ヒモの章 7
■title:首都サングリア・八丁目・表通りにて
■from:アリス
今日という今日はゲンゴローさんにガツンと言う。
一晩考えた後、私はそういう結論に至りました。
言うだけではなく、「働き始めていたら様子見」か「相変わらずであれば強制的に開拓街行き」という選択肢も用意してきました。後者は横暴極まりないですが、やる場合は私が恨まれるだけで済むようにします。
街角で刺されたりしても平気ですし。
でも出来れば、自発的に何とかしてほしいです。
「場合によっては力づくですが、ジャバは手を出さないでくださいね? 約束ですよ? 見てるだけですよ?」
ジャバを呼ぶべく自分の影をコンコンと叩く。
叩くと、背中をツンツンとされました。振り返ると建物の影からジャバが鼻先を向けて、じっと私を見ています。
「いつもの刺客さんとか誘拐犯さんじゃ無いんですから、食べちゃダメですよ? 絶対ダメですからね?」
これはフリじゃないですからね。
「…………」
「見てるだけにしてくださいね?」
ジャバは、ぼうっとしています。
賢い子なのでわかってくれたとは思います。
多分。最悪の場合、ぺっしてもらえば大丈夫ですし。……七割ぐらいは。
とりあえず、決意を新たにゲンゴローさんを探します。
早朝から尋ねたアパートの部屋にはいませんでした。
昨日、あんな事があったとはいえ、帰ってコロッと寝て寝続けていると予想していたのですが見立てが甘かったです。
代わりにカレンさんに会えたので、近くのカフェへ朝食に誘いました。近況聞きましたが、色々と苦戦しているので順調ではないみたいです。
冒険者向いてないから辞めろって言われたりもしたんだとか……。でも、どうしてもお金が必要なので頑張るそうです。頑張り過ぎないよう、ちょくちょく様子を見る必要性を感じます。
カレンさんと別れた後、アパートの近辺を回ってみたのですが、ゲンゴローさんの姿は見つかりませんでした。
ママに頼めば首都をうろついている使い魔達に命令して直ぐに見つけてくれるのですが、お仕事忙しいので私事で迷惑かけるのは無しです。
一応、私も人探し用の魔術は持っています。
ただ、あんまり得意では無いのでよく知ってる人を探せるぐらいです。
ゲンゴローさんは出会ってまだ日が浅すぎます。
「昨日の今日で孤児院には行ってないと思いますが……」
念のため、メーヴさんのとこにも行きました。
「昨日の彼? 見てないわね……?」
孤児院内の木陰で子供達と本を読んでいたメーヴさんと少しお話しした後、せっかくなので少し治療の必要のある子供達の様子を見た後に孤児院を後にしました。
「移動は転移術のゲートあるので何とかなりますが、人を探す時は不便なんですよね……広すぎて」
連絡手段は基本、家に手紙を投函しておくか伝言板を使うというものです。
離れた相手にも魔術で連絡取る方法はある事にはありますが、今回は無理。
なので一応、ゲンゴローさんの部屋に手紙は差し入れておいたのですが、仮に見ていただいても私がいなければ直ぐ会えるとは限りませんし。
「大人しくアパートで待ちますか……」
お昼食べずにフラフラしていたので、戻るついでにアパートの入り口が見えるカフェに向かう事に。パンケーキでも食べながら夕方までゲンゴローさんの帰りを待ちます。
……待とうと思ったのですが。
「あれは……ゲンゴローさん、でしょうか?」
数人のオークの方々と一緒にいます。
そして小突かれ――いや、殴られていました。
■title:アリス所有のアパート前にて
■from:アリス
「ちょ、ちょっと何をされているんですか……!?」
駆け寄り、ゲンゴローさんを殴っていたオークの方の腰布を引っ張って止める。殴るといっても思い切りでは無いですが、ゲンゴローさんの頬は腫れていました。
