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妥協なんてしない


 上目使いで猛烈な求愛をしてくるアンジェリカは、もはや直視など不可能な危険物だ。

 たまらず、視線を外す。

 こんなの反則だろう。見つかったら逮捕されかねない。


 逮捕。

 ……犯罪。


 そう、なんだよな。

 冷静に考えると、朝から十六歳の不法滞在少女に、指をちゅぱちゃぱさせてるんだよな俺。

 スマホの通信履歴は、リオの胸チラ自撮りで汚染されてるし。

 先日はヤクザの事務所に殴り込み。その前の日は、高校生と喧嘩。

 あれ……?

 

 俺って権藤よりヤバイやつじゃね?


 ほんの数日で、犯罪オリンピックのメダリスト候補になってね?

 ドーピングを疑われる勢いで加速してね?

 ごぼう抜きにしてね?

 路上で下半身を露出させる変質者あたりはとっくに周回遅れにしてて、もう俺の前を走るのは有名なシリアルキラーとかしか残ってないのでは?

 ってかこのレース会場見たくないな。地獄かよ。


「俺はいつの間に、ここまでのタイムが出るように……」


 そっと目を伏せる。

 悲しみに暮れたまま、アンジェリカの口元から指を引き抜く。


「……飯にしよう。指なんかしゃぶっても腹は膨れないだろ」

「ご、ごめんなさいお父さん。嫌でした? とっても悲しそうな顔してる。男の人でも、急にこんなことされたら気持ち悪くなりますよね。そうですよね。私こういうの経験ないから、距離感間違えちゃったんですね。もうしないから嫌いにならないで」

「アンジェのせいじゃない。ちょっと色々回想して落ち込んだだけだ」

「……回想?」


 あ! わかったエルザさんと重ねちゃったんですね! 

 と全く合っていない解釈をしたアンジェリカは、瞬時に元気を取り戻した。


「ふふーん。いいんですよーもっと重ねちゃって。昔の恋人のこと、思い出しちゃいますよねーこういうことすると? 私のこと、次のエルザさんだと思ってどんどん好きになってくださいね」

「恋愛経験のない身で、何偉そうに語ってるんだ」


 前にも増してへばりついてくるようになったアンジェリカにたじろぎつつも、どうにか朝食を食べ終える。

 歯を磨き、腹休み。ダラダラしていたら、もう七時半だ。


「そろそろ行くか」


 アンジェリカに声をかけて、着替える。

 俺は黒いタートルネックとジーパンという、ちっともオシャレではない組み合わせ。

 どうせ上から厚手のコートを着て隠れるから、なんでもいいのだ。

 と思ったが、よく考えればそのコートすらみすぼらしかった。


 逆にアンジェリカの方は、昨日買ってきたばかりのパーカーとスカートなので、ピッカピカである。

 

 不味いな。

 アンジェリカは読者モデルみたいに見えるのに、俺はホームレスみたいだ。

 この二人で歩いてたら、どんな関係性に見えるんだろ?


 ……キリスト教関係者の外人少女に保護されて、炊き出しに案内されてる浮浪者……?

 

「酷すぎる。あんまりだ」

「?」


 己の被害妄想に落ち込みながら、玄関を出る。

 もうちょっと身なりに気を使った方がいいな俺。

 ええい、朝から何を一人で鬱々してるんだ。

 今日はアンジェリカと一緒に、幽霊騒ぎの調査をするんだろうが。

 

 少し遅れてアンジェリカも出てきたので、鍵を閉めるのに取りかかる。

 空き巣が増えているらしいし、しっかりやらないとだ。


「それこっちの世界の鍵なんですか?」

「そうだ。向こうとそんな変わらないだろ?」


 かがんでガチャガチャやっていると、ふと隣室のドアに目が行った。

 郵便入れに、大量の新聞が突っ込まれている。このままだと溢れ返ってしまいそうだ。

 実はいうと、何日も前からこんな感じだったりする。

 

 俺とアンジェリカであんなに騒いでるのに無反応だし、もうずっと留守にしていると考えるべきか。

 旅行にでも行ったのだろうか?


