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街の本屋さん

 俺達は駅前に出ることにした。

 場所を変えれば気分も変わるだろう、と思っての判断だ。

 というか変えてくれ。頼む。

 頭まで下げているのに、アンジェリカは口数を減らすばかりだった。


「悪かった。よくわからないが怒らせてしまったんだろ? いつもみたいに騒がしくなってくれ」

「怒ってないんですけど」

「じゃあなんだよ」

「わ、か、ら、ず、やー!」


 噂通りの朴念仁ですね! とアンジェリカは声を荒げた。


「お父さんは自分を粗末にする天才ですね?」

「そういう性格じゃないと勇者なんて務まらなかっただろ」

「もう決めました。私、お父さんが何を言おうと、嫌がられても一緒にいますからね。老後の面倒も見ますから。どこにも嫁ぎませんからね」


 なんでだよ、と困惑しながら足を進める。

 

 そのまま一時間半ほど歩いただろうか。

 駅前をぐるぐると感知して回っているうちに、いつの間にかビジネスホテルの立ち並ぶ通りに来ていた。

 その間、アンジェリカはほぼ無言だ。むーと膨れた顔を作っている。


「店が開いたら、どっかで買い物しよう」

「……」

「何か買って欲しいものってあるか」

「……別にー」


 顔と声は怒ってるんだけど、腕はめっちゃ絡みつけてくるんだよな。

 二の腕にぎゅうぎゅう胸を押し付けてきてるし。さっきより近くなってるぞ、これ。


 女心って謎だ。

 システムメッセージが、好感度やら精神状態やらを教えてくれるといいんだけど。

 大事な時には何も語ってくれないのだ。

 そもそも人格なんてないだろうし、気が利かないのである。


「な、じゃあ真面目な話をしようか。幽霊だのゴーストだのスペクターだのは見つかったか?」

「……全然いませんけど」

「そうか。どこに潜伏してるんだろうな」


 俺が顎に手を当てて考え込んでいると、「あ」とアンジェリカが声を上げた。


「どうした?」

「あれ可愛い。私あそこに入りたいです」


 スイーツショップでも見つけたかな? 

 そんな牧歌的なことを考えながら、アンジェリカが指し示す方へと顔を向けた。

 細い人差し指の先には、無機質な景観が広がっている。

 灰色のビル群。しょぼくれた駐車場。ピンクのお城。

 この中で女の子が「可愛い」と表現するようなものっていうと……。


 あれ、だよなあ。


 灰色の町並から浮きに浮いた、桃色の屋根を持つファンシーな建物。

 中世のお城と、現代建築をごっちゃにしたような外観だ。

 アンジェリカの指は、どこからどう見てもそれをロックオンしている。


「あの屋根かわいい。行ってみたいです。あははっ、もー怒ってないですよお父さん。私がぶすっとしてたの、感知しながら歩いて疲れちゃったせいもありますし」


 お城の横に立つ看板に、目を通す。


 ファッションホテル、アマリリス。

 サービスタイム平日六時~九時は六時間で3560円。二名様から。

 

「ここって休憩するところなんですか? ちょうどいいですし、ちょっとお休みしていきません? ねえねえ。お休みして仲直りしましょーよー。……な、なんでそんな、大罪に苦しんでるような顔なんですか?」


 あのな、アンジェ。

 お前は知らないから、そんなヘラヘラしてるんだろうがな。


 これはラブホテルって言うんだ。


 十代の女の子が、明るいうちからこんなとこ指差してキャッキャはしゃいじゃ駄目だ。

 しかもおじさんの俺と、腕を絡ませた状態で。

 同伴出勤みたいな雰囲気を漂わせた、この状況で!


「おとーさーん。ここで遊びましょうよー」

「他ならどこでもいい、なんなら遊園地だって連れてってやる。だからここだけはやめてくれ!」

「なんでですか? いいじゃないですか。ねーパパってばー」

「あのホテルの前でそういう呼び方はしゃれにならないからな!? なんで急にパパ呼びにした!?」

「えっ、こっちの方がおねだり成功するかなって思って。パパって呼ばれるの苦手なんですか?」


 俺は大慌てでアンジェリカの手を引っ張り、全力でその場を離れた。

 スマホで確認すると、時刻は十時を回っていた。大半の店が開く頃合いだ。


「本屋行こうか。椅子も置いてあるから休めるぞ」


 すっかり機嫌を直してくれたらしきアンジェリカに、声をかける。


「本? 大丈夫ですか。高級品なんじゃ」

「こっちだと紙は貴重品じゃないんだ」


 俺が日本に戻って来た時、まず何をしたかといえば情報収集である。

 2000年から2017年までの間に、何が起こったのか? 現在の常識はどうなってるのか?

