最後の恋 14
3章恋の羽ばたき
5月の全てを丸くする気温が音楽室の埃立つ香りと混じり合い、質素の発光の香りが落ちてきた。
その中で、ばらばらな三角と四角がばらけていても、学校の放課後の叙情で許される話しだった。
「はい!みんなできていない!春日さん、ヴァイオリンはこの曲の花なのだから、ちゃんと香澄と音を合わせないようにする!チェロはちょっと香澄の半歩あとに遅れている!ホルンとクラリネットはそもそも、前半では本来入っていないけど、無理矢理入れたから、ヴァイオリンに合わして高い音を出して!香澄以外みんな不合格よ!」
その指揮者の夏木さんの言葉にみんながうなだれた。
「まあまあ、夏木。そんなに言わなくてもいいじゃない。そもそも『過ぎた春』はヴァイオリンとチェロで構成される音楽だし、クラリネットとホルンの人はちょっとだめでも構わないでしょ?ねえ、そう思わない?笹原君?」
そう言って、東堂院さんは僕に話を振ってきた。
「そうですね。夏木さん。みんながだめだ、だめだって言うだけじゃなくて、まず短く区切ってその中でみんなとあわせればいいと思いますよ。
まず、できる部分を一つずつ作ってみましょう」
それに夏木さんが肩を下ろす。
「仕方ないか。じゃあ、前半の半分、2分だけあわしましょう。それができたら前半のもう半分をしましょう。行くわよ、みんな!」
それでまた練習が再開した。まだ、でこぼこだらけの音だったが、それでも何となくみんなが合わせて『過ぎた春』を完成させようとした。
「はい!今日の練習はこれでおしまい。みんなも帰ったらよく練習しておいてね。はい、解散」
活発な夏木さんの言葉に、くぐもったモグラの声で部員は応じて、去っていた。
僕は東堂院さんのほうに足を向ける。
「お疲れさん、東堂院さん。演奏はよくできたと思うよ。すばらしい演奏だったね」
だが、東堂院さんは一点を見つめていた。そして、プレッシャーを受けたバネの動きで僕のほうへ振り向いた。
「ねえ、笹原君。ちょっといいかな?ちょっと一人で練習したいんだけど、聞いてくれる?」
東堂院さんは僕のほうへ、ルビー色の赤い眼で僕を貫いた。僕自身もその赤き槍に貫かれ、そのパワーに押されるように肯いたが、その赤き槍はそれ自体が充実に満ちたパワーだったので貫かれても悪い気はしなかった。
「いいよね!夏木!」
それに夏木さんはにやりと肯く。
「構わないわ。じゃあ、カギはここに置いておくからご自由に」
「ありがとう。じゃあ、練習するわ」
そして、東堂院さんは座り直してヴァイオリンを構えて、僕自身も東堂院さんのそばに座り直す。
「じゃあ、聞いていてね、笹原君。ちょっとおかしい所があったら教えてね」
「はい。分かりました」
そうはいっても素人の何がクラシック音楽が分かるのだろうか?自分にはちっとも分からないのに、何を注意して聞けと?