 でも独り身の爺さんが、観光なんて行なうものだろうか。

 つい、嫌な想像をしてしまう。

 風邪をこじらせて寝込んでいて、新聞を取る元気もないとか。

 俺の知らない間に病院に担ぎ込まれていて、入院しているとか。


 ……孤独死、とか。

 

 大家さんに一声かけておくべきか。

 俺がためらっていると、アンジェリカが先に階段を降りてしまった。


「お外お外ー!」


 とかなりテンションが上がっている。

 しょうがないな。

 若い子がせっかく他所の国に来たのに、缶詰食らってたらこうもなるか。


「日本のことなんて全然わかんないだろ。ちゃんとガイドするから待ってろって」


 慌てて後を追う。

 隣に並ぶと、アンジェリカは当たり前のように腕を組んできた。

 

「ずっとこういうのしたかったんですよね。一生女だらけの神殿で暮らしてくんだろうなー、って思ってましたから。男の人と一緒に歩くの、憧れてたんです」


 言って、淡く笑う。少しだけ目と鼻が赤い。

 嬉しそうだけど、同時に寂しそうでもある。

 今アンジェリカが感じているのは、ドキドキした恋心や、異性への興味ではないのかもしれない。

 剥奪された人生を取り戻していることへの、感動や達成感ではないだろうか。


 俺がエルザのおかげで、勇者から圭介に戻れた時のように。

 この少女は神聖巫女から、アンジェリカに戻ろうしているのかもしれない。

 これはなんとしてもエスコートしてやらないとな、と決意を新たにする。


「任せとけ。今日はただのお化け退治で終わらせない。しっかりアンジェを楽しませる」

「お父さん?」

「あーその……デートっぽいことも、な? する、か?」


 あんな、泣き出しそうな顔を見せられちゃったらな。

 お前が失くした、父親や恋人と過ごせていたかもしれない時間。

 それを俺の手で埋め合わせてみようと思う。

 今日だけは俺が、お父さんで彼氏だ。本日限定だからな、ほんと。


「……どうしたんですか、やぶらかぼうに。そんなにエルザさんっぽい仕草してました私?」

「まだそのネタ引っ張ってるのか。エルザは関係ないよ。別に影を重ねたりしてない」


 そっちは主にリオに対してするからな。あいつ顔がエルザと似てるんだもん。


「アンジェはアンジェだ。エルザの代わりじゃない」

「ふーん……?」

「アンジェだからデートしたいんだ」

「ふ、ふーん」

「お、赤くなったな。今朝のお返しだからな」

「ふ、ふふふふーん」


 もうそれ相槌じゃなくて鼻歌だろ。

 動揺を妙な音でごまかそうとするアンジェを見ていると、年下の女の子をからかう楽しさがわかりかけてしまう。

 おいおい、アラサー好きなはずだろ俺は?


