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異世界帰りのおっさんは、父性スキルでファザコン娘達をトロトロに  作者: タカハシ ヒロ
第六章 JCJK日替わりバイキング

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女教師と少年勇者


 私は強い男が好きです、と先生は言った。

 先生の名は「リリ」。

 ……リリ。

 もの凄く可愛い響きだ。


 じゃあ外見も愛らしい感じなのかというと、全然そんなことはなくて、鋭い雰囲気の女戦士である。

 いつも分厚い甲冑を着込んでいて、名前で呼ぶと怒る。先生呼びでなければ返事をしてくれないほどだ。

 年齢は二十一歳で、俺の四つ上。身長は目測で160cm前後といったところか。

 長く茶色い髪を後ろで結っていて、あまり飾りっ気はない。

 顔立ち自体は美人の範疇に入るのだが、国語教師や銀行員のような、お堅い空気を身にまとっている。


 もっとも、この世界には学校も銀行も存在しないのだが。


 ここにあるのは冒険者ギルドだの騎士団だのと、物騒な団体ばかりである。

 先生もまた、元は騎士団で教官をやっていた人材だ。

 要するに女騎士であり、女教師でもある。

 その中で一番の腕利きを俺が金で引き抜いたわけだが、先生はあまり乗り気ではないようだった。


「どうして私が召喚勇者などと……」


 と、わかりやすく怒っていた。

 自分とは違う人種への差別意識からなのか、あるいは騎士団によほど愛着があったのか。なんにせよ、パーティーメンバーの不満は解消してやらなければならない。

 

 俺は先生に、「気に入らないことがあったら何でも言って下さい」とたずねた。

 その結果が、冒頭の発言である。


「私は強い男が好きです。……聞けば勇者君の初陣は、散々だったそうですね。泣きべそをかきながら、やっとの思いでオークを討伐したそうだが」


 剣を預けるに値しない、と先生は言い切った。

 なるほど。

 確かに俺が初めて参加した戦争は、ろくなもんじゃなかった。

 たっぷりとゲロを吐き、涙を流し、記憶が飛び、最後には幻覚が見えるようになった。


「君は歴代最弱の勇者だ」


 と先生は切り捨てた。


「……つまり、俺が今じゃすっかり強くなってることを証明すれば、あんたは快く冒険できるわけか」

「そうなるな」


 俺のパーティーは現在、勇者圭介、神官フィリア、魔法使いエリンという面子だ。

 前衛が一人、後衛が二人。ここにもう一人壁になってくれる人間がいれば、安定して戦える。

 剣技に長けたこの人が加われば、魔王討伐も早まるはずだ。


「いいだろう」


 俺は腰の剣を引き抜くと、中段の高さで構えた。

 先生は……片眉を上げて固まっている。


「なぜ光剣を使わないのです?」

「ハンデだよ先生。あれを抜いたらあんたを斬り殺しちまう」

「……騎士の誇りを汚すとは」


 先生の表情はあまり変わらないが、顔色が青白くなっている。怒ると血の気が引くタイプなのだろう。

 こりゃあ勝っても関係がこじれちゃうかもな、と嫌な予感を覚える。


「……一本勝負だ。どちらかが降参するまで、斬り合うとしましょう」


 先生は冷たい声で言い放ち、腰の剣を抜いた。縦にも横にも大きな、リーチのあるロングソード。 

 魔力で身体能力を強化できる者同士だと、男女の腕力差などあてにならない。

 

「では」

「ああ」

「――始めるとしよう」


 先生は低く腰を下ろし、弾丸の速度で飛び込んで来た。

 それだけで、この人が凄腕なのだとわかる。

 女戦士ってやつは、男に負けたくないという気持ちが働くせいか、必要以上に自分を大きく強く見せたがる傾向にある。

 やたらと剣を上段に構えたり、魔力で強化した腕力を見せびらかすような戦法を用いたり。


 ところが先生は、自分が男より小さいことを活かそうとしている。

 ただでさえ大きくはない体で、低く構えられるとやり辛くて適わない。


 おまけに先生の選んだ初撃は、突きだ。

 薙ぎ払う動きは身長があるほど有利になるが、ピンポイントを狙い撃ちする動きならば、速さと鋭さが物を言う。


 とことん行動に無駄がなく、己の性質を理解しきっている。

 ……強い。だからこそ、この人を正式に仲間にしたい。


「伊達に教官やってたわけじゃないんだな」


 俺は自分の人選が間違っていなかったことを喜びながら、体を半回転させて刺突を回避した。

 先生は俺のすぐ横にある空間に突撃し、通り過ぎていく。

 振り向いた俺は、無防備な背中を視野に入れるのに成功する。

 理想の展開だ。


 ……いける。

 背後を突くべく、剣を持ち替えた。

 その時だった。


「甘い!」


 なんと先生は左足で踏ん張り、突進中にターンを試みたのである。

 まるでスケートのアクセル技のような、急激なブレーキとスピン。

 突きから薙ぎへとシフトする変則的な動きに、不意を突かれてしまう。


「……ッ」


 俺は咄嗟に防御態勢を取り、間一髪で攻撃を防ぐ。

 剣で剣を受ければ、次に待っているのは鍔迫り合いだ。


「……やりますね。噂よりは強い」


 先生は余裕しゃくしゃくといった顔で、剣を押し込んでくる。

 取った、と思っているのだろう。


「降参なさい。この状態になってから私に勝てた男はいない。私の身体強化は、十倍以上の倍率を持っている」

「……へえ。十倍。そりゃ凄い。ところで先生。……俺の強化付与なんだがな。……最大で三十倍の倍率を持ってるんだ」

「……?」

 

