30人斬り
俺とリオは、金髪をなびかせて遠ざかる背中を呆然と見つめる。
「……駄目だ、わかんねえ」
完全に行き詰ってしまった。
最も怪しい人物が潔白だと判明した以上、俺の立てた仮説は全て間違っていたことになる。
……誰だ?
誰なんだ? エミリーがシロなら、あの子とレベッカがグルだという線も消えるのか?
ならクロエか? ……しかしクロエも日本の事情に詳しそうではないか?
そもそも無実のエミリーと親しい人物を疑う時点で、正解から遠のいているような気がする。
白人少女だからって、それだけの理由で異世界人だとは限らないのだ。
ゴブリンの時のように、亜人を日本人に化けさせているのかもしれない。
そうなると俺と二回も接触した、あの痴漢男が次の容疑者として浮上してくる。
「……あいつか」
ありえることだ。
立場のあるサラリーマンが、刃物を使って報復してくるなんて不自然だ。
中身が日本に来てまだそう時間が経っていない亜人なら……。
「くそっ、逃がすんじゃなかったな」
悔やんでも遅い。
……仕事が終わったら、すぐにもあの男を探しに行こうか。
頭を掻きながらそんなことを感がていると、リオがジト目で話しかけてきた。
「何があったのか説明してくんない?」
「……」
アンジェリカが相手ならとりあえずバブバブ言っときゃなんとかなるけど、こいつの場合はどうやれば手短に納得させられるんだ?
オラオラ語で話せばいいのか?
オラオラ語ってなんだ?
俺は身振り手振りを交えながら、渾身の言い訳を試みる。
「あー、なんだ。エミリーは異世界人の可能性があったんだ。それで探りを入れてみたんだが、どうやら地球人だったらしい」
「……わざわざ容疑者に触んないと推理できないんなんて、とんだ名探偵だね」
「しょ、しょうがないだろ。今はステータス鑑定が使えないんだし」
「……ふーん」
「手で触れて、耐久度を確かめる以外に異世界人かどうかを見分ける手段なんてないんだって」
「……中元さんが触る必要なくない? どうしても女の子の体に触れなきゃいけないなら、代わりにあたしに触らせればいいじゃん」
「お前が触った相手がビンゴだったらどうするんだよ。その場で戦闘になるかもしれないだろ。そしたらお前が襲われるかもしれない」
「ん、そっか。めっちゃ身体能力の高い凶悪犯を探し出すみたいなもんだから、調べる側も強くなきゃいけないか……わかった。じゃあ中元さんが女の子をベタベタ触ってたのはしょうがないとして」
リオは唇に右手の人差し指を当て、考え込むような顔をしている。
「なんか心当たりがあって、あの子を疑ってたわけだよね?」
「ああ。エミリーと接触するたびに、スマホの時刻表記がより激しく狂ってたんだ。だから疑ってたんだが……」
「でも、あの子は普通の人だった、と」
「そういうこと。こうなるとあの子自身も知らないうちに、体に何か仕掛けられていたのかもしれない。で、それが今は取り外されたと」
「……なんかやな感じだね。一般人を利用してるわけでしょ。ネチネチしてるっていうか」
「男らしくはないな」
品性下劣な痴漢野郎ならば、いかにもそういった手段を用いそうである。
「いいよ。ちゃんと事情があったならしょうがないね。どんどん怪しい人を調べちゃおーよ」
「……わかってくれるか!」
「まあね。あたしも巻き込まれたくないし。一応、自分の地元を荒らされてムカつくみたいな縄張り意識はあるし
「おお、そういうとこはいい意味でヤンキーっぽいな」
こうなったら徹底的に犯人を絞り込むべきじゃないかな、とリオは髪をかき上げながら言う。
「そうしたいのはやまやまだが、どうやればいいんだろうな」
「触ればいいじゃん」
「え?」
「もう周りにいる人間、全員触って確かめればいいじゃん」
……正義の心で痴漢をとっ捕まえた俺に、同じことをやれと?
あまりにアレな提案に、石のように固まる俺である。
「幸い中元さんは透明になれるわけだし、気付かれないようにつねったり握ったりできるでしょ? やっちゃえちゃっちゃえ」
「な、何を……」
「ってかまあ、楽屋にいる子達なら透明になる必要もないよね。自主的に枕営業持ちかけてくるような連中だし」
「お前は今何を言おうとしてるのか、わかってるのか?」
「もちろん」
まるでなんでもないことのように、リオは告げる。
「――今すぐ楽屋行って、共演者の女の子を触ろう」
ふざけるな、と俺は抗議する。
そんなの許されるはずがない。
だって一番下は十五歳で、一番上は十九歳で、皆まだ学校に通ってて、美少女で、芸能人で、いい匂いがして……。
「駄目だ……それをやったら俺は人として終わる。そこらの痴漢なんか目じゃねーところまで落ちる」
「でも他に方法なくない? もう中元さんは、かたっぱしから触って犯人を捜すしかないんだよ? 言っとくけど女の子達をまさぐるのが終わったら? おっさんや年寄りも触んなきゃいけないんだからね?」
「……苦行だ……」
「でしょ? お楽しみのあとは苦しみが待ってんだから、それで罪滅ぼしになるって」
「お前も罪だと認めてんじゃん!? 俺を犯罪者にさせるつもりか?」
「あたしは中元さんが今より悪っぽくなるなら大歓迎だよ」
ぺろり、と唇を舐め、怪しげな顔を見せるリオ。
……こいつ……俺を自分好みの鬼畜に育て上げる目的もあるんじゃないか……?
だが、しかし、今すぐ異世界人を見つけようとするなら――
しかも俺の近くに潜伏している可能性が高いとするなら――
共演者の女の子達は、もの凄く疑わしい存在なわけで――
「くっ……」
「……なにもエミリーみたいに、一々怪我させろって言ってるわけじゃないよ。ちょっと強めに揉んだりつねったりいて、皮膚の硬さを確かめるだけでいいんだしさ。ほらほら、楽屋行こーよ」
俺は……。
お、れ、は……。
聖剣を生み出し、魔物を素手で契り、いくつもの魔城を攻め落としたこの右手で、俺は……。
十代女子の柔肌を揉み尽くせるのか……?
けれど、この世界を守るためには、必要なことだから。
たとえ体が汚れようと、魂が勇者でいられるなら、だったら――
「……そうだな」
俺は右手を握りしめると、リオの目を見て頷いた。
悪を倒すには、違う悪になるのが最も効率が多い。
これより俺の指先は、ダークヒーローと化す。
俺は何かに突き動かされるようにして、楽屋へと向かった。
そこには総勢三十人近い女の子達が待機していて、女子校さながらの桃色空間と化していた。
「聞いてくれ皆」
少女達のお喋りがやむ。
視線が一斉に俺に集まる。
……酷いプレッシャーだ。
でも、負けるわけにはいかない。
俺は意を決して言葉を放った。
「仕事が欲しいんだろ? なら、今すぐ体を触らせてくれないか」
そうして。
俺は悪魔に魂を売り渡し、JCJKJD揉みつねり地獄へと落下したのだった。