一度だけでは無いらしく、青痣もいくつか。
「何だ、嬢ちゃん。あぶねえからどいてろ」
「危ないのは貴方です。何の理由があって人を……」
「コイツが、オレの大事なもんを盗もうとしたからだ」
「――――」
眉を顰め、厳しい顔つきで殴ったオークさんが呟く。
本当ですか――と、視線でゲンゴローさんに問う。
ゲンゴローさんは、気まずそうに視線を逸らしました。
「置き引きして、転移ゲートで一気に逃げようとしてたみたいなんだが、逃げる途中でスッ転びやがってよ。そこを取り押さえさせてもらったわけだ。まあ、ゲートで逃げたところで首都内のゲートなら『アイツが逃げた先』で追えたけどな」
「見苦しく暴れて、良いアイデアだったのにとか言ってたな……正直、呆れたぜ」
周囲のオークさん達が呆れた様子で呟く。
殴ったオークさんも重苦しく口を開きました。
「盗んだだけじゃなくて、キズモノにしてくれたからな。殴って蹴って、金も持ってねえから憂さ晴らしに痛めつけてたら――」
「オレの女がいくらでも金出してくれるから、許してくれって泣いて懇願し始めたんだよ」
言葉の続きを、別のオークの方が教えてくれる。
「女?」
「この豚野郎はそう言っていた。女から金もらう気はねえが……こんなゴミに貢いでる女なら、縁を切れって助言しにきたわけだ」
ゲンゴローさんに交際相手がいるなんて聞いた事がありません。
「その女性はどなたですか? ゲンゴローさん」
「…………」
「アリス、って言うらしい」
「……アリスは私です」
オークさん達が僅かにどよめく。
まだ子供じゃないか、とか。
こんな子を手籠めにしやがったのか、とか。
「ア、アリスたん……? 貸してくれるだけでいいから、ちょっと金立て替えてほしいんだよ。大丈夫、ちゃんと返――ぐぇ」
「黙ってろ。……本当にアンタがアリスって子なんだな?」
「はい」
軽く片手で締め上げられるゲンゴローさんから視線を切り、大事なものを盗まれかけ、キズモノにされたというオークさんに向き直る。
ああ、もう……何でこんな事になっているんでしょう。
「さっきも言った通り、アンタみたいな子に金を要求するつもりはねえ。だが、こんな男とは金輪際、縁を切っちまえ」
「私が承諾した後、そちらの男性はどうなりますか?」
「ウチの士族にでも連れていく。生死は……嬢ちゃんに言うべき事では無いな。コイツの事は忘れろ」
それなら尚の事、放り出すわけにいきません。
鞄から宝石を一掴み取りだす。
「それは困ります。私はその方にお金を貸しているんです。キッチリ取り立てるつもりなので――どうか、この宝石で解放していただけないでしょうか?」
「……お前、バカか?」
「はい。何を盗まれ、キズモノにされたかは存じ上げません。これで足りなければ、もっと出します。手持ちでダメなら後で首都内の住居、あるいは士族の都市までお持ちします」
「女からそんなもん受け取れるか! バカにしてんのか!?」
オークさんが怒鳴り声をあげる。
仮に殴られたところで痛くありませんが、怖い事は怖いです。
見上げる形で、視線をしっかり交わして言葉も交わす。
「聞き入れ難い事だとは思います。ですが、そこを何とかこれで収めていただけないでしょうか?」
「本気か……? こいつに何の価値がある? ただの異世界人だろう? その手のもんもガラスの玩具じゃねえ。本物の宝石だろ? わからん……何で、そこまでする?」
「私が助けたいから、私のワガママで助けるんです」
オークさんが戸惑いつつ、憐れむような視線を向けてくる。
「異世界人なのにか」
「異世界人だから……かも、しれません」
ずっと昔の話です。
私の母は異世界人の少年を拾い、邪険にされても甲斐甲斐しく世話を焼きました。後に恋に落ちましたが、それはあくまで後の事。
