先生はもういない
書籍一巻、発売中です!
今回はあとがきでアンケートを取ろうと思います。
アンジェリカはそこで言葉を区切り、ためらうようなそぶりを見せた。
なんだ?
まさかこれ以上恐ろしい発見があるというのか?
恐怖のあまり喉をヒクつかせていると、押し殺した声で続きが語られ始めた。
「……お父さんのパーティーが崩壊したのも、頷けるかなーって」
母性的なアンジェリカにしては珍しく、つーんと突き放すような表情である。
ひょっとしてこいつも、色々溜め込んでるんだろうか?
「なんでだよ。……俺が何したって言うんだ」
俺は異世界時代の失敗――エルザと共依存の関係に陥り、他の女達を切り捨てたことを深く反省した。
だから今度は、自分に寄ってくる女は全員平等に愛すると決めたのだ。
現代日本人の価値観からすれば鬼畜なハーレム野郎かもしれないが、今もアフリカや中東では普通に行われていることである。
そこまで酷いことじゃない。多分。毎日罪の意識が凄いけど。道徳の鞭でピシピシ叩かれてる感が凄いけど。
アンジェリカは独占欲が強いから、不満に思うのも無理はない。
でも、一番可愛がってやってるだろ?
何が気に入らないんだ? 周りに自分以外の女がいたら、他のあらゆる愛情表現が無意味になるっていうのか?
「やっぱあれか。……最愛の人じゃないと嫌ってことか。そうか、お前は次のエルザになりたいんだ。リオや綾子ちゃんやフィリアちゃんをこの家から追い払って、お前だけを愛でればいいんだな?」
別にそれでも構わない。
日本に戻ってきてから、最も心を通わせた女はアンジェリカだ。
俺だって本当なら、たった一人の女を想い続ける方が性に合ってる。
アンジェリカの碧眼を、真正面から見据える。
凄まじい目力だ。
気圧されるものか、と気合を入れる。
先に目をそらしたのは、アンジェリカだった。
「もう。お父さんってばすぐ極端な方向に行く。意外と短気ですよね」
「……自覚はある」
私が言いたいのはですね、とアンジェリカは両手を広げる。
「何もあんなに露骨にリオさんを贔屓せずとも、ってことです」
「……え?」
「昨日の夜、お父さんは膝の上にリオさんを乗せて、甘やかしてましたよね? 『可愛い奴め。本当にお前はエルザだな。ほらここも。ここもエルザだ。髪の毛なんてもう、香りまでエルザじゃないか。まるで洗い立てのエルザだ』とか言って。しかも皆が見てるリビングでですよ?」
「はあ!? なんだそりゃ? そんなこと言った覚え――言ってたのか?」
リオとイチャイチャしてる時は、ハイになりすぎて前後の記憶が曖昧になることが多々ある。
ちょっとした心神喪失状態と言っていいかもしれない。
なので自分の発言に確証が持てないというか。責任能力欠如につき見逃してほしいというか。
「……あっちの世界にいた頃も、その調子でエルザさんを愛でてたんだとしたら……パーティー崩壊も当然ですよねーって」
「う、ぐ」
「アヤコが濁るのも当然ですよ。私だって嫉妬の炎が燃え上がってるんですから」
返す言葉もない。
俺はまた失敗した。せっかく掴みかけた新たな人間関係を、この手でまた。
歯を食いしばって、俯く。
見るに見かねてか、アンジェリカがそっと俺の手を握った。
「でも、大丈夫ですよ。お父さんには私がついてるんですから」
「お前だって怒ってるんだろ?」
「そういう感情もありますけど、今はもう心配の方が大きいですね」
「……どういう意味だ」
「お父さんは鈍感を通り越して、子供なんです」
「……ガキっぽいとこはあるかもしれないな」
「考えてみれば、十五歳の頃からずっと戦争漬けだったんです。正常に情緒が育ってなくて当然です」
「今日はいつになくキツイな?」
悔しいことに、反論の材料が見つからない。
というのも、戦争漬けの人生を送ってきた男に、幼い性格が多いのは事実だからだ。
指揮官のような立場にいた人間は年齢相応の風格が出てくるのだが、長年前線に出続けていた輩は、色々な部分が少年で止まる傾向にある。
悲惨なものを見すぎたあまり、幼児退行してしまった兵士も知っている。
まともに情緒が育った人間が、最前線で斬り合うなど無理なのかもしれない。
子供の残酷さを維持していなければ、あんな真似はできないのだろう。
「……俺はどうすればいいんだ? 綾子ちゃんの闇を振り払い、お前達と一緒に幸せになるためには、どうすれば……」
膝を折って崩れ落ちる。床に手をつき、悔しさと情けなさに肩を震わせる。
そんな惨めな俺に、アンジェリカはしゃがんで声をかけてきた。
同じ高さの目線で、少女はあやすように囁く。
「……アヤコの機嫌を直す方法なら、知ってます」
「……どうやって」
「日記に書いてあったじゃないか。何個も何個も、レ〇プ願望と妊娠願望を」
「……まさか綾子ちゃんを犯せっていうのか? そんなの許されるわけない」
「違いますよ」
アンジェリカは膝立ちになり、俺の顔を胸に抱いた。
「そっちじゃなくて……妊娠願望を叶えてあげればいいんです」
「……? 同じことじゃないか? ……どっちみち綾子ちゃんを抱けってことだろ?」
「別に孕ませなくてもいいんじゃないですか? アヤコはお父さんの赤ちゃんを産みたい。その願いを叶えてあげるだけでいいんですよ」
……孕ませずに、俺の子供を産ませる……?
