのかもしれない。
知りたくないし、知る必要もないが。
「昨日とは口調が違うな? 敬語が使えたのか、お前」
俺の問いかけに、権藤は答えない。
ただニヤニヤと笑って、ソファーの上でふんぞり返っている。
あのあと俺はアンジェリカを抱き、隠蔽魔法をかけた上でこの事務所まで飛んできていた。
二人で並んで上がり込み、今こうして権藤の前に立っている。
こんな掃き溜めみたいな場所に、アンジェリカを入れていいはずがない。
だが、権藤にこの子の容姿を把握させる必要があった。
それに――権藤を恫喝する俺を見たら、アンジェリカは俺を嫌いになってくれるかもしれないから。
失望され、見限られ。俺じゃない男に関心を向かせる。
そこまで完遂することで、俺はいい父親になれる。
写真ではなく本人をわざわざ連れてきたのは、そのためだ。
「お前は俺の犬だ。覚えているな? どんな武器で武装しようと俺には勝てない」
「……それを言われると弱いね。まあ言われた通り、駅前のラーメン屋に若い連中を走らせてますよ。一日中店内で食事して、皿の割れる音がするたび店長をヤジる手はずだ。なあこれ何の意味があるんだ? あんたの愛人があの店で働いてたりすんのか? 愛人をイビる店長を懲らしめよう、とかそういうのか?」
「お前が知る必要はない」
アンジェリカは不穏な空気を感じ取ってか、ぎゅっと俺の袖を掴んでいる。
何も言わず、黙って俺のすることを見て欲しいと言ってある。
見て、軽蔑して、幻滅するといい。
「権藤、この娘用の身分証が欲しい。密入国なんだ」
「あんたやっぱカタギじゃなかったか。目が人殺しだもんな」
権藤は左手の小指を撫で回しながら言う。昨日までは欠損していた指を。
昨日、俺が右腕に回復魔法をかけてやったら、ついでに他の部位の損傷も治ってしまったのである。
何年も前に詰めたはずの指が生えてきた瞬間、権藤はなんとも言えない顔をしていた。
「この子と似たような外見の、欧米人少女のパスポートを手配してくれ。ただし人は殺すな」
「あんた無茶苦茶だな。その子と似てるってことは大層な美人さんだぜ? それが金に困って、ホイホイとパスポートを売ると思うか? 先に体を売って金を作れるだろ。だから身分を売るとこまで落ちねーんだよ。無理だな。無理。ヤクザにも出来ないことってのはある」
もう少し妥協しないと無理か。
「もう同年代の白人少女の身分証ならなんでもいい。どうにかしてくれ。最悪、偽造でもいい」
「……ロシアのガキんちょに、なりすますツテはなくもない。あの国は、田舎の方はまだまだ貧乏だからな。売っちゃいけないものを売るやつもいる。書類上の自分自身とかな」
「それでいい。ちょうどこの子の顔立ちはスラブ系っぽいしな」
「けど中元の旦那よう。ちーっとばかし虫がいいと思わねえか? こいつはすっげえ面倒な仕事だぜ? おまけに昨日俺らをいたぶってくれた相手のために動くんだ。ただ働きってのはちょっとな」
言って、権藤は凄みのある笑みを見せる。昨日の狡い笑みとは性質が違う。
これならば暴力団のリーダー格と言われても納得出来る。
「なんだ。何等分されたいんだ?」
「おいおい危ねえな。筋もんより手が早いよあんた」
権藤は両手を上げて、楽しそうに唇を歪める。
「どうだい旦那。うちで荒事専門になる気はないか。俺が欲しいのはあんたさ。これが頼み事を聞く条件だ」
「スカウトのつもりか」
「あんたがいればうちの組は無敵だし、盃を交わした相手となりゃあ、頼み事も気持ちよく聞ける。あんたには散々小突き回されたが、これで手打ちといこうや」
ラーメン屋のアルバイトから一転、ヤクザの武闘派構成員に。
収入は、上がるかもしれない。
けれど。
「それは出来ない」
「ほお」
誰かに俺の戦闘力を利用される。そんなものは勇者時代に散々経験した。
ろくなものではない。第一、こんな輩と同僚になるのはごめんだ。
「黙って従え。無条件でやれ。俺はお前の軍門になど下らない」
「交渉決裂か」
権藤は頭の後ろで手を組むと、胸を反らす。
「殺りたきゃ殺れよ? そしたら身分証は手に入らない、はいおしまい。短気は損気ですな、旦那」
「殺す寸前で蘇生して、また殺す。この繰り返しに耐えられるのか?」
「やってみなきゃわかんねえよなあ?」
あの下品なひひひ笑いも消えた今、権藤には妙な迫力がある。
今のこいつならば、本当に拷問にも耐え抜くかもしれない。
「……しょうがないな。この手だけは使いたくなかったんだが」
「お、来るか来るか。いいぜ、好きなだけやれよ。指詰めも背中の彫りものも、泣き言一つ吐かずにこなしたんだぜ俺は。ただ働きするくらいならくたばった方がマシってもんよ。極道の意地を舐めないで頂きたいね」
俺はポケットからスマホを取り出し、目をつむる。
すまない。俺は悪魔になる。
今この瞬間勇者ではなくなり、人間ですらなくなる。
アンジェリカのために、俺は鬼畜の道に堕ちる。
「これを見ろ権藤」
「ああん?」
「しばらく見てていいぞ」
俺はSNSアプリを起動し、スマホを権藤に手渡した。
「こ、こりゃあ……!」
ごめんなリオ。君の好意を、俺は最低な形で利用している。
君が今朝から何度も送りつけてくるギリギリな自撮り画像を、交渉材料に使おうとしている……!