母はあくまで、相手が不幸な目にあっているから助けたのです。
私は母のような、人間になりたい。
こうしたところでなれるとは限りませんが――。
ここで見捨てたら、少なくとも後悔するとも思ったのです。
「――そんなクソゴミクズクソ虫のために、金出す必要ねえぞ」
誰かの言葉が届きました。
それは目の前からではなく、後ろから聞こえたものでした。
■title:アリス所有のアパート前にて
■from:朱槍のセタンタ
様子見に来たら、面倒な事になってやがる。
思わず舌打ちしかけるがガマンする。ここで舌打ちすると嬢ちゃんが舌打ちされたと勘違いされそうだ。
「なーにやってんだ、アリス嬢ちゃんは。なーにやってんだ、そこの野郎共は。直に夕飯時なんだ。ささっと解散しちまえよ」
「……部外者は黙ってろ」
リーダーらしきオークが睨みつけてくる。
何歳ぐらいかね。エルフといいオークといい、ヒューマン以外はイマイチ年齢がわかり辛くて困る。まあ、ここでウダウダしている辺り、大した年齢じゃあ無いだろう。精々30か50年ぐらいか。
「大体、何だお前は」
「通りすがりの嬢ちゃんの知り合いだ」
「通りすがり……だったのか? お前がアリス嬢心配だから念のため見に行くか、と行ってフラッと向かい始めていたような覚えがあるのだが……。どうした? 何故、俺の靴を踏む?」
「黙ってろって合図だよ……! 余計な事を言うなっつーの……!」
本気でわかっていなかったらしい――勝手についてきたベオの足を何度か踏んづける。言葉にしてようやくわかったらしく、「承知した。お前も色々あるのだな」と言って頷いている。置いてくりゃ良かった。
「セタンタさん……」
「嬢ちゃんはこっち来い」
「いえ、でも」
「いいから。一度こっちに来い」
遠慮がち歩いてきたのを首根っこ捕まえ、自分達の後ろにやる。
「で、あとはそのクソゴミクズクス……クソ虫を引き渡してもらうだけだ」
「セタンタ、言えてないぞ」
「何でお前らみたいな部外者に引き渡さにゃならん!」
「部外者じゃねえ。不憫な奴らにどうしようもないぐらいお人よしの嬢ちゃんが不憫でやってきた、ただのお節介焼きだからな」
嬢ちゃんと違って荒事も辞さないが。
「そもそも……窃盗未遂でキズモノにされたって話だが、そんな大事なものなのか? 今までそいつボコボコにした分で釣銭がくるような代物じゃねえのか?」
「こねえよ! コイツのおかげで、柄にキズが入ったんだよ!」
「柄にキズ?」
リーダー格のオークが肩をいからせ、鞘に入ったナイフを取り出し、こちらに突き付けてくる。宝石細工が施されているわけでもなく、単なるナイフに見える。魔術道具でもないと思うが。
「なんだ、タダのナイフかよ……」
「た、タダのナイフじゃねえ! これは俺達、ブロセリアンド士族に伝わる由緒正しいナイフなんだよ! 窮地において白刃を煌めかせ、敵を切り裂く懐中の剣。今までどれだけのブロセリアンドの戦士達が救われてきたか――」
「あー! いたいた、ベルちゃんここにいたー!」
オーク達の後ろから走ってきた褐色の――ダークエルフらしき――チビがリーダー格のオークの隣にトコトコとやってきて、その尻を叩く。
「いてえ! いてえよ姉ちゃん!」
「士族の子に聞いたんだけど、冒険者になる時にママが持たせてくれたナイフにキズ入って、おこってるって聞いたけど大丈夫ー?」
「おい、士族に伝わる由緒正しいナイフ」
「う、うるせーーー! 概ね嘘は言ってねえ!」
「士族や由緒についてはさておき、大切な人に贈られた物を盗まれかけ、みみっちいものかもしれないが……傷をつけられたが故に抱いた怒りというのは正当なものではないのか……?