矛盾した表現。
人より幼い俺の特性。
ここから導き出される結論は――
「そうか! 俺が綾子ちゃんから産まれてくればいいんだな!?」
「さすがお父さんです!」
アンジェリカは労うように俺の頭を撫でる。
「暇な時にアヤコのスカートに頭を突っ込んで、オギャオギャ泣けばいいんです。大概の女の子はこれでイチコロです」
「大概の女の子はイチコロ以前に通報すると思うけど、アンジェや綾子ちゃんには効きそうだよな」
「好きな人の子供を産みたいっていうのは、女子の根源的な欲望ですからね」
無事に解決策が出たところで、話を本題に戻す。
「そうだ、アンジェと話したいことがあったんだよ。シャインで送った件についてだ」
「……暗号で言ってたやつですね。自称ハーフのエミリーさんが怪しいんでしたっけ?」
その通り、と俺は首を縦に振る。
「あいつに体が触れるたび、数字表記の狂い具合が変わる……。どう見ても純血の白人なのに、ハーフだと主張してるのも不自然だ。本当は青いカラコンなんか入れてなくて、産まれながらの金髪碧眼なのかもしれない」
「混血の地球人に見せたがってる、と?」
「俺を油断させるためにな。そうなるとエミリーと口裏を合わせてる、レベッカも怪しくなってくる」
「二人がかりでお父さんを倒しにきたんでしょうか」
「ありえるだろ?」
「……うーん……」
アンジェリカは俺を胸に抱いたまま、低くうなる。
「けど、お父さんってその二人とはつい最近まで面識がなかったんでしょう?」
「そうだが?」
「今までのパターンからいくと、こちらに送られてくる刺客ってお父さんが攻撃をためらうような相手が選ばれてるんじゃないですか。私はお父さんへの献上品として贈られてきた上で、中にレイスが仕込んであって。お父さんが私に愛着を持って、やり辛くなるのを計算しての策略だったと思います。神官長やエリンさんは昔のお仲間ですし、ドラゴンは子育てしてるだけの野生生物で、これもやっぱりお父さんだったら戦闘の際に罪悪感を抱きそうな刺客です。子供を守る親との闘いなんて、もろにお父さんのトラウマを刺激しますし」
「……まあ……心理的にも攻めてきてるよな、毎回」
「でしょう? だからただの女の子二人を送り込んでくるなんて、ちょっと変だなーって」
「未成年の女子二人なら、十分心理攻撃になってるだろ。俺からすればすっげえやり辛いぞ?」
「それはそうなんですが……。あの、今回も昔のお仲間が絡んでるんじゃないかと思ったんですけど、違うんですか? ほらパーティーメンバーの、戦士さん。まだこの方が残ってるじゃないですか。しかもあの人、剣術の他に錬金術の心得もあったと聞きます。電子機器に干渉するのも、得意そうじゃありません?」
アンジェリカにしては鈍いな、と俺は笑う。
「いいや。それに関しては心配ない。先生が攻め込んでくるなんて、絶対にありえないんだからな」
「なんでです?」
俺の最後のパーティーメンバー、先生ことリリの最後を思い出す。
「女戦士リリ――俺は先生と呼んでたんだが、その人はもう、死んでるんだ。故人なんだよ」
「……初耳です」
「人間軍の士気低下を防ぐために、王様の判断で情報を伏せられたからな」
「いつお亡くなりになられたんです?」
「俺が魔王を倒す直前だ。左胸に腫瘍ができてたらしい。こっちの言葉でいう乳癌だ」
癌は魔法でも治せない。
本人の細胞が由来なので解毒魔法ではで消せないし、腫瘍だけ切り取って回復魔法をかけたとしても、健康な部分と一緒に腫瘍まで再生させてしまう。
そもそも異世界には、癌細胞だけを綺麗に切り取る手段がない。
「……そうですか。男勝りな騎士さんだと聞いていたのですが、女性であるがゆえの病で亡くなってしまうだなんて。……人の運命はわからないものです」
ごくまれに男でも乳癌になる人はいるそうだがな、なんて無意味な指摘はしない。
中性ヨーロッパファンタジーの世界で生まれ育ったアンジェリカに、現代の医学知識などあるはずがないのだから。
どのヒロインが人気なのか、どういう展開が求められてるのか、実はよくわかってなかったりします。
ちょうど公式サイトがアンケートを用意して下さってるので、回答して下さるととても助かります。
↓
https://over-lap.co.jp/865543926