「ふざけんなよ! やっぱリオを食ってたんじゃねえか! 手で目元を隠してブラやら太ももやらをチラチラ見せつけた、逮捕秒読み自撮りばっかじゃねえか!」
「あっちから送ってくるんだ。もうどうしようもない」
「……いくら俺が日常生活に支障をきたすほどの女子高生好きでもよぉ、ちょっと前まで目をつけてた黒髪ストレート美少女JKが、他の男に懐いてこんな痴女い真似してるのを見せられたってなあ。寝取られたような感覚しか湧かねーんだよ。こんな……身長165cm推定B~Cカップをうろうろしてる斎藤理緒ちゃん十六歳が、公衆トイレで年上のおじさん大好きな気持ちを抑えられなくなって撮ったドスケベ画像くらいで、ヤクザが動くと思ったのか!? ありがとうございます!」
権藤はスマホを俺に返すと、「パスポートの件は任せとけ」と力強く頷いた。
「俺にも人の心がある。可哀想な不法入国少女のために動くのも悪くねえ。ところでこの外人ちゃんは何歳なんだ?」
「十六だ」
「JKじゃねえか。あんたJKを二人も飼ってるのか。しかも片っぽは外国からさらってきたんだろ、とんでもねえな。札付きのワルだよあんた」
その時。
――お父さんのこと悪く言わないで下さい。
と、アンジェリカが小さく呟いた。
喋るなと言ってあったのだが、とっさに口が出てしまったらしい。
本人も「しまった」な顔をしている。
「懐かれてんねえ。お嬢ちゃんは中元の旦那が好きかい?」
権藤は愉快でたまらないといった声で、アンジェリカにたずねた。
アンジェリカは俺の顔を見て、「返事していいんですか?」と目で問うてくる。
俺は小さく頷いてやる。このくらいなら構わないだろう。
「……好きです」
「そうかそうか。そいつはすげえな。ところで嬢ちゃんは旦那のなんなんだ? 愛人なのか? あんたがラーメン屋でバイトしてんのか?」
「私はお父さんの奥さんです」
アンジェリカの回答に、権藤はガタタッと音を立ててソファーから滑り落ちる。
「外人JKを義理の娘にしたあげく、内縁の妻にもしたのか? 信じらんねえ。あんたは性犯罪の神だ」
尊敬の眼差しを向けてくる権藤に、俺はずっと気になっていたことをたずねる。
「お前、昨日と雰囲気が違うな。そっちが素なのか」
「……あんたもそれを言うのか。俺はそんなにおかしくなってたのか?」
あんま覚えてねえんだよな、と権藤は首をひねる。
「ここ数日の記憶がはっきりしねえ。なんなんだろうなこりゃ。誰かにヤクでも盛られたのかね。俺は色んなとこで恨まれてるしな」
「リオが言うには、お前は途中で人が変わった。幽霊とやらを見てからだ。そうだな?」
「……そんなことも聞いてんのか。まあ、合ってるな。リオの家で白いモヤを見てから、頭がクラっとなってな。そこからは正直よく覚えてない。五日近く記憶が飛んでやがる。で、気が付いたらこの社長室にあんたが来てたんだよ。それが昨日の話だ」
俺に襲撃されたことはきちんと覚えてるんだろうな? と聞いてみる。
「当たり前だろ。それでも半分夢の中って感じだったが」
「……よくわかった。最後の方は自我が戻りつつあったんだな」
「ほとんど実感ねえんだけどな。そのせいなのかね? あんま旦那とやり合ったって気がしねえわ。知識としちゃあるんだけどな。勝手に自分の体が暴れてるのを、遠くから眺めてた気分だ。いや遠くじゃねえな。内側からだ。ひょっとしてこりゃあ、二重人格とかってやつか? ヤクザで多重人格か。参っちまうな。女子高生にモテんのかねこの設定は」
他人事。そんな印象を受けた。
だからこそ、こうして俺と普通に話せるのかもしれない。
自らの意思で俺と戦い、叩き伏せられたのならこうはいくまい。もっと敵対的なはずだろう。
こいつもまた、悪霊の被害者なのだ。
反社会的な人物だが、操られたことに変わりはない。
「最後にもう一ついいか」
「なんだ、まだ質問があんのかい」
「そんなに女子高生が好きなら、なんでリオの母親と付き合った? 同年代の女も普通にいけるのかお前は」
ああそれね、と権藤はなんでもないことのように言う。
「そりゃ、外堀を埋めてからリオを食うためだよ。優しくて頼もしい義父のポジションになってから、パクッといくつもりだったんだけどな。どうも頭がおかしくなってる間の俺は乱暴に迫っちまったみたいだし、しくじったね」
「……一瞬でもお前に同情したのが間違いだった」
「安心しろよ。もうリオに興味はねえ。あんたの女になっちまったんだろ? 俺は処女の女子高生しか興味ねえからな。次のカワイコちゃんを探すとしようかね」
この男は死んだ方がいいな。
俺とアンジェリカは呆れながら事務所を出た。




