無実の少女と有罪な俺
女の子とは不思議なものだ。見えないところでこちらを好きになっていて、見えないところで鬱憤を溜め込んでいる。
もっとわかりやすく振舞ってくれれば気が楽なんだけど、と長年連れ添った妻に熟年離婚を切り出された夫のようなことを考えながら、俺はマンションを出た。
もちろん、同居人全員といってらっしゃいのチューをこなすのを忘れない。
「……中元さんは悪い人です。絶対、気付いてないところで女の子を泣かせたり、落としたりしてると思います」
という意味ありげな綾子ちゃんの発言が、妙に引っかかった。
リオと一緒にテレビ局入りした俺は、まっすぐに楽屋へと向かった。
「おはよう」
やはり昨日と同じく、部屋の隅で外人っ娘トリオが固まっている。
台本を片手に、「エーッ。これテレビなんですか? オーマイガー……ッ! 日本の番組興味アリマス!」とカタコト発音での台詞を練習していた。
今日もサクラスキルを磨くのに余念がないようだ。
仕事熱心でなによりと頷きつつ、俺はエミリーの前に立つ。
「ちょっといいか」
「……?」
自称日米ハーフの少女は、きょとんとした顔で俺を見つめている。
一体どこまで演技なのか。
「来てくれ。二人きりで話したいことがある」
枕だ……枕営業だ……と周囲がざわついているが、構ってられない。
俺はエミリーを伴って、楽屋の外へ出た。廊下を曲がり、談話室まで来たところで足を止める。
休憩用の椅子とテーブル、それに自販機以外は何もない場所だ。
俺達は奥の席に、隣り合う位置で座った。
「なにか飲むか? 奢るよ」
「……要りません」
ふるふると首を横に振る少女。端正な顔が、緊張でこわばっている。
純粋な日本人よりはっきりとした顔立ちなせいか、表情がわかりやすい。
「……あの……これってやっぱり……中元さんとえっちする代わりに、お仕事をくれるみたいな取引が始まるんですよね?」
「違う」
一言で切り捨てる。
別にそんなことしなくても未成年女子に困ってねえし、などと最低の思考を繰り広げながらの発言だが、傍目には硬派な男に見えているのかもしれない。
「単刀直入に言おうか。――異世界人なんだろ?」
瞬間、時が停まる。
まるで時間が冷却保存されてしまったかのように。
「……はい?」
エミリーは膝の上で両手を握りしめた。
それは図星を突かれたサインなのか。
「いせかいじん? それ、何かのスラングですか? 私はアメリカ人と日本人のミックスですけど……」
「あくまでしらをきるつもりか」
ならこっちにも考えがある、と俺は腕を伸ばす。
「今日は筋力を常人の五倍くらいに調整してもらったからな。……地球人のステータスなら痛みを感じるはずだ」
「……中元さん? これってなにかのドッキリなんですか?」
俺はエミリーに向かって解呪をぶつける。
……よし。
これでステータス変化も解けたことだろう。
俺は力を込め、思い切りエミリーの二の腕を掴んだ。
なんとも好都合なことに、今日のエミリーはノースリーブの服を着ているので、素肌の変化がじっくりと観察できる。
「……痛っ……! 中元さん!?」
痛がっている? 違う、これはただの芝居だ。
本当は強靭な防御力を持っているから、平気なはずなんだ。
俺はエミリーの白い肌に目を向ける。
……赤く変色している。
腫れも出始めている。
つまり、エミリーの物理防御は大したレベルじゃない。地球の一般人並だ。
「……どういうことだ?」
ではなぜエミリーに触れるたび、数字表記が狂うのか。
俺は大慌てでスマホを取り出し、時刻を確認した。
……昨日のように、激しく表示がおかしくなっていたりはしない。
「あれ?」
おかしい。
今日のエミリーはまるで無害だ。
「……中元さんがこんなことする人だなんて、知りませんでした……」
エミリーは、潔白?
