容疑者中元
しかしまあこれだけ騒いでるのに、よく隣の住民は文句言わないよな。
ましてやおっさんと若い女って組み合わせの声だぞ。事案じゃん。
俺だったら壁ドンしてるな、などと考えながらベッドに腰を下ろす。
紙袋を床に置いて、ガサガサと中身を取り出す。
「お土産買ってきたからな」
「わー! お土産! 愛ですね愛! 愛されてますね私!」
「そうそう、愛だよ愛。家族愛だ」
愛は愛でも恋愛希望ー!
と抗議してくるアンジェリカの手に、包装されたままの衣類を手渡す。
「お洋服ですね。今着てみていいですか?」
「着るのはいいが、ここで脱ぐな。わかった俺が悪かった、俺はトイレ行ってるからその間に着ててくれ」
女の子が服を脱ぐ動作って、拳銃を突きつけるのとそう変わらないと思う。
大概の男は、両手を上げて従うしかなくなる。
俺はバスルームに退散すると、便器に座ってスマホの電源を入れた。
用を足しつつ、ソシャゲのログインボーナスを受け取るのだ。
着替えに何分かかるか知らないけど、そんなに時間はかからないはずだし。本格的なプレイは無理だろう。
……そろそろシャンシャンしたくて、禁断症状出そうなのに。
俺がアイドル達に思いを馳せていると、画面に表示されたのは白いウィンドウだった。
『新着メッセージがあります』
と表記されている。
そうだった。リオにせがまれて、SNSアプリをインストールしたのだった。
リオとはこれを使うことで、いつでも連絡出来るようになったのである。
あいつ、俺と何話すつもりなんだろ。
ちょんっ、と画面をタップする。
『今日はありがと。レオも中元さんの連絡先知りたいって言ってる。教えていい? 舎弟になりたいんだって』
なんだそんなことか。別にいいよ、と返信をする。
兄貴の方にまで懐かれちまったか。なんでもいいや、パシリを得たと思おう。
『あとこれ、今日のお礼』
お礼?
何かのアドレスが添付されたメッセージが送られてくる。
アドレス……多分、写真を見せようとしてるんだよな。
さっそくキングレオが家で髪を黒く染め直して、更生を誓ってる写真とか?
そんな、己の手で不良を立ち直らせたあとの熱血教師のような、爽やかな予想を立てながらアドレスを踏んだ。
出てきたのは、一枚の写真である。
ただし、危険極まりないブツであったが。
「ぶふっ!?」
アドレスの先に貼られていたのは、リオの自撮り画像だった。
斎藤理緒(16)がブレザーのボタンを大胆に外し、胸元をはだけている画像。
ワイシャツの襟元に人差し指を突っ込んで布地を引き下げ、懸命に谷間を強調している。
白いブラがちらりと見えていて、言い逃れ出来ない不健全さを醸し出していた。
(やめろ、社会的に殺す気か!)
今こういうのって、児童ポルノ製造だの保有だのでヤバイんじゃなかったか?
通信履歴なんかを辿られたら、アウトなんじゃないの俺?
こんな罪状で捕まったら親が泣く。
消去だ消去!
しゃれにならないから止めろと返信したら、『年上の彼氏募集中』と返ってきた。
お前の頭の中は少女漫画になっているのかもしれないが、こっちは犯罪ドキュメントが始まってるんだよ。
勘弁してくれ。
俺が一人でスマホと格闘していると、「終わりましたよー」とアンジェリカの間延びした声が聞こえてきた。
ふらりと立ち上がり、向かう。
武装したヤクザ集団と戦っても疲れなかった体が、今は酷く疲労している。
「お父さんってセンスいいんですね。どれも可愛いから、私気に入っちゃいました」
リビングに帰ると、ベッドの横でアンジェリカが満面の笑みを浮かべていた。
俺を見るなり腕を伸ばし、くるくると半円を描くように回り出す。
女の子が新調した服を彼氏に見せびらかす、「どう? 似合う?」なあの動きだ。
上はグレーのパーカー。
下はタイトな素材の黒いスカート。長さは膝丈で、俺にはよくわからないがきっとおしゃれなのだろう。
両足は真っ黒なタイツに包まれていて、今の時期でも寒くなさそうだ。
「えへへ。まさか下着まで買ってきてくれるなんて」
「うんうんすごい似合ってる。かわいいかわいい」
「ほんとですかぁ? 結構スカート短いから、大胆かなって思ったんですけど」
「ははは。娘のスカートがいくら短くても、お父さんってのは動揺しない生き物なんだぞ」
「包装の説明書き見ながら一生懸命履いたんですけど、この黒い靴下って便利ですよね。薄いのにあったかーい」
「だろ? 俺の故郷の技術力は凄いんだ」
アンジェリカはスカートを軽くたくし上げ、「下半身全体が包まれてるから、めくれても平気ですよね」とチラチラ見せつけてくる。
「外ではそういうことやるなよ。ほら、お土産は甘いものもあるから。二人で食おう」
「ね、お父さん」
「なんだ?」
「どうしてお父さんは私がこんなに露骨なアピールしてるのに、冷静なのかなって」
「そりゃ俺が大人で、恋愛対象も同年代だからだよ」
「ふーん」
アンジェリカはジトっと目を細める。
「なんだか『もっと凄いものを見たばっかりだから今さらそんなん見てもな』って感じの目に見えるんだけど、気のせいですかね?」
「そ、そんなわけないだろ」
アンジェリカは手を後ろで組みながら、「ほんとかなー」と前かがみになる。
その姿勢で部屋の中を歩き回り、「怪しいなー」と流し目を送ってきたりもする。
まるで名探偵が証拠だらけなくせにとぼける犯人を、追い込んでいるかの如きモーション。
「私ね、見つけちゃったんです実は」
「……何を?」
「紙袋をゴソゴソやってたらぁ、こーんなのが」
アンジェリカはポケットの中から、一本の毛をつまみ出した。
黒く長い、直毛。いかにも綺麗な女の子から抜けました、な証拠物。
リオの髪の毛に他ならない、さらさらロングストレートヘアーの一部……!