 あくまでこれはアンジェの人生リハビリのためなんだからな、忘れんなよな、と自分に言い聞かせる。


「先に感知の方を済ませてしまおう。デートはそのあとだな……ていうか感知しながら歩けばいいのか。出来るか?」

「MPゴリゴリ持ってかれますけど、なんとか」

「よし。おっとその前に、セイクリッドサークル解除しないとな」


 このままじゃアンジェが歩くだけで、周辺の悪霊が弾き飛ばされていくからな。

 探して討伐するのが目的なのに、追い払っては意味がない。


 互いに目をつむり、スキルに精神を集中させる。

 アンジェリカの感知発動、並びに結界魔法の終了がシステムメッセージによって告げられた。

 準備は完了。


 俺達は腕を組みながら、散策を始めた。

 アパートから離れ、うらびれた道路を進む。

 一々「あれはなんですか?」と嬉しそうに聞いてくるアンジェリカに、あれこれと教えてやる。


「道が全部舗装されてますけど、裕福な国なんですか?」

「もう二十五年近く景気悪いみたいだけど、これでも世界で三番目の経済規模らしい」

「へえー。……え? じゃあここで生まれ育ったお父さんって、結構なお坊ちゃんなんです?」

「中流だよ中流」


 二人で喋りながら道を進んでいると、何度か若い男ともすれ違った。

 が、アンジェリカはそちらにはすぐに飽きたようだ。

 最初のうちはチロッと視線を向けていたが、すぐに関心を示さなくなったのだ。


 老人や中高年男性は、しっかりと目で追うのだが。


「お前、年上なら誰でもいいのか」

「そうじゃなくて」


 通行人の平均年齢が高くないですか? とアンジェリカは興味深そうにお年寄りを眺めている。


「もっと子供や若い人が歩いててもよさそうなのになーって」

「中々鋭いな」


 冬休み中だってのに、あんまり若い子見かけないしな。

 なのにお散歩老人はちょくちょく出現する。

 長期休暇中の学生は午前中を寝て過ごす者が多いとしても、異世界人から見ればやはり奇妙だろう。


 あっちじゃ高齢者なんて珍しかったからな。一つの村に数人いるかどうかだったくらいだ。


 多産多死な異世界は、若年層が圧倒的な多数派だったのだ。

 アンジェリカが気にするのも当然だ。


「単純に老人が多いんだ。今うちの国はとてつもない速度で高齢化が進んでて、四人に一人が六十五歳以上らしい」

「ええー! なんでそんな風になっちゃったんです?」

「寿命が長いから。男は八十歳、女は八十代後半まで生きるのが普通だ」

「ここってエルフの血を引く人達の国なんですか?」


 なんと説明したものやら。

 科学技術やら医療やらが発展しまくって、色んな病気が根絶されただの。

 食料状態の改善だの。福祉だの。

 地球人類の辿った歴史を、延々と説明するはめになる。


 中卒の知識だから、きちんと合ってるかどうかは不安だけど。


「はあー……。色々頑張ったんですねー、地球の人達って」

「おっ、さっそく覚えた単語使ってるな」

「ここは地球で、日本。覚えましたよ。他にも抑えとくポイントってあります?」

「もうないよ。必要なら教える」


 若いだけあって、知識欲が強い。

 十代の脳みそってのはスポンジみたいなもんだ。何でも吸いたがる。

 眩しくて、見ているのが辛いくらいだ。

 

 アンジェリカの方もなぜか、目を細めてこちらを見ている。

 眩しがっている……というより、憐れんでいるようにも見える。

 俺の服装がダサすぎて、気の毒になってきたのか?


「俺の顔に何かついてるか」

「お父さん、可哀想だなって」

「やっぱ服か?」

「服?」


 なんのことです? といった感じに小首をかしげられる。


「服じゃないなら何が可哀想なんだ?」

「お父さんが」

「どういう意味だよ?」


 アンジェリカの碧眼は、俺の目に固定されている。強い意志を感じさせる光がある。


「この国はモンスターが出なくて。戦争がなくて。裕福で。誰でも読み書きを教わることが出来て。お年寄りだらけになるくらい長生きするのが当たり前で、娯楽も充実してる。そうですよね?」

「そうやって並べ立てられると、凄まじく恵まれた国に感じるな」

「恵まれてますよ」


 アンジェリカは迷うことなく言い切った。


「お父さんは、私達の世界に喚ばれなかったら、ここで平和に暮らせてたんですよ……? 今頃こっちの世界の女の人と結婚して、子供がいて。何十年かしたら、八十歳くらいで死んで。沢山の財産を残して。そういう人生を取り上げられて、勇者になって。……せっかく出会った、エルザさんも失って」

「済んだことだ。もう気にしちゃいない。仮に俺がこっちにずっと住んでたとしても、つまらん会社員になってただけさ」


 嘘だ。

 俺ほど異世界召喚を憎んでいる人間もおるまい。

 けれどそれを見せないのが、大人ってもんだろう。


「空気が重くなったな。話題を変えよう。感知に引っかかるものは有ったか?」


 今のところ何も、とアンジェリカは首を横に振る。

 同時に、両手を握りしめられる。


「お父さん、忘れないで……。お父さんが全てを投げ打ってまで、魔王を倒した報酬が私なんですよ。私の若さも体も、お父さんに捧げるためのものなんですよ」


 から風に舞う木の葉に目をやりながら、答える。


「お前こそ忘れるな。神聖巫女なんぞを勤めて長年人々の信仰に応えた分、こちらの世界では存分に女の幸せを味わえ。もっと若くて格好いい男と付き合えよ」

「……私達は同じことを言ってますね?」

「ん。そうなのか? ……似た者同士なのかもな」

 

 残念ながら、このあたりには何もないようだ。

 二人の意見の妥協線は見つからないし、目当ての亡霊も出てこない。

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