ベオ、お前は同意するのか煽るんかどっちかにしろ。そう言いかけ、リーダー格のオークに向かって歩いていくベオを横目で見送る。
傷だらけの面はともかく、物腰は柔らかいベオなら、まあ血が昇りやすい俺より上手く仲裁してくれる筈だ。
「ふむ……見たところ、飛びぬけて高価というわけではないが、かといって安価なわけではない。窮地の懐剣、雑事を任せるナイフとしては程良い品だろう」
「そうだ、そうなんだよ! アンタよくわかってるな!」
「武具は店で見る事ばかりだが、そこそこ理解しているつもりだ。そしてそのナイフの価値を最も高めているのは、御母堂が贈ってくれた品という事だろう。いざという時、手に取り見やるだけで心が奮い立つ何物にも代えがたい魔法の品の筈だ」
ベオの言葉にオークが嬉しげに顔を綻ばせる。
いいぞ、そのまま酒場にでも連れて行って、有耶無耶にしろ。
「刃の素材はボーンアイアン、持ち手は……推測だが、グラーヴの妖木辺りだろうか?」
「詳しいな! 触ってみるか?」
「いいのか? なるほど、やはり軽く使いやすい」
「……あ、おい」
ナイフを受け取ったベオに声をかける。
「これだセタンタ、叩くと骨のような音が出るほど軽――」
ベオが指ではじいたナイフが飛んでいった。
刃の部分だけ。
「あ」
「「「「「あーーーーーーーー!?」」」」」
遅かった。
飛んでいった刃は地面を跳ね、確かに骨のような不思議な音色を響かせた。
続き、リーダー格のオークからは悲痛な叫びが。
「ママーーーッ!」
「…………寿命だったようだな?」
オークの代わりにベオの後頭部を叩いておく。
こっちはこっちで良い音がした。
「おおぅ、おおぅ……!」
オークは落ちた刃に駆け寄り、赤子を取り上げるようにうずくまって変な息を漏らして肩を震わせている。
「ヒーーーー! ナイフが! ヒッ! デコピンでっ! フヒッ!? 壊れたーーーーー!」
ダークエルフのチビは何故かツボに入ったらしく、腹を抑えてうずくまり、苦しそうに笑いながら地面を叩いている。
ヤバい流れになってきた。アリス嬢も顔が引きつってる。
「すまない……悪気は、無かったんだ」
「ふぁっ……ふぁっ……ふぁっ……!?」
「それより早く実家に帰った方がいい。ナイフがこうも容易く折れたというのは、御母堂の身に何かあったに違いない」
「いや、お前の呪いのせいだよ」
「ワーーーーーッ!!!」
立ち上がって反転してきたオークがベオに飛び掛かる。
対するベオは、その勢いを活かして右から左へと投げ飛ばした。
投げられたオークの行く先には壁。
「ぐふっ……!」
「「「ベルトランがやられた!!!」」」
「この、フヒッ! 人でなっ、アヒッ! 駄目ッ! 笑い死ぬ!」
「お前マジで何がやりたいんだよ……!」
「いや、スマン。つい条件反射で」
「「「ベルトランのカタキーーー!!」」」
「大変だセタンタ、相手がやる気だ」
拳を構えるベオの背中を蹴ってやり、オークの連中に追いやってやる。
そして、ベオ対オーク達の乱闘が始まった。
ダークエルフのチビはまだ笑い転げている。
危ないので引きずって遠ざけておいた。
「いや……スマン、嬢ちゃん。戦いを止められなかった……」
「…………」
「なんだ、その『止める気あったんですか?』って目は」
「いえ……別に」
「正直どっちでも良かったけどな」
「ほらー!」
一対多だった乱闘は、ちょっと目を離した隙に通行人やカフェの客に店主を巻き込んだ大乱闘に発展していっていた。
ベオが上手く立ち回ったのだろう。迷惑なヤツめ。
「あ」
「ん?」
「いつの間にか、ゲンゴローさんが逃げ出したようで……」
「あー、アイツか」
見ると、確かに姿が無い。
あるのはオークの拳を避けて通行人に激突させているベオの姿と、被害受けていないのに喜々として殴りあいに参加してくる女の姿。逆さでノビてるベルなんとかというオークの姿だ。
「追うか。手伝うぜ」
「いえ、私だけでやります」
「……嬢ちゃん」
窘めようとして、止める。
こっちを見上げてくる嬢ちゃんの視線は覚悟を感じるほど、しっかり見据えてくるものだった。
どういう覚悟かは知らないが、まあ、好きにさせればいいか。
俺だって、自分で片を付けたい事に横槍入れられるのは、気分良くない。
「わかったよ。じゃあ、俺はベオの加勢にでも行く」
「ご武運を。後日、必ず埋め合わせのご飯を」
「そん時ゃ酒と肉な!」
嬢ちゃんを見送り、乱闘の輪へと立ち入っていく。
後の事は知らん。いまは目の前の殴りあいだ。
手早く片付け、孤児院のガキ共の相手でもしにいってやろう。
「そーら、俺も混ぜやがれ!」
「セタンタ、助けに来てくれたのか」
「おう!」
とりあえず、ベオの顔面を殴っておいた。