……だとすると不味い。
とても不味い。
俺は無実の少女(15)を呼び出し、突然二の腕をみしみしと握りしめた変質者と化したのである。
明日の朝刊一面を飾り、公安の圧力で中元圭介メンバーだとか中元圭介タレントだとか報道された末に、普通に中元圭介容疑者と報道されるより反感を買ってしまい、芸能界引退に追い込まれるのかもしれない。
だらだらと嫌な汗が流れる。
エミリーはというと、目尻からポロポロと涙を流していた。
……詰んだ。
いくらなんでも軽率すぎた。
もうこの一件ごと揉み潰せねえかな、と杉谷さんにメールを送る。
『女子中学生の二の腕をむにむにして泣かせた現行犯って、どこまで庇えますかね?』
杉谷さんの返事は、
『それは酷い。また痴漢を捕まえたんですか? 中元さんは本当に女の子を助けるのに目がないようだ』
だった。
凄くいい方向に勘違いされていた。
とても「犯人は俺です」と言い出せる雰囲気ではなかった。
「糞っ!」
頭を抱えて、雄たけびを上げる。
こうなったらもう、自首してダメージコントロールを試みるしかねえ……。
110番に電話をかけるべく、再びスマホの操作に映る。
すると廊下の向こうから、気怠そうな声が響いた。
「中元さーん。どこいんの?」
リオだ。
もはや普段着と化した制服姿で、両手をポケットに突っ込みながらやってくる。
フラフラとした足取りは、まごうことなきチンピラ歩き。
顔は若手女優みたいなのに、中身は自販機でたむろする系の社会のゴミなのである。
かくいう俺も、今まさに女の子を触る系の社会のゴミと化したわけだが……。
「……えっ、ちょ……なんでその子泣いてんの?」
最悪だった。
他の女の子を泣かせている現場に、婚約者が現れる。
俺の人生はどこまで下降線を辿るのだろう?
リオの視線は、エミリーの腫れあがった二の腕に向けられていた。
「ま、まさか中元さん、その子に怪我させたの?」
「違う、聞いてくれ」
リオは小刻みに震えながら、エミリーを指さしている。
「信じらんない! なに朝から女の子口説こうとしてんのよ!?」
「なんでそういう解釈になる!?」
は? という表情で、エミリーが顔を上げた。
「……口説く……?」
何を言ってるのかわかりません、な目をするエミリーに、リオはつかつかと歩み寄る。
「そ。中元さんはね、暴力抜きでは女の子を愛せない外道なの。初対面の時からいきなり傷害の現行犯だった真性の鬼畜だしね」
「そ、そんな怖い人だったんですか?」
「知らなかったわけ? あたしもよくお尻ペンペンされてるよ」
それはお前がねだってくるんだろうが! と抗議する声は、確実にエミリーの耳に届いていない。
「けど中元さんって、本当は自分の暴力性を憎んでるフクザツな男なんだよね。嫌々暴れた末に後悔して、殴ったあとに優しくなる系男子。いっそDV王子とか名乗ればいいのに」
「……歪んでますね……」
俺は敵を殴ったことはあるけど、リオをぶっ飛ばしたことはないだろうが。
俺が殴ったあとに優しくしてきた相手は、キングレオや権藤だぞ!
その結果仲良くなって……あれ? 男に対してオラオラDV営業してんのか俺? もっとやばくね?
アブノーマルな事実に気付いてしまって硬直している俺を他所に、リオは語り続ける。
「今なんて服に火をつけた女にオムツ穿かせて楽しんでるし、他にも地面に投げつけた女をペットとして飼育したり……DV航路を原子力空母で爆走中っていうかさ。ぶっちゃけ二十一世紀に入ってから、一番上手にDVしてる男だと思う」
「中元さんって、優しそうに見えて凄く不健全な人だったんですね……」
それはフィリアとエリンのことか?
……確かにそうやって要約されると、ぐうの音も出ない畜生である。
「え? じゃあ、中元さんがいきなり二の腕を圧迫してきたのって……」
「……ムカつくけど、よっぽどあんたのこと気に入ったんじゃないの? まーその件はあとで中元さんに問い詰めておくとして」
さっさとこの子治療してあげたら? とリオは顎でエミリーをさす。
「いけね、そうだな」
俺は回復魔法を唱え、エミリーの肌を癒す。
ハーフの美少女は、「なにこれ……」と感嘆の声を上げながら神秘体験を見守っていた。
「……手品、なんですか?」
「そうそう、手品手品。全部手品なんだよこれ。……あのさ、怪我も治したことだし、示談にしてくれるととても嬉しいというか……」
「……」
「エミリー?」
エミリーはすっかり腫れが引いた腕をさすりながら、赤い顔で俯く。
「……中元さんの性癖は……正直言って、ショックです。ずっと優しいお兄さんでイメージしてましたから」
「リオの言葉は信じなくていいから!」
「……その……」
エミリーは意を決した様子で言う。
「……縛るくらいなら……大丈夫ですから」
【パーティーメンバー、エミリーの好感度が100上昇しました】
それだけ言うと、何から何まで勘違いした少女は、トタトタと楽屋の方へと走り去っていった。




