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異世界帰りのおっさんは、父性スキルでファザコン娘達をトロトロに  作者: タカハシ ヒロ
第六章 JCJK日替わりバイキング

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トゥルーエンド


 局を出た瞬間、霧のような雨が俺達を出迎えた。


「お?」


 手のひらを上に向け、雨の勢いを確かめる。

 大したことはない。

 この程度の降り方ならば、傘を差すまでもないだろう。


「今日の降水確率は9000%だっけか。狂ってるなりに当たったな」

「だね」


 リオは呆れたような笑顔を浮かべ、俺の手を握った。白く細い指がするすると絡みついてきて、あっという間に恋人繋ぎとなる。


「やっと中元さんのこと独占できるね」

「……何言ってんだよ」


 二人並んで、夕暮れの街を歩く。

 そして、数百メートルほど進んだところでようやく気付く。

 これ、結構危険な状態かもしれない。

 今のリオはブレザーの制服姿で、その下は薄手のワイシャツを着込んでいるのだが。さらに下にはピンクの派手なブラジャーを着けており、濡れるとどんどん透けていくのだった。


 やめろと言ってるのに胸元のボタンを三つも外してるし、けしからんことこの上ないビジュアルに移行しつつあった。


「どっかで雨宿りしてかないか? お前を見てると、まとまりかけた思考がまたグチャグチャになりそうだ」

「どういう意味よそれ?」

「目の毒って意味だ」


 俺はリオの腕を引っ張り、近くのカラオケボックスへと避難した。九十分コースを選択し、支払いを済ませる。

 ドリンク飲み放題のオプションも忘れずに。


「いいか? 個室の中だからってあんまイチャイチャすんなよ。監視カメラ置いてあるかもしれないんだし」

「わかってるって。カラオケで彼氏とえっちした友達が、停学なったことあるからね。こういうとこは危ないって知ってる」

「よく停学で済んだなその子。俺の時代だったら即退学だぞ」

「なにそれ? 昭和じゃん! 今は保健体育でゴム配られたりするんだけど」


 俺が学生だった頃も一応平成だったわけだが、たった十七年でここまで変わっているとは。

 おっさんもう時代についていけねえよ、と加齢をありありと感じながら指定された部屋へと向かう。

 

「七番、七番、七番……」


 あれじゃない? とリオは左手で指さす。ちなみに右手はまだ俺と繋いだままだ。即ち俺は、女子高生と左手を繋いだままカウンターで支払いを行ったのである。

 都条例に中指を突き立てるが如き所業に、店員がどう思ったのかは考えたくもない。


 俺とリオは、廊下の最奥にある七号室へと向かった。

 扉を押し、二人揃って中に足を踏み入れる。同時に証明が灯り、自動的に室内が明るくなる。

 現代文明ってのは便利なもんだ。


 俺達はオレンジのソファーに、向かい合う位置で腰を下ろす。


「何歌う?」

 

 リオは脚を組み、髪をかき上げながら言った。

 スカートの隙間からチラリと覗く太ももが、やたらと艶めかしい。けれど残念ながら、それが見たくてここに来たわけではない。


「俺はいいよ。お前は好きなの歌っててくれ」

「えー? 中元さんは歌わないわけ?」

「俺は少々、頭の中を整理したい」

「ふーん」


 リオは視線を左上に向け、不満そうな顔で脚を組み替えた。一瞬だけ見えたパンツをしっかり目で追ってしまったが、そんなものを見ている場合ではない。


「やっぱあれ? 機械をおかしくしてる犯人がわかった感じ?」


 リオは腕を伸ばし、テーブルの真ん中にあったマイクを掴んだ。そのような姿勢を取ると、ワイシャツの襟元から白い谷間がばっちりと見えてしまう。ブラのレースまで観察できるほどだ。頑張れば胸の先端も見えるんじゃねえのこれ? とついつい顔を動かしかけたが、確実にこんなことをしている場合ではない。


「ああ。なんとなく目星はついた。俺の頭の中は今や、その件で占められてるんだ。とてもカラオケどころじゃないな。自分でも驚くほど闘志に満ちていて、それ以外に何も関心がない。マジだ。ほんとに。特に性欲は消えた」

「なんでそんなに強調すんの? なんか変なことでも考えてたわけ?」

「リオの歌声、聴かせてくれよ。しっとりした曲なら思考が冴えるかもしれない」


 俺は腕を組むと、これ以上ボロが出ないように口を閉ざした。


「なにそれ? せっかくデュエットできると思ったのに、あたしにBGMをやれってわけ? 人のことCDか何かと思ってんの? ……あたしが中元さんのCD……。人間蓄音機……。歌って集中力を引き上げるための、生きた道具……。中元さんの、道具……。……うっ」


 リオは「喜んで歌わせて頂きます」と言い、リモコンの操作に入った。

 どうせ最近の子が好む曲など俺にはわからないので、大して期待せずに目を閉じる。


 思考を己の内側に向け、静かに頭の中で呟く。


 エミリーと体が触れるたび、スマホに表示される時刻が変化する。

 ところがエミリーは異世界人ではなく、アメリカ人の父親がいると主張する者がいる。京都弁のアメリカ人、レベッカだ。


 ……二人とも外見は白人にしか見えない。


 ひょっとすると、二人はグルなんじゃないか?

