最後の恋 12
「はぁ〜、今日はやたらうるさかったな。そんなに人のことを聞いてどうする。他人のことにたいして口をつっこむことほど野暮なことはないだろう。それに僕は東堂院さんとはなにも思ってないんだ。なにも」
僕はメロンパンを食べつつ、独りごちた。今僕は中庭にいて昼食をとっている。教室にいると美春がまた何か言うに決まっているのでここに来た。ここだと誰にも邪魔は入らないしな。
全くひどい物だ。あんなに根掘り葉掘り聞くなんてどうかしてる。あんな人の話を検索好きな女子なんてこりごりだな。
とにかく付き合うとしたら美春のような女子は死んでも願い下げだ。あんなかしましさが付くと女性の魅力が一段も二段も落ちてしまう。
美春が好きな男子は美春の顔とかを狙ってるんだ。そうに決まっている!あいつにルックスがなければただのおばはんだろ。ったく。
僕は一つのメロンパンを食べて、もう一つのメロンパンを手に取った。学食のメロンパンはちょっと小ぶりなメロンパンなので二つ買わなければ花原がふくれないのだ。
そして、なので僕は気づかなかった。その二つ目を袋から取り出そうとしたとき、小さな影がそっと僕のそばに寄ってきたことを。
何となく影が現れたから考えなしに頭を何気なく上げると、その時は先生あたりが来ていたのだと思っていた。そこには木綿の天使がすっと立っていた。
「こんにちは笹原君」
「!東堂院さん!」
何故、ここに学園のアイドルが!?そこに弁当を持った東堂院さんが楓の木のような微笑みをしていた。僕はすぐさまきりっ!と背筋を伸ばして立ち上がった。
「どうして、ここに!と言うより、何故ここにいるんです!?東堂院さんは友達と一緒に昼食をとっていたんじゃあ?」
東堂院さんは右腕を下に下ろし、左腕を曲げて、人差し指で唇を覆い、そして不思議そうに僕を見た。
「笹原君に用があってはいけないの?」
「!いや、そんなことはないですよ。でも、僕に何の用が会ってきたんですか?まさか学園のアイドルが僕に会いに来てくれるなんて、なんというか、正直に言って驚いています。だから、どうしたのかな?と思って不思議というか……………」
そうしどろもどろで話していたら、東堂院さんはクスクスと小さな花がたくさん付いている泡吹の笑い方をした。
「学園のアイドルだなんて、私そんな風に思われて言われていたの?ちょっと、自分の事なのに意外だな。そんな風に思われるなんて。………………それよりさ、隣に座って良い?」
そう、賢いリスのような微笑みを東堂院さんは見せた。僕はこくこくとイエスマンのように頷く。
「どうぞ、どうぞ。座ってください。気が利かなくてすみません」
そう僕がそっと位置をずらしたら、東堂院さんは微笑みながら座った。
「別にそんなことはないわよ。普通気がつかないし。失礼します」
「はい!」
僕は背筋をぴしっと伸ばしていった。しばらくそのままの姿勢で立って木枯らし(こがらし)が吹いていたら、東堂院さんはなにかジグソーパズルの一ピースだけがかけているような、ちょっとだけ完璧に合わない曖昧な笑い方をした。
「笹原君は座らないんですか?」
「なんと!東堂院さんの横に座る!」
それは許されざる禁忌だった。天使の横に座るというのは人間には許されざる行為だった。
その禁忌を僕は犯すというのか!人としての矩を超えるのか!人でありながら人を超える物になるのか。ああ!しかし、それは果たしてそれはよいことか?人を超えるものになるということは人としての繊細さも捨て去ると言うことで、人として何か大事な物を失うと言うことになるのではないのか?
しかし!限界を超えなければこの事態を乗り切れない!嗚呼、この人生最大の危機をどう乗り切ればいいのか?
そう僕は世界最大の難問に身をもだえながら悩んでいたら、東堂院さんは漫画のとにかく現実味のないフラットな笑顔を見せて、しかし、それ故底知れぬ恐ろしさを感じさせる笑みで言った。
「とにかく座って。あまりにじらしていたら私怒っちゃうよ」
「はい!不肖笹原一樹。東堂院香澄さまの横に座らせていただきます」
僕はすぐさま天使の横に座って、世界最大の難問が解かれた。人を超えてしまっても天使といればザッツオーライだった。
それはともかく、東堂院さんは弁当箱を広げて、そして箸をつけた。
「いただきます」
小さな口にひょこひょこと弁当を食べる。弁当箱は楕円形の15センチの全長を持っているピンク色の弁当箱だった。すごく東堂院さんに似合っていた。僕も残りのメロンパンにけりをつけるか。それでもぐもぐと僕は食べていたら、そこに針の沈黙がじりじりと僕達の肌を触れていた。
「……………笹原君は、何か部活をやってるの?」
しかし、その針の沈黙に聖剣で切り裂いたのは東堂院さんだった。ありがとう!東堂院さん!あなたはほんとに天使ですか!?