 一瞬、先生の表情が消える。

 何を言っているのかわからない、と言いたげな顔だ。


「強化」


 俺は両腕に魔力を注ぎ、筋力を増大させる。

 結果、あっという間に攻防は入れ替わった。

 俺の腕力に圧倒される形で、先生は後退していく


「……な……なぜ……こんなにも……」

「多分、公になってるよりもずっと多く、ゴミ掃除をさせられてるからじゃないか? 俺はあんたが思ってるよりも遥かに速くレベルアップし続けてるんだ」


 冷や汗を長し、歯を食いしばる女戦士の腹に、蹴りを入れる。

 あくまで距離を取るための手段だったのだが、予想以上にダメージを与えてしまったようだ。

 先生にしては珍しく、「けほっけほっ」という女性的な音の咳が聞こえる。


 ……いくら名うて剣士でも、この人も女だ。


 やりにくいな、と思いながらも、俺は追撃を加えた。


「――ふっ」


 縦方向の切り下ろしと、横方向の薙ぎ払いをほぼ同時に与える、二連撃。

 アルファベットの「L」を書くような軌道で、先生の鎧を切り裂く。


「ああっ!」


 ガイン、ギイン! と金属音が鳴り響き、火花が散る。

 決して、二回行動スキルを使っているわけではない。けれど跳ね上がった筋力と速度は、限りなくそれに近い真似ができる。

 なにより俺は、これまでの戦場で何度も二回行動を使ってきたため、全身が「同時に二回の斬撃を行う」ことに慣れている。体で覚えた動きは、スムーズにトレースできる。


「――シッ!」


 今度は「X」を書くような、左右対称の袈裟斬り。

 続いて十字を描く神速の連撃。

 二つの半円で描く、円の剣裁き。


 先生の鎧は、もはや見る影もない。

 繋ぎ目が千切れ、穴が開き、雪のように白い肌が見えている。


「まだやるか? 無理だろ?」


 先生は尻もちをつき、肩で息をして俺を見上げていた。


「……ああ。降参だ。……私の負けだ」


 端整な容姿の女騎士を打ち負かすと、なんだか酷い凌辱でもしているような気分だ。

 あまり気持ちのいいものではないな、と目を伏せながら俺は剣を鞘にしまう。


「俺の技量は十分伝わっただろ? これで先生は正式にうちのパーティーメンバーだ」

「……」

「よろしく頼むぜ」


 先生の顔は暗い。

 よほど俺に負けたのが悔しいのだろうか。


 まさか泣き出したりしないよな? と爆弾でも眺めるような目で見ていると、先生はゆっくりと地面に額をつけた。

 土下座だ。


「せ、先生?」

「……すまない。私が間違っていたようだ。君は強い勇者だ。これまでの非礼を詫びよう」

「わかってくれたならいいんだ。顔を上げてくれよ」


 妙齢の女性にこんなことをさせるのは、胸が苦しい。別に上下関係を決めるつもりはなかったのだし、そういうのはやめてくれ。

 俺が必死に語りかけると、先生は静かに顔を上げた。


 目は真っ赤に腫れあがっていた。

 泣いているらしかった。


「ごめん先生……俺はなにも、虐めるつもりじゃ」

「……って……ほしいのです」

「え?」

「お願いがあります、勇者君」

「……なに?」


 ――今すぐパコって頂きたいのです、と先生は言った。


「ごめん今なんて?」

「今すぐ私を、パコってほしいのです……。勇者君の、種がほしいのです!」

「種ってなんの種を!?」

「私の一族の女は、代々自分を打ち負かした男と子を設けるのがならわしなのだ……!」

「はあ!? そういうのは最初に言えよ!? じゃああんたと決闘するのって、お見合いみたいなもんじゃねえか!?」

「後生です勇者君。どうかパコって頂きたい……! 君より強い男など、もうこの国にはおりません。どうか、どうか……」

「無理だ! 俺にはもうエルザがいる!」

「……二番目の女でもいいから……どうかお恵みを……」

「フィリアもエリンも俺に告ってきたんだけど!?」

「じゃあ五番目でいいから! 気まぐれにハメ倒すパコり人形でいいから! だから種を……種を、下さい……っ」


 女教師じみた風貌の、きりりとした美人の口からとんでもないフレーズが連発されている。

 ちょっと理解が追いつかない。


「意味わかんねえ……く、糞っ、いっそもう騎士団に送り返すか……?」

「勇者君!」


 先生は縋りつくような声を出し、俺の右足にしがみついた。

 髪を振り乱し、はらはらと涙を流しながら俺の足首に舌を這わせている。


「雄……強い雄……雄の種……」


 爛れ切った声を聞いた瞬間、俺は悟ってしまった。

 こいつ、一族のならわしとは関係なしに、個人的に強い男が好きなんだ。

 完全に俺の子供を産みたがってやがる。こんなの子宮が鎧着てるようなもんじゃないか。


 俺は怖気の走る思いで、先生を引き剥がした。

 ひょっとしたらこのパーティーは、そう遠くないうちに崩壊するんじゃないかという予感がした。

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