毒手の使い手
【パーティーメンバー、田中樹里の好感度7000上昇しました】
【パーティーメンバー、鈴木あかねの好感度が5000上昇しました】
【パーティーメンバー、中野真凛の好感度が5000上昇しました】
【パーティーメンバー、木村裕子の好感度が5500上昇しました】
【パーティーメンバー、小早川桜の好感度が5000上昇しました】
【パーティーメンバー、保坂南の好感度が5000上昇しました】
【パーティーメンバー、加藤美穂の好感度が4000上昇しました】
【パーティーメンバー、佐藤和香の好感度が6000上昇しました】
……延々と表示される少女の名前と好感度の変動を、死んだ目で眺める。
【新規パーティーメンバー達の、中元圭介に対する感情が「興味、打算」から「執着、欲情」に変化しました】
【新規パーティーメンバー達の性的興奮が、70%に到達しました】
【同意の上で性交渉が可能な数値です。実行に移しますか?】
【実行した場合、一定の確率で子供を作ることが出来ます】
【産まれた子供は両親のステータス傾向と一部のスキルを引き継ぎ、装備、アイテムの共有も可能となります】
【また子供に対してはクラスの譲渡も可能となります】
無茶言うなよエルザ。
三十人以上の女子と重婚できる国は、ちょっと思いつかない……。
戦国時代にタイムスリップでもしない限り、犯罪者になってしまうのではなかろうか。
でもアフリカの奥地なんかだと、人数制限がなかったりするのか?
ってかなんで現実的に重婚する方向で思考を進めてんだ俺?
死ねばいいのに……俺なんか死ねばいいのに……!
「があああっ!」
頭を抱えて、しゃがみ込む。
右手からはそよそよと女子校じみた香りが漂ってきて、まるで「犯した罪を忘れるな」と責め立てているかのようである。
……なんだろな、この圧縮された女の子の香り。
お嬢様しか通ってないミッション系女子校の更衣室に右手を突っ込んで、数年寝かせたらこんな香りになりました、といった感じ。
これは……そう……凶器だ。
もはや武器だ。
毒手、という中国拳法の秘伝がある。
毒草や毒虫を混ぜ合わせて作った薬を瓶に入れ、そこに何度も拳を突き入れることで毒を馴染ませる、ファンタジー感あふれる技だ。
なんでもそうやって作られた拳は猛毒を宿すようになり、直撃すれば敵を死に至らしめるそうだが(あくまで漫画の話であって、現実には存在しなさそう)……。
恐ろしいことに、俺は未成年女子の肌と汗で、ある種の毒手を完成させてしまったようだ。
だって今の俺が誰かに触ったら、死人が出そうだもん。
権藤のようなロリコンおじさんなら嫉妬のあまり絶命するだろうし、PTAのおばさんなら不健全すぎて憤死するだろうし、警官なら社会を守れなかった罪悪感で死亡するだろうし。
「ふふ……もう何も怖くねえな、ここまできたら……」
呟く声は、自分でも驚くほど疲弊している。
だが、手応えはあった。
ここにいる日本人共演者は大人しく触られていたが――
クロエとレベッカは、ドン引きしながら逃げ出したのである。
単純に俺の要求が外道すぎて引いたのかもしれないけど、ってかその可能性がめちゃくちゃ高いんだけど、それでも容疑者候補として新たに浮上したのは確かだ。
見た目が白人で、俺の調査を避けた少女。
お前らなのか……お前らなんだな?
俺は気合を入れ直し、勢いよく立ち上がる。
「あの二人をお触りしに行かねえと」
もう、どこにも勇者要素のない台詞だった。
我がことながら嫌になるが、気持ちを切り替えて俺は廊下に出る。
逃げ出したクロエとレベッカを探し出すべく、駆け足で局内を回る。
道中、スタッフとすれ違ったらなんだかんだ理由をつけて体を触るのを忘れない。
……黒澤Pと握手したら、「なんか中元さんめっちゃいい匂いしますね」と不審がられた。
俺は「まあ枕っスわ」と最低な返しをし、プロデューサーは「なんだ枕ですか」とあっさり納得していた。
……よくあることなのか?