「あ。前にバトミントン部に入部していたんですけどね。やめてしまいました。バトミントンは楽しくて、興味があったけど、部の人との関係が合わず、やめました」
「あ、そうなんだ。やめちゃったんだね」
それでまた針の沈黙が訪れた。
あちゃー、やってしまった。時々会話の連鎖を断って(たって)しまう。どうしてあんなに人がスムーズに会話ができるのかいつも不思議だし、自分には全くできない。しかし………………。
「………………………」
「………………………」
しかし、また針の沈黙がちくちくと刺してくる。会話が苦手でも、あまりにこれをさせておくというのも問題があるし、失礼だ。今度は自分が聖剣を抜くべきだ。彼女があんなに頑張ったんだから、今度は自分が闇を切り裂くべきだ!勇者一樹よ、今こそ立ち上がるのだ!
「東堂院さんの弁当はほうれん草のごま和えと唐揚げか。それお母さんが作ったのですか?」
それに東堂院さんは曖昧に伸ばされた水飴の笑顔を見せた。
「うん、そうよ。実は、唐揚げは冷凍のものを使ったんだけど、胡麻和えは私が作ったのよ。美味しそうに見える?」
そう東堂院さんは。その時、ある物が僕の頭に閃いた。
「うん。美味しそうだね。食べていい?」
「あ」
東堂院さんはちょっと戸惑ったような表情を見せたが、おずおずという風に僕に弁当を差し出した。
「……………どうぞ」
「いただきます」
乾いた唐紙の沈黙の静寂のなかで僕は胡麻和えををひとつまみして、そして食べた。
「うん、美味しい」
「ほんと?ありがとう」
そう言って東堂院さんは鮮やかな白のアメリカ朝鮮朝顔の笑顔をさっと絵の具がついた筆とひと筆走らせるように咲かせた。
その時、僕は早めに胸が高鳴っていくのを感じながら、顔を俯けた(うつむけた)。感覚の時間が思考よりも早い次元に足を進めていて、そのずれに頭がくらくらするようだ。まともに東堂院さんの顔を見れない。
それに東堂院さんが不思議そうに僕をのぞき込んだ。
「どうしたの?笹原君」
「あ、いや、なんでもないよ。きょうはいい天気だね」
「あ、うんそうだね。良かった」
突然東堂院さんはぽつりと言葉を出した。それに僕はいきなりのことでびっくりして、東堂院さんを見つめる。
東堂院さんは僕の言葉に気づかないようにぽつりぽつりと話した。
「良かった。笹原君が私の思ったとおりの優しい人でよかった。食べ物をおいしいていってくれたり、気遣って(きづかって)くれている人で良かった」
風鈴のように爽やかで心地良い言葉で東堂院さんは言った。
僕はそれになにも声をかけれなかった。どんどん胸が早くドラムを叩いていた。
胸が苦しいな。もしかしてこれが恋なのか?……………。
僕は東堂院さんと一緒にいることが背中にミミズが這っているようなむずむずといった物が走った。
とにかくご飯を食べよう。それからあとは考えよう。
そして、僕はメロンパンを食べて立ち上がる。
「じゃあ、東堂院さん、今日はありがとう。本当に楽しいひとときだったよ。じゃあ、それでは帰ろうか?」
それに東堂院さんは肯いた。
「うん、そうだね、一緒に帰ろうか?あ!それと……………」
てっきり彼女ががついてくるばかりに思ったのだが、彼女は止まってもじもじとしたかわいらしさのじれったい糸をもつれさせた。
「あの、いつでも、部室に来て良いから。私も、笹原君とちょっとお話をしたいな、って思ってる。笹原君はクラシックて詳しい?」
青いランプがついた灯籠のような清やかな声のさえずりを出した。
やはり、そのかわいい、きれいな声に僕の心はぎゅっと締め付けられてしまった。
「まあ、少ししか知っていませんね。本当に初心者用のCD買って聞いただけですよ」
東堂院さんは猫のような一筋縄でいかない経験のある、深みのある笑顔をした。
「それだけで十分。ちょっとでも話せればいいから。じゃ、行こうか」
「あ、待って」
「え?どうしたの?笹原君」
今度は顔に大きな疑問符を浮かべながら東堂院さんは聞いてきた。それに僕はちょっと自信なさげに顔を俯け(うつむけ)ながらいう。
「あ、いやさ。一緒に教室に入ったらいろいろと回りに誤解を与えることになると思うから、僕が全速力で教室に入るよ。東堂院さんは3分後ぐらいに歩いてくれ。そうでないとみんなに誤解を与えるから!じゃ!」
僕は顔を俯け(うつむけ)ながら最初はゆっくり目に、そして最後の方になると早口になって、台詞が終わるやいなや全速力で駆け出した。
僕自身、彼女と話すことがかなり恥ずかしかったのだ。だから、逃げるようにその場を駆けだしたのだ。
あ〜!かなり恥ずかしい!彼女と一緒にいるだけでどきどきして、もう話せない!好きな人と話すのはかなり心の全部が
消耗させられる気になる。
僕が駆けだしたとき、ちらりと東堂院さんの顔を見たときに、彼女の顔は『うん、わかった』といっているような気がした。