 それが知りたくてたまらなかった覚えがある。

 アンジェリカもきっと、同じ気分ではないかと思ったのだ。

 

「色々気になるだろ? こっちのこと。参考になるような本があったら買おう」

「さすが異世界召喚の経験者。わかってますね」


 俺の部屋にも色々本はあるけど、ほぼ中世人なアンジェリカのニーズに応えられるかどうかはわからないし。

 たった十七年分の知識を埋めればよかった俺と、数百年近いギャップを埋めなければならないアンジェリカでは、必要な書物は異なるだろう。


 ネットで勉強させるというのも考えたが、悪影響も与えちゃいそうだし。

 アンジェの性格なら絶対変な動画とか検索するからな。

 あと俺のパソコンの画像フォルダも見られたくないからな。

 なので、本。

 

「本が安いなんて、変わった国ですね。紙が雪のように降ってきたりするんですか?」

「印刷技術の発展云々については、俺にも語れるほどの知識がない。とにかく行こう。そういうのも調べられるかもしれないぞ」


 しなだれかかってくるアンジェリカと一緒に、道を進む。

 交差点を渡り、少し大通りを外れた道路に出る。


「段々人減ってません?」

「今から行く店は、いわゆる穴場だからな」


 俺がこれから行こうとしているのは、そんなに大きな店ではない。


 今時珍しい個人経営の古本屋で、その名も大槻(おおつき)古書店。

 掘り出し物も多いし、価格も手頃なので気に入っている。

 内装だって趣味がいいし、アンジェリカもお気に召すのではないか。

 

 そんな楽しい想像をしていた時に、水を差す感覚があった。

 急にアンジェリカが足を止め、俺の袖を強く引っ張ったのだ。


「いるっぽいです」


 何がだ、とたずねる。


「信じられないくらい邪悪な存在です、これ」

「本命が出たのか」


 冷や汗を流すアンジェリカに、平素の明るさはない。


「……この感じ、凄く気持ち悪い。なんだろう。悪魔を煮詰めてもこうはならない気がします」

「どこにいる?」


 あっち、とアンジェリカは震える指でとある店を差す。

 そこはちょうど、俺が今から向かおうとしていた場所でもあった。

 そう、大槻古書店だ。


「嘘だろ」


 俺の見つけた、穴場。俺の隠れ場。俺の癒やし。

 そこに、感知スキルに引っかかるほどの魔が潜んでいる。


「間違いないのか」


 ええ、とアンジェリカは頷く。


「霊体の気配とはちょっと違うんですけど……でもいくらなんでも、ここまでの悪性は放っておけないと思います」

「……仮に幽霊じゃないとしても、そいつが犯人かもしれないしな」

「怪しげな術で死霊を操っている線がありますね」


 考えたくなかった。

 あの本屋は、俺にとても良くしてくれているのだ。

 なぜか平成の歴史ばかり知りたがるという、奇妙な客が俺だ。

 そんな特殊なニーズに応えて、様々な本を取り寄せてくれた。


「……本当に、あそこなのか」


 全身から力が抜けていくのを感じる。

 

「行きましょう」


 アンジェリカに促され、幽鬼のような足取りで進む。

 一歩進むごとに、体が冷え込んでいく。


 大槻古書店は自宅の一部を改装して作られた、慎ましやかな店舗だ。

 店主は品のいいおばさんで、その一人娘の綾子あやこちゃんも時々店を手伝っている。

 母娘がそっと寄り添うにして守っている、街の小さな本屋さんだ。 

 

