最後の恋 25
季節はもう夏休み。夏休みのまっただ中で、僕達はまたもや光の家に来て、そして勉強をしていたのだ。
夏休みと言うこともあるが、なんと言ったって僕らは受験生であるのだ。今の夏休みの予定はほとんど勉強の一色に染まっている。
「じゃあ、美春はコップを出してくれ、僕はジュースを出すから」
「あ、うん」
美春はぎこちなく肯いて、お盆にコップをのせていた。その美春の姿をちらっと見ながら僕は冷蔵庫のふたを開ける。
「うん。これかな?」
そこに置いてあったスプライトと午後の紅茶ミルクティーとコーラのペットボトルを腕に抱えながら僕は冷蔵庫を閉めた。
「じゃあ、帰るか?美春?気をつけて持ってくれよ」
「うん。そっちのほうこそ気をつけてよね。ちょっと、大丈夫なの?一樹?」
それに僕は笑って応える。
「大丈夫、大丈夫。これは大丈夫だから、心配するな」
「それなら良いのだけれど………………」
美春は暗い海の底でアンコウが口を静かにもごもごさせるように言葉を発した。
…………………。
…………………。
沈んでいる深海の雪が僕達へ降り注ぐ。何か、言わなければ、と言う焦りを抱えたままただ汗が肩をにじませる。
そして僕は何も言えないまま、光の部屋にたどり着いた。
「お、早かったな。それで守備の方はどうだ?」
部屋に着いた僕達を光は朗らかな笑顔で出迎え、そして僕に合図を送った。それに僕は首を横に振る。
僕はペットボトルを机の方において、そして光に言った。
「まだ、冷蔵庫にジュースがあったからそれとってくるわ。もうみんなはのんでいて良いから、じゃあ」
それで光の言葉を聞くまでもなく僕は部屋を出て行った。
「何をやっているんだろう、僕は」
そうひとりごちを言いながら階段を下って、冷蔵庫の前に来て、冷蔵庫を開けて残ったカルピスウォーターを掴み(つかみ)ながらたまらず言った。
「何をやっていたんだ、僕は。せっかく美春と仲直りをするためにここまで来たって言うのに、言葉がかけられなかったじゃないか。昔に比べてらもっとこう言う所をスムーズにできた、と思ったら結局の所あまり昔と変わっていない、スムーズにできないじゃないか。結局僕は……………」
そう言いながら最後のところで振り返るとそこに美春がいた。
「…………………」
美春は手を胸の所において、体を緊張させたまま目を見開いてじっと凝視していった。その姿は体が瀕死の状態になっている天使のようだった。
「美春」
そう僕が共振の握手を差し出すと美春は身構えるように腕で抱きしめ後ずさった。まだ、かなり僕達二人のトゲは抜けていないらしい。
僕は覚悟を決めて、彼女に蒼天のような瞳をしながらまっすぐに美春に届くような目で美春の瞳を見つめた。
「ちょっと、話さないか?美春。いろいろ話しておきたいこと、謝っておきたいことがあるから、話さないか?」
それにこくりと美春は肯いた。そして僕達は居間の腰掛けに腰を下ろした。
美春の黒髪がなでられるようにそれを青く湿らせている。
僕はガーゴイルが動くようにゆっくり口を開く。
「美春。この前のことは言い過ぎたよ。悪かったって思ってる。確かに恋人はいないのに、言い過ぎた、ごめん」
そう言って、僕が頭を下げたら、美春はリスのような慌ただしさで急いでいった。
「あ!そんなこと無いよ!私もちょっと強く言いすぎたし、その〜、こっちも言い過ぎたって思ってる……………」
最初は大きな声で言ったが、後半になると段々声がかすれていった。
見上げると美春も目を横に流し困ったように人差し指でポリポリと頬を掻いていた。
開かれた平原で風車の風が僕らを包む。
それに僕は安心しつつ、しかし安住はできなかった。したら、そこで関係が終わってしまう。
だから、また一歩僕は踏み出した。
「あのさ、なんか僕らって仲直りしないか?僕は美春としゃべってないと、どこか収まりがつかないって言うか、あるべき所にいないというか、なんかしっくりこないんだ。だから、仲直りしないか?……………………その悪かったよ。
僕は美春がしたことに納得できないし、いらないお節介と思うけど、たった一つの亀裂で僕達の仲が壊れることにたいしてもっと納得がいかない。もし、美春がこれから僕の恋路に首をつっこまないって約束してくれるのなら、僕は謝るよ。悪かったって謝る。だから、もう一度やりなおさないか?」
僕は視線を床にそらして、指を頬できながら途切れ途切れに言ったが、台詞の後半にはしっかり美春の方へ目を向けていった。それに対して美春は………………。
「あ」
美春は口をぽかんとして放心を装った無の表情をしたが、すぐに顔にノイズが走った。
「私は……………」
「…………………」
僕は美春の顔を見ながらじっと言葉を待った。美春は蛇が舌を動かすようにちろちろと顔に迷いの表情を映し出した。
だが、その表情も竹が切り落とされ、新たに新生の竹が現れたようにすっきりとした表情を映し出していた。
「私は今日、一樹と仲直りのためにここに来たつもりだった」
「だった?」
僕がオウム返しに言うと、美春は肯いた。
「うん、だった、だよ。そのつもりできたんだけど、でもやめにした。私だめなんだよね。友人の恋路が現れるとついついいらないお世話を焼くんだ。
それで一樹以外にも注意をされてるし、ここで仲直りしてしまうと一樹のことでお節介を焼いて、そしてまた一樹を怒らせてしまうと思うの。だから、いったん縁を切ろ、一樹。
そして、大学生になったらまた仲を取り戻そうよ。私たちが大学生になって離れてしまうかも知れないけど、でも、いったん友達は休止にしよ?それが私たちにとって一番良い関係だよ」
美春は地上に近い海の表層のような青い表情で、その青さにきんばつの砂糖の表面のような淡い慈愛を表層にすり込ませて言った。
それに僕は内心驚き(おどろき)を隠せずに肯いた。なんか、こう言うことを美春が考えていたことが、かなり意外だった。
「うん。確かに、そうかも知れないけど、いや、そんなことを美春が考えていたなんて、驚いた。確かに仲直りしても美春がお節介を焼くなら、僕はお節介が嫌いだから、それでも構わないかも知れない。しかし、それで良いのか?美春」
それに美春はこくりと肯いた。
「うん。私は一樹がいなくても構わないし、それにやっぱり、私たち、距離を離した方がいいと思う。それが二人のためだよ」
そう、美春は石を積み上げるようにこつこつとしかし、力強く言った。
それに僕は雨が木に降り注ぎ葉っぱに水が葉っぱの先にたまり、そして落ちるように肯いた。
「なるほど、わかったよ、美春。じゃあ、それで行こう。いったん縁を切よう」
「うん」
美春はガラス細工のような透明な微笑みをしたまま肯いた。
そのあと、僕はカルピスを持って光の部屋に行って団欒をした。だが、光がなんだか残念そうな表情を会話のちらほらにだしていたから、多分盗み聞きをしたんだろう。
その団欒が終わったあと、僕達は菓子をしまい、また勉強に向かった。白昼の光が僕らをさらに急き立てていた。




