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リリのアトリエ


 それからというもの、俺はちょくちょく先生のアトリエに顔を見せるようになった。

 時々ホムンクルスの材料を採取されるようなこともあったけれど、基本的には真面目に研究していたと思う。


「だからなんていうのかな。癌ってのは呪いじゃないんだ。今まで健康な細胞を作ってたところが、何かの手違いで毒になる細胞を作ってしまうことがある。これが原因なんだよ」

「うーむ……まず細胞という概念がよくわからないな。もう少しわかりやすく解説してくれないか?」

「えっとな。人間の体ってのは、たとえるなら大人数の冒険者パーティーだ。で、細胞ってのはその人体パーティーに所属してる冒険者みたいなもんかな。じゃあ癌細胞は何かっていうと、これは外からやってきた侵入者じゃない。今まで普通だったパーティーメンバーが、突然危険人物になったような感じだ。うちで言うならフィリアかな。出会った頃は優しくて穏やかなお姉さんだったのに、ある時期から光のない目で俺の顎を舐めたり無理心中をほのめかす危ない人になっただろ? くそっ、この比喩は自分で言っててスゲー落ち込む。死にたくなってきた」

「なるほど。フィリアは擬人化した乳癌だったのか。確かに女の情念を体現したかのような体型と性格をしているしな。怨念おっぱいというか」


 本人のいないところで、クソミソな評価を下す俺達だった。


「そうなると私の家系は、若いうちから毒となる細胞を作ってしまう、うっかり体質ということになるな」

「……うっかりなんて可愛いもんじゃないけどな、それ」

「こんな面倒な遺伝を抱えた一族が、よくもまあ血を残せているものだ」


 先生は皮肉げに笑うが、なんと答えればいいのかわからない。

 自分の命を茶化したブラックジョーク。きついってもんじゃない。


「大昔は三十~四十代で死ぬなんて、別に普通のことだっただろうし。癌家系が短命一族として使われるようになったのなんて、精々ここ数百年の話だと思う。文明以前の時代なら――先生のような体質はハンデにならなかったんだろうさ」

「しかしそれだと、寿命が五十歳付近にまで伸びた現代でも、私の家系が途絶えていないのが不思議だな。ハズレ嫁としか言いようがないだろうに」

「そりゃまあ、先生の一族なら綺麗な人が多そうだし、多少早死にするとしても結婚したがる男は多いんじゃないの?」

「……フィリアの気持ちが少しわかるな」


 先生はなぜか恥ずかしそうな顔をしながら、机の上に目をやった。


「それで勇者君は、肝心の癌の治し方は知っているのかな」


 俺は少ない医学知識を振り絞る。


「……刃物で切り取ったり薬を飲んだり、放射線で焼き切ったり……かなあ?」

「放射線とはなんだ」

「あーそれも説明しなきゃなんないのか……さすがに俺もよくわかんないぞこれ……」

「フィリアでたとえてくれればわかりやすいんだがな」

「えーと……俺とエルザがイチャイチャしてるのを目撃した時、フィリアの精神が崩壊を起こすだろ? その時にあいつの両目から放たれる殺人的な眼光が放射線で、眼球が放射性物質で、殺人光線を出せるほどの嫉妬を秘めていることを放射能と呼ぶみたいな感じで、この殺人光線を上手いこと利用して俺の体の汚れを焼き切る的な」

「勇者君の中でフィリアがどういうポジションなのか、段々わかってきたぞ」


 その後も俺は穴だらけの知識で解説を続け、先生はふんふんとメモを取り続けた。

 数時間後に出した結論は、こうだ。


『今の技術力では無理』


 腕を組み、天井を見上げる。


「……まあ……そうなるよな」

「勇者君の知識から得られた着想は素晴らしいものばかりだが、精密極まりない機器やどこに眠っているかも定かではない鉱物が要るようだしな。これではとても間に合わない」


 私の代ではなく、子孫に任せることにするよ、と先生は笑う。


「今の私にできることと言えば、せめて寿命の長い種族の男と子供を作って、我が子がそちらに似るよう祈ることくらいかな」

「……子供のことを考えるならそれが一番だろうけど、先生が助かることも諦めちゃ駄目だろ」

「ははは。ありがとう。君がそうまで私を思ってくれてるなんて嬉しいよ」


 言いながら、先生はカチャカチャと鎧を脱ぎ捨てる。

 ……先生?

 貴方、着やせするタイプだってことは知ってるんですよ?


「あの、何考えてんですか?」

「ん? 君達日本人は、八十歳前後まで生きるのが普通なのだろう? ならばぜひとも君の血を引いた子供を産みたいのだが」

「……待ってくれ待ってくれ待ってくれ、何平然と不倫の誘いを持ち掛けてんだよ!? 俺にはエルザがいるんだぞ!?」

「既に医学の探求という名目で私達は色々やってしまってると思うが。今更何を恐れるんだい?」

「……ち、ちげえよ……俺は本当に先生を助けるために必要なことだから……と自分に言い聞かせてたんであって……こ、こんな……子作りだなんてのは絶対に駄目だ……」


 慌てふためく俺をよそに、先生はてきぱきと服を脱いでいく。

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オーバーラップ文庫様より、第三巻発売中!
今回もたっぷりと加筆修正を行い、書下ろし短編は二本収録! そしてフィリアのあのシーンにも挿絵が……!?
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