「お父さん」
「……はい」
「さてはこの服、女の人に買ってもらいましたね? おじさんが選んだにしては、妙に女心をわかってるチョイスでしたし」
「そのな? 俺が女の子のパンツ買うなんて恥ずかしいし、何がいいとかもよくわかんないだろ?」
「綺麗な人だったんですか?」
「いやー別に……その辺にいる女の子だよ」
「エルザさんと似てるんですよね」
「なんでわかんの?」
今のは完全なカマかけです、とアンジェリカは言い放つ。まさか当たるとは、とも。
「やっぱりお父さんは、黒髪の女の子が好きなんだ」
「違うんだって! なんでちょっと泣きそうになってるんだよ!?」
「彼女さんなんですか? そうですよね。こっちの世界に帰ってきてもう、一年になりますもんね。恋人くらいいますよね」
一日に二回も十六歳の女子から彼女の有無を聞かれるなんて、人生初の出来事だ。
俺のプライベートを聞いてくる奴なんて、この一年間は警察しかいなかったのに。
職務質問ぐらいでしか、俺は興味持たれなかったのに。
どう対応すればいいんだ、こういう時は。
「……別に自由ですけどね。私とお父さんは、恋人同士でも何でもないんですし」
「まあ、な」
「私が一方的に好き好き言ってるだけで、お父さんの方はなんとも思ってないですしね」
「……なんともということはない……」
ほんとですか?
とアンジェリカは絞り出すような声で言う。
「……私のこと全然好みじゃなくて、それで、何もしてこないのかなって。……そうじゃないんですか?」
「違う。な、泣くな、お前は本当に可愛いよ、頑張って欲望を抑え込んでるんだよ俺は。お前くらいの年齢の女の子は可愛く感じるけど、手を出したら罪悪感の方が大きいんだよ、自分で自分を嫌いになっちまうんだって。だから何もしないの。わかる? な? これは俺の問題であって、アンジェのせいじゃないの」
俺は何をべらべらと言い訳しているのだろう。
大の男が、十代の少女にいいように転がされている。なんたることだ。
勇者なのに。スキルで地形とか変えられるのに。
人間関係には、何一つ役に立ってくれない。
「……私のこと、ほんとに可愛いって思ってますか」
もちろん、と大きく頷く。
するとアンジェリカはぎゅっと服の裾を握り、ベッドの上に座った。
そのままこてんと倒れ込み、仰向けになる。
「……じゃあ、してください」
するって、何を。
「……今日、その髪の毛の持ち主としたこと。……その人としたのと同じこと、私ともしてください」
「なんだと?」
アンジェリカはぎゅっと目をつむり、耳まで赤くなりながら叫ぶ。
「いっぱいいっぱい、いやらしいことしてきたんでしょう!? だったら私にも同じことしてください! そしたらお父さんの言うこと信じます! ちゃんと私のこと、可愛いって思ってるって信じます!」
「お前、暴走してるな」
「今! ここで! お父さんを寝取るんです! 黒髪女から!」
【パーティーメンバー、神聖巫女アンジェリカの独占欲が600上昇しました】
【アンジェリカの性的興奮が70%に到達しました】
【同意の上で性交渉が可能な数値です。実行に移しますか?】
【実行した場合、一定の確率で子供を作ることが出来ます】
【産まれた子供は両親のステータス傾向と一部のスキルを引き継ぎ、装備、アイテムの共有も可能となります】
【また子供に対してはクラスの譲渡も可能となります】
【アンジェリカの性的興奮が71%に到達しました】
【アンジェリカの性的興奮が72%に到達しました】
【アンジェリカの性的興奮が73%に到達しました】
相変わらず無神経なシステムメッセージに、こいつは俺の人生をどうしたいんだと言いたくなる。
ウィンドウをバシバシと閉じつつ、腹を据える。
いいぜ、やってやるよ。
俺はアンジェリカの隣に座ると、「後悔するなよ」と声をかける。
「覚悟はいいな? 俺が今日その黒髪女としたことを、アンジェともする。何回も何回もだ。本当にそれでいいんだな?」
アンジェリカは無言で首を縦に振る。
「痛いかもしれないぞ?」
「……覚悟の上です」
「よし」
俺はアンジェリカの肩をポンと叩いて言う。
「じゃあ明日は、幽霊退治だ」
「え?」
「今日な、リオっていう女の子に頼まれて、さらわれた兄貴を助けに行ったんだよ」
「……さらわれ?」
「要するに冒険してきたんだ。悪党退治をした。アンジェも同じことをしたいんだろ? 明日お父さんと二人で悪い幽霊を探し回って、バタバタやっつけような」
「……そ、そんなの信じられないですし」
「なんならその女の子本人とも会わせてやるし、そいつの兄貴にも俺が退治した馬鹿どもにも会わせてやるよ、全員しっかり証言してくれるわ! さあさあゴーストバスターだ! 今日はしっかり食って寝て備えとけ!」
「ええー……」
ホラーはやだー! と言いながらも、アンジェリカの顔はどこか安心したように見えた。