 エミリーもレベッカも異世界人で、互いに「この子は日本育ち」と言い合うことで、俺を油断させようとしてるんじゃないか?


 もしそうだとしたら、何もかもしっくりくる。

 大体、京都弁の白人なんて怪しすぎるのだ。……エルフ語かもしれないし。


 異世界時代、言語理解スキルの仕様によって起きた珍現象を思い出す。

 あちらの世界の共通語は、俺の耳には日本語の標準語として聞こえていた。ところが向こうで辺境の言語とされていた言葉は、方言に翻訳されたのである。


 ――古代エルフ語は、はんなりとした京都弁に聞こえていた。

 尖り耳のお姉さん達が、弓を片手に「ゴブリンは額を射抜くに限るどすえ」と談笑する光景は、中々インパクトがあった。

 

 ……レベッカは、エルフの関係者なのかもしれない。

 本人は古代エルフ語を話しているが、それが言語理解スキルによって、自動的に京都弁に訳されているのでは?


「決まりだな」


 うら若い少女を詰問するのは気が引けるが、他に何も思いつかない。

 明日、決着を付けよう。

 俺は拳を固く握り、唇を噛み締めた。


 すると突然、軽快な伴奏が流れ始めた。


 チャーチャーチャチャーッ、という明るいリズム。

 どうやらリオが歌い始めるらしい。いったん考えごとは中止して、曲に集中しようかな、と目を開ける。


「……ん? この曲……」


 そこでふと、音に聞き覚えがあることに気付く。

 女の子の可愛らしさを最大限に協調するような、賑やかな曲調。


 これ。

 俺がよくプレイしてた、スマホゲーの楽曲?

 ガチャで引いたアイドルをプロデュースして、スマホゲーでシャンシャンする例のあれ。『アイドルメイカー・プリンセスライブ』の人気曲だ。


「中元さん、こういうの好きでしょー? よくスマホ弄ってこういうゲームやってるしさ」


 リオはマイクを用い、大音量で語りかけてくる。キイィィィィー……ンとハウリング音が響く。

 てっきりリオのことだから、ヤンキー層が好みそうなガラの悪い曲か、今時のJKが好きそうな曲でくるかと思ったのだが。


「お前オタクっぽいの嫌いじゃなかったっけ?」

「中元さんの趣味に合わせたいもん」


 口調は今風で見た目も気が強そうなのに、惚れた男の色に染まるタイプらしい。

 従順というか、マゾいというか。


 やがて伴奏が終わると、リオは伸びやかなアルトで歌い出した。


「……おお……」


 きっと、見えないところで練習を積んでいたのだろう。

 完璧な音程でアイドルソングを歌いこなし、振り付けまで完コピしている。


「……すげえ……SSRキャラ感バリバリ出てるぞ!」

「単語の意味はわかんないけど、褒められてるのは伝わってくる! えへへっ」

 

 リオはその場でくるりと回り、サビ部分の決めポーズを再現してみせた。

 スカートがひらりとめくれ、桃色の布地がチラチラと見え隠れする。もちもちとした尻肉に、パンツが軽く食い込んでいるところまで見て取れた。


 ああ。

 そうか。

 俺はこの日のために生まれてきたんだ。


 生身の美人女子高生が、アイドルゲームの歌と踊りを披露してくれる。課金したわけでも石を砕いたわけでもないのに、生パンツまで見せつけてくれる。


 こんなに素晴らしいことはない。俺が味わった全ての苦痛と悲しみは、何もかもこのための前振りだったんだ。

 異世界とかもうどうでもいいわ。なにそれ? 俺日本から離れたことないし。

 俺は生まれてこの方ずっと日本にいたし、大学を卒業後して芸能プロデューサーになったし。

 ある日町中で出会ったこいつをスカウトして、トップアイドルに育て上げた輝かしい経歴があるし。


「中元さん? 中元さーん? もしもし? なんで固まってんのー?」


 リオは俺の顔の前で、ふりふりと左手を振っている。

 

「あ……いや、すまん。初めてお前と会った時を思い出してな」

「初めてって、ゲーセンのあれ? ……あたしはあんまいい思い出じゃないけどね。あの頃は権藤のせいでカリカリしてたし」

「何言ってんだ? お前とは十連ガチャで出会ったんだが?」

「十連ガチャって何」

「三千円で初心者応援パックを買ったら、お前が出てきたんだろ? もう忘れたのか?」

「忘れたも何も、その記憶は最初からあたしに無いんだけど……。中元さんには何が見えてるの?」

「まあ座れよ」

「……?」

「座るんだ」


 俺は左手でソファーとポフポフとはたき、隣に腰かけるよう促す。

 リオは「なんの薬をキメたんだろう」と言いたげな顔で、恐る恐る座った。


「お前には随分と手をかけさせられた」

「……それは、そうかもしんない。反省してる」

「大量の育成アイテムを使わされたし、衣装集めでも課金するはめになった。上限突破のために何人もお前を引いて重ねたりな。……アルバイト時代にこれを求められたんだぜ? 本当に金のかかる女だよお前は」