だけど、東堂院さんはわざわざ僕を指定してくれたので、これで分からないと言ったら、名折れだ。
そして、東堂院さんの練習が始まった。
東堂院さんの演奏をしている姿は張り詰めた鋼の糸がぴんと張った、緊迫のバランスの上に立っている女神だった。
彼女の弦の動きは激しい高音の音から始まり、ぎらぎらとした世紀末のような激しい音を出したが、彼女の動きは激しさの中にどこか優雅なミントの香りも、無くそうと思っても彼女には消せなかった。
彼女は演奏をやめて僕のほうを見る。
「どうだった?」
「うん。激しい高音の音をだせれてよかったと思うよ。だけど、メロディーとメロディーの間にちょっと間がばらばらだよね。一つ一つのメロディーが完璧でも、それがちょっと残念というか、なんというか残念なことだよね。でも!学園祭でやるレベルだったら別にそんなの誰も気にしないし!自信を持って良いレベルだよ!だから気にすることってないって!」
しかし、僕の明るい励ましに、むしろそれが重しになって下へ下へと東堂院さんは沈み込んだ。
「私、実はさ。本気でプロのヴァイオリン奏者になりたいんだ。幼い頃からの夢なの。
でも中学生の頃から全国に出場できるのが私の限界だった。曲は完璧なのに訴えるものがないって、いつも審査員にはそういうメッセージをもらったの。
この曲も2週間事態でここまでできて、完成すると思うけど、笹原君のいうように間がだめなの。
本当にプロの人はこっちが引き込まれるような間の取り方をするけど、私は全く、全くそんな取り方はできない。完璧に譜面通りにできるけど、引き込むような演奏はできない。
どうしたらいいと思う?笹原君?」
東堂院さんは冬の夜の雪がしとしと降る、うるんだ瞳を見せた。
「ま、まあ」
僕は慌てた。こういうマジな話しにはちょっと慣れていないからちょっと慌てた。しかし、その混乱をちょっと引きずりつつ話す。
「ま、まあ良いと思うよ。よく考えたらさ、まだ高校生じゃん!それにここは音楽を専門にした高校じゃないし、大学で専門学校に行けばもしかしたら伸びるかも知れないし、慌てることないよ。
それにさ、就職するにしても音楽の道を諦めると言うよりも、音楽に関わる仕事に就職する道もあると思うよ。
レコード会社とか、ヴァイオリン機材を扱う会社とか。趣味と仕事を無理に離れずに考えなくてもいいと思うし、その情熱が次のステップに始まるかも知れないしさ。
今は部活と学業の両立を、してさ、音楽の専門学校に入学するように頑張ればいいと思うよ。今は今のままで十分だから、そのまま独学をすれば良いんじゃないかな?」
東堂院さんは沈んでいた沼が少し明度が明るくなってきて、ぽつりと浮かびだした。
「うん、うん。そうかもね。ありがとう、笹原君。なんか楽になったよ。よいしょ」
東堂院さんは立ち上がり、僕も一緒に立ち上がった。
「じゃあ、帰ろうか?笹原君?ちょっとヴァイオリンしまうから待っていてね」
「ええ、待ちますよ」
そうやって東堂院さんはヴァイオリンをしまっていった。僕はただ待つのもなんなので夏木さんが残してくれたカギを拾った。
そして、すぐに東堂院さんは支度を終えた。
「お待たせ。じゃあ出ようか?」
「うん」
そして、間髪入れず、僕は照明を消そうとしたが、偶然、ミントの香りに接触した。
そして、二人離れ、すぐに身をこわばらせた。
「あ、ごめん」
「いや、こちらこそごめん」
気としない接触に僕は体内の鈩が活発に火を吹き上げていた。
なんか、慣れない。心臓がばくばくして一つの嫌な青虫が背中を這ってるようだ。
ヒヤシンスの花が僕達の間に咲いて、僕達は話そうにもその花の冷たさで、動けそうに、動けなかった。
「あ………………」
「ん………………」
そうやってしばらくどきまぎしたが、まず、僕が声を出した。
「照明は東堂院さんが消して。カギは僕が閉めるから」
「うん」
そうやって照明を消して、僕は扉の取っ手を掴む。すぐそばに彼女の存在を感じながら、それを開いた。
「…………………何をしているのですか?あなたたちは?」
僕は冷たい一瞥をして、固まって部屋の様子を聞いていた音楽部の人達に言った。
「ははは、ちょっと親友の恋路を見守ろうと………………」
「東堂院さん出たー?出たね。カギは閉めるからちょっと待ってて………………うん、できた。じゃあ、カギを職員室に返さないとね。そのあとよければ送ろうか?」
「ううん。一人で帰れるわ。そちらこそごめんね?こんな遅い時刻までに付き合わせてもらって、ほんとごめん」
「いやいや、気にしなくて良いよ。途中まで一緒だからそこまで一緒に帰ろうか?」
「うん」
そうやって、僕達は二人横に並んでどぎまぎして歩いた。蠅の群れは全速力で無視だった。
「あ、あー!!なんか、リアクションしてよ!無視か!これが放置プレイなのかーー!!!!!」