なんでもいい、ここの事情など知ったものか。
階段を上がり、二階へと向かう。
……自販機の横に、見慣れた足を見つけた。少女の白い脚。
俺は三段飛ばしで階段を上りきると、走り幅跳びの容量で少女達と距離を詰めた。
「――見つけた」
中元はん!?
と京都弁のアメリカ人は叫ぶ。目には怯えたような色がある。
「……中元はんのこと、見損なったわ……。あんなんする人やと思わんかった」
レベッカは涙を浮かべ、両手で己の身を守るような仕草をしている。
……。
やり辛い。
凄くやり辛い。
「白昼堂々、同時に何十人もの女の子に枕営業を持ちかけるなんて……普通やない……もちっと硬派な人やと思ってたのに……」
「……」
「や、やだ、こっち来んといて……やだぁ……っ!」
本気で怖がるレベッカの前に、一歩踏み込む。
隣には、クロエが騎士のようにレベッカに寄り添い、俺の魔の手から守ろうとしていた。
畜生、これじゃどっちが悪役なのかわかりゃしない。
だけど俺は、こいつらに触れて……調査して――
「――やめた」
「え?」
ぽかん、と二人の少女が口を開ける。
「やめだやめだ。糞、よく考えたらわざわざ俺が触る必要ないじゃねえか。体の強度を調べるだけなら、解呪をかけてからリオに触らせりゃあいいんだ。なんで早く気付かなかったんだ? ……リオに自分の手で触るように誘導されたからか。……あいつのことだから、どうせ俺を自分好みの鬼畜に育てようとしてんだろうな……ろくでもねえ……」
俺はスマホを取り出し、リオを呼びつけることにした。
いくらなんでも、嫌がる女の子にベタベタ触るまで落ちちゃいない。
「……触らないの?」
と。
不審感でいっぱい、な顔でクロエが俺にたずねた。
灰色の目が、疑いの光を俺に向けている。
「ああ。触らない」
「なんで?」
「レベッカが嫌がってるから」
「……」
そもそもなんで触ろうとしたの? 枕って何? とクロエは言う。
「あれは建て前だ。とにかくどうしても調べなきゃなんないことがあるんだよ」
そんなことよりさっさとリオを呼ばないと、画面をタップする。
「……少なくとも同意がないと触りたくはないと」
「当たり前だ」
まあ同意があってもアウトな気がするけど……とため息をついたところで、クロエは言った。
「わかった、私としてもこれ以上友人を巻き込むのは忍びないし」
ん、と顔を上げる。
強い意志を感じさせる、灰色の目と視線がぶつかる。
「多分、中元さんが探してるもの、私なら出せると思う」
「……ほう」
どういう意味で言ってるんだ、とクロエに近付く。
単なる勘違いなのか、それとも異世界人の自白に他ならないのか……。
やがてクロエは右手を伸ばし、誰もいない方向に手のひらを向けた。
ヴィシュン、と聞きなれた音が鳴り、少女の手から光の刃が伸びる。
そういう、ことだった。
運動神経に優れ、どこか不自由な日本語を操る、混血の少女の正体は――
「そうか。お前も召喚勇者なんだな。……俺がいなくなったあと、あの世界に再び地球人が召喚された。そして向こうで俺を倒すよう吹き込まれ、地球に送り返された。大方こんなとこだろう?」
「全然違う」
「確かに同じ地球人なら、やり辛いことこの上ないからな。本当に下劣なやつらだ……って、あれ?」
得意げに語った自説を全面否定され、俺は固まる。
レベッカは涙を浮かべたまま、わけがわからないという顔をしていた。
クロエは光剣をしまうと、静かに立ち上がる。
「私は地球育ちじゃない。でも日本語を話せる。言っとくけど私、言語理解スキルは持ってないよ。……で、神聖剣を使える。この意味、中元さんならわかるよね」
「……わからん」
「そう」
黒髪の少女は、くるりと踵を返した。
長いポニーテールが、動きに合わせて揺れている。
「今夜七時。貴方が神官長を燃やした港で決着をつけよう」
言って、クロエは一瞬で姿を消した。
俺の目でも追えないとなると、相当の使い手だ。
……犯人は特定した。
だが、さらに深い疑問が生じてしまった。
「……異世界人なのに、日本語が使える……?」