「あたしを何人も重ねるってどういうこと?」

「それにな、お前の持ち歌は難しいんだよ。難易度マニアックだともう、腕が四本生えてないとクリアできないんじゃないか? って感じだ。言っとくが俺、お前の曲でパーフェクト出すために二回行動スキル使ったことあるからな? ……召喚勇者の技能を使って、何やってんだ俺は……」

「専門用語が多すぎて意味わかんない」


 俺も自分で何を言っているかわからないが、心は完全にアイドルゲームのPになりきっていた。


「でもな、俺はお前を育てたことを全然後悔してない。こうして最高のライブを見せてくれたんだからな」

「そ、そんなに良かった? 喜んでくれたならいいんだけど」


 リオは軽く頬をそめ、もじもじと身をくねらせている。


「こういうブリブリした曲ってあたしに似合わないと思ってたから、結構恥ずかしいんだよねー歌ってると

「確かにお前はクールな曲の方が似合うかもな。属性的に」

「属性? ……んーと。中元さんから見たあたしのイメージって」

「俺のことはPと呼べと言っただろう!?」

「言われた覚えないけど!?」


 マイクを握りしめて困惑するリオに、囁きかける。


「思い出せリオ。二人で武道館を目指すって誓ったじゃないか」


 熱い視線を送ると、リオは恥ずかしそうに俯いた。


「顔、近いし……。なんでこんな、支離滅裂な言動と格好いい表情を組み合わせるわけ……?」

「リオ。あの頃の気持ちを思い出すんだよ。お前は俺の名刺を受け取って、アイドルなんて興味ないって顔をしてた。でも仲間達との出会い、及び重課金によるブーストでトップアイドルになったじゃないか。ライブ中に失敗するたび俺が石を割って、課金の力で色んな壁を乗り越えたはずだ。これ全然お前は努力してないな。何もかも金の力だな。糞っ、どうなってんだ? ……でも俺は、お前の担当Pだからな。孤独なフリーター時代を、お前の乳揺れポリゴンで癒されていたのは事実だ。俺が自殺せずに済んだのは、お前のおかげだと思ってる」

「……一言も理解できないけど……でも……中元さんの気持ち、ちゃんと伝わってくる……! 中元さん、本当にあたしに感謝してるんだね……?」

「ああ」


 お前のおかげだ、とリオを抱きしめる。

 リオは目尻に涙を浮かべ、弱々しく抱き返してきた。


「嬉しいな。……こんなあたしでも、中元Pの役に立ててたんだね」

「こんななんて言うなよ。お前は俺の自慢のアイドルなんだぞ」

「……うん。……うん」


 俺はリオの頭を撫で、よしよししてやる。

 リオは心地良さそうに目を細め、指の感触を楽しんでいた。


「……ねえ中元P。無事武道館コンサートを終えたご褒美……もらっていいかな?」

「なんだ? なんでも言ってみろ」

「……あの、さ……」

「なんだ?」

「……ベロチューしてほしい」

里保(りほ)はそんなこと言わない」

「里保って誰」

「お前のことだよ。知らなかったのか? クール属性のSSRアイドル。加賀谷里保(かがやりほ)だ。俺はこの子の担当Pなんだよ」

「う、うん。今初めて聞く名前だけど、知らなかったあたしが悪いんだよね。ごめんね、駄目なアイドルでごめんね……」

「気にすんなって。アイドルは不完全であることもまた、魅力に繋がるんだから」

「そ、そうだよね。……それで里保は、こういう時なんて言うキャラなの?」

「もうちょいドライな感じかな。それなりにデレるんだが、ベロチューなんて単語は使わん」

「わかった。そこ意識してもっかいやってみる」

「おう」


 気を取り直して、テイク2。


「……ねえ中元P。無事武道館コンサートを終えたご褒美……もらっていいかな?」

「なんだ? なんでも言ってみろ」

「……あの、さ……」

「なんだ?」

「……キスしてほしい」

「……駄目だ。それをやったら、俺達はPとアイドルの関係ではなくなる」

「……でも、あたし……もう自分の気持ち、抑えたくない」

「里保……」


 リオは目をつむり、軽く顎を上向かせた。

 俺は――


「――いいだろう。お前は今だけ、皆のアイドルを辞めるんだ。……俺だけのアイドルになってくれ」

「……うん」


 俺は目を閉じ、リオの口を吸った。

 少女の舌は、甘い課金の味がした。

 

「……キス、しちゃったね……」


 唇を離すと、二人の間に銀の糸が伸びた。

 リオの目が告げている。最後までしてほしい、と。


「……もちろん、俺もそのつもりだ」


 俺は担当アイドルのトゥルーエンドを完遂すべく、己の胸ボタンに手をかけた。

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― 新着の感想 ―
[一言] キャラデザからなのかもともとからなのかわからんが、しぶ○んネタはいつか必ずやると思ってました。
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