 おそらく利益は求めていない。

 店主の旦那さんが大学教授だとかで、夫の稼ぎで十分食べていけるそうなのだ。

 うちの人が読まなくなった本を並べてるだけ、と冗談めかして笑っていた。

 趣味で構えている店なのだろう。

 小さな女の子のお店屋さんごっこが、大人のスケールで行われているような可愛らしさがある。


 そんな温かな場所を、誰かが壊した。

 ――許せない。


 俺は義憤に駆られながら、店内に足を踏み入れた。


「……いらっしゃいませ……中元さん。お久しぶり、です」


 古い紙の匂いの中に、一滴落とされた花の香り。

 このぽそぽそとした喋り方は、綾子ちゃんだ。

 そうか、今日も店子をやっているのか。最悪だ。どうしてこんな時に。

 冬休み中だし、ありえることではあった。だけど考えたくなかった。


「また平成史の本、お母さんが仕入れましたよ」


 楚々と笑う綾子ちゃんは、押せば倒れそうなほど細い。

 目元を覆う前髪の下には、意外に大きな目が隠れている。

 エプロンの下もそんな具合にスタイルがいいのではないか、と思わせる膨らみがあるのだが、今はそれどころではない。


(お父さん、この子ですよ)


 アンジェリカが耳打ちをしてくる。

 ……なんだって。

 この、人と目を合わせることも出来ない、たった十七歳の書店員さんが――悪魔を煮詰めたような、邪悪を秘めている?


「そんなわけない。何かの間違いだ」

「でも、感知はあの人に反応してるんですよ! なんなんですかこれ! 人間なのに人間じゃない感じがするんです!」


 あれ、その子は……? 

 とお決まりのウィスパーボイスで、綾子ちゃんもアンジェリカに興味を示している。

 これだけ外国人が店内で騒ぎ立てれば、無理もないことだが。


「お父さん、早く鑑定を」

「……だが……」

「早く! なんなら私があの子に法術で先制攻撃しますよ!」

「……わかった」


 震える声で、俺は「ステータス・オープン」と呟いた。

 かつて見たことのない、縦長のウィンドウが表示される。

 横にスクロールバーがあるくらいだ。

 

 それだけ備考欄が長いということ。


 俺に長文で知らせねばならない、脅威を秘めているというか。

 やはり君が――幽霊騒動の主犯なのか?



【名 前】大槻綾子(おおつきあやこ)

【レベル】1

【クラス】女子高校生・書店員

【H P】50

【M P】0

【攻 撃】40

【防 御】40

【敏 捷】40

【魔 攻】0

【魔 防】60

【スキル】ファザコン(狂)

【備 考】本好きの少女。ほぼ戦闘力を持たず、無害である。

 ただし内面は破綻しており、去年まで実父に片思いしていた。

 それが許されない恋だと理解していたため、誰にも打ち明けたことはない。

 現在は父親の若い頃と瓜二つな中元圭介と出会ったため、彼が新たな片思いの対象になっている。

 最近のお気に入り妄想は、圭介の無精髭でジョリジョリな顎を垢擦りとして用い、体を洗うというもの。

 いつか圭介に後遺症が出るまで薬を盛り、弄ぶのが夢。

 昨日も不道徳な想像で圭介を蹂躙したが、その内容は下記の通りである。


『あはっ。圭介お父さんは、娘にコーフンしちゃう悪い人なんだ。

 こんなのいけないってわかってるのに、私のこと女として見ちゃってるの? 

 いいよ。未成年に手を出して、懲戒免職しちゃお? 

 大丈夫だよ、圭介お父さんならきっと、新聞の社会欄に載っても格好いいから。

 私それ切り抜きして保存するね。

 そしたら隣に自分の写真貼り付けて、親子のラブラブツーショット作るから。

 ほらほらっ! 懲戒免職えっちで法廷画になっちゃえ! 

 お父さんが描かれた法廷画いっぱい集めて、私だけの壁紙作るから! 

 そしたら刑務所にいるお父さんを、お家の中でも感じられるよね。

 出所したらその場で籍入れようね。

 前科が付いてまともに就職できなくなったお父さんなら、他の女の人が寄ってこなくなって安心だよね。

 だから早く私と関係持って、逮捕されて! お父さんお父さんお父さん私の圭介お父さん』

 



 ウィンドウを閉じながら、崩れ落ちる。

 これのどこが無害だというのだ。

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