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いけない先生


 先生は本気だ。

 ニコニコ笑っているが、オーガを頭から叩き割った時と同じ目をしている。

 狩人の顔になっているのだ。

 そして俺は哀れな獲物だった。


「駄目だって! これ以上そういうことするなら俺は帰る!」


 半泣きで叫んだ拒絶の言葉に、先生の動きがぴたりと止まる。


「……先生?」

「少しからかいすぎたかな。いや失礼。君があんまり無防備だったから、ついからかってしまったのだよ。あっはっはっは。私は大人で、お姉さんだからな。年下の男の子は虐めたくなるのさ」


 いや先生、あんた今ぼろぼろ泣いてるじゃねーか。

 どこにも「年下の男の子を誘惑する大人のおねーさん」な風格ないじゃねーか。


 破れかぶれで後輩に告白して玉砕する、運動部の女主将くらいの乙女感があるぞ?

 陸上部か剣道部所属の短髪ボーイッシュ娘が、一個下の後輩に部室で迫ったら「俺彼女いるんスけど」と言われて泣きじゃくってる的な……。


 先生は長髪のポニテだけど……。

 俺より四つ上だけど……。


「あっはっは。あっはっはっは。あはは。なーんで上手くいかないのかなー。あはは……」

「おい先生!?」


 で。

 玉砕運動部娘ことリリ先生が何をしているかというと、なんと半裸のまま玄関に向かっているのである。

 トレンディドラマじゃあるまいし、まさかその恰好で駆け出す気か?


「そうはさせねえよ……!」


 俺は勇者の脚力を全開にして先回りし、ドアの前に立ち塞がる。

 腕を広げて仁王立ち。

 これで外に出ることはできない。


 先生の視線は……。

 しばらく左右を泳ぎ、それから俺の顔にロックオンされ、やがてじわっと涙の量を増やしたかと思うと、


「……ここから先は見ないでくれ」


 と言い、床に崩れ落ちたのだった。

 ぐしぐしと聞こえてくる、鼻をすする音。

 女の子座りで手の甲で目元を拭うという、最悪のコンビネーション技まで披露している。


 当然、罪悪感は津波のように押し寄せてくるわけで。

 このままだと俺は溺れ死んでしまうかもしれない。


「……先生」


 沈黙に耐えきれなくなって、俺は先生に声かけた。

 かがんで視線の高さを合わせ、肩に手を置く。

 ……薄い肩。


 日常的に剣や盾を振り回してるはずなのに、俺と比べると遥かに華奢な体つきをしているのだとわかる。


 もの凄く情に流されてかけてる自分がいるが、それでも言わなきゃならないことが俺にはある。


「子作りを断られたら泣いて逃げるって、子供かよ……違うだろ? あんた賢い人だろ? こういうのやめようぜ」


 先生は未だにぐずっている。

 一体この空気をどう変えたものか、と視線をさまよわせていると、机の上に一枚の紙を見つけた。

 そこには俺のものではない筆跡で、


『中元圭介』


 と書かれている。


「……先生? もしかして漢字の練習してたのか」


 医療関係の知識を教えるついでに、たまに日本語のことも話す機会があった。

 先生は漢字の話題になると、えらく興味を示していた。「絵と文字の中間」という概念が新鮮だったらしい。

 なので俺は先生にねだられて、いくつかの単語を教えてやったのだ。


 先生は「中元圭介」「不倫」「再婚」「寝取り」といった単語を日本語でどう書くか聞いてきたので指導してみたのだが、ある種の願望を感じる言葉ばかりなのは俺の気のせいだろうか……?

 まあ、このあたりはあまり考えない方がいいのだろう。そんなことより今は話題のすり替えだ。一秒でも早く空気を切り替えて、先生をなだめるんだ。


「すげえじゃん先生。あれなら日本の小中学生よりよっぽど上手く書けてるよ。やっぱ頭いいんだよあんた。一緒に研究続けようや。だからあんまり投げやりな行動するなよ。な?」


 先生は無言で首を縦に振っている。

 よし、もう一押しだ。


「俺は真面目な先生が好きだぞ?」


 今のは危うい行動に出るような人より、いつものお堅い先生の方がいいよという意味だったのだが、押してはいけないスイッチに手をかけたのだと時間差で悟った。


「……本当かい?」

「あ、ああ。本当だとも」


 先生は泣き腫らした目を俺に向け、昏い笑みを浮かべている。

 なんだろう。今の笑い方、フィリアに通じるものがあったかもしれない。

 覚悟を決めたというか、もう手段なんか選ばないと腹をくくった顔に見えたけど、違うよな?




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